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女騎士クリスティーナ・キャンベル

 “四人目”を待つ私たちの前に姿を現したのは、白銀に輝く綺麗な鎧――魔導鎧ルン・ヴァレリアという名前らしい――を身に纏った金髪の綺麗な女だった。もしかして、姫様か上級貴族の娘かなんて冗談交じりで話したら、本当にお姫様だと名乗られた。

 ただ、困った事に私の知らない国の名前を出されても、反応に困る。同室のサヤもルーも知らない国のようだ。という事は、私達は四人が四人とも“違う世界”から連れてこられたらしい。

 私が連れてこられた時には既にサヤとルーがいた。二人とも自分の境遇を受け入れていたようで、私一人だけジタバタするのも何となく嫌だったので二人の前では堂々としていた――見抜かれていなければいいのだが――のだが、新入りの姫様は色々とおかしかった。二段ベッドのどちらがいいか聞けば、何故かルーの方がいいとか言いだしたりしていた。落ち着いているようにも見えたが、もしかしたら混乱していたのかもしれないな。

 彼女の話が事実だとすれば、結婚を前提として交際をスタートさせたその日に豚鬼皇帝オークエンペラーによってこの世界に連れてこられた上に、目の前で恋人が瀕死の重傷を負ったのだ。心に負った傷はどれほどのモノか。

 同じ班になったのも、運命というモノかもしれない。私達で彼女の心を支えてあげる事が少しでも出来れば――。


「ねえ、アリシアはチョコレートケーキとチーズケーキ、どっちがいいかな?」


「そうだな、ここはお姫様らしくチーズケーキにしよう」


「チーズケーキはお姫様らしいのかな? どう思う、サヤ?」


「抹茶ケーキはなかったのか、残念だ。では、チョコレートケーキをいただこう。ああ、紅茶で頼む。ようやく拙者も紅茶に慣れてきたところだ」


「見事にスルーしたね、サヤ。アリシアは、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」


「私も紅茶でお願いする」


 …………心を支えなくても、いいかもしれないな。




「さて、私の事は話したぞ。次は、皆の話を聞かせてくれないか?」


 なんて幸せそうにチーズケーキを食べているんだろう? それより、あのチーズケーキ、売店に売っていたけど作ったのは誰だろう?


「クリスからでいいのではないか? ここに来たのが遅かった順でいいだろう」


「じゃ、私は最後かあ……、ハードル高くなるね」


 ハードル上げなければいけないのか、私は? まあいい、私の話をするとしよう。私がこの世界に連れて来られるまでの話を。






――――●●●●――――


 私ことクリスティーナはロックウェル帝国の帝国騎士、アルバート・キャンベルの一人娘として生を受けた。

 母は私が幼くして亡くなった為、母の顔を知らずに私は育った。そして、父が裕福ではなく、また、幼い娘から目を離したくはなかったのか、私は騎士団の詰め所にほぼ毎日連れて行かれた。そこで、騎士団の団員たちに育てられたようなものだった。気が付けば何の疑問も抱かず、騎士になる事を夢見ていた。そして、残念ながら成長するにつれ男っぽい性格になっていった。「母さんは物凄く慈愛に満ちた女性だったのになあ……」、父はそう言ってよく嘆いていたが、そんな事を言われても困るというモノだ。

 女性の騎士は少なく、また、戦争の足音が近付いて来ているロックウェル帝国の騎士になる事を快く思っていなかった父を何とか説得し、帝国騎士となったのが十七の時だった。兄や姉と慕った騎士団の皆は我が事のように喜んでくれ、私も嬉しかった。父が少し寂しそうにしていたのは印象的だったが。

 騎士団員になってすぐ、私は国境警備の任に就く事になった。帝都を遠く離れる事に一抹の不安はあったが、私は幸運だと思っていた。帝国が誇る将、セドリック・アッテンボロー大将の元に配属されたのだから。

 アッテンボロー大将の元で学んだ一年半は、平穏無事とは言い難かったかもしれないが、とても有意義なものとなった。まだ、戦争の足音は自分のすぐ近くまでは近付いて来ていなかった。今思い返せば、嵐の前の静けさのようなものだったのかもしれないが。

 国境警備や盗賊たちの取り締まり、色々とあったが、魔竜退治ほどキツイものはなかった。

 国境近くにあるラケーネン山。そこに魔竜が棲みついたという情報が入ってきたのは、私が国境警備の任に就いた後、一年半ほど経ってからの事だった。

 ラケーネン山にはこの地の特産品と言っても過言ではない薬草アルニムが群生していた。薬草アルニムは怪我や病によく効く為、ラケーネン山は国が管理をしていた。そこに魔竜が棲みついたとなれば、退治しないワケにはいかなかった。

