姫騎士アリシア・ルン・カダス
売店みたいな所に連れて行かれた。よく分からないが、労働者たる私達には色々と無料で売ってくれているらしい。労働者? 奴隷の間違いではないのだろうか? だいたい、これから豚鬼どもの奴隷になるというのに、色々とおかしい気がする。自由度が高過ぎではないだろうか?
が、売店の従業員――豚鬼だ――も慣れたモノで、「お、ついに四人目が来たのか。明日か明後日からはしっかり働けよ!!」などと、激励の言葉を三人に伝えていた。どうなっているのだ、いったい?
寝間着やらその他生活必需品を買い――何故か、無料だった。お金など持ってきていないから、助かった――部屋に戻る。
そこまで広い部屋ではない――カダス帝国王城の私の部屋より若干狭いくらいだ――が、四人もいれば、さほど広く感じない。二段ベッドの一つの下の段にクリスと並んで腰かける。私の正面にルー、その隣にサヤ。ふむ……、私達四人の中で一番小柄なルーは、何だか妹みたいに見える。こう、何ていうか……、抱き枕にしたいな。
「さて、あんたの事を教えて貰おうか、お姫様」
からかうようなクリスの声に従い、私は自分の事を話しだす事にした。
どうでもいいが、ルーよ、スナック菓子とやらを食べながら期待に輝いた目で私を見るのはやめてくれ。食べたくなってしまうじゃないか。
――――※※※※――――
ノーデンス大陸。その広大な大陸の約七割を占める大国、それがカダス帝国だ。今上皇帝である父の三女として生を受けた私は、十五で騎士団に入った。政略結婚の道具になるのは嫌だったし、私が帝国に伝わる魔導鎧の一つ、ルン・ヴァレリアを身に付ける事が出来たのも大きい。そして、決め手となったのは聖剣クラウソラスを扱えるただ一人の人間だった事だ。
カダス帝国帝都騎士団、それは帝国最大の軍事力と言っても過言ではなく、騎士たる者帝都騎士団に入る事が出来れば最大の誉れとまで言われていた。
十五で騎士団に入った私は、もちろん最終的に帝都騎士団に入る事を夢見て、訓練に励んだ。血の滲むような努力の結果、私は十七で帝都騎士団に入団する事が許された。
「そうか、アリシアは、帝都騎士団に入る事を許されたんだ。敗けちまったな」
「ニコラスだって、すぐに入れるさ。まさか、私に遅れたからって、帝都騎士団の一員になる事を諦めたワケではないのだろう?」
私の対面に座り、私の帝都騎士団入りを祝ってくれた騎士団の同期であるニコラス。私は、魔導鎧があるわけでもなく、聖剣に選ばれた存在でもないニコラスに敗けるのが悔しくて、剣の腕を磨いた。訓練でも同じ班になる事が多く、騎士団の中で一番仲がよかったと言ってもいい。
騎士団の中では、身分の上下など関係がなく、私も特別扱いはされなかった。よって、普通にお互い名前で呼んでいた。他の騎士団員は私の身分に遠慮して呼び捨てなどはしなかったが、このニコラスだけは違った。だからだろうか、気が付けばいつの間にかニコラスは私の中で特別な存在になっていた。せっかくだから、帝都騎士団にも同じ時期に入りたかったが、こればっかりは仕方ないだろう。
「ああ、諦めないよ。アリシアにすぐ追いついてみせるさ。ま、どんなに早くても半年後だけどな」
帝都騎士団に入るには、半年に一回行われる試験をクリアーしないといけない。ニコラスが帝都騎士団に入る事が出来るとしたら、最速でも半年後という事になる。
「待ってるよ」
「すぐに追いつくさ」
