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「それに今回の事は、あなたの事を甘く見ていた私の責任だから、ナナが責任を感じる必要はないわよ」


 私はそう彼女に伝えたが、きょとんとした表情をしていて、自分が何をしでかしたのか分かっていないようだった。


 そう、ナナは何もしていない、ただ悪役を演じただけだ。




 悪役を演じれば好感度が下がることはあるし、デビュー間もない時期にあまり変な役で有名になると、イメージが固定されてしまって色物キャラ扱いされる場合もある。


 しかし、ナナはすでにドラマや映画などで何本もヒロインを演じていて、大人顔負けな演技が出来る正統派の子役として認知されていた。

 勝手に悪役を引き受けたのはいただけないが、「もっと色々な役にチャレンジして演技の幅を広げたい」という本人の意思は尊重したい。


 本人にやる気があるなら、私はそのサポートをする事が仕事だ。原作の漫画を読んだことがないと言うので、『僕と君でmoderato』を全巻セットで購入し、役の参考になりそうな邦画や洋画も資料として渡す。


 悪役を演じるのは難しく、とくに子役でこなせる子は希少なのだが、ナナに関しては心配はしていなかった。多少イメージが悪くなるかもしれないけれど、悪役として成功をおさめれば、どんな役でもこなせる実力派として認知される。役の幅も広がれば、将来的にみればプラスになる。


 そう、私は楽観していた。



 いざ撮影が始まり、ナナが『美麗』として悪役令嬢を演じている姿をみて、戦慄した。

 いつもプライベートでは気の抜けた朗らかな笑顔だが、大和撫子な役を演じている時には清楚な笑顔、悲劇のヒロイン役の時には消え入りそうな儚い微笑み。そう、演じる役柄で笑い方を変えられるのは知っていたが、ナナが演じる『美麗』は、それまでと全く違っていた。

 腐ったラフレシアのようでいて、小学生とは思えないほど色気を感じさせる妖艶な笑みを浮かべ、嗜虐的な目で他人を見下す。そして自分の手は汚さず、取り巻きに命じて苛烈なイジメを繰り返し、泣いている相手を見ては愉悦に浸る、吐き気をもよおす邪悪さだ。


 そして、ドラマ用に原作者が改稿した脚本と、最近話題の新鋭若手監督の手腕もあいまり、さらに自称ナナファンの大御所作曲家が「ナナちゃんが演るなら、いっちょええ曲かいたるでー」とやる気をだして、ナナが演じる『美麗』は最高で最悪な悪役となった。


 演技とは思えない『美麗』の悪辣っぷりに、主人公役の子が本気で泣きだしてしまう。『美麗』を見るだけで顔を青ざめて震えながら恐怖する。そんな主人公の子の様子をみて、


「やっぱり主役を任せられる子だけあって演技が上手いね、負けられないわー」


 などとナナがのん気に言っている。違う、あれはマジ泣きだ。そう、呆れながら訂正すると、ナナは慌てて主人公役の子のところへ謝罪しにいっていた。

 その後も、撮影中に主役の子をイジメては罵倒して泣かして、屠殺場の豚を見るような目で見下し、カットが終わると優しく慰める。そんな事を繰り返していたら、何故か主人公役の子がナナに異様になついていた。


 これ知ってる。タチの悪いホストがやる手口だわ。



 想像以上のナナの悪役っぷりに嫌な予感がするが、撮影は順調に進んでいて止めるわけにはいかない。そしてドラマの放送日を迎えると、人気漫画が原作だったことと、ナナが『美麗』役になったことが話題になり、初日から高視聴率を叩き出した。そして、回を重ねる度に高視聴率を更新していく。普通、ドラマの視聴率は初日が一番高く、そこから上がることは滅多にない。異常だ。


 そして『美麗』役のナナの演技がとり沙汰されて、バッシングされるようになってしまった。普通なら「悪役が似合わない」や「演技が棒」など、役に合わない事を非難されるのが常なのだけれど、ナナは違った。