 国境警備の任に就いていた騎士や兵士たちが魔竜に挑んだ。何人、何十人と犠牲を出しながら、最後には私が魔竜の逆鱗を剣で突き破り、とどめを刺した。

 その後、数日間に渡り高熱を出し、私は寝込んだのだった。




 私が高熱を出して寝込んでいた数日間のうちに、国を巡る情勢は大きく動いていた。

 友好国であった筈の隣国、ボルトン共和国が攻め入って来たのだった。アッテンボロー大将は軍を指揮し、よく耐えたが魔竜退治の際に多大な犠牲を払っていた為に、敗戦が続き、砦に籠り押し寄せるボルトン共和国軍を何とか撃退するだけの日々が続いた。運が悪い事は続くのか、ボルトン共和国に呼応し、コーンウェル帝国もまた、国境を越えようとしてきた。ロックウェル帝国は東西から挟撃を受ける結果となり、援軍は期待出来ないという状態に追い込まれていた。




「援軍は期待出来ぬ、か……。籠城をしていられるのも、いつまでかな。民達を逃がすのが最優先だ。が、逃げた先にもこのままではボルトンどもの牙が迫るであろう。貴公らの意見を聞きたい」


 会議室には、国境警備の任に就いていた主だった騎士たちが集まっていた。とは言え、私が高熱で倒れていたここ数日で顔ぶれがかなり変わっていた。いや、変わっていたのではなく、減っていた。


「降伏も選択肢に入れねばなりませんな……」


 騎士の一人がそう発言をしたが、誰も彼の発言に注意をする者はいなかった。近隣の町や砦内で商売を営む者達の中にも逃げ出す者は多い。騎士団員や兵士達の中から脱走者が出ていないのは、アッテンボロー大将の人徳があるからこそだろう。

 もうすぐ老齢にさしかかろうというのに、未だ戦場で先頭に立って戦う御仁だ。その勇猛さは私など足元にも及ばない。

 その会議では結局何も決められなかった。




 翌日、連日連夜罵詈雑言がボルトン共和国軍から浴びせられ、頭に来た騎士の数人が砦の外へと撃って出た。平原での戦いは、数に勝る敵軍による蹂躙の舞台となっていた。

 騎士たちを連れ戻す為に砦の外へと出ていた私も気が付けば友軍とはぐれ、敵に囲まれていた。


「へえ、若い女だぜ」


「結構マブいじゃねえの。武器を奪って楽しもうぜ!!」


 下卑た笑いが聞こえて来た。ニヤニヤと私を見つめて笑う男たち。

 こんな所で、死んでたまるか。大した戦果も挙げられず、また、名もない兵達の慰み者になるなど、死んでも御免だ。

 だが、現実は、どうだ……? 病み上がりの体は、まるで自分の体ではないみたいに重かった。

 自分の体ではない……?


――どうした、我を倒した者が、こんな所で倒れるなどと言うつもりではないだろうな?


 体の内側から声が聞こえた気がした。どこかで聞いたような声。だが、そんな事を気にする余裕はなかった。剣を弾き飛ばされ、地面に引きずり倒された。


「何をする!?」


 男どもが群がり、鎧を外そうとしていた。

 犯される? こんな所で? イヤだ。絶対に嫌だ。だが、もはや舌を噛み切る力すら残っていない。


「くっ、殺せ。貴様らの慰み者になるなど……ッ!?」


 顔を一発、誰かに叩かれた。下卑た笑いが、見下ろしてくる。

 ここで、こんな所で私の騎士としての人生は終わるのか? 恋もせずに、騎士としての夢も叶える事無く? イヤだ、生きたい。恋もしたい。叶えたい夢だってある。こんな所でシニタクナイ……イキタイ!!


