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 保健室に着いたら保健医が居なかった。職員室に行っているとホワイトボードに書き置きがあったけど、このまま職員室には行けない。

 お漏らしした子を連れ回せないし、泣いているこの子を残して私だけ職員室に行くのもはばかれる。かといって、いつ戻るか分からない保健医を待つのもな……


 この学園には体育系の部活動をやっている子たちのために、シャワー室も完備されているらしいけど、部活もやってなければ学校を休むことが多い私にはどこにあるのかも分からない。


 泣いてる子にシャワー室の場所を知っているかと訪ねても、俯いたまま首を振る。まぁ、どう見ても文系といった子だしね。図書室でそっと本を読んでいる姿が似合う子である。シャワー室とは縁が無いんだろう。プールのシャワー室は、この時期は施錠されていて使えないしなぁ……


 そういえば、学校が無理なら私の家があったね。徒歩数分だし、ぱっと行って帰ってくれば問題ない。


「私の家、近くなんだけど来ない? うちなら着替えもあるからさ」


「え……? で、でも、勝手に学校から出たら怒られ……」


「へーきへーき、私はしょっちゅう抜け出してるから大丈夫だよ」


 普通は保護者が迎えに来ないと、勝手に早退は出来ないんだけど、私は仕事の関係上、篠崎さんが迎えに来れない場合はひとりで早退する時もある。学園側には話を通してあるので、守衛さんには顔パスなのだ。

 まぁ、後で怒られるかもしれないけど、仕方がない。怒られるのは慣れてるし。




 *




 さも当然のように守衛さんに挨拶をすれば、問題なく校門を抜けだせた。問題は入る時なんだけど、私だけなら壁を登って入れる。けど、5メートルはあるからこの子にはムリかな。まぁ、何とかなるだろう、その時になったら考えよう。


 家に着くと、どうやら母さんは出かけているらしい。リビングにかけられている小さなホワイトボードには、『和樹(かずき)の幼稚園の参観日』と書いてある。となると、3時くらいに和樹と一緒に帰ってくるのかな。勝手に早退した理由をどうしようかあまり考えてなかったから丁度いい。


 泣いていた子にシャワーを浴びさせ、濡れていたスカートとパンツ、それと保健室から勝手に借りて腰に巻いてきたショールを、軽く水洗いしてから洗濯機に放り込んで、オシャレ着洗いでスタートさせた。少量だから短時間に設定したから、乾燥まで40分ってところかな。4時間目にはぎりぎり間に合うか微妙なところだ。


 私の部屋から着替えをとってくると、脱衣所にバスタオルと一緒に置いた。私のパンツも出そうか迷ったけど、さすがに他人のパンツを履きたくはないだろう。洗濯したものが乾くまでは、洗いたてのパジャマのズボンにノーパンで我慢してもらおう。


「ここに着替え置いとくからね」


「す、すみません……」


 脱衣所から浴室へ声をかけると、シャワーの音で消え入りそうな声で返事がかえってきた。やる事が終わったので手持ち無沙汰になった私は、リビングにあるバランスボールでストレッチをはじめる。

 運動には体の柔らかさは重要だからね、欠かさず毎日やるのがいいのだ。手持ち無沙汰になる度にストレッチをする私を見て、篠崎さんには落ち着きがないと怒られるけど。


「あ、あの……制服は………あっ」


 バランスボールに仰向けになってぐっと反るポーズをしていたら、泣いていた子がシャワーを終えて出てきたようだ。ちょうど足の方を向けていたようで私のパンツが丸見えだった。誰も見てないと思って油断してたけど、まぁ女の子同士だからいいよね。


「制服はいま洗濯してるから、一時間くらいで乾くと思うよ」


「そうですか……すみません……」


「ま、乾くまでゆっくりしていってよ。何か飲み物でも飲む?」


 何ごとも無かったように起き上がる。パンツなんて丸見えじゃなかったんだ、いいね?


