エルフの少女 ルー・ディル・リフィーナ
「ぶったね、サヤ。お姉ちゃんにもぶたれた事ないのに……ッ!!」
まあ、話の途中(と言うよりは、耳かきの途中)で寝ていた私も悪いって言えば悪いんだけどね。ああ、でも、私より悪いのはクリスだよね。だって、あんなに耳かき上手いんだもん。途中で気分がよくなって眠くっちゃうのは当然だよね。
「殴って何故悪いか……!? いや、違う、さっきは殴ったのではない。そう、先程のはアレだ、ツッコミというヤツでござる。そう、自分の話をしたくないからと言って寝たフリをして誤魔化そうとしたルーに対するツッコミでござる」
「…………」
「…………」
「…………」
「な、何故全員そろって黙って拙者を見つめているでござるか? 拙者は可笑しな事は喋っていないでござるよ!?」
サヤの悲痛な叫びが耳に痛い。
「いや、すまない。その、サヤがツッコミがどうこうとか言うから驚いただけだ」
「サヤって真面目一辺倒なヤツだと思っていたよ。うん、私もアリシアと同じく、少し驚いた」
「あー、私も。こんな一面もあったんだなあって、ちょっと驚いたよ」
この世界で知り合ってからそんなに長い時間は経っていないけど、こんな一面は今まで見た事はなかったな。お姉ちゃんと同じで、ちょっと堅物っぽいイメージがあったからなあ。
「まあ、サヤの慌てたところを見る事が出来たので、そろそろ次に行こうか」
「次って何かな、クリス?」
「お前の話に決まっているだろうが、ルー」
あっちゃあ、私もしっかりと過去語りをしないといけないのか。クリスとサヤが結構しっかりと話をしたので、ハードルが上がっている気が少なからずするんだよねえ……。ありしあが、きたいにみちためでこちらをみている……。
「ふむ、拙者もしっかりと話を出来たと思うでござる。口下手な拙者がしっかりと纏めて話をしたのだから、拙者より人懐っこく、話も上手なルーの事だ。アリシアの期待にもしっかりと応えてくれると思うでござるよ」
さっきの仕返しのつもりかな? ここに来て私の話のハードルをしっかりと上げに来ているよ。
ならば、見せてあげよう。ハードルが上がったとしても、それを楽々とクリアーする方法を!!
「私の名はルー・ディル・リフィーナ。見ての通りエルフである!! 以上!!」
そう、ハードルが高く上がったのなら、その下を潜り抜ければいいんだ。飛び上がって越える必要なんて、少なくとも今、この場にありはしない。
「そうか、変わった耳の形をしているから何だろうと思っていたら、エルフだったのか……!!」
アリシアの顔が驚きに彩られていく。ふふん、どうだ。これで、メンドクサイ話などしなくて済むよ。
「なあ、その耳、触っていいだろう?」
「え?」
あの、アリシアさん……? 目が、おかしいんですけど。口から、荒い息が漏れているんですけど。はぁはぁ言っているように聞こえるんですけど。
「いいだろ? 減るもんじゃないし……」
貞操の危機を感じます。
私は恐怖を感じてサヤの後ろに逃げ込んだ。しかし、まわりこまれてしまった。流石は姫騎士といったところだろうか。動きが素早い……!! なんて感心している場合じゃなかった。サヤを盾にして、何とか生き延びる……!!
「ごゆっくり」
あれ、アリシアに気をとられている間にサヤが私の手の届かない所に移動しちゃってるよ……?
「では、遠慮なく……」
や、やめ…………。アッーーーー……。
「ふう、堪能した。満足した」
十数分程耳をいじくられてようやく解放された。うう、耳は弱いのに……。私はもう、虫の息だった。
「お嫁に行けないよお……」
「さっさと話を始めなかった事に対するバチがあたったのであろう。さ、もういい加減諦めて話を始めるがいいと思うでござるよ」
サヤのいじわる……。イイ笑顔でそんな事を言いおってからに……。
――――ДДДД――――
私ことルー・ディル・リフィーナはディル・リフィーナ族の族長の娘として生を受けた。族長である父も、そして母もエルフ至上主義といった考えがあり、生まれ故郷の森から出ようとはしなかった。
その影響を色濃く受け継いだのだろうか? 三つ上の姉もまた、森から出ようとはしなかった。
ディル・リフィーナ族は最低限の人間達との交流をしながら狩りや農業をしながら森で暮らしていた。最低限の人間達との交流は、まあ、せいぜい工芸品などの売買くらいは人間達としていたという事だ。
だが、それだけだった。狭い森の中で、一生を終える。これが、私達の世界でのエルフの掟、いいや、ディル・リフィーナ族の掟だった。
私は、はっきりと言えばそれは嫌だった。こんな狭い森の中で一生を終えるのはゴメンだった。広い世界を見てみたい。年若いエルフは皆、このような理想を抱くらしいが、人間達はエルフを対等な存在とは認めていないという話だった。
美形の多いエルフは奴隷のように人間達の間で売買されている、という話もよく聞いた。それでも、私は外の世界への憧れを捨てる事は出来なかった。
外の世界に行くには、魔法と狩りの才を伸ばすしかない、そう思っていた。それで認められれば、きっと森の外の世界に行く事を父も母も認めてくれるに違いない。私はそう考え、努力を重ねた。
でも、私には高い壁が存在していた。
三つ上の姉だった。
完璧だった。少なくとも、私の敵うところは何一つなかった。
エルフの、ディル・リフィーナの歴史に詳しく、魔法と狩りの才に恵まれ、更には料理も美味しい。性格も穏和で、私の理想のエルフ像、違う、女性像がそこにあった。魔法と狩りは敵うまではいかなくても、そこまで大差はないと思っていた。ただ、料理だけは足元にも及ばなかった。
「ルーはどうしてこう、料理が下手なのかしら? ちゃんと言ったとおりに料理はしないとダメじゃない!!」
何度聞いたか分からない姉の説教。耳にタコが出来そうだ。……耳にタコが出来るってどういう意味かな? 八本足の何かが耳から生えるのかな?
