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朝のホームルームのシーンの撮影で、クラス役のエキストラも一同に揃うと、その中にむっちゃ目立つ女の子がいた。ロココ調の縦ロールのヘアスタイルにバッチリメイクをしている女の子は、一之宮さんだった。
なんでいるの……?
近くのスタッフさんをつかまえて話しを聞くと、
「あー、目立ちますよね、あの子。なんでもスポンサーのご息女らしくて、強引にレギュラーエキストラにねじ込まれたらしいッスよ」
ほえー、エキストラということは、どこかの子役事務所に所属してたのかな。桜凪学園の生徒はそういう事に興味なさそうだったけど、一之宮さんのグループは少しミーハーな感じだしね。
ちなみにレギュラーエキストラとは、学園ものなどで周りの生徒を毎回同じメンツにするためのエキストラさんだ。オーディションがある事も多いから、ある程度の演技が出来ないと選ばれないんだけど。
とりあえず最初のシーンを撮影するのに監督が席順を決めて、一之宮さんは離れた隅の方になっていた。あんなに目立つエキストラなんて映せないからね、カメラのフレーム外だ。
不満そうにしている一之宮さんをじろじろと見ていたら目が合った。手を振られたので、思わず手を振り返したらすごい勢いてこっちに来て、
「あの私、ナナちゃんの大ファンでサイン……」
「はーい、エキストラ役の子は席から離れちゃダメっすよ。もうリハ始まるッス」
「は、離しなさいっ! 私を誰だと思ってるの!?」
リハーサル直前にサインをねだりに来た一之宮さんを、さっきのスタッフさんが引きずって席に座らせた。監督からもやんわりと注意されて一之宮さんは不貞腐れていた。
エキストラとはいえこの手のドラマに呼ばれる子は、きちんと子役としてレッスンを受けてから、ある程度活動していないと呼ばれないんだけど。だから、普通は仕事中にサインをねだる子はいない。
それにしても、一之宮さんは私のファンだったのか……山田か赤城くんが目当てなのかと思ってたのに、意外だ。
*
そんな珍事があったけどホームルームのリハーサルと本番が終わり、休憩をはさみながら撮影が進んでいく。……ハズだったんだけど、一之宮さんが何かと目立とうと勝手にカメラの近くに移動してきたり、他のエキストラ役のセリフを勝手に言ったりなどやりたい放題した結果、NGが重なり撮影が押していた。そのうえ休憩になると、一之宮さんが私の方にきて話しかけようとしては、スタッフさんに引きずられて戻されていた。
その度に、一之宮さん所属の子役事務所のマネージャーさんが、顔を青くして監督やスタッフさんに平謝りしていていた。
ちなみに、子役がエキストラとして大勢呼ばれる撮影では、○○事務所から何人、△△事務所から何人と選ばれて、事務所のマネージャーがまとめて引率してくるのが普通だ。いちいち子役ごとに保護者がついてきたら大人数になるし、子供だけで撮影現場に来ることは出来ないしね。うちの事務所からもレギュラーエキストラとして何人か抜擢されているので、今は篠崎さんはそっちの様子を見ている。
一之宮さんは子役事務所にもコネで入ったのか、マネージャーさんは強く叱ることも出来ないようで、当然、監督もスタッフも強く言える人がいない。
なんといってもスポンサーの影響は大きい。
だから、家がスポンサーなのを傘に着て、ワガママ放題の一之宮さんを止められる人はいなかった。
現場の空気が最悪ダナー。
横で真由ちゃんが殺気立っているし、山田は今にも暴発しそうな赤城くんを抑えている。
まぁ、業界に長くいると修羅場な撮影も珍しくない。余裕がない撮影だと、監督の怒号がスタッフさんに絶え間なく落ちていた現場もあるし、年嵩の女優さんがスタッフにあれこれ文句を言っては撮影が進まなかった現場もあった。
今は、一之宮さんがエキストラのセリフをよこせと、監督に掛けあって揉めている。試しにリハでやらせたようだけど、案の定、レッスンをまともに受けてないようでまともに演技が出来ていない。それを見て他の子にセリフを回す事になったのに、一之宮さんは納得いかないようで監督になお食い下がっている。
すごいバイタリティだなぁ。
