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俺を大好きな幼馴染の男の娘が、想像以上にアレだった

作者: ペンギン3

「唐突だけど、僕達はそろそろ挙式を挙げるべきだと思うんだ」


「真っ昼間なのに眠いのか?

 病院、行くか?」


 ある日の午後、幼馴染みの古川夏生が部屋に遊びに来ていた……けど、どうにも言動が怪しい。

 いや、まぁ、何時もの事なんだけど。

 取り合えず蔑んだっぽい視線を向けても、夏生は可愛らしい笑みを今日も浮かべて、邪気なく俺を、山城浩介を見ていた。

 黒髪のポニーテールにヒマワリの様な笑顔、一目見れば男なら惹きつけられてしまう吸引力がそこにはある。

 その姿は大変愛らしい、愛らしいのだが……一つばかり、唯一にして致命的な欠点がこいつにはあったのだ。


「そもそもお前はあり得ない。

 お前にはあるだろ?」


「やだ、浩介の視線やらしい」


「キモイ」


「かわいこぶってるのに、大変に不評で疑問を禁じ得ないよ!」


「理由、聴きたいか?」


「うんうん」


「それはだな……」


 俺は勿体ぶる様にして、視線を下へ下げる。

 見ている場所は、男の急所にして夏生にとっても同様の場所。

 ジィっととある所を見つめる。

 イヤンと身を捩る夏生に再度キモイと言い、ただ淡々と告げた。


「お前が生えているからだ」


 俺の視線の先。

 そこは夏生が履いているジーンズによって防御されているモノの、知ってる俺からすれば奴の気配を感じざるを得ない。

 むしろ、よく擬態してるとさえ思えてしまう。


「今までにないくらいに浩介の視線がやらしい」


「今までにないくらいに夏生がうざい」


「浩介の絡みつく視線がですね……」


「絡まれてるのは俺の方だけどな」


「僕に絡まれるなんて、浩介は役得だね!」


「むしろ謎の義務感が」


「僕を愛しちゃう衝動的なものですね、わかります」


「お前をゴミ箱送りにしない為の我慢だと知れ」


「……ゴミ箱から始まる恋愛?」


「燃えるゴミにして業者に引き取ってもらわないとな」


「燃え上がる恋愛だね」


「炎上不可避」


「油も注がなきゃ」


 暖簾に腕押しとは正にこの事。

 こいつの謎のポジティブさは、本当に頑丈なワイヤーロープ並の強度を誇っていると保証できる。

 俺が”同性同士”という性別の問題について指摘しても、全然堪えた事なんてないのだから。

 ……誰か、保証書込みで買い取ってくれねぇかなぁ。


「そうだ、病院なら引き取ってくれるか」


「会話がループした感覚があるね」


「タイムリープしてるのか、お前は」


「電子レンジ(仮)」


「訴えられるぞ、やめとけ」


「ゲル状になったバナナが食べたいとです」


「あれ、実際にどんな物体なんだろうな」


「ついでにゲル状っぽい白い液体を、浩介のナカに注ぎたいよ」


「死んでしまえ」


「大丈夫、浩介も注いで良いから」


「死ね」


 俺の誠意溢れる言葉は、残念ながら性意以外無いこいつには届いてないらしく、顔は妄想の世界に旅立ったのかだらしなく崩れている。

 えへ、と時々漏れてくる声は、とっても可愛いのにキモいとかいう謎の現象が発生していた。

 怪奇ここに極まると言えるか。

 しかしそれも長続きせず、こいつは十秒で常世に帰還する。

 しかも、何故だかランランと輝く目で、赤い顔をして……。


「浩介……うん、元気な赤ちゃん生むね!」


「脈略がないにも程があるし、してねーよ。

 やる事なってねーから」


「もしかすると、僕は聖母マリアの生まれ変わりなのかも。

 聖母ナツキの伝説が、今始まるんだ!」


「良かった、俺の子供じゃなかったか」


「酷い……認知しないなんて!!」


「処女懐胎だと言っただろ」


「うん、神様が浩介の子供を僕に宿した」


「いや、その理屈はおかしい」


「理屈なんて無いんだよ、だってそれは神様が作った法則なんだから」


「神様、同性愛は駄目だって言ってるぞ」


「神は死んだ!」


