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休日の過ごし方――料理坂――

 あれから何往復しただろう? 数えるのは、すぐにやめた気がする。

 あの初労働の日から、何日経っただろう? よく覚えていない。

 ようやく自分たちにとって最良のペースをつかんだのは、きっと数週間は経ってからの筈だ。

 私はあの“クレイジー”ボブが首チョンパされた日の夕方、軍曹殿から労働契約書を渡されたが、筋肉痛が酷かったので、読んではいない。軽く内容を教えてもらったが、どんな内容かも、たいして覚えていない。

 一週間ごとにこの世界で使える通貨を給料として貰えるようだが、高いのか低いのかはっきり言って分からない。

 一週間七日のうち、二日は休みだ。が、私達は四人揃って仕事に慣れるまで、休日も大半を与えられた部屋で休んでいた。


「いつまでもこうしてはいられないと思うんだ」


 ある休日の朝、真剣な表情カオでクリスがきりだした。


「何故でござる? 休日は思いっきり休むのも仕事でござる。どこかの世界ではよく分からぬが社員に二十四時間働けと、会社のトップとやらが言うところもあるそうではないか。果てしなくブラックな企業らしいが。それに比べれば、週の二日を完全休養にあてられるのだ。休んで肉体的な疲労と精神面の疲労回復にあてる事が出来るのは、とてもありがたい事であるし、疲労回復に努める為に休むのは当然であろう?」


「サヤはいいよね。ちゃんと疲労回復出来るんだから。私なんて近頃気が付けば抱き枕にされて、全然回復出来ないよ。きょにゅーに対する怒りが、私の心の炎を、燃やし続けているんだ。燻ってなどいない、燃え盛っているのだ、怒りの炎が、憎しみの炎が。今、私の頭にデカいモノを押しつけている元凶は、これだけ言っても何故私を放そうとしないのだ? 解放してくれ、この地獄から」


 何を言っているのだろう、ルーは? いや、しかし、本当にルーは可愛いな。妹がいれば――異母妹はいたけど、こんなに仲良くなかったから。何て言うのだろう? 骨肉の争い?――、こんな風に抱きしめて一日を過ごすのもいいな、うん。


「アリシアの脳みそお花畑は放っておけ。話を戻すぞ。いいか、普通、私達くらいの年の女の子は、恋とか進路とか、そういうモノに悩んでいたりするモノだ。私達はいつまでこの世界にいるかは分からないが、今まで私達を縛り付けていたモノから解放されたんだ。何せ、元いた世界に戻るかどうかだって決めていないんだ。違う道を模索してみるのも悪くないだろう? だが、平日は仕事が終わった後は基本的に疲れきって寝ているから何も出来やしない。が、仕事にも慣れてきて休日も寝て過ごす必要はなくなった。休日は、自分探しをしてみるのも悪くない筈だ。なので、今日と明日はそれぞれ別個に過ごす事にしよう。それと、アリシアはいい加減ルーを離せ」


「仕方ないな。まだまだ堪能したかったのに……」


「ようやく解放されたよ。アリシアは私の話を時々聞かない癖があるよね。どうにかならないのかな?」


 聞く耳持たん。


「まあ、しかし、確かにクリスの言う事には同意出来る部分が沢山あるでござるよ。休日二日間で見つけられるかどうか、分からないでござるが自分探しなるモノをしてみようと思うでござる。拙者はとりあえず町にくりだしてみるとしよう」


「んー? 私はどうしようかな? ま、私もとりあえずブラブラしてみようかな?」


「私は私でやりたい事があるのでな。ま、四人くっついて行動する必要はないだろうさ」


 外出着に着替えて――何故かクリスは作業着に着替えて――三人は部屋を出て行った。皆、もしかしたら何らかの目当てがあるのかもしれない。

 さて、私はどうするかな……?






――――※※※※――――


 特にやりたい事もないので、私も町をブラブラする事にした。町への出入りは比較的簡単に出来るみたいで、作業時に知り合った女の子たちも町で遊んでいるようだった。

 しかし、色々とあるな。武器屋や防具屋、日用雑貨を扱っている店、種々雑多な店が並んでいる。

 武器屋や防具屋の男性は、ほとんど背が低くて髭が立派な男性が多かった。ドワーフ族と言って、鍛冶方面に強いらしい。ドワーフ族以外の人間が経営している武器屋を覗いても見たが、残念な事に質で言えば、ドワーフ族が鍛えた武器には及ばないようだ。