ガンガンと前に出てセリフを貰おうとする姿勢は重要だけど、実力が伴わないと意味がない。それと縦ロールがダメだ。公立の中学校にそんなお嬢様なモブがいる訳がない。
そんな調子でかれこれ一時間ほど撮影が押している。今日は予定通り終わったら、道場にも寄らないで早く帰って和樹と遊ぼうかと思ってたんだけど、ムリそうだな。
台本を真剣に読んでいるフリをしながらぼけーと様子見していたら、山田が耳打ちしてきた。
「ナナちゃん、ちょっと注意してきてよ」
「……なんで私が?」
「だってあの子、ナナちゃんのファンみたいだし、僕よりナナちゃんが注意した方が大人しく言うことを聞くかな、と思ってね」
「うーん……そうかもしれないけどさ」
完全に他人任せの山田の首を締めたいけど、言っていることは分からないでもない。何故か山田や赤城くんをスルーしてまで私に話しかけようとしてくるし、大人は職がかかっているから強く言える人がいない。
これが今日だけなら適当にいなしてやりすごせばいいけど、レキュラーエキストラで出演しているとなると、今後もずっと続きそうだ。初日に注意しておかないと後々まで長引いて、撮影がぐだぐだになってしまう。
とりあえず、後ろで渋面で撮影を眺めていたプロデューサーさんに、ハンドサインで出撃許可を求めると「ケントウヲ、イノル」とGOサインが返ってきた。やるしかない。
「じゃあ、よろしく。後で採れたての枝豆をあげるからさ」
「……茄子もね、一キロづつ」
「わかったよ。上手くなだめられたら、ね」
山田が準レギュラーで出演している農ドルのバラエティ番組は、専門の農家から直接アドバイスを受けて採算度外視で手間ヒマかけて栽培しているので味には期待できる。それに枝豆は鮮度が落ちやすいから、都内で採れたてを食べられる機会なんて早々ない。
映画でも観ながら、塩茹でした枝豆をツマミにビールをキュッと一杯やってみたい。いや、ビールはまずい。しかし子供ビールじゃ甘くて枝豆に合わないし、ここは母さんに直談判してノンアルコールビールを解禁して夏のバルコニーで晩酌しよう。茄子はシンプルに焼き茄子にポン酢もいいし、揚びたしもいい。これもビールによく合う。
そう現実逃避しながら、監督に一之宮さんが詰め寄っている場に歩いていき、
「あの、少しよろしいですか?」
「なに? ナナちゃん」
私が声をかけると、監督相手に高圧的に命令していた一之宮さんが、くるりと振り返るとにこにこと笑顔を浮かべて返事をしてきた。初対面という事になってるのに超フレンドリーだ。いつも学園では無言で睨まれているから、調子が狂うな……
「撮影が押してきてますので、申し訳ないですけど監督の指示に従っていただけませんか?」
「でも、せっかく来たんだから、映らないと皆に自慢できないし……」
自慢のための記念かよ。
本格的に子役を目指して頑張っているなら、やんわりと注意しておさめようかと思ってたけど遠慮はいらないかな。遠回しに注意しても聞きそうにもないしね。
「はぁ……あのね、みんな仕事でここにいるんだ。このドラマを少しでも良くしようと頑張っているの。だから、遊び気分で現場を引っ掻き回されるのは迷惑だよ」
「え……? でも、私のパパはスポンサーだから……」
「デモもストもないよ。スポンサーは貴方のお父さんの会社だけじゃないの。いくつもの会社がスポンサーになってるんだ。だから、貴方が無茶な要求をして現場に迷惑をかけるなら、他のスポンサーから抗議することも出来るんだよ」
一之宮父の会社は、通信関連で業績を伸ばしてからテレビCMをバンバン流しているみたいけど、このドラマ枠のスポンサーは最近になってからのハズだ。小百合ちゃんのお爺さんがCEOをつとめている六条グループが昔からのスポンサーなので、お爺さんにチクればこんな無茶な要望は通せないと思う。基本に古くからのスポンサーを優遇するからね。
まぁ、そんな事をやったことないから、本当はどうなるかわからないのでハッタリだけど。虎の威を借る狐。やってることは一之宮さんと大差ない。
「じゃあ、こうしよう。一度きちんと演技してみて、チェックしてみない?」
不満そうにしている一之宮さんを納得させるために、一度撮影させてみるのが分かりやすいだろう。
*
