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 伊澄さんを家に招き入れて、歌とダンスのレッスンを二人から受ける。


 なぜか伊澄さんが張りきって振り付けまで考えてくれたので、踊りながら歌う練習もしている。まぁ、今回はアイドルじゃないし、バンドのボーカルって事だからダンスは軽めだ。

 中学生の素人バンドという設定にしてはかなり上出来なんだけど、本番では少し下手に見えるように演技すればダイシかな。下手な人が上手く見えるように演技するのは大変だけど、上手くなれば下手に見せるのは楽だからね。


 それにしても、人気アイドルからマンツーマンどころか、3人掛かりでレッスンを受けられているのは贅沢だ。歌は小鳥さん、ダンスは伊澄さんが上手で、もみじさんはどちらも小器用にこなす。それに、もみじさんは歌やダンスよりもギターの方が上手かった。後で余裕があったら教えて貰おう。

 この手の習い事では、良い講師を探すのが大変だからね。


 私のレッスンが一息ついたら、今度は伊澄さんの演技レッスンをする。せっかく来たんだから、私のレッスンだけに付き合わせるのも悪いし。


 我が家でレッスンをするようになってからそこそこ経ち、伊澄さんも徐々にだけど上達している。まだ主役を張れるほどでは無いが、端役や脇役なら問題なさそうだ。だけど3人でレッスンしていると伊澄さんの上達が遅いように見えるので、本人的に絶賛自信喪失中である。


 ちょっと教えただけで覚醒する小鳥さんは頭おかしいし、なんでも器用にこなすもみじさんも筋がいいだけなんだけど。そんな二人と比べるのは可哀想だ。



「やっぱり、私には演技の才能が無いのかな……」


「才能なんて努力しない人の言い訳ですよ。それに、伊澄さんもちゃんと上達してますから」


「……してる?」


「してます。録画したデータはとってあるので、最初の頃のと見比べてみましょうか」


 カメラと同期させてあるパソコンを操作して、レッスンを開始した頃と先ほど演技したものを見比べてみる。撮影したものをその場でチェックはしていたけど、こうやって過去の自分と比較するのもいいだろう。やっぱり、テレビに映して比較すると、初期の頃と今の演技では目に見えて上達しているのが分かる。


「ほら、ちゃんと上達してますよ」


「……ほんとだ」


 真剣な目で過去の自分の演技と見比べていた伊澄さんは、ほっと息を吐く。


「というか、昔の私はこんなに下手だったのね……ダメダメだ」


「上達したからそう思うようになったんですよ。だから挫けず頑張りましょう」


「うん、ありがとうナナちゃん」


 嬉しそうに微笑む伊澄さん。


 だけど、やっぱり”才能”というのは存在する。どんなに頑張っても上達しない人はいるし、少し学んだだけでコツを掴み、みるみる上達する人もいる。

 上達する時は上り坂ではなく、階段だ。ずっと続けていると、ふと、こうやるのかと分かる瞬間がある。その手応えはいくら説明しても伝えることは無理で、自分で気付くしかない。だから、伊澄さんも諦めずに頑張れば、壁を乗り越えてステップアップできる……かもしれない。

 ひとつだけ確かなのは、諦めたらそこで終了ということ。


 目標をもって頑張るというのは、それだけで価値がある。やりたい事もなく漫然と生きていたら後悔する。


 まぁ、私の目標はニートなんだけれども。



「じゃあ、レッスンを続けましょうか」


『ダメよ。もう遅いから終わりにしなさい』


「あっ、はい」


 気が付いたら夜の10時を過ぎていたようだ。レッスン室の天井に備え付けられたWEBカメラから、母さんの声が響く。完全防音のレッスン室に何時間でも篭もる私を見守(かんしす)るために付けられたのだ。リビングやキッチンにあるテレビでいつでもレッスン室が見れて、セットのマイクを使えば会話も出来る優れもの。お値段は9800円と大変お買い得だったと母さんは言っていた。

 子役事務所(サンアカ)でも同じような設備があり、レッスン室は講師と子供達だけで、保護者はロビーに複数備え付けてあるモニターでレッスン風景を眺めるようになっている。