 悪役令嬢がサマになり過ぎていて、実際のナナも性格が最悪なのではないかと話題になってしまったのだ。


 無責任なワイドショーの司会が、「あれは小学生が出来る演技じゃないよ、元々そうとう性格が悪かったんじゃないの〜」とか、「主役の子、演技じゃなくて本当に泣いてたらしいよ〜、よほどナナちゃんが怖かったんだろうね」など、世論を煽るようにナナの人格批判をたれ流せば、それを盲信する視聴者が後を絶たない。


 ……まぁ、主役の子がガチ泣きしていたのは本当の事で、その少しの真実が混ざっている分、ただの妄想までも真実に思えてくるからタチが悪い。果てはナナの家族批判にまでおよび、それが風評被害だけでなく実害となって影響するのはあっという間だった。

 学校での孤立とイジメ。住居への嫌がらせ。家族へまで被害がおよんだことにナナは心を痛めて、子役を辞めるとまで言いだした。



 ただ悪役を演じただけで、日本中から嫌悪され、嫌われる。



 恐ろしいまでの役者の才能だ。



 私は、ナナの才能を甘く見ていた。だから、この事態は私の責任だ。ナナに少し待つように言いつけると、ほうぼうへ話をつけに動いた。


 早急にナナのイメージを回復させる必要があり、一番安易でてっとり早い方法は、また清楚なヒロイン役でもとってきて演じさせることだろう。ナナの演技力なら簡単にイメージを払拭できる。


 だけど、それでは芸はない。やるなら今回の騒動を踏み台にしつつ、前よりナナの役者としての立場を盤石にしよう。


 『新生、花咲ナナ』


 そんなフレーズが頭に浮かび、そして妙案がひとつ閃いた。



 *



「いらっしゃい、ブツは出来てるよー」


「……さっき連絡したばかりなのに早くないかしら?」


「簡単なプロットだけなら一時間もかからないさー。ささっ、読んでみて」


 とあるマンションの一室に訪れると、不健康そうな女性に出迎えられた。私の妹の涼子であり、人気少女漫画『Roy』として活躍している『僕と君でmoderato』の作者だ。


 そして玄関で会って一秒で原稿を渡されたので、靴を脱いでから受け取る。原稿とはいっても今やデジタルの時代、渡されたのは原稿が見れるようになっているタブレットだ。

 涼子は昔から機械音痴なため、私がパソコンで漫画を描ける環境を整えたり、アドバイスをしてきた。でなければ、いまだにアナログで漫画を描いていたと確信できる。


 リビングのソファーに腰をかけようとするが、脱ぎ散らかした服が散乱しているので洗濯機に投げ入れておく。いつもは掃除から始めて洗濯物も片付けるのだけど、今は時間が惜しいから後でやろう。


 ソファーに座り、すでに原稿が表示されているタブレットに目を落とすと、プロットとは思えない文量が書かれていた。



 『僕と君でmoderato』の世界に美麗として転生した元OLが、漫画のように破滅するのを避けるため、帝王や原作主人公の結衣となるべく関わらないように、慎ましく誠実に生きていこうと奮闘するという話だ。


 美麗に転生した主人公が、なんとか関わり合いを避けて地道に生活を送っていたある日、結衣が帝王に近づきすぎたために他の女生徒から妬まれて、嫌がらせを受けているのを知ってしまう。見てみぬふりが出来ない美麗は、陰ながら結衣を助けようと頑張るが、空回りして逆にイジメの主犯として帝王から槍玉に挙げられてしまう。しかし、美麗が助けてくれていた事に気が付いていた結衣が庇い、感謝を伝えようとした結果、意気投合して友人になってしまう。

