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90、100、95、90。
国語、数学、理科、社会のテストの点数だ。今回、休んでいた間にあったテストをまとめて受けて、すぐに採点されて返ってきた。
どんどん下がってきている。
「どうかしたんですか?」
「うーん、ちょっとテストの出来が悪くて……」
そう言ってプリントを小百合ちゃんに見せる。
「あら、菜々美ちゃんにしては良くないですね……」
「最近、勉強さぼってたから……母さんに怒られそう」
最近さぼってたと言うのは嘘。今まで宿題以外は全くしてなかった。それでもいつも100点で、たまに凡ミスで95点の時もあるていど。だけど、今回は本当に分からない問題があった。漢字とか、小四でこんなの習ったかなぁ?
まぁ、一度成人してるなら小学生のテストでいい点取れるのも当たり前だろうし、自慢できるような事でもないんだけどさ。
転生したら、十で神童、十五で才子、二十歳過ぎればただの人、になるかと思ってたのに、どうやら10歳でただの人になりそうだ。
小学校の間なら勉強しなくてもいけるかなと思ってたけど、甘かったね。
「……小百合ちゃんは?」
「私はいつもと同じくらいです」
全部100点か。リアル小学生に負けた。
勉強は子役をやるのに、特に必須じゃないから適当でいいや。と言いたいけど、そういう訳にもいかない。
両親には「学業に影響しない範囲で子役をがんばる」という言質を得ていて、具体的には日頃のテストの結果にしてもらった。
通信簿判定だと、公立小の時は出席日数のせいで『がんばりましょう』ばかりだったし、桜凪学園の初等部には通知表がないからね。
今までは、ほとんど100点だったら大目にみてもらってたけど、テストの成績が下がれば子役の活動を制限されるかもしれない。
小四の今は稼ぎ時だというのに、仕事が減るのは困る。だけど、まだ90点ならセーフだろう。80点代だと警告が来そうだ。
とりあえず予習復習をしておけば大丈夫な範囲だから、撮影の合間にでもやるしかない。それでもダメだったら、最悪、塾通いかな。
テストをみて唸っている私と、小百合ちゃんが話していたら、日直の仕事を終えた綾乃ちゃんが戻ってきた。
「難しい顔をして、どうかしたんですか? 」
「うーん、テストの点が悪かったから、母さんに怒れそうで……あまり悪くなるとお仕事も減らされるかも」
「えっ!? あの、私のでよければノート貸しましょうか?」
「いいの? すごく助かるけど」
そう言うと、綾乃ちゃんは自分の席からノートを取り出して渡してくる。学園指定の古めかしいノートに、少し丸まった可愛いらしい字で、板書の重要なところをカラフルな色ペンで丁寧に色分けされて書かれている。
鉛筆のみの鋭角な字に、所々に赤線を引いただけの私のノートとは大違いだ。うーん、女の子に擬態するには、丸文字を練習しとかないと不味いかな。こういう細かなところで女子力の足りなさを痛感させられる。
「ありがとう、コピーして返すね」
「いえ、お役にたてるなら嬉しいですけど…… あっ!私は国語以外は苦手なので……」
そう言って、私が持っていた国語のノート以外を、綾乃ちゃんにさっと持っていかれた。チラッと横を見るので、視線を向けると小百合ちゃんが少し寂しそうにしていた。……あぁ、うん。
「じゃあ、小百合ちゃんのノート貸してくれる?」
「私ので良ければ……お貸しします」
そう言って、いそいそとノートを貸してくれる小百合ちゃん。仲間はずれは寂しいよね。
「ありがとう。じゃあちょっと職員室でコピーしてくるね」
ちょうど2時間目の中休みでまだ時間に余裕があるから、職員室にコピーしに行くだけなら間に合いそうだ。最近のだけコピーすれば十分だし。
*
ついてこようとする二人を丁寧に断って、ひとりで職員室に向かう。ノートを貸してもらったうえに、いちいち雑用に付き合わせるのも悪い。
廊下にでて、目立たないように端を歩く。公立小と違って走り回る生徒はいないけど、休み時間なのでそこそこ生徒がいる。
階段を下りて渡り廊下を歩いていると、女の子に囲まれて反対側から歩いてくる大翔と鉢合わせてしまった。そして、囲んでいるなかに一之宮さんがいた。教室で見かけないと思ったら追っかけに行っていたのか。
すっと避けて壁ぎわで通り過ぎるのを待つ。
