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小鳥さん達に演技レッスンをしてから数日後のある日、中休みに大翔を旧校舎の教室に呼び出した。案の定、相当ストレスが溜まっていてたようで、グチが止まらない。
「俺、もうアイドルなんて辞めたいんだよ」
「やめたいなら、やめればいいじゃん」
延々と日頃のうっぷんをぶちまけて辞めたいと言いだしたけど、そこまで嫌なら辞めるのもいいだろう。大翔はまだ子供なんだし、我慢して続ける必要もない。
「え? 辞めていいのか?」
「まぁ、全てを捨てる覚悟があればやめられると思うよ。だから、アイドルをやめて子役に戻るのは無理だね」
「……なんでだよ」
「ヒロは今の事務所で目をかけられてるんでしょ。ヒロを中心にグループも結成されてるし、人も金もかなり動いてる。それなのに勝手にやめて、また子役に戻るなんて出来ないって」
大翔の今の事務所は男性アイドル専門の最大手だ。そこを辞めて他に移籍しても、妨害を受けて子役活動なんて出来なくなるよう干されるのが目に浮かぶ。辞めるなら、今まで積み上げたものをすべて捨てて、芸能界を引退して一般人に戻るしかないだろう。
「それじゃ、辞められないのと同じじゃないか……」
「そんな事はないよ。やめたかったらいつでも辞められると思ってるだけで全然違うから。ほんとに嫌になったら辞めちゃいな」
「俺は……また、前みたいにナナと一緒に共演したいんだよ……」
そう言って、大翔が唇を噛んでうつむいた。なんだろう、もう私が面倒みなくても大翔は問題ないくらい演技は上手くなってるハズなんだけど。こんなに執着される意味がわからない。
「なら、アイドルを続けるしかないんじゃない? そのうち、また共演出来るかもしれないし」
「そうなのか?」
「先のことは分からないけど、少なくともヒロがアイドルを辞めたら共演する可能性はゼロだね。それにヒロは特待生だから、引退したら一般の生徒扱いになると思うし、そうなったら学費も払わなければいけなくなる。最悪、転校だってありえるかもよ」
私立の中でも、この桜凪学園は学費や寄付金が高い。大翔も稼いでいるからすぐに転校っということにはならないと思うけど、可能性としてはあり得るだろう。
「それは嫌だ……」
「じゃあ、我慢してアイドル続けなさい。たまにならグチぐらい聞いてあげるからさ」
そう言って、頭を撫でてやる。
……と、気がついたら大翔の方が背が高くなっていた。前はほとんど同じくらいの背丈だったのに、もう成長期か。大翔は背が高くなりそうな気配がするし、そのうち見下されるようになるのかと思うと嫉妬する。
「痛いっ! 何するんだよ!」
「あら、ごめんなさい。ヒロの背が伸びてたから、ついね」
気がついたら大翔にアイアンクローをかけていた。イケメンで高身長、それに小学生ですでに高収入だ。ムカつく要素しかない。
「さぁ、そろそろ戻らないと、3時間目が始まるよ」
「おい、どこから戻ろうとしてるんだ」
「窓からに決まってるでしょ。歩いてたら3時間目に間に合わないし。じゃあね」
ここは旧校舎の三階。一階は文化系クラブの部室に使われているので、人気のない三階の角部屋で話をしていたのだ。
校則で廊下は走ってはいけないと書かれているけど、窓から飛び降りてはいけないとは書かれていない。それに裏側の窓は新校舎からは見えないし、街路樹が密集しているから人から見られる心配もない。
周りに人がいない事を確認してから飛び降り、地面に着地すると新校舎に向かって歩く。大翔が追いつく前に、ささっと教室に戻ろう。
それにしても、空き教室で人気がないのはいいけど、ちょっと遠いのがネックだね。中休みに話をするのには時間的に厳しいし、掃除もされてないから埃っぽい。今後も使うなら、昼休みに掃除だけでもしておこうかな。
*
「と言うわけで、昼休みは掃除してくるよ」
「でしたら、私もお手伝いしますよ」
「わ、私もお手伝いします!」
「いやいや、それは悪いから一人でパパっと掃除してきちゃうよ」
昼休みの教室で机を寄せて、小百合ちゃんと綾乃ちゃんで弁当を食べながら、中休みに大翔と会っていたことを話した。二人とも手伝いを申し出てくれるけど、桜凪学園の校舎の掃除は業者がしているから、日頃から掃除なんて雑用に縁のない上流階級の子女たちに手伝ってもらうのは気が引ける。
「大丈夫ですよ。それに教室よりも人がいない所でお弁当を食べた方がいいかと思いますし……みんなで掃除して、これからは旧校舎でお昼にしませんか?」
小百合ちゃんがそう小声で提案してくる。多くの生徒が学食を利用しているから、昼は教室が空いているとはいえ、そこそこ人もいる。いつも小声で周りに聞こえないように注意しておしゃべりをしているから結構気を使う。
それに、学食から生徒が戻ってきたら小声で話しもできなくなるし、たまに一之宮さんグループがいると視線を感じるから、居心地が悪い時がある。
人気のない、旧校舎で食べるのもいいかもしれない。だけど……
「関係のない生徒は、旧校舎の出入りを禁止されてるんじゃなかったの?」
たまに密会するくらいならバレないかもしれないけど、流石にいつも旧校舎で弁当を食べていたらバレそうな気がする。
「でしたら、クラブ活動を新しく作って部室として登録しましょうか?」
「え? そんなこと出来るの?」
「確か出来ると思いますけど……」
SOS団じゃあるまいし、初等部でそんな簡単にクラブ登録とか出来るのかな?