 そして、勘違いしたことを帝王が謝罪してから一気に親密になってしまい……


 という、良いところで第一部完! になっていた。どうやら三部作構成らしい。



「どう? 面白そうじゃない?」


「……悪くはないわ」


 私は現状の説明と考えている映画の概要だけ伝えて、詳細を相談しに来たハズなのだけれど、プロットという名の脚本が出来ていた。

 もちろん、このまま脚本として使うにはもっと肉付けしないと足りないが、企画の草案に添付するには十分だ。


「じゃあ、これは使わせてもらうからデータいただくわね。今から幻想社の方にいくけど、原作者は承認済み、でいいでしょ?」


「もちろん、オッケーさ。『ボクキミ』の映画化はもう無理かなーと諦めてたから、期待してるよん♪」


 自分のタブレットにデータを転送し、マンションを出ようと玄関に向かうと涼子から声がかかった。


「そうだ、最終的に帝王と美麗をくっつけようか迷ってるんだけどさ、お姉ちゃんはどう思う?」


「…………私は反対。それだと略奪愛になってしまうじゃない。帝王は結衣と結ばれないと納得しないファンが多いだろし、この映画のキモは漫画の美麗と、転生した主人公の美麗とのギャップよ。なるべくダーティなイメージは抱かせない方がいいわ」


「そっかー、じゃあやめとこうかな」


「むしろ、結衣……いえ、帝王の方がいいわね。結衣と仲良くなった美麗に、帝王が恋愛相談を持ちかけてくるとか」


「おー、いいね、使えそう。そして帝王のわがままに美麗が振り回される展開とか良さそうだね!」


「そんな感じで進めたらいいんじゃない。それで、二人がくっつくように美麗が奔走するのも面白そうよ」


 そう涼子にアドバイスをすると、パーキングに駐車していた愛車に戻り、『僕と君でmoderato』を連載していた雑誌の出版社、幻想社に向かう。

 まずは版権元から承諾を得れば進めやすいだろう。どのみち映画化の話は早くからあがっていたが、ナナへのバッシングが強まってきている現状をかえりみて、私が断っていた案件だ。


 ドラマや映画の映像業界でのナナのイメージは、世間と異なり、前にも増して演技派の子役として類をみない高い評価をされている。

 『僕と君でmoderato』の監督も、ナナの悪役の演技を手放しで絶賛していて、今回のドラマが成功して社会現象にまでなっているのも、ナナの演技が卓越し過ぎているからだと認識していた。よく分かっている。


 だから、この企画は間違いなく通ると確信している。問題はどれだけ早く展開出来るかだ。




 *




 出版社の了承を取り付け、『僕と君でmoderato』のプロデューサーと監督に話を付ければ、後はお任せだ。なるべく早く公開までこぎつけたいと打診をしたら、ドラマの撮影が終わると同時に、映画のクランクインになった。そして、ドラマの最終回の翌月にはロードショーという、異例のスピードでことが進んだ。


 ドラマのセットを流用できたりと、準備にかかる期間が少なかったのも影響したようで、そういう意味でもこの企画でなければ、これほど早くは進められなかったと思う。


 映画の公開後、ナナのイメージはまたたく間に回復し、バッシングはなりを潜め、むしろ以前よりも好感度が上がって天元突破した。



 『百年に一度の天才子役』



 そう、映画評論では記され、興行収益は国内歴代トップにまで登りつめた。



 そして、平穏が訪れたが、ナナは臆病になっていた。以前はプライベートでも『花咲ナナ』という事を隠さずオープンにして出歩いては、出先でファンに囲まれても丁寧に対応していた。しかし騒動後にはいっさい素顔を隠し、新しい学校にも変装して通うという徹底ぶりだ。

 以前は危機感が足りなさ過ぎだったけど、極端な子だ。まぁ、そのぐらい用心してもらえれば少しは安心できるものである。



 ナナは天才子役で終わらずに、今世紀を代表する女優になれる。


 ナナが悪役を演じれば皆がナナを憎み、恋人を演じれば恋をして、ナナが泣けば涙を流し、笑えばともに笑顔になる。

 人を惹きつけ、見た人間の魂を揺さぶる、往年の銀幕スターのような、後世に名を残す役者に。



 私はナナの行く先を見てみたい。



 だから、統括マネージャーとして子役たち全体を取り仕切る立場にならないかと、打診されても断っている。どこまで高みにいけるのかナナの隣で見ていたいから、ナナが成人して移籍や独立を希望しても、ついて行きたいから。












「え?将来の展望? 小学校を卒業したら子役は辞めるつもりですよ。やだー、役者になんてなりませんよー。義務教育が終わったらニートになるのが夢なんですから」


 そう言いながら、事務所のロビーでサキイカをつまみに子供ビールを飲んでいるナナの前で、私は崩れ落ちた。






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