 それを思い出して取り付けたのだろう。3歳で事務所に通いはじめた頃は、母さんが付き添いしてたからね。でも、母さんが弟の和樹を妊娠した時に、もう親が付き添えなくなるから事務所に辞める相談をしたら、篠崎さんが専属マネージャーとしてついたのだ。


 それから事務所への送り迎え、撮影の同伴と、篠崎さんとマンツーマンである。



『お風呂いれてあるからね』


「はーい」


 まぁ、WEB(かんし)カメラがあるから、こっそり遅くまでレッスンすることは出来ないということだ。




 順番で風呂に入っていたら時間がかかるから、みんなで一緒に入る。うちの風呂は広いので、みんなで入っても余裕なのだ。

 それに、元おっさんだけどもう10年も女の子として生活してきたら流石に慣れたからね。泊りがけの撮影の時は大浴場にも入るし、今さら他の女の子と一緒に入ったからと、興奮する事もないからセーフである。


 ……だけど、やっぱり現役アイドルのプロポーションは凄いね、眼福だ。



 風呂からあがると、私の部屋に客用布団が二組敷いてあった。うちでレッスンをすると、いつも遅くまで篭もるのでだいたい泊まっていく。普通の家庭なら小学生がそんな生活をしていたら怒られそうだけど、文句ひとつ言わずにサポートしてくれる母さんに感謝だ。



「いやー、ナナちゃん()はいいねぇ。あたしもこの家の子になりたいよ」


「もみじさんは一人暮らしでしたっけ?」


「そうだよー。もうずっとひとりだね」


「伊澄さんは……あれ、寝てる」


 布団に入ってしばしの女子トークをしようとしたら、伊澄さんはすでに寝ていた。私も寝付きはいい方だけど布団に入った瞬間に寝るほどじゃないな。


「今日はピンでバラエティ番組に出てたらしいから、疲れたのかな」


「アイドルも大変そうですよね」


「いやいや、ナナちゃんほどは忙しくないよ」

 

「うーん、私は最近抑えめにしてるからそんなに忙しくもないですよ」


「……アレで?」


 もう勝手に仕事を受けることもしてないから、午前様になることはない。それに、一時期ぱんぱんになるまで詰め込んでいた習い事もやってないし、こうして家でゆっくり出来ることも増えてるから最近は余裕だ。それに、社畜時代の三徹四徹してた頃と比べたら天国だ。


「さぁ、寝ちゃいましょうか。明日も早いですし」


「あいよー。明日もドラマの撮影だっけ? がんばってね」


「おやすみなさい」ともみじさんに告げ、リモコンで灯りを消して、目をつむ



 *



 ふと目が覚めると朝になっていた。まだ目覚まし時計が鳴る前なのでとめて起きあがる。


 ぐっと背伸びをして、ベッドからおりてカーテンを開けると快晴だ。


 抜けるような青空に、遠くの方に入道雲が見える。窓を開けると、早朝なのにむわっと熱気が入っていたので閉めた。


 今日も暑くなりそうだな……。



「ナナちゃん、おはよう」


「あ、おはようございます。起こしちゃいましたか?」


「ううん、ちょっと前に起きてたから」


 敷布団の上にちょこんと座っている伊澄さんは、ピンクの可愛らしいパジャマ姿だ。長身でクールな伊澄さんは、意外と可愛いものが好きらしい。私服はシンプルなんだけどね。


 私は普通に子供用のパジャマで、いまだイビキをかいて寝ているもみじさんは、パジャマ代わりのチューブトップがずれて腹巻きのようになっている。下はパンツだけだ。

 流石がもみじさん、私よりおっさんらしい永遠の17歳である。


「じゃあ、私は日課をこなしてくるので、もみじさんも起きたらリビングに来てくださいね」


「うん、いつもありがとう」


「いえー、お礼は母さんに言っといて下さい」


 ぱたぱたと伊澄さんに手を振って、Tシャツとスパッツに着替えて部屋を出る。


 キッチンで冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、そのまま一気飲みしてからトレーニングルームに向かう。室内にはルームランナー以外にも、ダンベル各種、エアロバイク、チェストプレスマシンなど、他にも色々なトレーニング器機がある。主に父さん用だ。