 相変わらず、何時も通りに会話が通じないだった。

 そして良い様に利用されて使い捨てられた神が、何よりも哀れでならない。

 キリスト教徒の集会所にコイツを投げ入れれば、磔にされて礫を投げ付けられるのはまず間違いないだろう。

 そんな夏生ではあるが、でもでもとしつこく何かを考えている。

 どうせ、阿呆な事に変わりはないのだろうが。


「で、いきなりどうしたんだ?」


「浩介こそ、どうしたもこうしたもないよ!」


「何がだ」


「僕、昨日君に告白したよね!

 まだ答え聞いてないんだけど!!」


 ビシリと、天をも付かんばかりに人差し指を向けてくる夏生。

 まるで俺の罪でも弾劾するかの様な、そんな姿。

 さぁさぁ、と夏生は俺に詰め寄ってくる。

 そんな奴に、俺は近所の優しいお姉さん並みの慈悲で尋ねた。


「お前、昨日の俺の返事、覚えてるよな?」


「え……あ、そういえば、愛してるって言われたような?」


「いいや、滅びよ…… と答えた」


「全然違うよ!?

 ”ハハッ、ワロス”って浩介は答えてた!!」


「覚えてんじゃねぇか」


「っは!?

 おのれ諸葛浩介!」


「色々とバカすぎて孔明が哀れになるから、引き合いに出すのは止めとけ」


 くっそぅ、と可愛い声で呟いているが、どう考えても見事なまでに自爆しているだけで。

 コイツの知能レベルは、絶滅したと言われているマダガスカルのドードー鳥と同程度なので、ごく当たり前の、収まるべき結果に収まっただけとも言えた。

 そもそも、と俺はこいつに冷たい目を向けながら問いを投げる。


「どうしてそこから妊娠したに繋がった」


「妊娠したら、責任を取るのが世界の掟だから」


「そもそもがお前、妊娠できないだろ」


「聖母マリアはですね――」


「お前に人を生む機能は無い」


「全ての命は男の娘に還る」


「どこのエロゲのキャッチフレーズだ。

 というか、俺の宝物を男の娘モノにするのやめろ」


「妹モノよりかは健全」


「アレも俺のじゃねーよ!」


 俺の聖域(エロ)は、邪悪な妹と阿呆のコイツによって侵されている。

 エロ本は妹によって妹モノにすり替えられ、勝手にインストールされていたエロゲーは男の娘モノ塗れにされ。

 理不尽と矯正によって、俺を歪めようとしてくる悪辣さは正に悪魔のそれ。

 俺がマトモな人間でなくなったら、それは間違いなく犯人はこいつらだと弾劾できるだろう。


 そんな事をつらつらと考えていると、唐突に夏生は立ち上がって、捲し立てながら言葉を紡ぎ始める。

 俺の方を見据えて、ビシリと再び指差しながら。


「とにかく、責任取ってください!」


「何の責任だ」


「妊娠した――」


「俺の子じゃねぇ」


「間違えた、告白させられた責任」


「何故」


「ずっとスタンバイしてたのに、一年間も告白の機会をスル―し続けたから」


「残念だったな、フラグは立ってないから友達エンドだ」


「大丈夫、ときめきな某ゲームは期間が三年間なんだよ?」


「でもそれ、好感度が下がって爆弾が付いてるぞ?」


「にゃんで!?」


 お前が阿呆だからだと言い捨てて、俺は少し過去に思いを馳せる。

 ……と言っても、ここ一年間くらいだが。

 春には桜の木の下で待ってるからと告げられ、夏には試験明けにプールに誘われ、秋には体育館の裏で待ってると運動会の日に言われ、冬には一緒のマフラーで帰ろうと提案されたり。

 思えば、あれは全部そういうつもりで言っていたのだろう。

 勿論、全てスルーして家でごろごろしていた。

 だって明らかに面倒そうだったし、恐ろしく意味深に夏生の奴は笑ってたし、当然の処置であろう。


「爆弾を解除するにはどうしたら良いかな?」


「性別を入れ替えないと駄目だな」


「ある日目を覚ますと、とある女子高生の身体に僕が――」


「名作を穢す奴は、即座に悪いうわさが流れ始める」


「だったら僕におっぱいでも付ければ良いって言うのっ!?」


「キレるな」


「もう今この状態でおっぱい触れば良いじゃんっ。

 膨らんでなきゃいけないなんて、そんな法則は無いっ!

