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私はイジメが嫌いだ。
まぁ、好きな人の方が圧倒的に少ないと思うけどね。
前世ではのどかな片田舎で育ち、どの学校もイジメとは無縁で平和な学校だった。転生後、幼稚園は子役事務所に所属していたから行かなかったんだよね。平日でも仕事が入るし、幼稚園でお遊戯してるぐらいなら、事務所でレッスンを受けていた方がマシだったし。
だから、子役として有名になってから、小学校に通うことをあまり問題にしていなかった。ドラマやテレビ番組に出ている有名人が、同じ学校に通うという事を。
集団登校でもないのに朝から私の周りに行列ができて、休み時間には女の子に囲まれて撮影や業界の話をエンドレスでせがまれたり、共演者のサインをねだられたり、そして何故か私の親友の座を巡って言い争ってはどちらが親友かの大岡裁きをせがまれる。
男子は基本とりまきには入ってこないけど、何かとちょっかいを掛けられる。まぁ、小学低学年の男子なんてバカばかりだからね。自分も前世ではバカなことばかりして、親によく叱られてたし。
けど、そんなバカの標的になるのは勘弁して欲しい。何回スカート捲りをされたか分からないよ。最終的にはスパッツを常備してガードしてたけど。……最近はレギンスって名前なんだっけ?
まぁ、そんなことはなんて事はなかった。基本、私に好意的なだけだったし、ファンサービスだと思えば我慢できていた。学校で気が休まる暇が無くて禿そうにはなったけども。
そんな好意が、悪意に180°反転した時があった。
大ヒットした少女漫画『僕と君でmoderato』がドラマ化され、その悪役令嬢の美麗役を演じた時だ。
上流階級が通う私立学園に転入した一般庶民の主人公が、帝王と呼ばれている御曹司と恋に落ちる。そんな二人に嫉妬して、仲を引き裂こうと主人公をイジメまくる、そんなベタな悪役だった。
当初、私は主人公役でキャスティングされてたんだけど、なかなか悪役令嬢が出来る子が見つからなかったらしく、変更の打診がきた。
当然、悪役に降格なんてお断りだ。メリットもないし、悪役を演じるとイメージが損なわれる。それまで清楚な大和撫子を演じてきたのが台無しである。
ギャラだって主人公の方が高いだろうし……… え? 美麗役を引き受けたらギャラが倍? いやー、せめて四倍は貰わないとやってられないすよー。うーん、仕方ないから三倍でいいですよ、引き受けましょう。
なんて、直接ドラマのプロデューサーや監督さんと裏取り引きをしてしまったら、篠崎さんに超怒られた。篠崎さんが撤回しようとしても、すでに主人公の『結衣』役は別な子に回されてしまっていて、撮影のスケジュールも組まれた後だった。
怒髪天を突きそうな篠崎さんに、「良い子役ばかりなのは問題ではないだろうか」、「もっと色々な役にチャレンジして演技の幅を広げていかないと」、「逆境にこそチャンスを見い出そう」などと訴えてみたら、無言でこめかみをぐりぐりとされた。痛い。
まぁ、いざ撮影が始まったらギャラが五倍に上がってたのはびっくりしたけど、篠崎さんが脅し……いや頑張ってくれたのだと思う。
払われた給料以上の働きをしようじゃないかと思い、自分なりに悪役令嬢を研究した。原作のコミックを読み込み、令嬢が出てきそうな古い洋画を観まくり、実際の衣装に近いドレスを買って、家で「オーッホッホッホ」と自然に上品に高笑いをする練習をした。笑顔だって悪役らしい冷笑にならなくてはならない。自分でも思わず殴りたくなるような笑顔を身に着けた頃には、弟に恐れられてしまっていた。
ごめんね、にこーって笑えば怖くないでしょ? ……がたがたと震えが酷くなってるね。いや、お母さん、私は虐めてないって。鏡を見ろって? うん、ヤバイ。トラウマものだわ。
3歳半の弟が夢でうなされるほどの悪役っぷりを身に着けた私は、全力で『美麗』を演じた。
漫画では、最終的にそれまで行った数々の悪事が帝王にばれ、断罪されて学園と家からも放逐されて路頭に迷うことになる。だから悪役としてヘイトを一身に集めれば、ラストの断罪シーンでよりカタルシスを得ることになる。