「私には見えるんだもん。味の向こう側が。絶対に上手く行く筈なんだから。お姉ちゃんは邪魔をしないで」
「味の向こう側なんて何を言っているの、ルーは? その暗黒物質と化した料理を何時もお父さんがどんな思いで食べているか、考えた事はあるの? 健康と頑固さしか取り柄のないお父さんが寝込むのは、ルーの料理を食べた後だけだって知っているでしょう?」
「お父さんは、可愛い私の手料理を食べる事が出来て感動のあまり貧血を起こしただけだよ、そうに決まっている!!」
そんなワケないだろう……、ルー、私を解放してくれ……、とお父さんの弱弱しい声が何処かから聞こえて来た気がしたけど、空耳に違いない。絶対に空耳だ。空耳ったら空耳だ。
「こんなんじゃルーをお嫁さんにしたいって男性はいつまで経っても現れないわよ」
「お姉ちゃんに養ってもらうからいいもんね」
「仕方のない子ね……」
私は、姉の事が大好きだった。何をやらせても完璧(少なくとも、私にはそう思えた)で、周りの皆から好かれて、魔法や狩りの才に恵まれ、努力を怠る事をしない人。
でも、心のどこかで私は姉に嫉妬していたのかもしれない。私が努力をしても追いつけない姉に。
月日は流れて、父が族長を退きたいと言いだした。
ディル・リフィーナ族の皆は父の族長引退に反対したが、意思は固く、翻意させる事は出来なかった。
「次の族長は、娘のリタを指名したい。暫くの間は私も補佐につく。反対の者は言ってくれ」
そして、姉が族長になる事がすんなりと決まった。誰もが姉が次の族長に相応しいと思っていたからだ。
「何で、何で反対しなかったの? お姉ちゃんが族長になる必要なんてない!! それだけの力があるのに、森の中だけで暮らすなんて、間違っている!!」
私は、姉の族長就任が決まった日、姉の部屋で今までため込んでいた不満をぶちまけた。姉なら、外の世界でもきっと上手くやっていけるに違いない。そう思っていたからだ。
だけど、私の不満を受け止めても姉は困った顔一つ見せずに私を抱きしめてくれた。
「ルー、私はね、貴女が羨ましい。貴女はまっすぐで、子供の頃から外の世界を見たい、ずっとそう言っていたね。私は、昔からほとんど外の世界を見てみたいという思いは芽生えなかった。ディル・リフィーナ族らしいと言えば、らしいよ。だから、族長になる事も普通に受け入れられる。でも、私だって外の世界を見てみたいという思いがないワケじゃない。だからね、ルー。貴女に外の世界を見てきて欲しい。そして、時々でいいからここに帰ってきて私に外の世界を教えて欲しい。私は、ここを守るから。貴女がいつでも安心してここに、この森に帰って来る事が出来るように」
「お姉ちゃん……」
「ルー、貴女は私の太陽なんだから」
この日、私は姉に縋って泣きに泣いた。これほど、姉が自分の事を考えてくれている事に今まで気付かなかったなんて、恥ずかしかったし、何より嬉しかった。私の事を認めてくれている事がわかって。
「本当に行くのか? 外の世界に」
「うん、でも、時々帰って来るよ。この森は、私の故郷だから」
森を出る日、両親や、ディル・リフィーナ族の何人かが出口まで見送りに来てくれた。何だか、こういうのハズカシイな。
「お姉ちゃんは?」
「もう少ししたら来る筈だが……」
そんな時だった。森を人間達の世界と隔離する為の結界が壊れる音を聞いた。
「これは……、神殿の方か?」
神殿、精霊たちを祀っている神殿の方からその音は聞こえた。皆、血相を変えて走り出した。もちろん、私もだ。神殿には今、姉がいる筈……。
神殿まで辿り着いた私たちが見た者は、蹂躙の跡だった。
まるで嵐が起きたかのように建物がなぎ倒され、十人以上のエルフが倒れていた。
そして、嵐の中心地には――。
「お姉ちゃん……?」
頭から血を流し、胸倉を片手でつかまれ宙に浮いていた姉がいた。
「エルフの村かあ。面白い所に来ちまったな。まあいい、目当てのモノは見つけたからよお。もうここには、用はねえ。あばよ」
そして、姉をつかんでいたのは、大柄な豚鬼だった。
「娘を、離せえ……!!」
矢をつがえ、父や皆が一斉に豚鬼に攻撃を加えたが、豚鬼の左腕が一閃されただけで皆吹き飛んだ。