 男の子でも、おっぱいは気持ち良いんです!!」


「俺はお前が最高に気持ち悪い」


「……それって、遠回しな褒め言葉?」


「いいや、くそみそに貶してるぞ」


「今直ぐ突っ込まれたいんだねこーすけは!!!」


 ガチャガチャと、ジーンズの留め具に手を掛け始めた夏生に、俺は無言で奴の腕を掴む。

 え、と顔を上げる夏生に、俺は一言だけ告げた。

 囁きをしかと届ける為に、耳元で。


「変態は滅びれろ」


「わざわざ耳元で言うセリフじゃないよ!?」


 あ、でも、浩介に掴まれた腕、暖かい……、などとほざいていたので、即座に解放する。

 常時うわ言を放つこいつは、今更どうにも出来ない程に手遅れだ。

 それは今も昔も変わらず、全くもってどうしてこうなったのだろうと思わざるを得ない。

 見てくれは可愛い女子、中身は爛れたアホの子。

 ある日みかん箱に捨てられてるこいつを見つけたら、恐らくは俺が犯人なのだろう。


「ん? 浩介どうかしたの?」


「どうかしてるはお前の頭だよ」


「何もない時もディスるのやめて!?」


 可哀想な子を見る目でこいつを見る、どうしようもない子って感じで。

 勿論アホの子のこいつは気が付かない、そして何故か頬を染め始める。

 それをロクでもない兆候と思ってしまうのは、正に日頃の行いのせいであろう。


「……どうした?」


「たった今、夏生ルートに入ったよ。

 目だけで僕を堕とすなんて、浩介にしか出来ない必殺技だね!」


「どうせなら殺気を感じて気絶して欲しい」


「何で殺気を向けてるの!?」


「視線で人を殺せないかなって」


「殺す気!?」


「大丈夫だ、峰打ちだから」


「意味不明すぎて怖いよ!」


「テニヌは何時だって意味不明だ」


「関係ない上に理不尽すぎる!!」


 理不尽なのはお前の頭さと呟いて、俺はゴソゴソと部屋の端の方に積み上がっていたモノを取り出す。

 ……所謂、そーゆー男の娘モノのゲームの山。

 とあるゲームのパッケージの裏には”おにーちゃん、ボクを無茶苦茶にして――”という一文と共に、女の子みたいな裸の男の子が、寝っ転がってこっちに両手を広げて向かい入れる様な仕草をしている絵が描かれている。

 無論、女の子用のパンツを穿いているが、怪しく盛り上がっているのが何とも悪夢じみている一枚絵だ。


「え……もしかして、今から一緒にゲーム大会?

 チキチキ、今夜は寝かさないよゲーム黙示録!?」


「お前を放逐した後に俺は安眠を貪るから安心しろ。

 終末へはお前一人でぶらり旅だ」


「旅のお供に浩介を要求します」


「お供にはそのゲーム共を持っていくが良い」


「それは何の役に立つの?」


「……神待ちって言葉、知ってるか?」


「僕は男だよ!?」


「三軒離れた独身30歳魔法使いの佐藤さんは、夜な夜な男の娘モノの雑誌をゴミ捨て場に投棄するという怪談がだな」


「それ単なる井戸端会議の内容だよ!

 佐藤さんが可哀想だからやめたげてよ!!」


「では、二丁目の加藤さんがだな、嫁に男の娘プレイをしようとバイブをお股にさして捕まったらしいって事は知ってるか?」


「頭おかしいよ!

 意味不明すぎるよ!!

