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「はい、カット。感情を込めすぎています。ヒロインは、主人公が何度もタイムリープをしているのを『まだ』確信してないので、そんなに必死に心配するのはおかしいんです。役の状況と心情を考えて演技してください。次、テイク8」


 *


「はい、カット。見比べて下さい、止めが短いです。このシーンでタイムリープしている事を確信するので、主人公を見つめる間をもう少しとってください。次、テイク15」


 *


「はい、カット。だいたい出来てきましたけど、まばたきのタイミングが違います。そして主人公を見つめる間は、まばたきをしないで下さい。視線やまばたきもコントロールして演技して下さい。次、テイク21」



 何度も何度もリテイクをして、そのつど見本と比較して合わせていく。本来なら全く同じ演技をする必要もないけど、イメージした通りに演技が出来るかの練習だ。妥協せずにとことんまで合わせられれば、本番でも同じように出来るようになるだろう。


 小鳥さんは私の支持に黙々としたがい、指摘した箇所を的確に直していく。もう、ほとんど私の見本と同じ動きになってきていて、セリフや感情表現も問題ない。努力も必要だけど、才能がものをいうんだなぁ。短時間でこんなに上達するとは思わなかった。凄い。


 全く同じように動けるだけでも凄いことなのだ。出来ない人だと、どんなにリテイクを重ねても出来るようにならない。簡単なジェスチャーですら、真似をするのは大変だ。


 それにアイドルだからボイストレーニングや発音練習もやっているし、ダンスやライブで鍛えているから体幹のブレも少ない。姿勢も綺麗だ。基礎が出来ているから上達も早い。


 私が教えなくても、ちゃんとレッスンをして端役から場数をこなしていれば、問題なかったんじゃないかな。




「はい、カット。OKです。だいぶ良くなってきています。もうこのシーンは問題ないですね」


 録画したものを再生して確認すると、小鳥さんは見本の私とほぼ同じ動きが出来るようになっていた。


「小鳥、上手になってるじゃない!」


「ことりん、すごいじゃん! 主演女優賞、狙えちゃうんじゃない?」


「うん、前の私とは見違えるほど上手になっているけど…… やっぱりナナちゃんの演技とは全然違うね」


 喜ぶ2人をよそに、小鳥さんは自分の演技と私の見本を見比べて難しい顔をしている。

 同じ動きが出来るようになっても、同じ演技になるわけじゃない。そこで満足するかと思っていたけど、小鳥さんは意外と負けず嫌いのようだ。



「小鳥さんは、何の目的で演技のレッスンをしているんですか?」


「えっと、演技が上手くなる……ため?」


「それは目的じゃなくて、手段ですよね」


「手段?」


「んー、小鳥さんはライブで、来てくれたお客さんに楽しんでもらおうとか、感動して欲しいとか、そう思ってやっていませんか?」


「……思ってます」


「役者も同じだと思うんですよね。映画を見てくれたお客さんに楽しんでもらえたり、感動して欲しいと思って演技すれば、もっと表現の幅と深みが出ますよ」



 そう、最近読んだ本に書いてあった。


 イイハナシダナーと感銘を受けたから使ってみたけど、私はそんなこと考えて演技なんてしたことは無い。金のため、将来ニートになる資金稼ぎのために頑張っているだけだ。

 そんなこと言ったら台無しになるから言わないけど。



「あの、もう一度お願いしていいですか」


 私が受け売りをドヤ顔で決めていると、小鳥さんは考え込むようにモニターを見つめたまま、真剣な表情で訴えてくる。


 小鳥さんの空気が変わった。


 なんだろう、思ったより食いつきがよくて逆に怖い。いまさら「本の受け売りです♪」とか言える雰囲気じゃないな。


「じゃあ、私が主人公役をやりますね」


 今まで背格好が一番近い伊澄さんに相手をお願いしていたが、正直、大根すぎた。まぁ、いきなり男の演技をしろと言われても上手くはいかないのは分かっていたし、伊澄さんにまで演技指導していたら日が暮れそうだったからスルーしてきたんだけど。


 小鳥さんの演技はもう大丈夫だから、私が相手役に回った方が身になるだろう。





 *





「もがもっが!」


 「はい、カット!」と言おうとしたけど、小鳥さんの胸に挟まれてくぐもった声しか出なかった。最後にヒロインが主人公に抱きつくシーンだったのが、私の方が背が低くてちょうど胸に顔を押し付けられる感じになってしまったのだ。声にはならなかったけど意味は通じたようで、小鳥さんは抱きしめていた手を緩めて離してくれた。

 Dくらいかと思っていたけど、着痩せするタイプなのかな。


「……どうでした?」


「Eですね」


「え?」


「いえ、良いですね。気持ちが入っていてすごく良かったです! 映像でも確認してみましょうか」


 つい、心の声を漏らしてしまったので慌てて話をそらして、みなで確認するためにテレビの前に集まる。再生された画面には、以前までのただ真似しようとしていた小鳥さんではなく、きちんと自分なりに役を演じようとしている小鳥さんが映っていた。


 未来からのメールでタイプリープを繰り返している主人公に気付き、半信半疑で問い詰め、そして苦悩の末に主人公との出会いを無かった事にしようとするシーンだ。文字通り、過去を改変させて。