その言葉のとおり、ニコラスは半年後に帝都騎士団の一員となった。
そして、私が十八になった直後、戦争が起こった。ここ二十年以上カダス帝国は平和そのものだった。圧倒的な軍事力と優れた外交力で、他国とは友好的な関係を結んでいたからだ。
ただ一つの国を除いて。
ダゴン公国。ダゴン聖教を国教とした宗教国家である。宗教団体が軍隊を持ち、国家としての意思決定権を持っていた国だった。
「ダゴンこそが世界の頂点に立つ神であり、ダゴンを信奉しない者どもは、邪教徒である。邪教徒どもに正しき神を信じさせる事こそ、選ばれた我々ダゴン教団の使命であり、神の教えをあまねく世界に伝える事こそ我々が楽園へと至るただ一つの道である!!」
ダゴン聖教法王であるユゴス三世はダゴンの軍隊に命じ、カダス帝国へと侵入を果たしたのだった。
カダスはよく言えば平和ボケをしていたのかもしれなかった。国境はあっさりと越えられ、僅か二ヶ月足らずで帝都のすぐ近くまで彼らの侵入を許したのだった。
ダゴンの軍隊の戦い方は卑劣極まりないモノで、男は殺し、または奴隷として連れ去られた。女は犯し、または彼らの国へと連れて行かれた。その後は想像もしたくない。
が、カダス帝国も指をくわえて見ていたワケではなかった。戦況がよくないと分かると、すぐさま帝都騎士団を戦場へと送り込んだ。
あっさりと戦況を跳ね返した後は、勢いに乗ってダゴンの聖地へと攻め入った。
そこで待っていたのは、地獄だった。
ダゴンの軍隊は今までカダスの国から連れ帰った男や女たちを軍隊の戦闘に並べて、「人間の盾」として利用した。文字通り、彼らを「盾」として使い、戦闘を行ったのだ。戦争も暫くはこう着状態に陥ったが、最終的に法王のユゴスを暗殺する事でダゴンの軍隊は崩れ、また、ダゴン公国は滅んだ。ダゴン聖教も上層部は死刑になった。
それから数日後、帝都騎士団を労って戦勝記念のパーティーが開かれる事になった。もっとも、戦争自体は後味の悪いモノだったから、ちっぽけなものではあったが。
王宮のバルコニーから、帝都の一部が見渡せる。流石に全部は見渡せないが。
夕方になり、家々に明かりが灯っていく。
「守った、いや、守る事が出来たんだな、私達が」
「俺達だけの力ではないけどね。皆の力だ」
私の隣にニコラスが並んで立ってくれている。戦争の間、何度も私の背中を守ってくれた頼れる相棒が、今はこうして武器も持たずに並んで立っている。それが、凄く嬉しい。
「なあニコラス、覚えているか? 戦争が終わったら聞いて欲しいと言っていた事」
「覚えているよ。だから、こうしてパーティーの前に話を聞きに来たんじゃないか」
そうだったな、と笑みが零れた。
しかし、緊張するな。だけど、今のうちに言っておかなければ。
「ニコラス、貴方さえよければ私と、その、け、結婚を前提としてお付き合いして欲しい!!」
暫くは、お互い無言。もっとも、私は返事を待つ間、目をつぶって頭を下げてしまっていたので、ニコラスがどのような表情をしていたのか分からなかった。
返事を待ちきれずに頭をあげると、ポカンと口を開けたまま夕陽に染められたニコラスがそこにいた。夕陽に染まっている以上に顔が赤い気がするが、怒っているのだろうか?
「え、えっと、その、だ、ダメか……?」
マズイ。断られるのは想定していなかった。
「いや、その、驚いてしまって……。でも、参ったなあ……」
参った、というのは、やはり、お断り……?