 入念にストレッチしてからルームランナーで軽く走って、シャワーを浴びる。役者は体力が資本だから毎日のトレーニングは欠かせない。


 喉が乾いたのでまた牛乳を飲もうとキッチンに入ったら、対面式カウンターの向こうのリビングで、もみじさんが弟の和樹と遊んでいた。幼稚園も夏休みなのに早起きしてきた和樹の面倒をみていてくれたようだ。


「でたな! したーて・る!」


「おーほほほ! アルカー、処刑するわよ!」


「くらえっ! ふるぶらすと!」


「ぎゃあぁぁぁ! やられたー」


 和樹がパンチする真似をすると、もみじさんは苦しそうに悶えてパタリと倒れる。


 最近流行っている特撮ヒーローごっこかな。和樹が大好きで、毎週日曜の朝にはテレビにかじりついて大声で応援している。

 日頃のレッスンの成果か、もみじさんは迫真の演技で怪人を演じていたので、和樹は満足したようだった。


「つぎは、ボクのーふぇいすね!」


「いいよー、何怪人にする?」


「んーとね……」


 和樹が次のリクエストをすると、倒れていたもみじ怪人がむくりと起き上がる。遊んでいる姿はまるで姉弟のようだけど、実年齢は親子ほど離れている。


 二人を横目に、ソファーに座っていた伊澄さんにアイスコーヒーを差し出す。ミルクとガムシロップをたっぷり入れるのが好みのようなので、多めに添えておいた。


「ありがとう、ナナちゃん」


「いえー、それにしても、もみじさんは朝から元気ですよね」


 今度は天道虫(てんとうむし)怪人になったもみじさんが「ヒィエハァッ!」と奇声をあげて戦っていた。


 なるほど、ああやるのか。


 前に私が天道虫怪人をやった時には、番組を観ていなかったので「テントウムシー!」と適当に言ってみたら悲しい目をされた。何度かそれが続いたら、仲間に入れてくれなくなったのだ。


 仲間はずれはいけないと思うな。


 仲間に入るために気合い入れて覆面ライダーを全シリーズ見たんだけど、いま流行っているヒーロー物は覆面ライダーとは違うらしいんだよね。おじさんには違いが分かんないよ。


 私が3歳くらいだった頃にもレスキュー戦隊ものが流行ってたと思ってたら、従来の戦隊シリーズとは別物だったりね。おじさんには違いが分かんないよ。



「らいとにんぐ・むーぶ!」


「ぐあー! やーらーれーたー」


 何故かヒーローものに詳しい永遠の17歳が、パタリと床に倒れる。と、キッチンから「朝ご飯できたわよー」と母さんが呼ぶ声が響いた。


「いやー、かずくん強いね」


「もみじおねぇちゃんも上手だったよ。またあそぼうね」


 倒れていたもみじさんが起き上がると、和樹と手を繋いでキッチンまで歩いていく。


 ギギギ…… 最近、私よりもみじさんの方が和樹と仲が良い。「もみじおねぇちゃん」と和樹になつかれるもみじさんも、まんざらでもないようで猫かわいがりしている。弟をNTRされた気分だ。


「ぼく、もみじおねぇちゃんと結婚する!」


「え……?」


 何……だと……? 私より先にもみじさんが和樹に求婚されていた。気分どころかホントにNTRされたよ。


「いやー、照れるね。かずくんが大きくなって、たくさん筋肉つけたら結婚しようか」


「うん! パパみたいになる!」


 おい、年上好みじゃなかったのか。父さんが無理だからと光源氏計画するのはやめてください。それに、和樹は母さん似で女の子みたいな顔立ちしてるのに、筋肉ゴリラになったら私が泣くよ。


「かずくん、おねぇちゃんとは結婚しないの……?」


「だって、おねぇちゃんアルカーのことぜんぜん知らないし、せいかくのふいっちだよ」


「おぅふ……」


 アルカーか……いつも新作レンタルは貸出中だから観れてないんだよね。途中からでもいいから録画して観ようかな……。


 覆面ライダーなら全シリーズ暗記したんだけど、そっちじゃダメかな? 興味ない?





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