 なんで結婚してるのに、わざわざそんな事してるの!?」


「マンネリだったんだろ。

 じゃあ、今年で70歳になる古川小児科の古川先生が、男の娘マニアだって事は?」


「それ僕のお爺ちゃんだよ!

 お爺ちゃんに変な事言うのやめてよ!!」


「そうか、知らないのか……」


「そこでわざわざ沈痛な顔しないで、勘ぐるから!?」


 ぎゃわー! と両手をバタバタ振りながら、今までに無い程に取り乱している夏生。

 こうしておちょくると、中々に良い反応をしてくれるのが楽しく感じる。

 普段は鬱陶しいが、この時ばかりは素直に面白い奴と思えるから不思議だ。

 まぁ、勿論だからと言って、結婚とか好きとか、意味不明な事をゴリ押しで受け入れろと言われても困るのだが。


「なんで今まで楽しい趣味な会話だったのに、いきなり近所の生々しい話に移行したの!」


「暖簾に腕押し過ぎたから、仕方なく放火する事にした。

 反省も後悔もしていない」


「してよっ。

 反省も後悔もしてよっ!

 お爺ちゃんを弄った事も全力で謝ってよ!!」


「???」


「なんでそこで不思議そうな顔してるの!

 何言ってんだこいつみたいな目で見ないでよ!」


「何言ってんだこいつ」


「わざわざ口にした!?」


 仕方ない事なのだ、古川先生が小児科の先生になった理由はつまりはそういう事なのだから……。

 夏生が知らないのは、孫には流石に邪な視線を向けなかったからだろう。

 俺には……ダメだ、ワキワキしている先生しか思い出せない。


「もぅ、良いよ。

 何も聞かなかった事にして忘れるよ。

 お爺ちゃんは優しいんだから」


「分かった、俺からも何も言わない事にしよう」


「うん、触れないでこのままお墓にまで持っていってね。

 ところでこのゲームは、僕にどうしろうと?」


「持って帰れ阿呆、この前母さんに見つかって惨事が起きた」


「何か言っていたの?」


「”ロリコンは犯罪だけど、ホモは犯罪じゃないの! あたしそういうの嫌いじゃないから! 第一もう浩介達はそういう仲だものね!”だそうだ」


 あの時ほど、夏生を市中引き回しの刑に処そうと思った事はない。

 そして、母さんの頭の中身を疑った事も無いだろう。

 あの日は俺は静かに部屋に引き籠って、錯乱した挙句に夏生の持ってきたゲームを黙々とやり、あまりの訳が分からなさに一人涙していた。

 翌朝になったら何もなかったかの様に母さんが振舞っていたので、俺もそれに乗って知らぬ存ぜぬで通している。

 ……時々、野獣の様な目をしているのが気になるが(特に夏生と一緒にいる時とか)。


「つまりは浩介のお母さん公認になったって事だよね?」


「死ね」


「結婚式は六月が良いな」


「死ね」


「ウェディングドレスはどっちが着れば良いかなぁ。

 僕だけだなんて恥ずかしいし、二人で着ればいっかな?」


「死ね」


「二人揃ってタキシードも良いかもだけど、結婚式なんだからドレスがあった方が華やかだよね!」


「死ね」


「浩介ってば大胆だね!

 それって死ぬまで一緒って意味だよね!」


「お前を殺す」


「単なる殺害宣言だった!?」


「痛みを感じず逝くが良い」


「ラスボスみたいな事を言いだしたのは何で!?」


「早く爆発しろってことだ、言わせるな恥ずかしい」


 リア充爆発しろとは言うが、変態の時にもそれは通用するのだろうか?