「俺から、申し込みたかったのになあ……」
ボヤキながら、頭をかくニコラス。
「えっと、じゃあ……」
「俺なんかでよければ、喜んで」
その言葉を聞いた瞬間、私はニコラスの腕の中に飛び込んでいた。
だが、幸せというのは、長くは続かないらしい。
少しだけ私より背の高いニコラスを見上げて口づけをかわそうとした瞬間だった。城内に轟音が響き渡った。
ニコラスと顔を見合わせ、轟音の発生場所へと向かった。
轟音の発生場所はパーティー会場だった。そして、そこはさながら地獄絵図のような光景が広がっていた。
「脆弱イ、脆弱過ぎるゥ!! ハッ、この程度で騎士を名乗るかよぉ? ニンゲンどもぉ!!」
防具をつけていない、そして儀礼用の剣だけしか持っていなかったのだろう。それでもいきなり現れた豚鬼に果敢に立ち向かったに違いない。帝都騎士団のメンバーが何人も倒れていた。ある者は血を吐き、ある者は関節があらぬ方向に曲げられた状態で。
数体(数匹?)の豚鬼がいたが、先頭に立つ身の丈二メートル数十センチはあるだろう豚鬼が持つ棍棒のような武器からは、血が滴り落ちていた。見た限り、コイツ以外はそこら辺を壊しているだけのようだ。
「ニコラスは皆を守ってくれ。ヤツは私が引き受ける」
「わかった、無理はするなよ」
ニコラスと短い会話をかわし、私は魔導鎧ルン・ヴァレリアを呼び出し、装着。そして、聖剣クラウソラスで豚鬼へと斬りかかった。
が、簡単に豚鬼の左腕で受け止められた。防具が少し凹んだくらいか。
「ほう、貴様は一味違うようだな。だが、微温い。微温過ぎるわ!!」
その身からは考えられない程の速度で豚鬼の棍棒が払われた。
重い衝撃を受けた、そう感じた瞬間に私の体は壁へと叩きつけられていた。頭を強く打ったのか、魔導鎧には傷一つつかなかったが、簡単には立ち上がれないようだ。
「アリシア!! 貴様、よくも……!!」
私が吹き飛ばされたのを見て、ニコラスが豚鬼に斬りかかった。
が、聖剣も魔導鎧もないニコラスの敵う相手ではなかった。左手の一振りだけで吹き飛んだ。
「ここのトップは、誰だ!?」
「私だ。貴様、ダゴンの手のモノか?」
進み出てきたのは父であるカダス皇帝。
「ダゴン? 知らんな、そんなモノは。オレは豚鬼皇帝。ここに来た目的は労働力の確保よ。大したのはいないようだが、そうだな。この女を貰って行こうか!!」
左腕で私の両腕をつかみ、私を引っ張り上げた。
「離せ!! 誰が貴様の慰み者になどなるか!!」
両腕を何とか自由にしようと動かしてみるが、ビクともしない。何という力だ。
「あん? 貴様でなくともいいが……ッ!?」
話が途中で途切れたのは、再度ニコラスが豚鬼に斬りかかったからだ。
「ふうん、女を守る騎士のつもりか……。だが、その程度の攻撃ではオレの皮膚すらまともに斬れん!!」
今度は棍棒で吹き飛ばされたニコラス。骨の砕ける音が聞こえた。
「オレの求める労働力は、力あるモノ一人でいい」
「待て、ア、アリシアを、離せ……。俺が、代わりに行く……」
立ち上がり、私の代わりになろうとするニコラス。命の灯火が消えかかっているように見える。
「ニコラス!! ダメだ、立つな。死んでしまう!!」
口から血がドンドン流れていく。今ならまだ、治癒魔法で何とかなる。
「ほう、だが、死にぞこないを労働力として連れ帰っても意味がないんでな。この女を貰って行く。邪魔をするなよ」
「離せ!! 誰が好きこのんで豚鬼になどついて行くか!!」
「貴様が断るというのなら、この場に居る若い女どもを連れて行くとする。それで手をうってやろう」
「な……」
見渡せば、仲のいいメイドや、騎士団の仲間の女性騎士たちと目が合った。我が身可愛さに彼女達を豚鬼どもにさしだす、か……? いいや、そんな事など出来やしない。
「くっ、殺せ……」
「貴様が死んだ場合も、女どもを連れて行く。どうする?」
「アリシアを離せと言っているだろう!!」
剣をただ押し当てるくらいの事しかもう出来ないニコラス。
「ウザいな、虫ケラが……。死ね!!」
棍棒が振り落とされようとした瞬間、私は叫んでいた。「私が行く!!」と。
「グハハハ、最初からそう言えばいいのだ。さて、ならば長居は無用だ。さっさと帰るぞ!!」
空間が歪み、やがて見えるモノが変わっていった。私の瞳には、泣き出しそうなニコラスの顔がいつまでも焼きついていた。
――――※※※※――――
上手く説明できたかどうかは分からない。まだ、私も考えが纏まっていないのかもしれなかった。
「そうか、そんな事が……」
「ニコラス殿が無事であるよう、祈らせていただく」
「紅茶にしようかな、コーヒーにしようかな……?」
三者三様の呟きが返って来た。