とはいえ、原作で美麗が放逐されるのは高校卒業後。ドラマは1クール12話の予定なので、小学生時代はその内の前半の6話だけだ。後半6話が中高校生編でメインの子役は総取っ替えされるので、放逐される時には別の女優さんが演じる事になるんだよね。
と思っていた時期も私にもありました。渡された台本は何故か改稿されてて、小学生編のまま12話分あった。
あっれー、おかしくない? 高校編がなくなったら話しが通らなくなって、原作ブレイクどころじゃないんじゃないの? え、原作者さんがドラマ用に脚本書き直したの? むしろ原作者さん側からの要望で断れないの? うーん、私は全然オッケーなんだけど、拘束期間が伸びてるのにお値段(ギャラ)が据え置きなのは、なんで? プロデューサーさん? 五倍になってるからいいだろって? ちょっと篠崎さんに相談……と言ったら脱兎のごとく逃げた。まぁ、逃げても後から篠崎さんから連絡が行くだろうから無駄だよね。
という感じで悪役令嬢を演じることになったのだけど、当初のギャラの十倍をふっかける事が出来たので大満足だった。
しかし、金に釣られて悪役なんて引き受けるもんじゃない。
その数ヶ月後に、激しく後悔することになったのだ。
ドラマでの美麗は陰湿だ。主人公の結衣を直接イジメるのではなく、取り巻きを使ってイジメさせ、さも自分が味方のように助けるフリをしながら裏で嗤っているタイプだ。
上履きを汚されていたら都合よく、美麗のお古があるから貸し与え、体操着が無くなっても同様に。そんなイジメのマッチポンプをしながら信頼をえて情報を引きだし、巧妙に帝王と主人公を仲違いさせるように画策する。
そして、主人公の両親が経営している花屋を、財力にものをいわせて潰そうともする。小学生とは思えないほど人間のクズなのだ。
だけど、帝王と主人公が話し合ううちにおかしいと悟り、取り巻きの裏切りもあって全ての元凶が美麗だったとバレる。そこからは急転直下に物語が進み、帝王主導のもと根回しが行われて、美麗は全校生徒の前で公開処刑されてしまう。まぁ、ただの学級裁判の大きいものだけどね。
精神的にも権力的にも学園での居場所がなくなり、家からも縁をきられることを前提でカトリック系の全寮制の女子校に転校させられて押し込められる。そんな惨めな姿になった美麗を尻目に、帝王と主人公が付き合うことになってハッピーエンドである。
撮影は順調に進んで、放送も始まった。『子役の花咲ナナちゃん。今度は悪役令嬢に初チャレンジ!?』みたいな感じで番宣も行ない、原作人気と話題性も重なって高視聴率がとれた。そんな感じで最初の数週間は平和だった。
だけどドラマが進むにつれ、学校では私の周りに人が居なくなり、朝登校した時に上履きが汚されているようになった。そしてドラマで『美麗』が主人公にしていたイジメを、そのまま私にやられるようになっていた。
まぁ、小学生だからね、ドラマと現実を混同させちゃうのは無理ないけど、「結衣ちゃん(ドラマの主人公)をイジメないで」と泣きながら集団で私をイジメてくるからカオスだ。
ドラマだから、架空の人物なんだよ、といくら言っても聞く耳持たないので、担任に相談しても、「みんなに謝りなさい」と言うだけで何も対処をしようとしない。いったい何を謝らなければいけないのか理解できないので、仕方がないから学校に行くのをやめた。立派な不登校児になった。
義務教育だけど無理に行く必要もないし、ほとぼりが覚めて騒ぎが収まれば、また元に戻るだろうとのん気に考えていたら、今度は家にまで被害がおよびはじめた。家の花壇が踏み荒らされ、塀に落書きはされ、何故かワイドショーのカメラが家の前で張り込みをはじめる始末だ。
別にスキャンダルでもなんでも無いのに、どうしてこうなったのやら……
家族に迷惑をかけるぐらいなら、もう子役を辞めようかなと悩んでいたら、篠崎さんに引き止められた。何とかするからもう少し頑張って欲しいと。
ドラマが終盤になる前には、篠崎さんの手配でセキュリティーがしっかりしている今のマンションに引っ越した。しかも、家賃は完全に事務所持ちである。この辺のマンションって月ン百万単位だったハズだけど、いいの?