 冷蔵庫にはオレンジジュースが入っていたので、コップに注いでトレイに乗せて持っていく。

 この辺のスーパーは上級民族向けのお高いものばかりしか揃えてないので、このオレンジジュースもお高いやつだ。高級そうな瓶入りのだし、桜凪学園の生徒さんにだしても問題ないだろう。

 引っ越したばかりの時は母さんが物価の高さを嘆いていて、遠くのスーパーまで買い出しにいったりもしたいたようだけど、もう諦めて近場のスーパーで買っているみたいである。

 流石にね、この辺で自転車にまたがって格安スーパーの買い物袋をぶら下げているマダムは目立つからね。



 ジュースをテーブルに置くと、ソファーに座っていた泣いていた子の隣に腰をおろす。

 もう泣いていた子は、泣きやんだみたいだけど、俯いたまま何も喋ろうとしない。


「私は4年3組の花村菜々美。あなたは?」


「えっと……わたしも、3組の……同じクラスの、小笠原(おがさわら)綾乃(あやの)……です」


「だよねっ! 同じクラスだよね!」


「……すみません、影が薄くて……いつも他人(ひと)から覚えられてないみたいで……」


 やべえ、同じクラスだったの知らなかった。いや、あまり学園に行ってなかったしね。クラスメイトの名前は半分も覚えてないけど、顔はだいたい覚えたと思ってた。けど、どうやら印象が薄くて海馬に入力されてなかったみたいだ。さも覚えてましたよと、取り繕おうとしたけどバレバレだったね。ごめんね。


 気不味い沈黙が支配するなか、オレンジジュースをひとくち飲むと爽やかな酸味が広がる。やっぱりお高いオレンジジュースはおいしいわーと、現実逃避をしていたら、綾乃ちゃんがチラチラとリビングの一角を見ている。

 そこには家族の写真と一緒に、私が出演した映画やドラマのポスター類がペタペタと貼られている。そういえば片付けておくの忘れてた。このマンションに引っ越してからは、仕事の関係者以外の来客なんてなかったし、油断してたわ。ま、いっか。どうせ理科準備室で聞かれてたんだろうし。


「……気になる?」


「あ、あの……花村さんは、やっぱり『花咲ナナ』ちゃん……なんですよね……?」


「うん、そうだよ。色々あって隠してたんだ」


 付けていたウィッグと眼鏡を取る。なんとなくポーズを付けてウィンクを決めてみたら、綾乃ちゃんの表情がぱあっと輝いた。


「ほ、本物のナナちゃんだ……」


 頬を上気させてキラキラした目で見つめてくる。なんとなく格好つけてウィンクとかしてみたけど、リアルでやるもんじゃないね。演技ではさんざんやってきたけど、素でやるとかなり恥ずかしいわ、これ。


「こほん……学園では隠してるからヒミツにしてね」


「えっと、はい、そう言うなら内緒にしますけど……どうして隠すんですか?」


「うーん……色々あったから、かなぁ」


 私が前の学校で受けたイジメや、自宅への嫌がらせ、それが原因での転校の顛末はニュースにもならず、ワイドショーでも取り上げられてはいなかった。

 まぁ、ニュースになるほどの事でもないし、ワイドショーは自分たちが煽った騒動を取り上げる気は無かったのだろう。だから、一般的には知られていなく、関係者にもそれ程広まってはいないと聞いている。


 だから私は、ポツポツと前の学校で起きたことを説明する。



 *



「──という訳でね、何かあったら先生や親御さんに相談するなりすれば、なんとかなるんだよ」


 話し終わる頃には、綾乃ちゃんはまた泣いていた。私にとってあまり思い出したくない出来事だけど、経験談として語ってみた。この手の問題は、同じ経験をしたことがない相手からでないと、何を言われても心に届かないだろう。