 私も騎士の端くれ、武器や防具に興味がないワケではないが、鎧は魔導鎧ルン・ヴァレリアがあるし、武器は聖剣クラウソラスがある。ドワーフ族が鍛えた武器・防具に勝るとも劣らない品であるので、武器屋や防具屋は軽く見るだけにとどめた。

 日用雑貨店も覗いてみたが、今の所必要と思える品はなかった。部屋の近くの売店でも買えるからな。宝石店では心惹かれるモノがないワケではなかったが、はっきり言って手の出る値段ではなかった。


「うーむ、これといった決め手に欠けるな……」


 まあ、お金もたいしてあるワケではなし。何かを買ってどうこう、というワケにもいかない。

 そんな時、お腹が鳴った。昼飯時でもあるし、そう言えば朝食はほとんど食べずに出かけたな、と今更になって思いだした。

 作業場で知り合った女性に声をかけ、ここら辺で食事が出来る場所はないかと聞くと、快く教えてくれた。頭を下げ、教えられた区画エリアに向かう。

 教えられた区画に入ると、そこかしこからいい匂いがしてきた。匂いだけで食事が進みそうだ。

 しかし、この町ははっきり言って統一感がない。藁葺きの小屋の隣に、鉄筋コンクリートとか言うので建てられた高層ビルディングとやらが建っていたりする。世界観が数歩歩くだけで変わるのだ。豚鬼皇帝オーク・エンペラーが色んな世界から色んな人間――人間以外、つまりドワーフやエルフ、獣人なども――を連れて来たせいで、色んな文化が混在しているかららしい。

 何処の店で食事をしようか、考えながら歩いていると、一件の店の前で入ろうか入るまいか思案しているサヤと出くわした。


「何をソワソワしているんだ、サヤ?」


「ああ、アリシア。いや、その、この店構えが私の故郷の家屋に近くて、更に美味しそうな匂いが漂っているのでござるよ。だが、店の中にはやたらと男ばかりがいてな。入り辛いのでござる」


 店内の出入り口は開け放たれていて、店内を見る事が出来た。確かに、男ばかりだった。豚鬼も大勢いる。サヤ一人で入るには勇気がいるだろう。

 店の名前は……、うん、読めない。


「うーむ、先程から見ているのだが、店から出て行くのがほとんどいないのでござるよ」


 出て行くヤツと入れ替わりで入っていく男たちもいるらしく、なかなか入れない、との事だった。

 その時、店内から騒ぎ声が聞こえて来た。と、同時に豚鬼が二人吹き飛んできた。そして、その後に包丁持った短髪のお兄さん――二十代半ばくらいだろうか?――が出て来た。包丁が血に汚れている気がするのは、私だけだろうか?


「てめえ、客をいきなり叩き出すとは、どういう了見だ!?」


「俺が作る料理に文句をつけたからだ。どのような材料を使って料理をしようが、それは俺の自由だ。許可だってとってある。お前らに文句つけられるいわれはねえ」


「何を言っていやがる? 俺達の前で豚肉を使った料理なんて出しやがって!! 俺達に共食いしろって言ってんのと同じなんだよ!!」


 店内を覗きこんでみると、どうやら豚肉を使った料理を他の客に出そうとしていたらしい。その後の会話を聞いてみると、それを見て、美味しそうだったので豚鬼も注文しようとしたところ、豚肉を使った料理だと言われて、激昂したら叩き出されたという事のようだった。


「この町、オークランドの支配者は、俺達豚鬼だぞ!!」


「この町の名前、オークランドって名前だったのか……」


 豚鬼と短髪のお兄さんにギラッといった感じで睨みつけられた。アレ? 何でここで私が睨みつけられるのだ?


「アリシア、声に出ているでござるよ」


「そうだったのか……」


「支配者が誰であろうと関係ない。俺の出す料理が気に入らないなら、出て行くんだな。お代は結構だ。だが、これ以上文句つけようってんなら、てめえらの体に生姜焼きのタレつけて焼いてやろう。どうする?」


 短髪の兄さんは腕っぷしに自信があるのか、私の呟きなど聞かなかったフリで豚鬼どもを挑発する。


「ニンゲン如きが、俺達を愚弄する……ッ!?」


 豚鬼二人がそこで凍りついたのは、仕方ないだろう。私とサヤが即座に動き、喉元に剣を突きつけていたからだ。ちなみに、クラウソラスも神威カムイも、魔法で別空間から取り出せるようにしている。そう、基本的にいつもは武器の携帯はしていない。


