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労働の日々が始まる

 頂など見えぬ。否、見えようはずもない。

 何故ならば、道半ばだからだ。いや、違う。道半ばなど、言えたものではない。

 そう、何故なら私たちはまだのぼりはじめたばかりだからな、この果てしなく遠い――。






「アリシア、何をボーっとしているんだ? いいから歩き出せ。そうしないといつまで経っても終わらないぞ」


 クリスの声で、異なる次元アナザー・ディメンションへと飛び出しかけた自分の思考が戻って来た。


「これは、四人でバランスよく進まないと、全然進まぬでござるよ。アリシア、今そなたの所が一番バランスがとれていない。魔力を込め直してくれぬか」


 サヤの言葉に、先程から自分が持つロープに魔力を込めていない事が分かった。いけないな、三人に負担をかけてしまう。


「ホラホラ、いい加減現実を認めなよ。これが、私達の“仕事”なんだからさ!! 今日の分は今日終わらせようよ!!」


 ルーの明るい言葉に、皆が笑顔を見せた。苦笑だったかもしれない。

 今日の分は今日終わらせる、か。いい言葉だ。だが、今日の分を今日終わらせるとして、終わるのはいつだ……?






――――※※※※――――


 それぞれの自己紹介が終わり、私のこの世界での最初の日は終わりを告げた。

 翌日気が付けばルーを抱き枕にして寝ていたのは、きっとご愛嬌というモノだろう。


「オノレきょにゅーめ、見せつけおってからに……。そう言えばお姉ちゃんもきょにゅーだったな。私の周りの可愛い女の子はきょにゅーしかいないのか。アリシアもクリスもサヤも裏切り者めが……」


 などと途中から「きょにゅー」への恨み言を述べていた。私は自分のモノがそれ程大きいとは思っていないが、まあ、確かにルーに比べれば大きい方だな。クリスもサヤもなかなかのモノをお持ちである。

 クリスとサヤを見れば二人とも苦笑している。きっと、何度か言われたのだろう。


「姫騎士とか女騎士とか女侍とか、何で皆してきょにゅーなんだ。近頃はエルフだってきょにゅーが多くなったのに、何で私はこうなんだ……ッ!? 畜生、きょにゅーなんて、豚鬼オーク×××(ピーー)されてしまえばいいんだッ!!」


 よく分からないが、泣き出してしまった。いったい何に怒っているのだろう? ルーが今まで会った事のある姫騎士や女騎士や女侍はきょにゅーが多かったのだろうか? そして、エルフも近頃はきょにゅーとは、どういう意味だろう? 全く分からん。


 この日のルーの怒りが災いしたのかどうかは分からないが、異世界生活二日目は特に何事もなく終わった。

 昼食を食べ終わった頃にはルーは普通に戻った。うん、ルーは明るい顔が一番だな。

 翌朝目が覚めた時にはまたルーを抱き枕にして寝ていた。もしかして私は抱きつき癖でもあるのだろうか? そして、ルーは寝ぼけ眼のまま私の胸元を恐ろしい目つきで見つめていた。少し、怖い。




 が、ルーに恐怖している暇はなかった。


「お前ら、起きているな。作業の出来る服装に着替えて集まれ」


 豚鬼皇帝オーク・エンペラーより小柄な豚鬼――私をこの部屋に案内してくれた豚鬼かどうかは分からない――に集合場所を告げられ、作業の出来る服装に着替えて集合場所へと向かう。サヤが着ている藍色の作務衣さむえが、異様に似合っていた。サヤの凛々しさも影響しているのか、いかにもザ・職人といった感じに見える。

 作務衣は売店に売っているらしい。私も買えたら買うとしよう。しかし、アレは黒髪のサヤだからこそ似合いそうな気がする。金髪碧眼の私が着ても似合うだろうか?

 まだルーの目つきが怖いままだが、クリスもサヤもそれには触れずに集合場所へと向かった。もちろん、私も触れたりなどしない。

 触らぬ神にタタリなし、だ。




 集合場所に着いた私達を出迎えたのは、奇妙な格好をした犬であった。否、犬獣人とでも言うべきなのだろうか。

 見慣れない衣装――軍服グンプクというらしい――を着こなした身長百八十センチはありそうな、筋骨隆々な白い毛並みの犬獣人であった。左目に眼帯をしている。モフモフしたいなあ……。


「アレは、日本刀の鍔……?」


「近頃は日本刀の眼帯付けさせりゃあ人気が出ると思っていやがる連中の何と多い事か。しかし、鍔眼帯をつけて人気が出るのは美少女だけなんだよ……」


 サヤの言葉は単純に驚いたからだろうが、ルーは何を言っているんだろう……?

 クリスは特に言葉を発していないが、目つきがおかしくなっている。抱きつきたくなっているのがよく分かるくらいに、手をニギニギさせている。その気持ち、よく分かると言っておこう。


「整列ッ!!」


 よく透き通る、それでいて厳しさを感じとる事が出来る号令に、私達四人は横一列に並んだ。腰に手を当て、直立不動の体勢になる。


「ほう、聞き分けはいいようだな。まあいい。俺がお前たちの担当になったギルバード・バトラーだ。よろしくな」


「「「「ハッ、軍曹殿!!」」」」


「軍曹? 何言ってんだ?」


 何故四人揃ってギルバードの事を軍曹と呼んだのか、私達四人とも理解していなかった。ただ、彼の事を鬼軍曹だと思ってしまったのである。


「まあ、そんな事はどうでもいい。てめえらも四人揃った事だし、これから働いてもらうぞ。ま、働きたくない、元いた世界に帰りたいと言うのなら、俺が豚鬼皇帝に取り次いでやる。帰る事も出来るだろうよ」