モブの女の子が休み時間に楽しそうにお喋りしているシーンで、教室の日常をパンで映しながら主人公とヒロインに繋がるカットだ。そのモブを一之宮さんが演じた後に、比較するために私も同じ演技をする。
そしてモニターの前に集まって皆でチェックする。普通は監督やメインの役者くらいしかチェックしないので、エキストラさんが自分の演技を見ようとしたら放送されるまで見る機会はない。
そして、撮影したものをモニターで確認しないで自分の演技を客観的に理解できるのは、長年演じているプロくらいだ。だからこうして、モニターで見せれば一之宮さんも自分がどういう演技をしているのか理解しやすいだろう。
モニターに映された一之宮さんは、大声でセリフを棒読みしているうえに、緊張しているからなのかボイストレーニングをしてないせいなのか声が震えている。笑顔もぎこちないしオーバーリアクションしているせいで、海外のコメディドラマみたいに見える。まぁ、衆人環境で初めてカメラの前で演技をするなら無理もない。
その後に私が演じたものを見せて比較させると、一之宮さんは黙ったままうつむいてしまった。
「事務所でちゃんとレッスンは受けてるの?」
「一度だけ受けたけど、講師の人が褒めてくれたわ……」
一度レッスンを受けただけで上手くなれる訳がない。講師が褒めていたというのも、大手企業のご令嬢相手に機嫌をとっただけじゃないかな。
「でも、ナナちゃんと比べて私の方が下手なのは当たり前じゃない! それに、たかがエキストラなら、私だって頑張れば出来るようになるわよ!」
「あのね、エキストラで来ている他の子達だって何年もレッスンを受けているし、その中でも演技ができる子がオーディションで選ばれてるの。撮影中に上手くまでレッスンする時間は無いから、セリフを貰いたいならまともに演技が出来るようになってからにして」
何年もレッスンを受けても、エキストラのみで子役を終える子はざらにいるし、むしろエキストラにもなれずに辞めていく子は多い。だから、芽が出なかった子達はだいたい五年生くらいから引退していき、六年生になる頃には中学受験に備えてほぼ居なくなってしまう。
そして、こういった”まとも”なドラマ撮影のエキストラに起用される子は運が良い。バラエティ番組の仕込みだったり再現VTRのちょい役が大半だ。だから、この撮影に賭けている子は多いだろうし、子役として最後の撮影と決めている子もいるだろう。
たかがエキストラだと思って、遊び気分で演っていいものではない。
「それに、演技以上に髪型がダメなの。そういうセレブな髪型の子が公立の中学校にいる訳がないからカメラに映せないし、化粧もするなとは言わないけど、もっとナチュラルなメイクにして」
「で、でも、私はいつもこの髪型だし……」
「そんなのは関係ない。今は公立中学校を舞台に撮影をしているの。だから、合わせられないなら映らないように隅で大人しくしているか、エキストラをやめて、帰って」
私がそうきっぱりと言って出口を指差すと、一之宮さんと睨み合いになる。超目力が強くて、超怖い。
内心ガクブルしながらしばらく睨み合ってると、一之宮さんが俯き、ポタポタと涙を流して泣き出してしまった。
「ご、ごめんね、大丈夫?」
やべー、スポンサーの娘さんを泣かせちゃった。
あたふたとポケットからハンカチを取り出して、一之宮さんに渡して涙をふかせる。しかし、涙はとまりそうにもなく、拭いたそばからアイラインが滲んですごいことになってしまった。晒し者にするわけにもいかないので、控室代わりに使っていた教室まで一之宮さんを避難させる。
無人の教室の椅子に座らせて、しゃくりあげて泣いている一之宮さんの背中をさすりながら、
「ごめんね、あんなに強く言うつもりはなかったんだけど……」
エキストラの子役の現状を、言い訳という名の自己弁護ついでに、今度は優しく言いふくめる。
「あそこにいた子達は何年もレッスンを受けたうえでエキストラの仕事をしているの。遊び半分でやっている子はいないし、みんな真面目に取り組んでいるんだよ。だから、”たかがエキストラ”なんて、もう言わないで」
そう、つい声を荒げてしまっただけで、泣かすつもりはなかったんや。
パパにチクられたら色々と面倒になるから、黙っててね。