1
魂はどこからきて、どこへ還るのか。
そんな事をぼんやりと考えていた自分はただいま3歳。まだ幼児といえる年齢で哲学めいたことにふけっていたのは、いわゆる転生をしたため、前世の記憶を持っているからだ。
前世ではごく普通の家庭に生まれてごく普通に育ち、そこそこ良い高校・大学に進学して、そのままごくごく普通に就職して平凡に暮していくんだろうなと思っていたら、ブラック会社に就職してしまった。
さらに運の悪いことに世間は就職氷河期になっていて、転職するにも正規雇用はほぼ絶望的だった。新卒ですぐ辞めると再就職には不利だと聞かされ(脅され)ていたので、せめて三年は我慢しようと思って頑張った。そして三年耐えて転職をしてみたけど、次の会社はさらに超絶ブラックだった。泣きたい。
徹夜アンド徹夜で家に帰れない日々が続き、やっと家に帰れたと思ったら風邪をこじらせて寝込んだ。その後の記憶はないから、おそらく過労もたたってそのまま昇天したんだろうと思う。社畜乙。
何のために生まれて、何のために生きるのか。某子供向けアニメを見ていると考えさせられる。少なくともブラック会社の社畜になって過労死するために生まれたわけでは無い……と思いたい。だから今度は楽して生きたい。なるべく働かないで生きていきたい。絶対に働きたくないでござる。
しかし働かないで生きられるのは一部の上流階級の裕福層だけだろう。今の家庭はそこそこ裕福ではあるものの、中流家庭。働かないで生きていこうとしたら、両親に多大な迷惑をかけてしまう。
それに、困ったことに今世は女の子になっていた。前世は男だったのでいわゆるTS転生というやつである。がっでむ。
男女雇用機会均等法が浸透してきているとはいえ、一般企業で女性が出世するには壁がある。定年まで働ける気がしない。
女なら専業主婦になればいいじゃんと、ふと考えたが、それは男と結婚するということだ。いくら女に生まれ変わったといっても、中身は男のままなのだ。生涯独身を貫くしかない(白目
会社勤めなんてしなくても、転生したなら何かテンプレチートで楽に稼げないかなーと、期待して色々と試してみたけど今のところ超能力や奇跡も魔法も何もなかった。絶望した。
しかし、頭の中は前世の大人のままなので天才扱いはされるだろう。しかし、十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人、という事になりかねない。というか絶対にそうなる。
なにせ前世の自分はこれといった特技もなく、ごくごく平凡な人生を送っていたのだ。無駄に期待されてから落ちぶれるくらいなら、最初から普通でいた方がいいよなぁ……
と、今日も答えのでない将来設計をぐるぐると考えながら、ぼんやりとテレビを見ていたら……
『天才子役特集!人気子役の年収ランキング!?』
などと下世話なバラエティー番組が流れていた。いつの間にか自分の頭を食べさせる子供向けアニメが終わっていて、夕方の主婦向けワイドショーになっていたようだ。
『今きらめくトップ子役の年収は〜』
ででん、と巨大なフリップボードの一部が捲れられると、なんと驚きの9桁。億ですよ奥さん。
大人びた子供が、脂ギッシュな司会者ににこやかに対応していて、日々のレッスンについて語っている。子役デビューした時のエピソードも交えて再現VTRが流れると、幼い頃から子役として活動していたと紹介されていた。
小学生とは思えない、まるで転生した大人が話しているかのようなトップ子役。
たった一年でサラリーマンの生涯収入以上を稼ぐトップ子役。
それを見て、天啓だと悟った。
「わたし、子役になるっ!」
たとえ成長して凡人に落ちぶれても、それまでに稼いでおけば先行逃げきりで生きられる。生涯収入を稼いだら、将来はニートになろう。ネット通販があれば田舎に引きこもっても大丈夫そうだし、成人したら働かないで生きていこう。
「もしダメだったら、こうむいんかな」
子役になれなかったら公務員を目指そう。給料が安くても毎日定時で帰れて安定してそうなの。
*
花村菜々美、10歳、小学4年生になりました。
うん、いきなり時間がとんでごめんなさい。あれからなんとか親を説得して、大手子役事務所のオーディションにも受かり、子役として活動できたんだ。身体は子供で頭脳は大人なら、子役なんて余裕じゃんと思ってやってみたけど、正直余裕だった。
3歳くらいならちゃんと座っておとなしくできて、笑って〜と言われたらニコリと笑えて、ある程度のセリフを覚えられれば重宝される。小さな子には演技力なんてさほど求められなかった。
他に子役として活動している同じくらいの幼児には、まだ喃語の子もいるし、じっと座っていることが出来ない子たちがほとんどだ。そして、大人に囲まれて眩しいライトを当てられる撮影現場では、泣き出してしまう子も多い。
そんな中、見た目は幼児、中身は大人な私はまさに無双!
