侍サヤ・ミナヅキ
クリスの話が終わってしまったでござる。アリシアと違い、クリスの話は以前聞いた時より聞きやすかった気がする。二度目ともなれば要点が纏まっていたのかもしれない。話が上手な人は尊敬できるな。拙者は――やはり一人称は「私」とかの方が女の子らしくていいのだろうか?――あまり上手く話を纏める事など出来ないでござるよ。
「さて、次は、サヤの番だな。ここに来た経緯を話すのももう、三度目になるから話は上手く纏められるだろう?」
「私が最後かあ。サヤが話を上手く纏めちゃうと、私のハードルがかなり高くなっちゃうよね。頼むからハードルはあげないでね、サヤ」
……ハードルとは、何でござろう?
「拙者の番、か。何から話せばいいでござろうか……?」
生まれ? 自分の身分? 姫様とか帝国騎士とかに比べたら、私の身分なんて、大した事などないように感じてしまう。
「あ、あわわ……、な、何から話せばよかとですか……?」
「うーん、テンパっちゃってるね、サヤは」
「おかしいな、私に自分の話をした時はここまでテンパらなかったのに、何でだろう?」
「アリシアがお姫様なのがいけないんじゃないかな? 結構身分差とか考える子だからね、サヤは」
「わ、私がいけないのか?」
「あわわ、アリシア殿が泣きそうでござるよ。拙者のせいで喧嘩はやめてくだされ」
「落ち着け、今泣きそうになっているのは、サヤ、お前だ」
「こういう時は、甘いモノでも食べて落ち着くといいよ、サヤ!!」
おお、いつもは妹みたいに思えるルーが頼もしく思える。助かった――。
「あ、ゴメン。クリスの話を聞いている間に全部食べちゃったね。もう、ケーキは残っていないよ」
血反吐を吐きだしたような気がした。本当は何を吐き出したのか分かっているけど、拙者の名誉の為に一応ぼかしておく事にする。
「はい、甘めのカフェオレ」
「ありがたくいただくでござるよ」
紅茶やカフェオレ、いったいどのくらい先程から飲んだだろう? 明日は運動に励もう……、いや、明日から働かないといけないのかもしれなかった。暫くは甘いものを控えないといけないかもしれないな。太りたくはないでござる。
「今日まで、今日まででござる。明日以降は甘いものは控えるでござるよ」
「む……、そうだな。私も明日からは甘いものは控えるとしよう。他人が食べているのを見ると、つい欲しくなってしまうからな」
おお、アリシアが天使に見える。そう、他人が食べているのって、結構美味しく見えるのでござるよ。
「大丈夫だよぉ、甘いものは別腹って言うじゃない!!」
悪魔の囁きが耳元で聞こえた気がした。
――――◆◆◆◆――――
気が付いた時には、剣を握っていた。少なくとも、それ以前の記憶はなかった。あまりにも衝撃が強すぎて忘れてしまったのではないか、と言われた事があったがその通りなのかもしれない。
私の(この頃はまだ、自分の事を拙者などとは呼んでいなかった気がする)住んでいた村は国境近く――国と言うには小さすぎた国かもしれないが――であった為、他国との交流もあったが、盗賊などもよく近くまで来ていた。
とは言え、国境に接する村ではなかったので、大人たちもそこまで警戒心を抱いていなかったのかもしれない。それとも、盗賊たちの動きがあまりにも整然としていて早過ぎたからか。その日、村は地獄になった。
「ハハハハ、奪え、犯せ!! 力無き者は力ある者に屈するのだ!!」
逃げまどい、捕まり、ある者は殺され、ある者は犯され、家財道具は破壊されるか、金になりそうな物は奪われ、一か所に集められた。
「近くの町にこの国の剣術指南役が来ているらしいからなあ、あと三十分で全て終わらせろ!! 犯し足りなければ、連れて行けばいい!! 金になりそうな物は換金して後で分配するからな、独り占めしようとすんじゃねえぞ、いいな!! 全てあと三十分以内に終わらせろ!!」
村はずれにある私の家にも、破壊と蹂躙の足音は近付いていた。
「小夜、いいかい、ここから出るんじゃないよ。小夜は私が守るからな。何が起きても声も物音も立てるんじゃないよ」
父の顔は、思い出せない。ただ、私を押し込めるように何かの箱の中に入れた。箱の中はまだ十歳になるかならないかの私が一人で入るには十分な大きさだった。そこに入っていたのは、一振りの刀だった。私はそれを抱きしめ、箱の隙間から僅かに見えた光景は、悲惨なモノだった。