 我ながら素朴な疑問だと、頭を悩ませる。

 が、そんな事を考えている俺に、夏生はどこか不満そうな顔で。

 だからどうという事ではないが、少しジッとしていると夏生は勝手に喋り始める。


「……浩介って、時々意地悪で辛辣だよね」


「大丈夫だ安心しろ、お前に対しては何時も辛辣だ」


「僕を特別扱いしてるって事?」


「あぁ、特別に犬の様に扱ってやる」


「え、僕って浩介に犬みたいにされちゃうの?」


「何故に嬉しそうなんだ」


「良く分からないけど興奮するから?」


「そうか、すぐに保健所送りにしてやるから安心しろ」


「ごめんなさい訂正します、ペット扱いが良いです」


「さりげなく待遇を上げようとするな。

 ……家畜扱いなら考えない事もない」


「お給料はいくら出ますか?」


「無しだ」


「浩介の愛は幾ら貰えますか……」


「無しだ」


「チン○ンしたらおやつくらいは貰えますか…………」


「無しだ」


「せめて浩介と交尾させてもらえなきゃ割に合わないよっ!!」


「黙れ犬」


「キャウン♪」


 恐ろしいまでに嬉しそうな声だった。

 もう何だか反射的に死ねと言いそうになったが、俺にも原因があるので声を押しとどめる。

 コイツは犬、コイツは犬、だから相手をするだけ無駄と心を冷静にしていく。

 が、喋りたがりの夏生は、口を抑える気なんて毛頭なくて。


「これってある意味でSM?」


「扱いは完全に家畜人ヤプーのそれだけどな」


「え、何それ?」


「遠まわしに去勢してやろうかと言っている」


「やめて、僕はどうなっても良いから息子には手を出さないで!!!」


「それもある意味で色々と最悪なセリフだ」


「浩介の方が最悪さは上だよ!!」


「そんな事よりも」


「え? えっと……何よりも?」


 微妙にノリの良い夏生に付け込んで、矛先をズラす。

 これ以上騒がれても面倒だから。

 ……ちょっと、泣きそうになってたし。


「このゲーム達は何を思って買ってきたのか」


「この男の娘達の事?

