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「ええ、その代わりダンスと歌を教えてくれませんか?」


「ナナちゃんはアイドルになりたいの?」


「いえ、そういう訳でもないんですけど、もしかしたらアイドル役のオファーがあるかもしれませんし、色々と出来るようにしておきたいなと」


 森に捨ててあったピアノを弾く役だったり、病気の双子の弟のために病室で踊るバレリーナ役だったり、色々あったしね。ピアノやバレエは習っていて役にたった。アイドル役はまだやったことないけど、ヤックでカルチャーな銀河の歌姫役とかあるかもしれない。

 けど、あったとしても、目の前の本物のアイドルさん達にオファーがいくかな。多分。


「アイドルをなめるなと言いたいところだけど……ナナちゃんならトップアイドルも夢じゃないわ。アイドルにならない? アイドルだったら役者だって出来るし」


「え? いえ、私はアイドルになる気は……」


「大丈夫! うちにも小学生のアイドルはいるから!」


「いえ、あの、アイドルになる気は無くて、ですね……」


 なんだろう、伊澄さんの目が怖い。私の手を握ってきて顔が近いし、息が荒い。

 私は小学校を卒業したら芸能界から足を洗うつもりなので、アイドルを目指すつもりはないんだけどな。なにより大翔を見てると、アイドルなんてなるもんじゃないなと、しみじみ思う。子役より自由は制限されるし、男に媚を売るのは無理だ。元おっさんだしね。

 役として演じるだけなら問題ないんだけどさ。


「ダメよ。目の前で堂々と引き抜きしないでくれる?」


 ひょいと篠崎さんが私の襟首を持ち上げて、伊澄さんから引き離される。猫じゃないんだから、その持ち方は首が締まるのでやめてほしい。


「今日は特例で講師を引き受けただけだから、もう演技のレッスンはやらないわよ」


「いえ、私がダンスと歌を習いた…ぐえっ」


 無言で篠崎さんが私の襟首を引っ張ると、気道がふさがって声が詰まる。よけいなことを言うなという合図ですね、わかります。


「本人がやりたいと言ってるんだから、やらせるべきでしょ!」


「ダメに決まってるでしょう。本来なら他の事務所の子にレッスンをするなんてありえないの。これ以上は却下よ」


 何故か篠崎さんと伊澄さんが言い合いを始めた。「私のために争わないで!」とか言ってみたいけど、喉を締められているから声にならない。

 ぼけーと言い争いを聞いていたら、ぼちぼち頸動脈が締まって落ちそうになってきたので篠崎さんの手を捻って緩め、するっと抜け出した。


「えっと、申し訳ないですけど、私はアイドルになる気はないですよ」


 そう、きっぱりと宣言すると伊澄さんは悲しそうに聞いてきた。


「やっぱり、将来は女優を目指しているの?」


「いえ、小学校を卒業したら芸能界から引退しようかなと。義務教育が終わったら、ニートになるのが夢なんです!」


 生き馬の目を抜く芸能界。慢心していたらあっという間に飽きられて干されてしまう。だから今のうちに頑張れるだけスキルを磨いて、稼げるだけ稼いで、悠々自適な老後?をおくるのだ。


「え? ニート……?」


「イエス、ニート! そのためにギャラを全部貯めてるので」


 ドヤ顔で完璧な将来設計を語ったのに、何故か伊澄さんは理解できないものを見る目をしていた。篠崎さんはため息をついている。


 なんでや、金があったら働きたくないやろ!


「分かる、わかるわー。私もニートになりたかったんだけど家を追い出されてね。路頭に迷いそうになったところをスカウトされたんだよ」


 もみじさんが同士を見つけたかのように肩を組んでくる。唯一の理解者にすっと手を差し出すと、ガシッと力強く握り返してくれた。


「だ、駄目よっ! あんなに才能があるのに、ニートだなんてもったいないわよ!」


「そうよ、ナナには才能があるんだから、女優を目指しましょう」


 伊澄さんと篠崎さんが急に結託して、ニートを否定してくる。二人がかりで言いくるめようとしてもムダだ。私にはもみじさんという同志が……あれ、いない。気がついたら離れたところで、もみじさんはストレッチをしていた。

 一瞬で裏切られてニート同盟はもろくも空中分解したけど、よく考えたらまだどちらもニートじゃなかった。


「そんな事より、もう遅いから帰りませんか? 9時過ぎてますよ」


 必殺、話題そらし。

 女が揃えば姦しいと言われるけど、レッスンが終っても話していたらみるみる時間が過ぎていた。周囲のレッスン室の明かりは消えていて、他のアイドル達はすでに帰宅済みのようだ。小鳥さんたちのマネージャーは先ほどからチラチラと時計を気にしていた。