一刀のもとに斬り捨てられた父の顔。顔は思い出せない。思い出せない筈だ。首から斬り離され、どこかへと飛んで行ったのだから。
「ヒッ……」
声も物音も立てるな、と言われていたのに声を出したのがいけなかったのか、箱の中で何かの音が聞こえた。何かが破られるような音。
薄闇の中で抱きしめていた刀には封印が施されていた。その封印を知らず知らずのうちに私が破いてしまったのだ。
近付いて来る足音。隙間から、盗賊の目と私の目が合った。
「へえ、何だ、まだいるじゃねえか。まだだ、まだ殺し足りねえ、犯し足りねえ……。女なら犯すが、ガキなら殺せばいいだけだ」
ゆっくりと、手が伸びてくる。それは、その時の私には絶望が近付いて来るように思えた。
『娘、運がよかったな。ワタシを解き放ってくれた礼だ。助けてやろう』
耳元で、誰かが囁いた。いや、耳元で聞こえたんじゃない。頭に直接響く声――。
「みーつけた」
だけど、そんな事を気にする事さえなく、光が絶望と共に訪れた。箱が、開いていた。
「おう、終わったか、引き揚げ……?」
盗賊の親玉の顔に驚きに満ちていく。それはそうだろう。出発するぞ、との声に集まった部下の一人が、おかしな格好で歩いてきたのだから。否、刀に貫かれて足を地に着けずに集合場所まで歩いてきたのだから。
「てめえ、いったい何モノだ?」
その声は、部下ではなく、部下の体に隠れて刀を握る私に向けてかけられたもの。その問いに私は、否、ワタシは微笑みながら答えた。
「我が名は神威。お前たちに絶望をもたらすモノだ」
声色が十になるかならないかの娘のモノではないと気付かなかったのだろうか、すぐにワタシを囲んできた。
「はん、十になるかならないかのガキに殺されるなんて、俺も情けねえ部下を持ったもんだぜ。まあいい、全員でかかるぞ」
その自分の声を、盗賊の親玉は自分の胴体を見おろしながら発していた。器用な男だったが、その声はすぐに絶望に染まった。
「悪かった。もう、この村には来ねえ、だから、見逃してくれ!!」
小便を漏らし、涙と涎を垂れ流しながら命乞いをする盗賊。自分が最後の一人だと分かってるから、助けなど来ない事を知っているから、恥も外聞もなく命乞いをしてきた。十になるかならないかの娘――見た目は、だが――にだ。
自らが狩られる側にまわった事はなかったのだろう。目の前で一人一人、殺されていく仲間を見るのは精神を病ませるには十分だったかもしれない。
「お前たちは、今まで命乞いをしたモノを許した事があったか? 答えろ」
「あ、あったに決まっているだろう? 決まった勝負を続けたって意味がねえからな」
「そうか、ならば助けてやろう。お前だけを。帰ってお前の雇い主に伝えるがいい。この村に手を出した事を、いずれ後悔させてやる、とな」
男は恐怖に顔を歪めたままワタシの手が届かない所まで後ずさり、ここまで逃げれば安全だという所に来たら背を向け、一目散に逃げ出した。
「お前の命は、雇い主の元に辿り着き、報告を済ませるまで、だ」
ワタシの呟きが男の耳に届いたかどうか。お前たちのような愚物をワタシが生かしておくワケなどある筈がない。
その日、隣国の国主の元に辿り着いた男は、「あ、あの村には化け物がいます。あの村に手を出した事をいずれ後悔させてやる、と、そう言っていました」と報告した瞬間、体が十数個に渡って分割され血の海に沈んだという。それを見た国主は小便を漏らしながら腰を抜かし、二度と自らの手の者に国境を越えるなと厳命したという話が風の噂で伝わって来た。
最後の盗賊が逃げ出した後、駆けつけた剣術指南役の水無月典膳に引き取られ、私は水無月小夜と名前を変えた。
やがて戦乱の世になり、私もまた一人の兵士となる事を決めた。十五を過ぎた頃には鎧をつけ、戦場に立つようになった。神威との付き合い方も分かり、戦場では神威の意思に従い、私が体を動かすようになっていた。
そして、戦場で男たちに舐められないように言葉遣いを変えていた。
「父上、此度の戦では拙者は三十は首級をあげましたぞ」
「小夜、お前には出来れば戦場に立って欲しくないんだがな……」
ため息を吐きながらも、私の頭を撫でてくれた。こうやって、頭を撫でて貰えるのが何よりも嬉しかった。