 あー、うん、それはね、浩介に男の娘は妊娠できるんだよって教えてあげたくて」


「そんな事実はなかった件に付いて」


「世界の真理に到達してない人は、ただ気が付かないだけだよ」


「スケールがデカ過ぎる」


「人類には男と女と男の娘がいるからね、当たり前だよ」


「それは絶対に世界がおかしい」


「男と男の娘はえっちできるって、このゲーム達が教えてくれたんだ!」


「最悪すぎる」


「もしかしたら浩介も妊娠出来るかもしれないよ!」


「男は妊娠しない」


「全ての命は男の娘に還るから」


「二度ネタはNGだ」


 軽く手刀を夏生の上に落とすと、きゃん! とまるで子犬の鳴き声みたいな声を上げる。

 本気で心が犬になってきているのか、今回のは中々に犬っぽかった。

 だ、残念ながら、今のは別段嬉しく無かったようで。

 流石に痛かったのか、夏生が上目遣いで俺を睨んでくる。

 が、どう見てもチワワがガルルと威嚇している位にしか見えない。

 ここまで迫力がないというのも、ある意味でコイツの生まれ持った顔の特徴なのだろう。

 タレ目気味なのなんて、余計にそうだという印象を拍車づけている。


「哀れな奴め」


「何かどうじょーされてる……」


「哀故かな」


「愛……僕と浩介の愛の為なんだね!」


「日本語情勢複雑怪奇」


「日本語は繊細で良い言葉だよ」


「お前の頭は都合が良いからな」


「浩介と話すの、とっても楽しいからね」


 サラっと自然にそういう事を言う夏生。

 電波でも受信しているんだなと結論付けた俺に、夏生はねぇ、とどこか甘い声を出して。

 なんだ行き成り、と困惑する俺を他所に、夏生は俺の隣に、10cmもない場所に距離を詰めてきたのだ。


「ねぇ、浩介」


「何だ」


 たわい無い会話、もう十数年も繰り返してきたルーチンの様なもの。

 そんな中で、時折夏生の声が鋭くなる時がある。

 そんな時に夏生が零す言葉は、大した事じゃないけれど、何故だか心に残る言葉。

 今がその時だと、何気なしに分かってしまった。


「僕は男だよ、浩介もそれは分かるよね?」


「知ってるから色々と駄目って言ってるんだ」


「うん、見た目が女の子っぽくても、浩介はそう言うよね。

 浩介なんだもん、知ってるよ」


 ちょっとイタズラっぽく夏生は笑い、ねぇ、と耳元で囁く。

 思わず背中がゾクゾクした、こいつ変態だ! 的な意味合いで。


「そうやって僕を男扱いしてくれるから、浩介の事が本当に好き」


「他に探せばお前が好きな物好きなんて、簡単に見つかると思うぞ」


「かもしれないけど、でも僕が好きなのはずっと僕を男扱いしてくれた浩介だから」


 やっぱり変態だった! と酷く当たり前の事を再認識し、変な汗が出そうになる。

 だが、突き放そうにも、絡みつく様に寄り添ってる夏生は解けそうになくて。

 正に、呪いの装備と称する他にない奴で。


「変態すぎる」


「浩介に変態になる様に調教された」


「何をしたと」


「僕を男扱いし続けてくれて、一切女の子みたいに扱わなかった事」


「どうすればお前は俺から離れる」


「僕を女の子扱いすれば離れるかもよ?」


「……嘘を付け、変態」


 もしこいつを女子の様に扱ったら、それこそ嬉々として既成事実を作りに来るだろう。

 そうなったらオランダに連行されて、挙式を挙げさせられるという拷問にも似た行為を強行するに違いない。

 こいつは間違いなくネジが緩いから、やらかしかねないのだ。

 はぁ、と重い溜息を吐きながら、イヤイヤながらに俺も口を開く。

 全く、と強く思いながら。


「第一、その理屈だとお前は俺をそう言う風に見ているって事だろう?」


「まぁ、そうかも」


「それは不公平じゃないか?」


 問いただすと、ちょっと困った様に夏生は眉を寄せて。

 それだけ見ていると、まるで女の子を虐めている様な感覚に陥るから不思議だ。


「でも、浩介」


 言い訳をするかの様に、そっと手鏡を夏生は取り出す。

 なんでそんなものを持ってるかと聞けば、長く伸ばしてしまった髪が風でボサボサになったら整える為だとか。

 ……そういう変にマメなところは、女っぽい。

 残念ながら、男であるのだが。


「見て、この鏡を」


「毎朝見てる顔があるな」


「うん、僕も何度も見てきた顔だね」


 夏生の鏡の中、そこには俺の顔が写っていた。

 ショートヘアで黒髪童顔丸出しの……まるで、幼い少女みたいな顔が。

 それを確認した夏生は、我が意を得たりと頷いて続ける。


「こんなの、毎日見てたら惚れちゃうよ。

 だって、こんなに可愛いんだから」


「俺は男だ」


「うん、一緒にお風呂に入った仲だし知ってるよ。

 ……昔は、女の子にもツイてるんだって思ってたけど」


「お前、やっぱりアホなんだな」


「最近は、こんな可愛い子が女の子のはずがない! って思ってる」


「寄るな変態」


「残念、もう引っ付いてる」


 ベッタリと、近かった距離は勝手に背中に回った夏生に寄って、ゼロ距離まで縮められていた。

 背中に感じる感覚は、重い様な、軽い様な、不思議な感覚。

 ただ、鬱陶しいなと思ってしまう、何時もの重さ。


「でも、僕も男なんだ。

 男はね、好きな人の中に入れたいんだよ?」


「死ね」


「でも、浩介も男なんだから、気持ちは分かるよね?