視線を床に落として目を合わさないようにしていると、わいわいと楽しそうにお喋りしながら私の前を横ぎる。つい、チラリと大翔を見ると捨てられた子犬のような目でこっちを見ている。こっち見んな。
と、凄く視線を感じるなと思ったら、大翔の横で一之宮さんが私を睨んでいた。慌てて視線を落とすと、小馬鹿にするように鼻をならして通り過ぎていく。
こえー。
一見ハーレムだけど、あんなのに四六時中まとわりつかれたら大翔も大変だなぁ。小四男子なんて、男の子同士で遊んでいた方が楽しい時期だろうに。
それでも、愛想笑いでもちゃんと対応してるのは偉い。昔、子役の時の大翔はマダムキラーで、よくおばちゃん達に声をかけられては無視していたから『おしおき』してファンを大切にするように躾といたのだ。人気商売なんだから、ファンを大切にしないとあっという間に消えてしまう。気を抜くと子役の寿命は短いからね。
特に既婚女性、鬼女さまを敵に回してはならない。絶対にだ。
と、大翔たちが通り過ぎたので職員室に足を向けようとすると、またも女の子のふたり組がお喋りしながらこちらに歩いてくる。
なぜか壁ぎわにいる私の方に広がって歩いてくるので、ぶつかりそうになったところを、するっと避ける。前を見ていなかった相手は、ちょうど柱になっている所にゴスっと頭をぶつけていた。
ちらりと見ると、頭をおさえながら睨んできたのは、たしか一之宮さんのとりまきだ。
残念、私に物理は効かないんだ。
転入当初に少し絡まれたりしたけど、大人しくしてたらすぐ沈静化したんだけどなぁ。まぁ、綾乃ちゃん関係でまた目をつけられたのかな。綾乃ちゃんをひとりにしないように気をつけよう。
何か言いたそうな目で睨んでいるので、関わり合いになる前に逃げるとするか。
*
職員室でノートのコピーをとって教室に戻ると、退屈な授業の再開だ。大人になってから小学生の授業を受けるのはマジつらい。小一の頃なんて『あいうえお』からだよ。一桁の足し算だよ。あまりにも退屈すぎて寝そうになったけど、ただでさえ出席日数が少ないから、真面目に授業を受けるフリを必死でしていた。けど、あまりにも暇すぎて、目を開けながら寝る特技を身につけてしまった。そうしたら、授業態度は真面目という評価を受けている。ごめんなさい、寝てるんです。
けど、テストの点数をかえりみて、今日の算数の授業は真面目に受けてみた。9割くらいはすでに知っていたけど、がい数ってのが初耳だ。なんだっけと思ってたら、四捨五入のことね。昔はそんな言い方してたかな?覚えてないなぁ。
その後の4時間目の授業も真面目に受けて、昼休みになった。桜凪学園には給食がなく、かわりに学食が設備されている。
桜凪学園の学食は美味しくて、素材も一流なものを使っているから、高い。普通にレストランとかで食べるよりは安いのだそうだけど、庶民の感覚的では気軽に毎日食べられるものじゃない。席も、家格や学内カーストですでに決まっている席もあるようで、理解していないと痛い目をみる。
というか痛い目をみそうになったので、私は弁当派になった。知らずに一之宮グループの指定席に座っちゃったんだよね。てへ。
指定席なら名前でも書いとけよ。
まぁ、学食で食べる生徒が多いため、逆に教室やテラス、屋上などが空いている。私と小百合ちゃんはその日の気分で決めていて、今日は天気もいいので屋上で食べることになった。
公立小のように殺風景な何もない屋上ではなく、緑化されていて、あちらこちらに花や背丈の低い木が植えられ、ちょっとした庭園風になっている。そのなかにオープンカフェのように屋根がついたテーブルと椅子が並べられて、ゆっくりと休憩できるようになっていた。
この時間はまだまばらにしか人がいないようで、人がいない隅の方のテーブルに小百合ちゃんと綾乃ちゃんの3人で囲んで弁当を広げる。小百合ちゃんは高そうな漆塗りのお弁当箱、綾乃ちゃんは可愛らしい感じのお弁当、共通しているのは凄く小さいという事だ。
私はいわゆるドカ弁。運動してるからね、量を食べないともたないんだ。可愛さのかけらもない実用重視な弁当箱はかなり浮いているけど、中身は母さんが気を使って可愛らしく盛りつけされている。
まぁ、もっと唐揚げとか肉とか米がどかっと入ってた方が腹もちがいいんだけど、それは母さんが許してくれなかった。
「誰もこなさそうな教室、ですか?」
「うん、そろそろアイツの相手してあげないと、また暴走しそうでね」
「……アイツって黒谷くん、ですよね?」