「小夜、貴女も花嫁修業をしてはどうかしら? 料理だって覚えないと、お嫁に貰ってくれる方も簡単には現れないわよ?」
「お嫁に行くつもりはないでござる。私は戦場で戦い続けるだけでござるよ。この国が平和になるまで」
それが、生き延びた贖罪だと、そう考えていた。水無月家にはもうすぐ十になる嫡男がいると言う事もあり、自分を迎え入れてくれたこの優しい家を出て行かなければならないと考えていたのかもしれなかった。
私が十八になった頃、遂に、隣国――私がいた村を襲った盗賊を操っていた――日向国との決戦の火蓋が斬って落とされた。
戦場に日向国国主が出て来ている。その情報を得た私は、単身突出して、敵本陣を目指した。
この頃には神威の力を完全に我がものとする事が出来ていた私は日向国国主のいる本陣へと辿り着く事が出来た。
そこには、妖しげな術者がいた。国主を生贄として、邪悪なる何かを召喚しようとしていた術者が。
呼び出された筈のそいつは、術者の命令など聞かずに暴れ狂った。私の体を乗っ取った神威ですら力及ばず、私は敗北した。思えば神威を手にしてから初めての完全なる敗北だったかもしれない。
「グハハハ、おかしな気の流れに乗じてやって来たが、なかなかに面白い女と出会えたな!! さ、どうする? いさぎよく死を選ぶか? それとも、オレの奴隷になって生き延びる方を選ぶか? どっちにする?」
単身突出してきた私に追いつく仲間たちの気配を感じる事は出来なかった。
助けが期待出来ないのなら、どうする? 死か、屈辱に塗れた生か、どちらを選ぶ? だが、迷う事無く私は答えを出した。
「くっ、殺せ……」
「いいぜ、貴様。ここで無様に命乞いをするくらいなら貴様を殺してやったところだ。気にいった。女、お前は連れて行く。オレの野望には労働力はまだまだ必要だからな……!!」
――――◆◆◆◆――――
「そして、気が付いた時にはもうこの世界にいたのでござるよ」
二回以上この話を聞いているクリスとルーは聞いてなどいなかった。気が付いた時にはルーがとても気持ちよさそうな表情でクリスに耳かきをしてもらっていた。拙者が母上によくこうしてもらっていたんだ、と耳かきの話をして以来、ルーは耳かきをしてもらうのが大好きになっていった。クリスが来てから約一週間しか経っていないのに、今では私よりクリスの方が耳かきをするのが上手になっていた。何だかルーをとられてしまったみたいに感じて、少し、嫉妬。
「えーと、サヤ、と呼んでも構わないかな?」
「構わぬでござる。何かな?」
何かを言いたそうにアリシアが拙者を見ている。なので、促してみる。
「その、神威というのは……?」
「この刀でござるよ。意思持つ太刀、それが神威でござる」
白木の鞘から刀身を抜きだし、見せる。
「綺麗だな……。刀身に私が映っている」
幾多の戦場を経ても何故か血脂さえ付着しない神威は、手入れは簡単でよかった。鎧兜ごと人間を斬り捨てる事が出来る神威は、父上や水無月流の使い手の人間達でさえ恐れたが、拙者にとってはもう相棒も当然だ。その相棒を褒められて、悪い気はしなかった。
「その、サヤ、貴女をひきとってくれたご両親とは、別れの挨拶は?」
「全く出来なかったでござるよ。ま、仕方ないでござる。戦場での別れは戦乱の世の定め。戦場で果てたモノだと思ってくれてればいいのだが」
こうやって話をすれば、別れの挨拶さえ出来なかった事を改めて思い出して、少し悲しくなるのがいけない。アリシアなど、今にも泣き出しそうだ。
「大切な人の前で連れ去られるのと、別れの挨拶も出来ずに連れ去られるのは、どちらが幸福なのだろうか……?」
「答えなど、きっと永遠に出ないのでござろう」
探しても出ない答えを探し続けるよりは、我が事のように悲しんでくれる者と友になれるであろう事を喜びたい。今の拙者、否、私ならそう思う。そう思えるようになった。
「さ、残るはルーの話でござるな」
このままアリシアと話を続けていたら泣いてしまいそうな気がして、強引に話題をきりかえる事にした。
私とアリシアの注目する先では、クリスの膝枕でルーが優しげな寝息を立て始めたところだった。
「起きろ!!」
「痛い!!」
拳骨をつい、振り下ろしてしまったが、拙者はたぶん悪くない。悪くない筈だ。




