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「大丈夫ですよ、だいじょうぶ! この天才子役ナナちゃんの授業を、1日5分、寝ながら受けるだけで小鳥さんも名女優になれますから!」
「え、本当に……!?」
満面の笑みでサムズアップを決めると、うつむいて泣いていた小鳥さんかが驚いたように顔を上げた。
「というのは冗談ですけど……」
と言うと3人ともズッコケた。ノリがいいな。
「演技にはちょっとしたコツがあるんですよ。それを覚えるだけで、格段に上手になれます」
「あ、あの……消えたりとか、しなくていいの……?」
「大丈夫! あれも冗談で、本当はCGだったんです。コンピュータグラフィックスなんです。普通の人間が消えられるわけがないじゃないですか」
いやだなーもうと、私が笑うと、「そうだよね、普通は消えたりできないよね……」と小鳥さんは納得してくれた。新道先生みたいな普通じゃない人類は出来るけど、黙っておこう。
「私でも、演技が上手くなれる……かな?」
「全然だいじょーぶです! 天才子役のナナちゃんにお任せください!」
と、ドヤ顔で笑いながら小鳥さんの手をとると、弱々しい微笑みかえしてくれた。さっきまで涙を流していたから泣き笑いになっている。
やっぱり女の子は泣いているより、笑っていた方がいいよね。
………けど、どうしよう。
ちょっとしたコツで演技が格段に上手くなるなんてハッタリだ。レッスンを受けさせるために方便で言ってみたけど、そんなんで上達するなら誰も苦労はしない。地道なレッスンと場数が必要なのだ。
中にはろくにレッスンしなくても自然と演技ができる天才肌な人もいるけどさ。
それに、小鳥さんを説得するのについ天才子役と自称してしまったけど、冷静になるともんどりうって悶たくなるほど恥ずかしい。メディアでそう呼ばれているのは知ってるけど、自称したらダメでしょ。名探偵を自称するおっさん並だ。
だけど、自信がない人に教わるより、自信満々な人から教わった方が、教わる方の自信にもなる。
なにより小鳥さんに必要なのは『自信』だ。
自信付けさせるためにも、道化を演じよう。
………そう、道化を演じてるだけだから、生暖かい目で見ながらニヤニヤするのはやめてもらえませんか、篠崎さん。
「大丈夫、ナナは天才子役よ」
「なんだか褒められてる気がしないんですけど、気のせいですかね」
「気のせいよ、天才子役さん」
ぐぬぬ……しばらくこのネタでからかわれそうだ。
*
相手方のマネージャーに案内されて移動すると、教室ほどの広さのレッスン室についた。片側の壁一面が鏡張りに、もう反対側はガラス張りになっていて、外からレッスン室が見えるようになっている。
そのガラス越しに、他のアイドルだと思われる女の子たちが集まってきて見学しはじめた。防音対策されているのか、全く声は聞こえないけどこちらを見て楽しそうにしている。なんだか動物園のパンダになった気分だ。
「ごめんね、ナナちゃんが来るの広まっちゃってさ。邪魔だったらどいてもらうよう言ってくるよ」
「いえ、大丈夫ですよ。本番の撮影でも似たような感じですし、このままやりましょう」
もみじさんが申し訳なさそうに謝ってくるけど、本番はカメラや監督、スタッフさん達に、照明さんや音声さん、それに街中で撮影する時には野次馬にもたくさん囲まれる場合もある。人の視線になれてレッスンした方がいいだろう。
まぁ、人気アイドルなら、ライブとかで観客に見られるのは慣れてるとは思うけどね。
今日教えるのは小鳥さん以外に、もみじさんと伊澄さんだけ。生徒は3人だ。本当はもっと希望者がいたらしいんだけど、あまり生徒が多いと本末転倒になりかねないとの篠崎さんの判断で、小鳥さんと同じユニットのメンツだけに絞ったらしい。
それでも小鳥さんメインでやるから、他2人は見学とそう変わらなくなるかも。