「それに、辛かったら逃げていいんだよ。学校なんて他にもいくらでもあるし、私みたいに転校してみるとかさ」


 辛かったら逃げていい、我慢し過ぎると死んでしまいます。昔の私みたいに。

 いやー、追い詰められると視野が狭くなるもんだからね、何故か逃げるという事を考えられなくなるのだ。


 伝えたい事をあらかた言ったので、綾乃ちゃんが泣きやむまで待っていると、


「……先生や親には言いたく、ない、です。………言えないです。心配かけてしまうから、転校も難しくて……かなり無理して桜凪に入ったので……」


 俯いたままか細い声で呟くと、また黙ってしまう。


 まぁ、だいたい予想していた答えだね。桜凪は他の公立の学校とは違い、家格や経済力、親の影響が大きいのだ。万が一、大事になったら親にまで被害がいくだろうし、家族に迷惑をかけたくないというのは理解できる。

 だけど、自分が我慢すればいいと思い込むのは危険だ。


 私が守れればいいんだけど、学園カースト最下位な私では無理だろう。親は普通の会社勤めだし、私個人がそこそこ稼いでいるといっても、桜凪学園に寄付金を払えるような家庭と比べると微々たるものだ。桁が違うし、権力だって皆無だ。



「なら、私と友達にならない?」


「え……ナナちゃ……花村さんと?」


「辛いことがあったら話して欲しいんだ。大して力になれないかもしれないけど……ダメかな?」


 手を握り、上目遣いでお願いする。これをやれば父さん相手なら打率十割、篠崎さん相手でも八割は成功する。


「わ、私でよければ、花村さんと友達に、なりたい……です」


「よかった。じゃあ、菜々美って呼んでね、綾乃ちゃん」


 ナナは芸名だから、プライベートで呼ばれるなら菜々美だ。


「うん……菜々美ちゃん」


 そう言ってはにかむ綾乃ちゃんは、たんぽぽのよう笑みだった。ひまわりの様な大輪の花でなく、薔薇や百合のような鮮やかさや可憐さとは違う、素朴で暖かみのある笑顔だ。


 やっぱり、子供は笑っているのが一番いい。泣き顔は見たくない。守ることは出来なくても一緒にいることは出来るだろう。辛いとき相談にのったり、一緒にいるだけでもひとりじゃないと思えるだけで楽になることもある。本当に無理そうなら、綾乃ちゃんの親に直談判してでも逃げ道を作ればいい。


「それでね……今日、何があったのか教えて欲しいんだ」


「……………えっと……」


 か細い声で、今日の経緯、いつからイジメられるようになったのか、加害者の名前と人数を教えてくれた。話し終えるとまた涙ぐんでしまったので、抱き寄せて頭を撫でる。

 イジメの主犯は同じクラスの一之宮(いちのみや)杏樹(あんじゅ)。たしか、通信関連やインターネットを手掛ける最大手のところのご令嬢だ。小四なのに髪を薄く脱色して巻いたパーマをかけていて、ぷち『美麗』といった印象だったので覚えていた。

 主犯と言っても直接手を出してくるのはその取り巻きで、後ろで眺めているだけらしい。そして、一年前ほどから嫌がらせや無視といったことをされていたようだけど、閉じ込められたりなどの『イジメ』に発展してきたのは、つい最近からだそうだ。