 ヒロインの疑惑、葛藤、苦悩、そして主人公に対する恋心が絶妙に演じられている。ツンから入りデレで終わる、見事なツンデレだ。


 惜しいところは相手が私で、全く背丈が合っていないうえに、女子高生が女子小学生を抱きしめているという倒錯的な絵面になっていることかな。


 その前までは相手が伊澄さんだったから、ゆりゆりな絵面だったけども。


「うん、バッチグーですね」


「ばっちぐー?」


「すごく良いってことです。短時間でここまで上達するなんて、やってられないですねー」


 ついさっきまで素人同然だったのに、いくらなんでも上達しすぎだろう。時計を確認したら、まだ夕方の6時。3時半に五六八(いろは)プロにお邪魔してから、30分ほど小鳥さんをなだめていたので、実質2時間ほどしかレッスンしてない。

 私が何年もレッスンした結果を、こんな短時間で習得されるとか、マジありえない。


 まぁ、まだ拙い部分も目立つから、追いつかれているわけでもない、と思う。多分。


「えっと、褒められているん……ですよね?」


「もちろんです!」


「ブラボー、おお、ブラボー!」と言いながら拍手をすると、呆然としていたもみじさんも一緒に拍手をしだした。


「もう、私から教えることはないですね、免許皆伝です。後は渡したDVDを参考にしながら、勝手にレッスンをしてください」


「えっ! まだ1シーンしかやってないですよ!?」


「大丈夫!小鳥さんならもう大丈夫! じゃあ、私はもう帰りますね、お疲れさまでしたー!」


「いやいやいや、待って。私たちは、まだまともにレッスン受けてないよ?」


 こんなチート野郎がいるところにこれ以上いられるかと、踵を返して帰ろうとした私の腕を、ガシッともみじさんが掴んできた。


「私にも教えてっ!」


「すみません、忘れてました。じゃあ、小鳥さん抜きでレッスンを再開しましょうか」


 伊澄さんも小鳥さんの演技に触発されたのか、真剣な顔で頼んでくる。教えがいのないチートは放っておいてレッスンを続けよう。


「でも、とりあえず10分休憩で」


「「え〜〜!?」」


「休憩は大事ですよ。集中がきれてレッスンしても意味がないですから」


「私は何もしてないから、大丈夫だよ」


「わ、私もいけるわっ!」


「その意気や良しっ! じゃあ、休まず続けましょうか」


「あ、あの、私もまだレッスンしたいなー……」



 チート野郎が何か言っているのを無視してレッスンをしようとしたけど、今度は小鳥さんに主人公役をやってもらって2人のレッスンをやることにした。


 同じように私の見本を真似することから始めたけど、何度リテイクを繰り返しても小鳥さんのようにすぐ真似することはできず、それでもへこたれずに9時近くまでレッスンを続けて、ようやくもみじさんがそれっぽく真似が出来た程度。伊澄さんは最後まで「がんばりましょう」という感じだった。


 ツンデレさんのはずなのに、一番ツンデレの真似が下手だったね。




「私、才能ないのかな……」


「気にすることはないですよ、私も最初は似たような感じでしたから」


「……最初って、何歳のとき?」


「3歳くらいですかね」


「3歳児と一緒かぁ……」


 落ち込んでた伊澄さんを慰めようとしたら、よけいに落ち込んでしまった。3歳といっても中身は三十路過ぎてたんだけど。




「いやー、分かりやすかったよ。さすが天才子役のナナちゃんだね」


「本当にありがとう。ナナちゃんのお陰でなんとかなりそうです」


「いえいえ、私は大したことはしてないですよー」


 ほんと、大したことはしてない。二人とも飲み込みが早いから楽だったし、特に小鳥さんはチート過ぎだ。こんなに早く上達するとは思ってなかった。

 小鳥さんも自分の演技に自信をもてたようで、晴れ晴れとした顔をしている。とりあえず、ミッションコンプリートかな。


「即興劇とか基本も重要なので、あるていど真似が出来るようになったら平行してレッスンしていってください。そして、役の与えられた状況を考えて、目的と障害を明確にして、どんな行動をするか意識して、常に自分を俯瞰的に見て、カメラからどう映るか画作りを考えながら、考えて、考えて、考えて、演技するようにしていってください」


「「はいっ!」」


 二人とも、いい顔で返事をかえしてくるけど、伊澄さんはどんよりと落ち込んだままだ。ちょっとレッスンを受けただけで上達する方がおかしいのだけど、そのおかしい2人が身近にいるので仕方がないかもしれない。


「伊澄さんは、役者をやりたいんですか?」


「……本当は女優に憧れてたんだけど、アイドルの方が向いてるって言われて……」


 ふむ、アイドルさんなら特に演技力がなくても問題ないと思ってたけど、女優になりたかったのか。今のうちに演技力をつけてドラマなり映画に出演できるようになれば、将来的に女優に転向しやすいかな。アイドルはいつまでも続けられるものじゃないしね。


「じゃあ、今後も私がレッスンしましょうか?」


「え、いいの?」


「ええ、その代わり私にダンスと歌を教えてくれませんか?」


 五六八プロはアイドル専門のプロダクションなだけあって、ダンスや歌のレッスンのレベルが高い。このレッスン室に移動するときに、他のレッスン室でアイドルさん達がダンスのレッスンをしていたのが見えたけど、うちの『サンアカ』と比べたら内容が全く違う。


 うちは子役専門だから踊りは日本舞踊とかだ。ヒップホップなダンスもやってるけど、それほど力を入れていない。歌唱のレッスンなんて、みんなで合唱するレベルだしね。


 最近、やりたい習い事もなくなってきたし、本格的なダンスと歌を学ぶのもいいかもしれない。





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