「全滅でもしてえのか? 殺して欲しいなら殺してやらんでもないがな。オレは労働力を集めている。ニンゲンとは違ってエルフは個体数が少ないからな。ま、今回は一匹だけでいい。上質な魔力を持つエルフはもう手に入れたからなあ。あばよ」
言葉の途中で姉を少し持ち上げて、さっさと背を向け歩き出す豚鬼。豚鬼の周りで空間が歪んだ気がする。
ここでこの豚鬼を帰せば、姉ともう二度と会えない、いや、それだけじゃなく自分を一生許せない。そう思った瞬間には私は自らの魔力を解放していた。
振り返った豚鬼も少し驚いたようだ。
「ほう……。この女を静、もしくは月とするならば貴様は動、もしくは太陽か。魔力もたいして変わりはない、か」
私が魔力で作り上げた矢は、狙い過たず豚鬼の左目に突き刺さった。否、突き刺さろうとしていた。左手で豚鬼が高速で飛ばした矢をつかんでいた。
「戦闘力も高い、か……。面白い。選ばせてやろう」
「何?」
「どちらか一人でいい。この女か、貴様か。どちらか一人オレと共に来るなら、今オレに、皇帝たるオレに刃向った罪は許してやろう。が、どちらも来ないと言うのなら、お前たち二人を除いて一族全員殺してやろう。まだ命は奪っていないからな、そこらへんに倒れているのも。さて、どうする? ま、コイツは気を失っているからお前の返答次第だ。他の連中が答えるのは却下する」
見下している、私達を。皇帝を自負するだけあって、虫ケラを見るような目で私達を見下している。
どうする? 私が外の世界を見に行く為なら、ここで姉を豚鬼にさしだせばいい。そうだ、外の世界に行くんだ、私は。憧れていた外の世界は、もうそこまで来ている――。
――――ДДДД――――
「それで、何でルーはここにいるんだ?」
私がそこで話をやめたからだろう? 心底不思議そうな表情でアリシアが私の目を覗きこんできた。
「五月蝿いなあ。アリシアには関係ないじゃないか」
だから嫌なんだ、昔話は。まあ、昔ったってそんなに経っていないけど。
「ルーは前もそこで話をやめたよな。アリシアが気になるのは仕方ないだろう? 二度目の私だって引き込まれちまったからな」
「拙者など三度目でござるよ。ま、ここにいるのはルーなのだから、ルーがどのような選択をしたかは聞くまでもないでござろう」
「う、五月蝿い、分かったような口を叩くな!!」
からかわないで欲しい……、そう言おうとしたら無理やり抱きしめられた。
「ルーは可愛いなあ……。こんな妹が欲しかったなあ!!」
な、ななな、なに、なん……?
「い、妹? 私が?」
「私より年下だろう? 十六か十七、そのくらいだろう? そうだな、義理の姉妹の契りでもかわそうじゃないか?」
私はそれを聞いて、何とかアリシアを振りほどいた。
「五月蝿い!! 私は百十七だ。アリシアより年上なんだぁ、妹扱いするんじゃない!! 私の姉は、お姉ちゃんは、リタお姉ちゃんしかいないんだ!!」
見た目で判断するな……、そう言おうとした私を出迎えたのは、笑顔だった。
「うん、ルーのお姉さんがルーを太陽だって言ったのが分かる気がするよ。泣きそうな表情は似合わないよ、ルーには」
そう言って、今度は優しく抱きしめてくれた。
「こういう時には、きっと、泣いてもいいんだよ。また明日から、笑顔になればいいんだから。無理して明るいふりなんてしなくてもいいんだ」
「そうだな。明日からはきっと、労働の日々だ。こういう時くらい、泣いてもいいだろう。少なくとも私達が来てからは泣いてなどいないだろう、ルーは」
「拙者たちを明るく励まそうとしていてくれたからな、年上らしく」
う、五月蝿い……。誰が泣くもんか。
暫くしてから輪の中ですすり泣く声が聞こえて来たけど、断じて私じゃない。私じゃないからな。
――――ДДДД――――
「お姉ちゃんが起きたら、伝えておいて。『大好きだよ』って」
「ルー、お前、まさか……」
「お姉ちゃんはディル・リフィーナに必要だから。私は、うん、そうだな、化け物を退治した後、お姉ちゃんが目を覚ます前に旅に出たって言っておいてよ」
それだけ両親に伝えて、私は迷わず歩き出した。
「ほう、姉を守る、か。面白い。気にいったぞ、貴様」
「お前は、いつか私が殺す」
「殺れるものなら、いつでも殺りに来て構わんぞ」
こうして、私は豚鬼皇帝と共にこの世界に来た。望んでいたのとは違うけど、外の世界へと足を踏み入れたのだった。