「あ、あの、私は図書クラブに入っていたんですけど、上級生が中等部にあがってからメンバーが私しかいなくなっちゃって…… でも、まだ部室が残ってて……」
「それって、やっぱり旧校舎?」
「はい! 人数が少なくて、二階の隅になってましたけど」
「いいね、ちょっと行って見てみようか」
綾乃ちゃんが図書クラブに入っていたのは初耳だ。まぁ、見た目から文系少女っぽいし、本が似合いそうだなとは思ってたけど。
弁当を食べ終えて旧校舎に向かう。途中、一階のようすを見たら、将棋部や囲碁部らしき部室で、少数だけど弁当を食べている生徒がいる。これなら昼休みに旧校舎にいても問題なさそうだ。
主だったクラブは一階に集中していているようで、二階にあがると人気がなかった。そのなかでも、日当たりが悪そうな二階の隅に図書クラブの部室があった。不遇だったのがみてとれる。
部室に入ると、多少ホコリが積もっているくらいで、前の部員が置いていったと思われる本が並び、ソファーとテーブル、エアコンに給湯ポットもある。さすが金持ち私立、不遇クラブでも設備はバッチリだ。
「いいね! ここなら周りを気にしないでお昼も食べられるし、大翔と遊んでやるにも丁度いいかも」
「上級生がいた時はここで一緒にお昼を食べていたりしてたんですけど、一人になってからは誰もいないはずなのに物音がしたり、変なお経みたいな声が聞こえてきて怖くて近寄らないようにしていたので……」
そう聞くと、なんだか幽霊がいそうな雰囲気がしてきた。古い造りの旧校舎だし、幽霊のひとりやふたりいても不思議じゃない気もする。
「まぁ、でも幽霊がいたとしても別に害があるわけじゃないんだし、気にしなければいいんじゃない?」
「え、怖くないんですか?」
「怖い話はよく聞くけど、実際に祟り殺されたりなんて聞かないしね。へーきへーき」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。怖いと思うからちょっとした事を心霊現象だと思ってしまうだけだ。だから幽霊なんているわけがない。いないったらいない。
だけど、転生して記憶を引き継いでいる自分がいるので、魂はあるかもしれない。そして輪廻から外れた魂がいないとも言いきれないかもしれない。
「まぁ、いいや。とりあえず掃除しちゃおう」
よけいなことを考えるから怖くなるのだ。
おばけが怖くなくなる歌をうたいながら掃除を始めたら、何故か綾乃ちゃんが怖がっていた。
そんな感じで手分けして掃除したらすぐ片付いた。特に綾乃ちゃんの手際が良かったから聞いてみたら、二階以上は業者の掃除区域外だったらしく、元々メンバーで定期的に掃除をしていたようだ。
「じゃあ、これから私と小百合ちゃんも図書クラブのメンバーという事でお願いします、綾乃部長!」
「えぇ!? 私が部長ですか……?」
「そりゃ、綾乃ちゃんが図書クラブの先輩ですから。よろしく部長!」
ぱちぱちと私と小百合ちゃんが拍手をすると、あたふたと綾乃ちゃんが照れている。入部届けは後で職員室にだせばいいのかな。
掃除用具をロッカーに片付けて、教室に戻ろうとしたら私のスマホが震えだした。確認してみたら『正門前で待ってるんだけど、いつになったら出てくるの?』と、篠崎さんからメッセージがきていた。そういえば、弁当を食べ終えたら早退して仕事の予定だったんだ。ヤバイ、忘れてた。
「ごめん、今日はこれから仕事が入ってたんだ。早引きするから、先に教室に戻って帰るね」
そう2人に告げて、また窓から飛び降りる。走るのはマズいから早歩きで教室まで戻り、担任には早退することを前もって伝えてあるのでそのままランドセルを背負って正門前まで急ぐ。ロータリーには車が止まっていて、その前でいかにもイライラしているように足踏みしている篠崎さんが立っていた。
「すみません、遅れました!」