「あら、もうこんな時間ね。予定より大幅にオーバーしたから、早くお暇しましょうか」


 本当は4時から7時までだったんだけどね、レッスンに熱が入ってしまって気がついたらこんな時間だ。


「ちょっと待って! レッスンしてくれるって話は!?」


「私はギブアンドテイクで、ダンスと歌を教えてくれるならいいんですけど……」


 伊澄さんが懇願してくるけど、さっき止められたばかりだ。篠崎さんの許可がないと私からは教えられない。こんな時は奥の手、上目づかいで少し涙をためて……


「はぁ……五六八(いろは)プロさんやサンアカでやらなければ目をつむるわよ」


「……目をつむるというのは?」


「プライベートで互いに教え合うぶんには黙認するって言ってるの。だから事務所以外でやりなさい」


 じっと見つめていると、根負けしたかのように篠崎さんから許可がおりた。ちょろい。


「事務所以外だと、どこでやればいいんですかね?」


「貸しスタジオとかあるけど……あまり人目につかない方がいいから、ナナの家がいいんじゃないの」


「おぉ、そういえば!」


 灯台下暗し。間取りが広すぎたから、いくつか部屋を繋げてレッスン室にしてたんだった。完全防音だから、夜中までレッスンしていても無問題である。しかし、夜中までレッスンしていると母さんに怒られて強制就寝させられるけど。


「じゃあそんな感じで、時間が合った時にうちで教え合うってことでお願いします」


「え……? ナナちゃんの家にいっていいの?」


「不満なら貸しスタジオでもいいですけ……」


「いいえ! ナナちゃんの家でお願いします!」


 伊澄さんがものすごい勢いで私の手を握ってくる。顔が近いし息が荒い。目が怖い。

 早まったかなと思ったけど、今さらやっぱりやめますと言える雰囲気じゃないな。



「あたしも、歌とダンスなら得意だよ。お邪魔していいかな?」


「わ、私も、歌なら一番得意です!」


 もみじさんと小鳥さんもお願いしてくるけど、あくまで伊澄さんが2人に追いつくために提案したことだしなぁ。2人とも一緒にレッスンしたらずっと追いつけないんじゃないかな。


「私は伊澄さん次第でいいですよ」


 私がそう応じると、2人がじっと伊澄さんを見つめ、伊澄さんは顔をそむけたまま、


「さ、3人でブレプリだもの……私はいいわよ」


 絞り出すような、葛藤を押しこむような声で答えた。


「だよねー。3人でブレプリだもんね!」


 もみじさんが伊澄さんと肩を組んで笑っている。一瞬、闇を垣間見た気がするけど、気のせいだね。




 *




「そういえば、COLORFUL(カラフル)の黒谷くんにもナナちゃんが教えたって聞いたけど、今日みたいなことをしてたのかな?」


「まさか。あの時は山奥での撮影だったので、こんなこと出来ませんって」


 話が一段落して機材を片付けおえると、もみじさんが話しかけてきた。私はカメラを入れたキャリーケースを担ぎながら答える。


「だよねー。撮影の合間に教えてたって聞いてたからさ、どうやったのかちょっと気になってね。どんな風に教えたの?」


「んー、あの時は役作りをしただけですね。なぜか黒谷くんに嫌われていたので、仲良くすることから始めたんですよ」


 なぜか当時の大翔は敵対心マックスだった。幼馴染み役だというのに、私との会話シーンで嫌そうに話すのはダメだろう。監督にしこたま怒られて、怒鳴られていたし。

 全く撮影が進まないから現場の空気も最悪になっていたので、仕方なくひと肌脱いだのだ。


「友達になって、早起きしてカブトムシをとりにいったり、撮影を抜け出して川で遊んだり、木の上に秘密基地を作ったり、田舎の遊びを教えて徹底的に仲良くなって、合間に演技を教えたりしてましたね」


「ほうほう……そして愛が芽生えた、と」


「それはないですよ。あくまで役作りのためにしてただけですから」


 急に大翔の話を振ってきたと思ったら、その手の話題か。女の人は恋愛話が好きだね。大翔がアイドルに転向する前はよく共演していたので、そういう噂がよくされていたみたいだし。


「あらら、ナナちゃんも悪女だね。黒谷くんをその気にさせておいて袖にするなんて」


「そんなんじゃないですって。シアターゲームみたいなものですよ。共演者でコミュニケーションを深めるような」


「カブトムシとるのはシアターゲームとは言わないと思うな」



 何の取り柄もないおっさんが小学生男子と仲良くなるなら、カブトムシとりは欠かせない。



 カブトムシにかかれば小学生男子なんてイチコロよ。





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