「レッスンを始める前に確認ですけど、小鳥さんは『俺の名は』の原作はクリアされましたか?」
「はい、3回クリアしました」
そりゃ凄い。あれ、ノベルゲーなのに凄いボリュームだから、まともにプレイすると100時間近くかかる。私でも一周が限界だったし、携帯ゲーム機版が出てなかったらクリア出来なかったよ。他の撮影の合間にやってようやくクリアだったからね。フルボイスだったから時間がかかるんだよねー。ボイスを聞かずにとばせばもっと早く終わるんだけど。
「大変結構。作品への理解は問題ないですね」
原作物はその辺りは楽だ。
オリジナルだと監督次第で、脚本ほとんどなし、台本もなしで撮るような映画もある。だいたいの流れを書いたものだけ渡されて、後は撮影しながら現場でセリフ決めとか正気の沙汰じゃない。だけど、完成した映画はものすごくよく出来ていて、賞までとれたのだから世の中不思議だ。
「じゃあ、演じる役をきちんと理解できているかですけど、この『俺の名は』のヒロインは……」
ヒロインのプロフィールをあげていくと、
「あの、私、『つんでれ』というのがよく分からなくて……」
おずおずと小鳥さんが聞いてくる。『俺の名は』のヒロインの一番の特徴はツンデレだ。しかし、「ツンデレとは何か」その定義はさまざまで宗教戦争も勃発しそうな命題である。
最初はツンツン、惚れてくるとデレデレになるのが「ツンデレ」だと主張する者もいれば、他人の前ではツンツンしているけど、二人きりになるとデレデレになるんだと主張する者もいる。
「ことりん、いすみんみたいな子を『ツンデレ』っていうんだよ」
「はぁ!?」
私がツンデレの定義について悩んでいると、もみじさんが伊澄さんと肩を組んでドヤ顔し、ツンデレ認定された伊澄さんは抗議の声を上げた。
「いつもは無愛想だし、初対面の時とか凄かったでしょ〜。『私の足を引っ張らないでね』とか言ってたのにさ、なにかと世話焼きだし、不器用だけど良い子だしね」
「ななな、なに言ってんのよ!」
「ナナちゃんファンのくせに、ことりんのために突っかったのは焦ったけど。まぁ、そのぐらい仲間おもっ、むぐぅ」
もみじさんの口を伊澄さんが両手でふさいで、「わー!わー!」と大声を出しながら顔を真っ赤にしている。口と鼻の両方をふさいでいるけど大丈夫なのかな。
「というわけで、伊澄さんをイメージすれば分かりやすいかと」
「なるほど…… それと、時々でてくる『サンガツ』とか『ぐう畜』とか、よく分からない言葉があって……」
「あぁ、それはネットスラングで『ありがとう』とか『鬼畜な人』を指す言葉だったかな?」
ヒロインが時々ネットスラングを使うけど、私もあまりその辺は詳しくない。なんとなくニュアンスを知っている程度だ。
「それは『サンキューガッツ』の略だね。もうひとつは『ぐうの音も出ないほどの畜生』の略で、なんでも実況板で流行ったスラングだよ」
いつの間にか立場が逆転して、伊澄さんにアームロックをかけていたもみじさんが注釈を入れてきた。技をかけられている伊澄さんは、女の子が出してはいけない声で痛がっている。
うるさいので、もみじさんに「それ以上はいけない」と言うと、ニヤリと笑ってから離し、なんでも実況板のスラング解説をしてくれた。
「……という訳で、主にやきう関係の言葉が多いんだよ」
「ほえ〜、ためになるンゴね」
「……小鳥さん、そういうネットスラングを日常的に使うのは、痛々しいからやめた方がいいですよ」
もみじさんの解説が終ると、小鳥さんがおもむろになん実語を使いだした。中学生が覚えたてのネットスラングを嬉々として話すかのように、またはヲタクが電車で拙者を連呼しているような痛々しさが、そこにはあった。
「えっ!? 役になりきった方がいいのかな、と思って……」
「役を理解して、役になりきるのは重要ですけど、役作りのために日常的になりきっていると精神的に病みやすいらしいので気を付けてください」