そして、女の子の子役としてやっていくために、女らしい行動を心がけた。言葉使い……は基本丁寧語でいいから社会人の時と同じか。服装は……前は親が買ってきたピンクのふりふりした服を泣いて拒否していたけど、金のためと割り切って女の子らしい可愛い服を着るようにした。髪も短めにしていのを、腰近くまで伸ばした。
イメージは大和撫子。清楚で、礼儀正しく、可憐に、可愛く。
白目になりながら大きな猫を被ったかいもあって、仕事の依頼が舞いこんだ。
今回の人生はイージーモードだ!と思ってたのも数年間だけだった。小学校にあがる頃には演技力も求められるようになり、同年代の子役たちがメキメキと力をつけてくる。やっぱり、子役を目指す本物の天才たちは違うよね、大人顔負けな迫真の演技が出来る子もいるし、お前は忍者の末裔なのかと言いたいほどアクロバットなアクションが得意な子もいる。ぐるんぐるんとバク転してからくるくるとバク宙をきめる。子役を目指すよりオリンピック選手を目指した方がいいんじゃないの? え、アクション俳優になりたいの? 多分、余裕でなれそうだからがんばってね。
天才子役とちやほやされていた私は、そんな本物の天才子役たちを見て愕然とした。しょせん自分は中身が大人なだけの凡人、このままでは速攻で埋没してしまい、生涯収入を稼ぐ前に落ちぶれてしまう。というか、小学生に上がる前に追いつかれていた。天才子役たちパネェ……
余裕をかましていた私は、将来ニートになるために必死に演技の勉強をしてレッスンを受けた。大手の子役事務所に所属出来たおかげでその辺のフォローは充実していて、毎月のレッスン料に応じて決まったコマ数の中から選択して授業が受けられる。そして、特待生になれればレッスン料は無料になり、色々な諸費用も免除される。私はオーディションに受かってすぐに特待生になれたから、レッスンがタダで受けたい放題なのだ。ひゃっほー!
基本になる演技レッスン、歌唱、ボイストレーニング、ダンス、日本舞踊、所作、アクションなどなど、受けたい放題なのだ(二度目)
そして、演技の引き出しを増やすために事務所のレッスン以外に色々な習い事も平行して受けた。茶道、華道、乗馬、剣道、弓道、古武術……
古武術?と思ったあなた、何の役に立つのかと不思議だろうけど、役者の人が習う殺陣のノウハウを教えてくれる道場があるのよ。殺陣(たて)ね。
殺陣とか聞き慣れなかったけど、よく時代劇で刀で斬ったはったをしてるアレ。刀を使わない素手とかの格闘シーンでも同じだけど。
そして子役の登竜門、国営テレビ局の時代劇ドラマに抜擢されるためにはそういったスキルは必須なのだ。簡単な殺陣なら所属している子役事務所のアクションのレッスンでも学べるけど、本格的にやろうと思ったら専門の道場に通うしかない。
役立ちそうなのを一通り習っておいたら時代劇のオーディションには受かったけど、女の子の場合は乗馬やら剣道やら殺陣はあまり必要じゃなかったようだ。基本的にお姫さまの幼少期とか村娘役で、私もその時代劇ドラマではお姫さま役だったし……
せっかく習ったのに骨折り損かー、と思ってたら、別な時代劇映画のオファーが舞い込んで来た。女忍者の暗殺者の幼少期役で。
殺陣が出来て馬に乗れる子役の女の子を探してたんだって。で、私が抜擢されたわけだけども、走ってる馬から馬へと跳び移るのは流石に習ってないから勘弁してくれませんかね、下手したら死ぬって。普通に乗ることなら出来ますから。
え? 出来る子もいるって? あぁ、アクロバティックなアクション俳優目指してる子も受かったのね。同じ忍びの里の幼馴染役かー。
うん、走ってる馬から馬へと回転しながら跳んでるね。忍者かよ。忍者だよね。すごいね。
まぁ、そんなこんながあったりして、何が役に立つか分からないので、色々な習い事に手を出しては、ある程度さまになってきたら別なことに切り替えてー、という感じを繰り返した。ピアノ、バイオリン、クラシックバレエ、新体操やスポーツも色々……思いつく限りの習い事をかたっぱしから。
そんなに沢山、中途半端に習い事をして意味があるのかとお思いだろうけど、別にその道で一流を目指す必要もなく、例えばピアノスト役をやるなら、実際の音源はプロのピアニストが弾くから演奏が上手い必要はない。だけど、あきらかに素人くさい弾き方だとバレるので、一見プロっぽく見えるように練習するのだ。有名な曲を一通りソレっぽく弾けるようになってからは、腕が錆びつかないように時おり練習する程度。バイオリンやバレエもだいたいの有名な曲が弾けるか踊れるか、基本が出来てきたなーと思った辺りでやめてる。
オーディションの話が来てから準備しても遅いのだ。なんせ急に前日にオーディションの連絡が来るのはざらだから。大人ならスタントマンや他に出来る役者をシーンで代用すれば事足りるけど、子役のスタントとかないしね。基本、出来る子が役を獲れる。
努力のかいもあって色々な役のオーディションに受かり、露出も増えて知名度があがればオーディションを受ける必要もなく、直接オファーが来るようになった。そしてオファーが増えれば仕事を選べるようになり、人気があがればギャラも増える。その人気と収入を維持するためにもレッスンを受けては、さまざまな習い事にも手を出す。
そして私は小学生で、義務教育中の身でもある。
そう、義務教育。
教育を受ける義務があるのだ。前世で義務教育を終えているからいいです、と言いたいところだけど、そういう訳にもいかない。撮影などの仕事がない時は、平日は学校に通わなくてはいけない。そして義務教育中の私に配慮して、撮影はなるべく土日や祝日になるし、当然平日にも入る。空いた時間にレッスンや習いごとに通い、宿題をこなし、家に帰ったら即寝る。
超ブラックです、本当にありがとうございました。
「もうやめたい……」
ブラック会社に勤めて過労死したからニートを目指していたハズなのに、どうしてこうなった……