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「リーダーばかりずるい、赤城のヤツも……」
「ご飯が不味くなるから、グチを言うなら食べ終わってからにして」
学園での昼休み、図書クラブの部室に大翔の姿があった。大翔を呼びだした時に、私がぽろりとここで弁当を食べている事をもらしたら、大翔もいつの間にか居座るようになっていたのだ。
いつもは学食で女の子に囲まれて食べているハズだから、大翔がいないと騒ぎになる。だから、ここに来ていることがバレたら色々と不味いので、昼休みは来ないように言い含めたんだけど、頑として言うことを聞こうとしない。
「もう、休み時間は構わないで一人にして欲しいと言ってあるから大丈夫」と大翔がいっているが、後をつけてくる生徒が出ないとも限らない。仕方がないので気配の消し方を教えて、それが出来るようになるまでは出禁と言ったら、一週間でマスターしやがった。私が頑張って身につけた技を、あっさり出来るようなる理不尽さ。だからチート野郎は嫌いなのだ。
なので今は、気配を消して遠回りして尾行を巻いてから、旧校舎の裏の窓から入るようにさせている。
「マネージャーにナナと共演したいと言っても『そのうちにね』といって全然とりあってくれないんだよ」
「だーかーらー、そんなすぐに共演出来るようになる訳ないじゃん。ヒロが大人しくしてたら、来年くらいにはほとぼりが冷めて、共演出来るようになるんじゃないの」
めんどくせえ。
せっかくの憩いの場が、大翔のせいで台無しだ。小百合ちゃんと綾乃ちゃんは、苦笑いしながらお弁当を食べている。
「演技だったら、俺の方がリーダーや赤城より上手いのにさ。なんでリーダーばっかりナナと共演出来るんだよ。あいつらだって同じアイドルだろ」
「単に『ボクキミ』で共演が重なってただけでしょ。ウザいからそろそろ黙ろうか」
「なんでだよ! グチを聞くって言ってたじゃないか!」
「たまにならって、言ったハズだけど? しょっちゅうここに来てグチを吐くのはやめなさい。ご飯が不味くなるから」
そう言って食べ終わった弁当箱を片付けて、綾乃ちゃんが淹れてくれたお茶を飲む。ぼちぼち初夏になってきたので外は蒸し暑いが、この部室にはエアコンが完備されているので快適だ。
もう屋上は辛い季節だし、気兼ねなくのんびり出来る部室があって良かった。目の前で不満そうにしている大翔は、パンをかじりながらぶーたれている。
「それにしても、ヒロは弁当待ってこないの?」
「母さんが学食で済ませなさい、と言ってるから無い」
「じゃあ、学食で食べなさい。菓子パンばかりじゃ体壊すわよ」
「やだよ。女に囲まれながら食べても疲れるだけだし、ここでパン食べてた方がマシだ」
弁当の場合は手作りが原則だから、いくら専業主婦でも毎日弁当を作るのは大変だ。桜凪学園の学食は高いけど、美味しいうえに栄誉バランスも完璧らしい。だから普通は学食にするし、弁当を毎日持ってくる生徒は少ない。
したがって、大翔が食べているコンビニで買ってきた菓子パンは禁止されている。カバンに隠してここまで持ってきているから見つかってないだけだ。
「じゃ、じゃあ、私が作ってきましよう……か?」
「お前、弁当作れるのか?」
「ヒロ、地が出てるからちゃんとしな」
おずおずと綾乃ちゃんが話しかけるけど、大翔は私と話していたからだいぶ素がでてしまっているようで、不機嫌そうにぶっきらぼうに答えている。そのうえ、綾乃ちゃんを「お前」呼ばわりするとは何事か。
大翔は仏頂面でテーブルに片肘ついていたのを改めて、背筋を伸ばして足を組むと、
「へぇ、料理が得意なの?」
そう言って綾乃ちゃんに優しく微笑み、白い歯に日光が反射してキラリと輝く。
「いえ、得意ってほどではないんですけど、お母さんの手伝いで、よく一緒に料理をするので……」
「家庭的なんだね。オレ、そういう家庭的な女の子、好きだな」
「えっ! い、いえ、それほどでも、ない……」
「食べてみたいな、君が作った料理」
「あ、じゃあ、玉子焼きを食べますか?」
まだお弁当を食べていた綾乃ちゃんが、小さなお弁当箱を差し出すと、美味しそうな玉子焼きが並んでいた。
そのうちの一つをひょいとつまむと、大翔は自分の口に入れずに、なぜか綾乃ちゃんの口にくわえさせ、
「食べさせてよ」
そう言うと、綾乃ちゃんに顔を近づけて、口移しで──、
「どっせい!」
音をたてずに大翔の背後にまわり、足を振り上げて脳天にかかと落としを決めようとするが、するっと避けられる。ダメだ、大翔に打撃を当てるには完全に不意をつかないと。確実にヤるなら投げから関節を極めて折るしかないけど、場所が悪い。まだ、綾乃ちゃんも小百合ちゃんも食べ終えてないから、こんなところで投げたら大惨事だ。
仕方ないのでフェイントから足を踏みつけて、逃げられないようにして大翔のYシャツの襟首を掴み、立ったまま首を締める。
「大翔くんは、何を考えてるのかな?」