「遅いわよ。叱りたいところだけど時間がないから早く乗りなさい」
ギロリと眼鏡越しに睨まれ、アゴで乗るように促される。これは車の中で説教タイムだな……。
*
「キュアキュア♪ ミラクル☆マスケットがあれば、もう何も怖くない!」
そう元気よく言ってポーズを決めとカットがかかり、またポーズを変えて何度も何度もテイクを重ねる。
女児用おもちゃのCMの撮影だ。
ピンクのひらひらした衣装を着せられ、今年の新作アニメの主人公が持っている『ミラクル☆マスケット』に似せたおもちゃを振り回してポーズを決める。
CM撮影はスポンサーから資金を豊富に回されるので、時間をかけて撮影される。ギャラ単価もドラマや映画より高いうえに、拘束時間が短いからウハウハである。
だから、こんな公開羞恥刑をうけても問題ない。金のためならミニスカ魔法少女のコスプレでもどんとこいだ。
それに、このシリーズは小一からやってるから、これで4回目だしね。もう慣れた。
「はい、オッケーです。これで終了です、お疲れさまでしたー!」
ようやく全てのカットを撮り終えたら、もう夕方の6時。数十秒のCMのために半日がかりの撮影だ。
ディレクターやスタッフさん達に挨拶をしてから、控え室で着替えてスタジオを出ると、篠崎さんの車で新道先生の道場まで送ってもらう。今日は早めに終わったから、軽く汗をかいて帰ろう。
助手席に座り、カバンから小説を取りだして読もうとすると、
「あら、まだ『未来の君に、さよなら』を読み終えてなかったの?」
「いま7巻の途中ですね」
「再来週にはドラマの顔合わせがあるから、早めに読んでおいてね」
次に出演する予定のドラマ『未来の君に、さよなら』の原作を篠崎さんから渡されていたけど、なかなか読む時間がとれなかった。まだ情報が公開されてないから、学校や人目のつくところで読むわけにもいかないので、寝る前にちまちまと読んでいたのだ。
「でも、ドラマは6巻までで、7巻目は映画の予定で、まだ当分先ですよね?」
「そうだけど7巻目が熱いのよ。絶対に読みなさい」
話の大筋は、将来に障害や壁を抱えている学生たちが、協力して明るい未来を目指そうとする青春ラブコメものだ。主人公に想いを寄せている3人のヒロインのうちの一人が、私の役になる。
ドラマは、クリスマスイベントでラストになり、映画では主人公を捨てた親に会いにいく『道草編』の予定だ。どのみち読むつもりではいたけど、篠崎さんが熱く語っているから相当おすすめなのだろう。
しかし、原作を読んでどうしても解せないことがある。
「篠崎さん、『未来の君に、さよなら』って高校生の話ですよね?」
「そうよ、それがどうかしたの?」
「いや、どうかしたのじゃなくて、私は小学生なんですけど流石に無理があるんじゃないかなぁと……」
「設定を中学生に変更するらしいから、問題ないわよ」
「えっ」
主人公の未来への希望が『大学にいくこと』だったのではないだろうか。問題大ありな気がするけど、篠崎さんがそう言うなら大丈夫……なのかな?
「じゃあ、それはいいです。だけど、私が演じる予定のヒロインの『柏木晴香』ちゃん役って、高校一年とは思えないほど抜群のプロポーションなんですよね?」
確か、胸も大きい印象だった。中学生に設定を変えたからといって、読者の想像するキャラまでは変えられないだろう。
しかし私は10歳児。発育は悪くないほうだけど、まだまだ子供体型である。抜群のプロポーションになるには後6年は待っていただきたい。
母さんは一見華奢だけど、脱ぐと二児の母とは思えないほどプロポーションがいいので、多分私も大丈夫……なハズ。
「……ナナの演技力で何とかしてちょうだい」
「ムリでしょ」
牛乳に相談だ。
ナナ「朝倉夜空先生の『未来の君に、さよなら』が読めるのは、なろうだけ! 原作が気になった人はサイトで検索してね♪」
©朝倉夜空先生