 好きな人でも、お尻には入れて欲しいって思わないよね?」


「当たり前だ、ド阿呆」


「浩介が入れたいんだったら、僕は頑張って我慢するけど」


 えへ、と笑っている夏生の視線は、何故か俺の股間に向いていて……。

 思わず、俺も薄ら笑いを浮かべながら口を開かざるを得ない。


「去勢するぞ」


「絶対にやめてね!」


「場合によるな」


「そんな事したら、責任とって本当に結婚してもらうからね!」


「男と男は結婚できない」


「浩介の養子になるからね!」


「直ぐに出家させてやる」


「一緒にお寺で爛れた日々を……」


「修行している坊さん方に謝って悔悟してろ」


「僕は僕のしてる事、後悔なんてした事ないから」


「俺は今日この時を、これ程までに後悔した事はないぞ」


 まさか、こいつがここまで粘着質なんて……まぁ、五歳の頃にはもう知っていたが。

 でも、まさかこんな風に拗らせるなんて、誰が想像するというのか。

 俺と同じ境遇だからと親近感を抱いて、誰よりも仲が良かった幼馴染だっただけだというのに。


「ねぇ、じゃあ敢えて聞くんだけどさ」


「何だ」


「浩介は僕のこと嫌いなの?」


「面倒くさい女みたいな事を言い出したな」


「答えて」


「すっごい阿呆だと思ってる」


「そんなこと聞いてないよ!」


「知ってる事を口にさせようとするのは、変態的だ」


「僕が変態だって、浩介が言ったんだよ」


 首元をサラっと撫でられて、意味不明さに絶句してしまう。

 何をしてるんだと思ったが、夏生は更に俺の耳元で囁いて。


「大好きな人からそーゆーこと聞きたいのって、当たり前の事だよね?」


「そうかもしれないが、あまりに女々しくないか?」


「全部、浩介が悪いんだよ」


「……嫌いじゃない、としか言わん」


「それで十分、ありがとう」


 クスッと、漏れたかの様な笑い声。

 変態すぎるコイツで、耳元に掠る息に背中が冷たくなる。

 なので、振り解こうとすると、照れないでと更に抱きついてくるのがうざい事この上ない。

 そんな日常の一時、多分それがこれからも続いていくんだろうなと思える、鬱陶しい日々の事。











「あ、浩介」


「寄るな」


「大丈夫、今日はもう満足したから」


 日が暮れた夕刻、今日は帰ると言った夏生が振り向きざまに、にこりと笑う。

 とっても笑顔で、だからこそ俺はヒシヒシと嫌な予感しかしなかった。


「何だ、何を言うつもりだ」


「別に、対した事じゃないんだけどね」


 サラっと、今思い出しましたという様に、夏生は口を開く。

 ジッとその口元を凝視してると、ニヤァと歪んだのに警戒していると、関係ないと言わんばかりに夏生は言葉を続ける。


「実はエイプリルフールに冗談で僕と浩介の婚約届を出したんだ」


「なんだ、そんな事か」


 本当にロクでもない、バカバカしい阿呆な事をしたものだと安堵し、やはり阿呆であったかと呆れていると、夏生は無邪気に言葉を続ける。

 続けていって、しまう。


「写真付きで提出したらね、男って書いてるのに承認されちゃった。

 不思議だね、ファンタジーだね、嬉しいね!」


「……は?」


「だからっ、浩介!」


「僕達って実はもうずっと前に結婚してたんだよ!」


「……………………」


「お役所仕事って、割と適当な所があるよねぇ。

 単に、ここの役所がテキトー過ぎただけだと思うけど」


 意味が不明すぎて、言葉が発せなくなる。

 冗談なのか、そうなのか? と聞きたくなるが、何も聞かなかった事にして、布団に潜り込みたくもある。

 でも、こいつなら我が家にある判子などは簡単に入手出来る、出来てしまう。

 我が家のセキュリティーは、もっと強化されるべきで。

 ハハ、と思わず乾いた笑いが出てきてしまう。


「ん、じゃあ浩介、また明日!」


 颯爽と、夏生は去っていく。

 恐らく、明日も無邪気な顔をして、我が家にやってくるのだろう。

 思わず、虚ろな目になってしまうのも仕方ない。


「ハハ、ハハハ、アハハハハハハッ」


 口から勝手に声が漏れるのは、どうしてだろうか。

 もう脳みそが理解の許容量を超えて、ガバガバになってる。

 人間って、どうしようもなくなると、笑うしかなくなるのだから誠に不思議な事この上ない。


 ――俺の訳が分からない笑いは、その後一時間ばかり続く事になったのは、ここだけの話。




 …………………………はぁ。

人は時々、とっても馬鹿な話を書きたくなる事がありますよね。

うん、つまりは今がそういう時だったのです!


そしてもう一つ言いたい事があるのですが――男の娘とは、結婚できます!(錯乱)

皆さんも、理想の男の娘を見つけたら、まずは婚活を始めましょう。

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