そう、最近読んだ本に書いてあった。
だけど、私は日頃から役になりきって役作りをしてきたのに、特になんともないんだけどね。
まぁ、3歳で女の子になりきろうとした時には、急激に元のおっさん成分が抜けていく感じがしていた。それからずっと演じて生活しているようなものだから、何か耐性がついたのかもしれない。
そうえいば昔、大翔に日常的に役になりきるようにさせてみたら、情緒不安定になってたのはこのせいかー。なるほど。
「演じるうえで、『役に自分を合わせる』か『役を自分に合わせる』があるんですけど、今回は役に小鳥さんがなりきるようにしないとダメですね。性格が全く違いますから」
『役を自分に合わせる』のは、『ちょ、待てよ』で有名なアイドルだろう。演じる役者に合わせた役にするので、役者はいつも自然体で演じればいいので楽だ。
とはいえ自然体で演技できるのも、それほど楽ではないけど。
小鳥さんが一部で演技が上手くできなかったのは、初めてでいきなり性格が全く違う役をあてがわれたせいが大きいと思う。
ビジュアルがヒロインのイメージに近いから起用されたらしいけど、性格は素直で良い子そうなのに、いきなりツンデレろと要求してもぎこちない演技にしかならないだろう。
実際そうなっていたし。
「なかなか役になりきるのが難しくて、何度やっても怒られてリテイクばかりで……」
「大丈夫です、今回は奥の手を用意してきました! じゃじゃ〜ん」
効果音を口にしながらポーチからDVDを2枚取り出して掲げる。
「古今東西の名作映画の中からツンデレっぽい役が映っているシーンを集めたものと、私が次回の三部の絵コンテを元に演技したものです」
「「「おぉ〜〜!」」」
「けど、今日は使いません」
「「「えぇ〜〜!?」」」
3人ともノリが良い。バラエティ番組で鍛えてるのか。
「コレは今日の講義が終わったら、教材として使って下さい。ちなみに映画からシーンの収集は、篠崎さんが一晩でやってくれました。はい、拍手!」
パチパチと3人から拍手をされると、照れたように中指でクイッと眼鏡をあげる。話している間に機材のセッティングが終わったようだ。
「今日は私が見本をみせるので、その通りに真似して下さい。それをビデオで撮影して確認してもらいます」
40インチほどのテレビが2台。それと、三脚付きのビデオカメラが長テーブルの上のノートパソコンに接続されていて、録画した映像がすぐにテレビで再生出来るようになっていた。
テレビが2台あるのは、見比べて再生出来るようにだ。
ちなみに、テレビは五六八プロに用意してもらったが、ビデオカメラとノートパソコンは私物である。ノートパソコンに繋げられて同期できる機種じゃないと使い勝手が悪いからね。
「あの、前の講師の人からは『他人の真似をしないでオリジナリティを出せ』と教わったんですけど……」
「あぁ、最初は必要ないです。オリジナリティなんて上達してから試行錯誤すればいいですよ。その上達する近道は、模倣することです。絵を描くのにも、最初は模写やデッサンから入った方が上達が早いのと同じです」
舞台演劇出身の講師は芸術肌な人が多い。他人の真似をしないで自分の演技をしろと言っても、素人には自分の演技なんて難しいだろう。そしてビデオカメラで撮って、ちくいち確認させようとしない人が多いから、自分がどんな演技をしているのか分からないままレッスンをさせられる。
演技を真似するのには、客観的に見れないとなかなか上手くいかない。自分を客観的に見るには、ビデオカメラで撮影して確認するのが一番だ。
そして、常に参考となる映像と見比べて、どこが違うかを考えながらトライ&エラーを繰り返していけば、短時間でそれっぽく見える演技は出来る。
そこからは、才能だったり、地道にレッスンや場数を積んで磨いていくしかないかな。
「という訳で、まずは見本をみせるので、その後に真似て演技をしてください」