そして同時に、私をCMに起用してくれていたスポンサーである六条グループの会長、小百合ちゃんのお爺さんに話を付けて桜凪学園への転入推薦を取り付けてくれた。
荒れていた私生活はあっという間に沈静化した。だけど、子役としての私のイメージは最悪なままだ。
ワイドショーでは、今回の騒ぎが取り上げられていて、「あれは小学生が出来る演技じゃないよ、元々そうとう性格が悪かったんじゃないの〜」とか、「主役の子、演技じゃなくて本当に泣いてたらしいよ〜、よほどナナちゃんが怖かったんだろうね」とか、「子役として成功しちゃった家庭は荒れやすいからね〜、親が子供の稼いだ金を使い込んだりとか。ナナちゃんの性格が歪んじゃったのも、家庭が荒れてるからじゃないの〜」などなど……
脂ギッシュな司会者が、ある事ないことを無責任に好き放題言ってくれている。
性格は……良くはないけど、漫画の美麗ほど悪くはないよ。演技だよアレは。けど、清楚な大和撫子を演じていたのは確かだから、それほどハズレてもいないような? 元おっさんだしね。
主人公の結衣役の子が、本番中にガチ泣きしていたのは本当。泣く演技がすごく上手だなぁと感心していたら、私の演技にビビってガチ泣きしていただけなんだって。ごめんね。
家庭が荒れてるのは……最近荒れたばかりだね、私のせいで。けど、両親は私が稼いだギャラには一切手を付けようとしなく、将来のためにとっておきなさいと言うだけだ。使い込んだりなんてしてない。私が子役として活動しているだけで色々と迷惑をかけているので、バッグや車を買ってはプレゼントしてみたけど、子供はそういう事を気にする必要はないと諭されたくらいだ。
そう考えると半分くらいは当たってるなぁ。ムカつくから、もしこの禿の番組に出演することがあったら、ヅラを奪ってフリスビーがわりに投げてやろう。よく飛びそうだ。
そんな『花咲ナナ』として築き上げてきたイメージがストップ安を更新し続けるなか、篠崎さんが次の仕事をとってきた。
『悪役令嬢に転生!? 〜慎ましく、誠実を目指して生きていきます〜』
内容は『僕と君でmoderato』の世界に、美麗として転生した元OLが、漫画のように破滅するのを避けるため、帝王や主人公となるべく関わらないように、慎ましく誠実に生きていこうと頑張る話しだ。
こんな二次創作のような映画で大丈夫なのかと思ったら、また原作者さんが脚本を担当したらしい。
スピンオフという扱いになるらしく、すでにドラマで一緒だった監督にも話しはついていて、キャスティングもドラマと同じ。そのうえ映画の公開と同時にコミックス展開も決定済みとのこと。
まだドラマも放送中なのに気が早いなーと思っていたら、早急に私の悪役イメージを払拭するために篠崎さんが企画立案して各所に話をつけたらしい。……それもうマネージャーの域を超えて、映画プロデューサーの仕事じゃないすか……
しかし、イメージを回復するのにこんな安直な企画で大丈夫なのかと思ったけど、篠崎さんが頑張って動いてくれていたらしいので口には出さないでいた。けど、何も言ってないのに篠崎さんにデコピンをされた。
「こんな安直な企画で大丈夫なのか、とか思ってたんでしょ」
「エスパーですか!? ハッ!もしかして私サトラレだったり?」
「全部、顔に出てるわよ。それにね、安直な方がいいのよ。どうせ今回の事でナナに悪いイメージをもった連中なんてバカばかりなんだから。ナナのイメージが『美麗』を演じて悪くなったのなら、この『美麗』を演じればイメージを回復させられる。私を信じなさい」
そう篠崎さんが断言するけど、半信半疑のまま撮影に入った。かなり突貫なスケジュールで、ドラマの最終回の翌月には映画を全国ロードショーという力技だ。
私の好感度と反比例して、ドラマは高視聴率を叩き出していたので、映画の動員数もかなり好調だったようだ。そしてマイナスに突入していた私の好感度も、あっという間にVの字回復した。むしろ、前より人気が上がって天元突破していた。
思わず「えぇぇ……」と声が漏れたのは仕方がないだろう。悪役を演じただけで嫌われて、愛されキャラを演じたら好感度MAXなのだ。手のひら返しが酷すぎて草も生えない。
「もう、悪役なんて演じないよ」
と、裏声で篠崎さんに言ったら、
「来週にはギャラに釣られて、また勝手に悪役を引き受けてそうなのが目に浮かぶわ」
と皮肉られた。私だって反省はするから、二度と悪役を安請け合いしないと誓える。
安請け合いはしないので、ギャラが高かったら受けるかもしれないけど。
「それに今回の事は、あなたの事を甘く見ていた私の責任だから、ナナが責任を感じる必要はないわよ」
不満そうにしていた私に、そう、篠崎さんが呟くと優しく頭を撫でてくる。なんとなく気恥ずかしくなって、
「なんだ、私のせいじゃなかったんですね、反省して損しました。しっかりしてくれないと困りますよ、篠崎さん」
と言ったら、真顔で両頬をつねられて、びょーんと伸ばされた。痛い。
そんなこんなで私がイジメられてたのは、たった数ヶ月だった。しかもあまり学校に行ってなかったので、イジメられていた期間はわずかだ。だけど、その間は本当に心身ともにボロボロになった。
すぐ対処できたのも、私は一度成人していて「辛かったら逃げてもいいんやで」ということを理解していたからだ。担任(糞の役にも立たなかった)や両親、そして篠崎さんなどの身近な人にきちんと相談して、すぐに学校にいくのをやめた。そして、その学校が嫌なら転校すればいい。逃げ道なんていくらでもあるし、守ってくれる人も沢山いる。
だけど普通の思春期未満の小学生は、視野が狭く、学校と家庭が世界の全てで、親にイジメの相談なんて出来るわけがない。
イジメられていても、相談出来る相手がいないから、守ってくれる人もいない。
だから、掃除用具入れに閉じ込められて泣いているこの子の力になりたい。
私はそう思った。