「そう、理科準備室はやっぱり人が来そうだから、小百合ちゃんと綾乃ちゃんはどこか良いところ知らないかな?」
食べ終えて、小百合ちゃん達と相談をする。そろそろ大翔と約束した『会って話す程度』を実行しないと、また大翔が話しかけてきそうだ。そんな場面を一之宮さんに見られたらマジやばい。
理科準備室は長時間使わない日があったからちょうど良いかと思ってたけど、一之宮さんたちも利用していたとなると鉢合わせる可能が高い。あまり学園に詳しくない私より、小百合ちゃん達に相談した方が安全だろう。二人は私と大翔の関係を把握してるしね。
「あ、あの……菜々美ちゃんと黒谷くんはお付き合いをされてるん……ですか?」
「えーと、綾乃ちゃんは付き合ってるように見えたの?」
「………見えなかったです」
少し期待したように聞いてきた綾乃ちゃんは、少し考えてからがっかりした。いきなりレバーに掌底入れて、関節を極めてマウントをとるカップルなんているのだろうか。
と思ったけど、某プロレスラー夫妻ならやってそうだから、一概にないとも言いきれないか。
「ただの友達だよ。昔は共演することが多かったから、撮影の合間に遊んでただけだから」
「そうなんですか…… そういえば、黒谷くんと共演していた映画みました!恋人役でしたよね!」
恋人役は何回かやったね。幼馴染み役もあった。双子の兄姉の殺し屋で、何故か大翔が女装させられてた映画もあった。
「大翔がアイドルに転向してから、仕事で共演することがめっきり減ったからね。私と遊びたいだけなんだろうけど大翔は学園に他に友達いないのかな?」
「えと、前はよく他の男の子と遊んでいたのを見かけてましたけど、アイドルデビューしてからは一之宮さんとか沢山の女の子が黒谷くんを取り囲むようになって……それからは今みたいな感じ、みたいです」
そう綾乃ちゃんが答える。ちょうど私が転入してからあんな状況なのか。大翔がんばれ、超頑張れ。少し可哀想になったから、グチぐらいは聞いてやろう。
「なるほどー、四六時中囲まれてたらストレス貯まるよね。ちょいグチくらいは聞いてやってもいいけど、どうしようかな」
家に呼ぶというのは却下だな。万が一、バレたら『家での密会』とかワイドショーで言われそうだ。それに、私の家は今のところは世間に知られてないから、大翔経由でバレたら目もあてられない。
やっぱり学園内で済ませるのが一番だね。いざとなったら、また転校すればいいだけだし。
「なら、旧校舎はどうですか?」
「旧校舎? そんなのあるの?」
「えぇ、文化系の部室にも使われてるようですけど、ほとんど使われてないと聞いてます」
小百合ちゃんがそう言って、にこりと微笑む。
「で、でも、あそこは関係ない生徒は出入り禁止で……それに幽霊が出るとか聞きましたけど」
「ふーん、幽霊ね……」
綾乃ちゃんが両手を胸の前でぎゅっと握って、おそるおそるといった感じで言ってくる。学園の七不思議的なやつかな。そんな噂があるなら、あまり人の出入りがなさそうだし、逆にちょうどいい。一度見ておこうか。
「じゃあ、明日にでも見に行こうかな。今日はちょっと忙しいから」
そう言って持ってきていた手元の本をパラパラとめくると、小百合ちゃんと綾乃ちゃんが本を覗きこんできた。
「『役者入門』と『演出入門』ですか?菜々美ちゃんには必要なさそうな本ですけど……」
「放課後に演技の講師を頼まれててね。ちゃんと他人に教えたことはないから、一応読んでみようかなーと」
とりあえず読んでみた感想は『なるほど、わからん』だった。
スタニスラフスキー・システム?ベラレーヌ・システム?アングラ演劇?
色々と専門用語で書かれていて、解説とかも載ってるけど、読んでいてこんがらがってきた。子役事務所の演技レッスンでは、軽い台本を渡されて即興劇をやったり、その即興劇を後日きちんと演技したりとかで、そのさいに講師がアドバイスをする程度だ。そんな専門用語は使ってない。
まぁ、事務所のレッスンだけやっていれば上手くなれる訳もないので、家でも演技の練習はしていているけど。
共演相手なら楽なんだけどね。私の練習にもなるし、一緒に演技すればアドバイスもしやすいから。
「講師なんて凄いです!」
綾乃ちゃんが目をキラキラさせて、さすおにしてくる。そんな褒めても何もでないよ?おやつに持ってきたバナナならあるけど、食べる?
「まぁ、今日は高校生相手だから、ちょっと心配なんだよね」
大翔の時みたいに、カブトムシで釣れたら楽なんだけどなー。