 イジメられる原因はなにか分かるか訪ねたら、


「元々は、私が鈍くさいから、からかわれていたりしたんですけど…… 黒谷君に話しかけられたのを、一之宮さん達に見られていたようで、それから……です」


「黒谷君が? 綾乃ちゃんに何の用だったの?」


「あの、最初は『ナナと間違えた』と言われて、そして『今日は花村きてないのか?』と聞かれて……それから時々、話しかけられるように」


「おおおぁぉぉいぃぃ! 元凶はあいつかっ!!」


 そして間接的に私もか……


 というか、私と間違えて大翔が話しかけてきたのを見らたって事は、一歩間違えば私がイジメの対象になっていたんだよね…… 綾乃ちゃんは完全にとばっちりだな、これ。


 まー、大翔も何が悪いってわけでもないんだけど、コワイのは女の妬みなんだよなぁ。話しかけられただけで妬まれるってどんだけー。


 アイドルなんてなるもんじゃないね。


「ごめんね、つい大声出しちゃって。それにイジメの原因、私のせいみたいだし……」


 つい、素で叫んでしまったら、綾乃ちゃんがびっくりしてしまった。


「それと、黒谷君には二度と綾乃ちゃんに近づかないように『お願い』しておくから、ね」


「えと、お願いって……何をするんですか?」


「腕の2、3本折っておけば、少しは懲りるんじゃないかな」


「だ、ダメです! 私なら平気ですから、その……」


「ふふ、冗談だよ。流石に折りはしないよ」


 パタパタと手を振ると、綾乃ちゃんはほっと胸をなでおろす。折ると色々と問題があるから、抜いてやろう。奇麗に抜いてハメ直せば後遺障もない。多分。


 と、話しが一段落したところで洗濯機が鳴った。きっちり乾燥していたけど、少しよれていたので、アイロンを持ってきてシワを伸ばしておく。ノリづけもすればパリッと奇麗になった。


「はい、これ。問題ないと思うけど、どうかな?」


「すみません……」


「綾乃ちゃん、こういう時はすみませんじゃなくて、ありがとうって言うんだよ」


 すみませんより、ありがとうの方が言われた方も気持ちがいい。きちんと感謝の気持ちを伝えるのは大事だ。


「えっと……ありがとう……」


「どういたしまして、じゃあ学園に戻ろうか」


 綾乃ちゃんが脱衣所で着替えると、急いで学園に戻る。思ったより早く乾燥したから、急げば4時間目には間に合いそうだ。

 問題は校門の守衛さんをどうかわすかなんだけど……昔、演じた忍者役でわざと別な場所で物音を立てて、そっちに警備が様子見にいった隙きに潜入するってのがあったのを思い出した。

 爆竹でもあればいいんだけど、最近は爆竹を見なくなったしなぁ。昔は近所の駄菓子屋に普通に売ってたのに。


 じゃあ、跳ぶか。


「……綾乃ちゃんは、学園の塀を飛び越えられる?」


「えっ!? ……すみません、無理です」


「だよねー、ごめんね、変なこと聞いて」


 ひとりなら行けるけど、流石に抱えて登るのはキツイ。塀の上には有刺鉄線もあるから、私が上からロープを垂らすのも危ないしなぁ……


 よし、困った時には正面突破だ。


 挨拶しながら普通に入れば大丈夫だろう。だって生徒だしね。





 「お疲れ様でーす」と会釈をしながら通り抜けたら、「おや、遅刻かい」と言うだけで守衛のお爺さんはニコニコしながらスルーしてくれた。


 余裕で通れた。


 まあ、そんなもんだよね、変に策を練らなくて良かった。爆竹なんて学園に投げ入れたら、下手したら大事になってパトカーが出動して来そうだ。売ってなくて良かった。


 教室に戻ると、先生には具合が悪くて保健室で休んでいたとウソをついた。保険医も居なかったしバレないだろう。

 隣で小百合ちゃんが心配そうにしていたけど授業が始まったので、昼休みに話すからと謝っておいた。



 そして昼休みは、いつも小百合と一緒にお弁当を食べているのだけど、綾乃ちゃんも誘って3人で一緒に食べた。

 綾乃ちゃんと友達になった事を伝えて、嫌がらせを受けているから私が登校出来ない時はなるべく見てあげて欲しいと、詳細は伏せて小百合ちゃんに頼んでみたら、


「菜々美ちゃんのお友達でしたら、私ともお友達になってください」


 と、にこりと微笑む小百合ちゃんマジ天使。


 そんな話をしてたら、後ろの方にいる一之宮さんのグループからものすごい視線を感じた。小声で話していたから周りには聞こえてないとは思うけど、超怖い。

 『僕と君でmoderato』のドラマで、あの子を使えば良かったんじゃないかな。私以上に美麗役をこなしそうだ。



 なんてバカな事を考えていたりもしたけど、これから多少なりとも綾乃ちゃんの力になれたらいいかなと思ってた。


 そしたら、何故か翌週からピタリとイジメがやんだようだ。一之宮さんのグループは、綾乃ちゃんを避けるようにして目も合わさないらしい。



 ………なんで?




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