「今すぐ死にたくなければ、去るべきでござるな」


「生姜焼きにしてもらうか? 豚鬼と普通の豚は味がどう違うか、試してみるのも一興だが、どうする?」


 豚鬼二匹――二頭?――は顔を蒼褪めさせ(たように見えた)、すごすごと逃げ出した。

 ひゅう、と口笛が聞こえた。




「いやあ、わるい、助かったよ。腕っぷしには自信がなかったんだがね、料理の事を馬鹿にされると、ついカッとなってしまってね」


 二人がけのテーブルに、料理が数品並んでいる。店内が落ち着いてから、私とサヤは短髪の兄さん――リョーマと名乗った――に店内に招き入れられ、料理をご馳走になる事になった。


「しかし、いいな、華がある。いつも野郎と豚鬼ばっかり来る店だけに、若い女性が店内にいるだけでなんていうか、空気が違うな」


 野菜サラダにスープ――味噌汁というらしい――、肉料理が豚の生姜焼きにチキン南蛮、白ご飯。私は箸とやらを上手く使えず、スプーンとフォーク、ナイフを用意してもらって何とか食べる事が出来たが、サヤは箸を器用に使いこなしていた。その姿は美しささえ感じさせた。


「美味しい……!! ああ、故郷の味を思い出すでござるよ。このチキン南蛮とやらは食べた事はなかったでござるが、少し甘めで美味しいでござるよ。ああ、このお店に入ろうとだいぶ迷ったでござるが、待った甲斐があった……!!」


 かなり喜んでいらっしゃる。サヤほど感動はしないが、確かに美味しい。常連になってもいいな、この味なら。

 サヤが喜んでいるのに、リョーマもたいそう気分を良くしたようだ。


「へえ、そんなに喜んでもらえるなんて、料理人冥利に尽きるってもんだぜ。あんたたちはさっき、剣をもって豚鬼どもを追い払ってくれたな。その事に関しては礼を言わせてもらうが、俺に言わせてもらえば、刃物の使い方がなっていないぜ」


「何? それは聞き捨てなりませんね」


 サヤの目つきが鋭くなった。自分たちがよかれと思ってやった行為を否定されたように感じたのだろうか? だが、刃物の使い方がなっていないとは、どういう意味なのだろうか? 敵を斬り捨てる、追い払う。戦場では何よりも大切な使い方だとは思うが――。


「剣で敵を退けたって、誰も幸せにはなれはしねえ。あいつらだって、報復に来るかもしれねえだろ? それじゃ、やっぱり駄目なんだ。俺の好きな言葉に、『刃物で人を幸せに出来るのは、料理人だけだ』って言葉があるんだ。うろ覚えなんで、正しいかどうか分からねえけどな」


 私もサヤも幾多の戦場を潜り抜けてきた人間だ。刃物で人を幸せに出来るだなんて思ってもいない。思ってもいないどころか、考えた事すらない。サヤはどうか分からないが、私はそうだった。だからこそ、リョーマが発した言葉が心に響いたのかもしれない。


「だからよ、俺はなりたいんだ、料理で人を幸せに出来る料理人に。まだまだ道は遠いけどな」


 人を幸せに出来る料理人、か。私では無理だな。今まで何人もの人をこの手にかけてきた。今更、剣の使い方を変えるつもりはない。

 だが、サヤは違ったようだ。料理に感動したのもあったのかもしれない。


「人を幸せに出来る料理人、でござるか。素晴らしいでござる」


「何言ってんだ? 夢物語だって笑ってくれていいんだぜ」


 照れくさそうに手を振るリョーマ。だが、その手はサヤの両手に包まれた。


「いや、拙者、本当に感動したでござる。リョーマ殿、拙者を貴方の弟子にしてください!!」


「「な、なにーーーー!?」」


 私とリョーマの驚きなど気にもせず、いつなら働きに来れるか、労働条件はどうだ、などと話を詰めていくサヤ。押しきられる形で納得してしまうリョーマ。ここに、未来の料理人サヤ・ミナヅキが誕生したのであった。

 その日のうちに、サヤはリョーマの店で料理修行を開始した。











 私は、味見役――毒見役と言った方が、正しいかもしれない――として強制的に残らされた。ルーの話にあった暗黒物質が出てこなかっただけ、幸いだったのかもしれない。


「不味い……、食えたもんじゃない!!」


「また、ダメでござるか……。塩を小さじいっぱいとは、なかなかに難しいでござるな」


「小さじに塩を山盛りにするという意味ではないと思うぞ……!! 私の舌がバカになってしまう……ッ!!」


 リョーマはニヤニヤ見ているだけだ。面白がっているのかもしれない。






 誰か、誰か助けてください……ッ!!

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