――ならば貴様の体、我が使わせてもらおう。我を倒したニンゲンにこのような所で死なれても困るのでな。


 瞬間、私の意識が闇に閉ざされた。




 意識を取り戻した時、私は無数の屍の上に立っていた。持っていた剣からは、黒炎があがっていた。


「何だ、コレは……?」


――我が力を貸してやったまでの事。我を殺した貴様にこのような所で死んでもらっては困るのでな。今後も、力が欲しければ我を呼ぶがいい。我は貴様の中にいる。


 アッテンボロー大将達が迎えに来るまで、私は呆然と屍の上に立ち尽くしていた。




 その後も数日に渡り、戦場で意識を失った私は、気が付けば敵将すら討ち取っていた。その頃にはもう、体の内側から聞こえてくる声が誰のものかも分かっていた。ラケーネン山に棲みついた魔竜の声だった。

 そして、敵将を討ち取った頃から、私は魔竜の力をある程度自在に操れるようになっていた。

 化け物を倒した英雄は自らも化け物になる。そんな昔話を聞いた記憶がある――記憶が正しいかどうかは分からないが――為、私は自分が化け物になっているのではないかと恐れた。

 アッテンボロー大将はそんな私を「信頼出来る仲間だ」と言ってくれたが、暫く休養する事を勧めてくれた。ボルトン共和国軍が連日にわたる敗戦で二万もの兵と有能な将を数名失った事により撤退を始めたからだった。

 重苦しい空気がなくなり始めた砦で、戦勝記念の祝いが開かれる事になった。皆、今まで苦労していたのだろう。宴が始まってすぐに大半の騎士が酔いつぶれていた。

 が、そんな時だった。

 私達の前に豚鬼皇帝が現れたのは。

 魔竜の力をもってしても、敵わない化け物が、そこにいた。




「貴様、ボルトン共和国の手のモノか?」


「ボルトン? 知らんな。オレは誰の下にもつかん。何故ならオレこそが王だからだ。ここに来たのも、労働力を手に入れる為よ。老いぼれどもはいらん」


 アッテンボロー大将の問いかけにそう答えて、豚鬼皇帝と名乗った豚鬼は無雑作に数名の老人たちを放り出した。どこからこの老人たちが出てきたのかは分からなかった。


「バカな……。こいつらは、ボルトンの評議会の連中ではないか……」


 アッテンボロー大将が驚きの声をあげていた。


「ここにもオレの希望に沿うヤツはいないかと思ったが、いるではないか。グハハハ、己の内に異形のモノを飼う女、か。貴様一人で十分だ。後のモノには用はない!!」


 叩きつけられていた壁から引き剥がされ、私は豚鬼皇帝によってこの世界に連れて来られてしまった。


「アルバート、済まぬ。お前の元にクリスを帰してやる事が出来なくなってしまった……」


 アッテンボロー大将の悲痛な声だけが、私の耳に届いていた。






――――●●●●――――


「まあ、そんな感じで私はこの世界に連れてこられたワケだ」


「ロックウェル帝国、ボルトン共和国、コーンウェル帝国……、何一つ聞いた覚えがないな。私とは違う世界から連れてこられたと言うのは間違いなさそうだ」


 少しばかり長かったが、アリシアは私の話を真剣に聞いてくれている。いいだな。


「魔竜の力、というのは今も使えるのか?」


「ああ、使えるよ。豚鬼皇帝には通じなかったけどな。自分の力が豚鬼皇帝に通じなかったもんで、拗ねている気がするんだよなあ……」


 豚鬼皇帝、ヤツの強さの底は、全くと言っていい程見えない。何十人も犠牲にして何とか倒した魔竜の力をもってしても届かないヤツの力の源とは、いったい何だろうか。

 そして、近頃ではもう、魔竜は私に呼びかけてさえ来なくなった。こちらから呼びかけても、「我の力が通じない、そんなバカな……」なんて返答しか聞こえなくなったくらいだ。

 ふと、視線を感じて顔をあげる。そこには、真剣な目つきをしたアリシアがいた。


「ところで、その、貴女の事をクリス、と呼んでも構わないだろうか?」


「ん? ああ、構わないよ。同じ班で過ごすんだ。仲良くやろう」


 差し出された手を握る。凄くイイ笑顔を見せてくれた。同じ女の私でさえドキリとしてしまうような笑顔だ。うん、アリシアとはいい仲間になれそうな気がする。


「次は何にする……?」


「うーむ、流石にお腹がいっぱいでござるよ。紅茶だけで十分でござる」


「甘いものは別腹だよ。まだまだイケるって!!」


 私の話も二度目ともなれば、サヤとルーは聞く耳さえ持っていなかった。本当、いい仲間に恵まれている気がするよ。

 この世界で生きていかなければならないのかもしれないけど、こんないい仲間と一緒だったら多少の苦難が待ち受けていようと乗り越えられる、そんな気がした。


「重い話を聞いた後は、何だか甘いモノが欲しくなったな。チョコレートケーキはまだ、残っているか?」


「サヤが全部食べちゃったよ!!」


 …………前言撤回したくなってきた……。


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