ギリギリと両手で締め上げて宙吊りにすると、苦しそうに私の腕をタップしてくる。このまま落ちられても面倒なので、緩めておろしてやると、
「ゲホッ! なにするんだよ!」
「それはこっちのセリフ。綾乃ちゃんに何するつもりだったんだ、このクソ駄犬が」
大翔が大声をあげてくるから、つい私も言動が荒くなってしまった。綾乃ちゃんは玉子焼きをくわえたまま、ゆでダコのように顔を真っ赤にして目を回している。
「何って、ナナがそうしろって言ってたんだろ」
「あぁん? 私が、いつ、口移しで食べさせてもらえと言ったのよ?」
「前に言ってただろ、女と話す時には漫画のマネしろって」
何のこと?と思ったけど、昔、大翔にファンを大切にするように言いふくめた時に「女と何を話していいか分からない」といってたので、その時に共演していたドラマの原作を渡したんだ。
原作は少女漫画で、小学生のプラトニックな恋愛だったハズだけど。
「あぁ、昔ヒロと共演してた時の漫画でしょ? こんなハレンチなことはしてなかったと思うけど」
「あの……その漫画のことなら、今月号でさっきと同じようなシーンがあるので……」
「え、まだ続いてるの?」
綾乃ちゃんは、くわえていた玉子焼きをむぐむぐと飲み込むと、カバンから少女漫画の雑誌を取り出してくる。受けとって流し読みしてみると、小学生だった主人公たちは高校生になっていて、私が「マネしたら」と言った相手役がさっきと同じようなことを主人公にしていた。
「……綾乃ちゃん、コレの単行本ってある?」
私がそうたずねると、部室のすみにあるロッカーを開けて漫画をとりだしてくれた。基本的に漫画は校則違反なので、代々と隠して保管しているようだ。
昔読んだ時より巻数が増えていて、小学校の時はほのぼのと緩い恋愛だったのに、中学高校と進学するにつれ描写が過激になっている。しかも、主人公が逆ハーレム状態で色々なイケメンから言い寄られている展開になっていた。
それでも小学生時代に相手役だったキャラがメインの恋愛相手なのは変わらないようで、要所でよくネットで見るような恥ずかしくなるセリフを囁いている。昔の純朴な少年の面影がなくなっていた。
唯一の救いは、さっきのような口移しの描写は最新号でしか見られなかった事だ。せいぜい壁ドン、顎クイで甘い言葉を囁くくらいだし。
「……ヒロ、これをずっとマネしてたの?」
「おう! 受けがよかったぞ」
だろうね。
少女漫画には女の子が描く理想が詰まっている。ただし、こんなことが許されるのはイケメンだけだ。
そして大翔はイケメンだった。
どうりで大翔の周りには黄色い声が絶えないわけだ。学園では大翔に近寄らないようにしていたから気づかなかったよ……
「口移しで食べたりするのは、他の子にやったの?」
「いや、まだだぞ。最近、昼休みはここにずっといるからさ」
「それ、禁止」
「なんでだ?」
「いいから、禁止。もうこの漫画のマネするのも禁止。いいわね」
「じゃあ、どうしたらいいんだよ」
少しは自分の頭で考えろと言いたいところだけど、大翔に考えさせたら、ろくなことになりそうにない。綾乃ちゃんに「お前」呼ばわりするくらいだし。
「綾乃ちゃん、何か良さそうな本ない?」
「本、ですか?」
「漫画でも小説でもなんでもいいからさ。女の子に受けそうなキャラで、さっきみたいな過激な描写がないやつ」
私がそう言うと、綾乃ちゃんはまたロッカーから漫画を取りだして持ってきてくれた。
タイトルは『僕と君でmoderato』。
少女漫画を読まない私でも知ってる数少ない作品だ。というか、ドラマと映画で美麗役を演じていたんだった。盲点だわ。
でも、帝王は俺様キャラだし、上流階級の子女が通う桜凪学園で、あくまで一般人でしかない大翔がマネするにはリスクが高いのではなかろうか。
「親友役がちょうどいいかな、と思って……」
私が難しい顔をしていると、綾乃ちゃんがおずおずと提案してくる。『ボクキミ』の帝王の親友は優男タイプで、帝王のサポートに回ることが多いキャラだ。イジメられていた主人公をさり気なく助けたり、暴走気味の帝王を諌めたり、時々ドキリとするようなセリフも言うけれど基本的に女の子に積極的ではない。
そして『ボクキミ』の漫画は完結しているので、今後も親友役が妙な行動をする心配もない。完璧だ。
「ヒロ、これの親友のマネをしなさい」
「ふーん、ナナが言うならそうするよ」
私がそう言うと、パラパラと漫画をめくっている。こういう時は素直に言うことを聞いてくれるので助かるわ。
「ちなみに、映画の方はマネしちゃダメだからね」
「なんでだ?」
「漫画と少し性格が変わってるからよ。だから漫画だけマネすること、いいわね」
映画はキャラが微妙に変わっている。
俺様の帝王がみょうに子供っぽくなっていたり、ヒロインに少しアホの子属性が足されてたり、親友役はちょい腹黒だった。
そして、そんな腹黒に怯えて使いっぱしりをさせられてた美麗が、一番キャラ崩壊していたけど。