16.芦屋理央
「無理はしてない?」
「ああ、大丈夫だよ、母さん」
夜のベランダで受話器を持って実家の家族と電話をしてる。
「夕月さんに迷惑とかかけちゃダメだよ。貴方はお父さんに似て頼りない上に周りに気を使って自分の意見を言わずに流されることが多いからね、後で後悔することが多いのが心配なのよ」
だってさ、父さん。ひどい事、言われるよ?
そんなことを言う母だが父のことを嫌いじゃない。むしろ、子供よりも父を大事にしているし、父のことを誰よりも理解していた。
「心配いらないって社会人になって少しはしっかりしてきたんだから」
芦屋家には不思議がある。
それは父と母が結婚したことだ。
母親は裕福な家庭で育った。外見はとても美しく進学校に通いその中で成績はいつもトップの方に居たという、それでいてスポーツが万能であり、社交的だったので毎日のようにラブレターを貰っていたらしい。二児の母となった今でも美貌や若さは衰えずに俺と一緒に街を歩いたら姉弟で通用するほどに若く美しいのだ。だから周りの視線をいつも集めていた。
しかし、父親は特別外見が良いってわけでもなく普通に年相応に見える。母と違ってスポーツが特別できるって事もない、仕事だって普通だ。どう考えても釣り合う2人じゃなかった。
祖母に聞いた話だが、そんな2人が付き合い結婚することになったのは母が父に迫ったからだと言う。ホントか嘘か解らないが、2人がまだ親しくなっていない時に母は父の家に押しかけて告白したらしい。
「信じてはいるけど、心配なのよ」
「だから、大丈夫だって。父さんに替わって」
このまま話し続けると説教になりそうなので父に替わってもらう。
何故、実家と電話をしているかというと弟の真央が明日こちらに来るからだ。大学の長い夏休みを利用して2.3日こちらに遊びに来るらしい。
「もしもし、父さん?」
「理央か、元気にしてたか?」
「うん、ちゃんと生きてるよ」
母は完璧すぎる人間だが、だからといって父が欠点だらけって言うわけでもない。
ちゃんと仕事をしているし俺たちを養ってくれている。もちろん、言い争うこともあるが親子の関係は良好だ。
「2人暮らしの方は慣れたか?」
「ん〜〜、どうだろ?1人の方が気が楽って思うことが多いかな」
「そうか、あと1年ちょっとだから我慢しなさい」
「解ってるよ」
「体に気をつけて頑張るだぞ。それから真央を頼んだぞ」
「うん」
「おかえり、電話はもういいの?」
ベランダを閉めてソファーに腰を下ろすと夕月が暖かい紅茶をテーブルにおいてくれる。真央の携帯に電話をしたので夕月は最初に真央と電話で話していた。
「さて、明日はどうしようか?3人で何処か美味い物でも食べに行く?」
夕月は真央の事を兄のように慕っている。
出会った頃、俺には心を開かなかったくせに真央とは初対面からうち解けていた。
「リオくんが迎えに行ってる時に私が作っておくよ」
「ん〜、でも此処でゆっくりしてると真央がホテルに帰るときに面倒になると思うし。それから俺も真央と同じところで泊まってこようと思う」
「なんで?ここで泊まっていけばいいじゃない?」
「いや、悪いからいいよ」
俺は夕月と暮らすことになってから自分の客を連れてこないと決めていた。一緒に暮らしてるとはいえ、出資してくれたのは夕月の父だし、俺は自分のことを居候だと思っている。
「ここは私の家でもあるけど、リオくんの家でもあるんだから遠慮いらないよ。それに真央さんは私にとっても大事なお客様だし」
「そか、それならお言葉に甘えることにするね」
「うん」
夕月が満足そうに微笑んだ。
「それから、真央が来たら何処に案内するか決めたか?」
せっかくだからいろんな所を案内したい。のんびり過ごすのもいいけど、それは俺が実家に帰ったときにしてきたことだ。
「色々あって迷っちゃうかな。でも、せっかくだから全部行きたい」
「土日はハードスケジュールになりそうだな」