「元いた世界に帰る事など、本当に出来るのでしょうか、軍曹殿?」


 何だか嫌そうな顔をしている。軍曹と呼ばれる事は嫌なのかもしれない。今後、気をつける事にしよう。気をつけるだけで終わってしまいそうな気もするが。


「出来るさ。だが、忘れるな。お前らを帰す、という事はお前らが元いた世界からまた別の誰かを連れてくる、という事だ。それでも帰りたいと言うのなら、帰ってもいいんだぜ。ま、元いた世界に帰ったところで、今までと同じ暮らしが出来るとは思わない事だな。何と言っても豚鬼に連れ去られていたんだ。綺麗な体のままだとは、誰にも思われないだろうからな」


 この二日間で確かめた事は、ルーもサヤもクリスも今まで豚鬼に手を出された事がないという事だった。四人揃うのを待っていたのか、それとも豚鬼は私達に性的に手を出すつもりが全くないのか、全く分からないが、確かに今帰ったところで人間の女相手に繁殖行動をする事も出来るなどという一説がある豚鬼にさらわれたのだ。今まで通りの生活は望めそうもない。

 皆、その気持ちがあったのか、帰りたいなどと口にする者はいなかった。


「ふん、まあいい。さて、先程言ったとおりに、四人揃った事だし今日から働いてもらうぞ」


「働いてもらう、と言われても、何をすればいいのでしょうか、軍曹殿?」


 やはり、性奴隷にするつもりか……?


「ついてこい」


 軍曹殿はそう言って歩き出した。釈然としながらもその後について歩く。

 軍曹殿の醸し出す雰囲気がそうさせるのか、それとも、私達が軍曹殿がそういう雰囲気を醸し出していると勘違いしているのかは分からないが、皆無言で軍曹殿の後を歩いた。言葉を発する事が出来るような雰囲気ではなかったのである。




「ここだ、着いたぞ」


 目的の場所に着いたが、私達は声を失い、天を見上げる事しか出来なかった。


「ここが、お前らの働く場所だ」


 私たちの前には、巨大な四角錐の巨石建造物が聳え立っていた。




「ま、最初見た時は誰もが驚くわな」


 軍曹殿も苦笑しながら私達を見ていた。

 そんな時、私達の後ろで何だかゴロゴロと音がした。振り向くと、トロッコに一抱えもありそうな巨石が積み込まれていた。それを、何人かの女性が押してきたところだった。

 目的の場所までトロッコを押してきただけなのか、軍曹殿に向かって軽く頷き、女性たちは何処かへと歩き去って行った。


「お前たちの仕事は、これからこいつを建造途中の場所までコレを運ぶ事だ」


「これを……?」


「建造途中の場所まで……?」


 再度、巨石建造物を見上げる。目測だし、正確な高さは分からないが、現時点でもおそらく高さは八十メートルは超えているだろう。


「いやいや、四人じゃ無理でしょ、流石に」


 ルーが抗議の声をあげた。私も無理だと思うよ、流石に。

 だが、軍曹殿はニヤリと笑うだけだった。


「なあに、無理じゃねえんだな、これが。こいつを触れ」


 そう言って各自に手渡されたロープ。その先はトロッコにくくりつけられていた。


「ま、とりあえず何も考えずに引っ張ってみろ」


 言われた通りに何も考えずに引っ張ってみるが、微動だにしなかった。当たり前だ。こんな重いモノを多少鍛えているからとは言っても、女性の力でどうにかなるとは思えない。トロッコに積まれている以上、水平には動かせそうだが、これを建造途中の高さまで運んで行けるとは思えない。


「今のところはそうだろう。じゃあ、今度は魔力をロープに流しながら運んでみろ」


 今度も言われるがまま、魔力をロープに流してみる。動いた……?


「そうやって、ロープに魔力を流したまま、上までのぼるんだ。誰かが魔力を流さなかったりすれば、最悪ここまで引きずり落ちてくる可能性がある。死んでしまうかもしれんぞ。上にはこの石を綺麗に並べる係の連中がいる。石を渡したら、トロッコは離して構わん。石を乗せる連中の所まで行くからな。さて、楽しいお喋りはここまでだ。何事も経験が大事だ。一度上まで持っていけ」






――――※※※※――――


「やはり、キツイな……」


「言うな、アリシア。余計にキツク感じる」


「同感でござるよ。あまりしゃべりたくもないでござる」


「エルフである私が、何故にこんな力仕事をしないといけないんだろう……?」


 皆、ドンドン口数が少なくなっていく。仕方のない事だろう。話をして盛り上げようなどという気には全然なれない。

 さて、今どのくらいの高さまで来ただろうか? 振り返って見てみる。軍曹殿が米粒くらいの大きさでかろうじて見えた、気がした。


「これは、マズイな……」


「振り返るな。恐怖に負けそうになるぞ」


 クリスも一度ならず振り向いたのだろう。その声には恐怖が宿っていた。


「と、とりあえずまず一度上まで運ぼう。考えるのはそれからでよいでござろう」


「そうだね、振り返らず行こう!!」


 サヤとルーも振り返れば恐怖に負けそうになる、と分かっていた。

そうだな、とりあえず一度のぼりきろう。のぼりきれば、素晴らしい景色を見る事が出来るかもしれない。











 労働という名の地獄の日々は、まだ、始まったばかりだった。

 そう、私達はまだ、のぼりはじめたばかりなのだった、この果てしなく続く労働じごく坂を――。


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