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終章~新しい世界へ~

 遂に、最後の石がピラミッドの頂上に乗った。否、乗せたのだ、私達が。


「ピラミッド、完成――!!」


 その私の叫びが聞こえたとは到底思えないが、地上から叫び声が聞こえて来た気がした。


「ようやく、完成か……」


「長いようで短かったでござるな」


「とりあえず、今日は祝杯をあげよう!! 飲むぞー!!」


 三人三様の声が聞こえる。私としても、酒を飲みたい気分だ。今日は、とてもいい気分で酒が飲めるだろう。だが、その前に。


「さ、まずは下に降りよう。無事に下に降りた時が真のピラミッド完成の時だ」


 三人が苦笑している。な、何故だ? 私が真面目な事を言うのは、おかしいとでも言いたいのか!?




 地上に降り立つと、軍曹殿や他の労働者たち、更にはリョーマ達町の住民たちもいた。どうやら、そろいもそろってピラミッドの完成を見届けに来ていたらしい。暇な奴らだな。


「完成した、か。後片づけがある奴らは片づけを。そういった作業がない奴らは解散だ!! 今日は飲んで騒いでも、構わんぞ!!」


 軍曹殿の号令に、皆散り散りになる。私達はまず、部屋に戻る事にした。軽く汗を流したいところだ。




 部屋に戻った私達を出迎えたのは、豚鬼皇帝オーク・エンペラーだった。


「ピラミッドが完成したようだな。これで、お前たちはお役御免だ。一週間、時間をやる。その間に身の振り方を決めろ。元の世界に戻りたいと言うのなら、オレが送り届けてやろう。この世界で生きたいと言うのなら、渡せるだけの金と、住む場所を用意してやる。このような作業場と行き来するだけではない所をな。お前たちを知る者がいない世界に行きたいと言うのなら、異世界で使える金を用意して、オレが送り届けてやる。よく考えて決めるのだな。ああ、オレを殺したいと言うのなら、かかって来て構わんぞ? 返り討ちにしてやるだけだがな」


 豚鬼皇帝は、口を歪めながら、ルーを見ていた。この世界に連れてこられた時、「必ず殺す」と言われたのを思い出したのだろう。ルーは動かない。いや、きっと、動けないのだろう。悔しいが豚鬼皇帝と私達の間には深くて向こう岸が見えない程の川が流れているようなモノだ。


「ふん、まあいい。言いたかったのはそれだけだ。オレを殺しに来るのでなければ、一週間後答えを聞かせてもらう」


 それだけ言い残して、豚鬼皇帝は部屋を出て行った。嫌な、重苦しい空気だけを部屋に残して。


「お風呂、入ろう。お風呂で汗を流してから、お酒でも飲もうよ。とりあえず、今日はピラミッドの完成を祝おうよ……」


 いつもの口調より少しだけ、きっと少しだけ暗い口調のルー。


「そうだな。今日はとりあえず、飲もう。明日からの一週間で自分が進みたい道を決めればいいさ」


 その日、私達は四人だけで部屋で飲んだ。これからの人生をどうするかなど考えず、ただピラミッドの完成を祝って。






――――※※※※――――


「軍曹殿」


 また一人、月見酒をしている軍曹殿がいた。私は隣に腰をおろす。


「どうした? 少し暗い顔をしているんじゃねえか?」


 軽くかけられる声。この声に二年間、どれだけ助けられてきただろう? 


「ええ、まあ。これからどうするか、少しばかり迷っていましてね」


 隠しても、仕方ないか。確かに、今の私は少しだけ迷っている。そう、少しだけ、この世界に残ってみたいという気もする。その理由は軍曹殿に他ならない。


「この世界に残るつもりか?」


 私の顔を見もせずに、悩みを当ててきた。


「迷っています。残りたい気分もあるのは確かです」


「あいつらが残るのなら、それもいいだろう。だが、あいつらは残らねえだろう、たぶん」


 サヤは分からないけど、アリシアとルーはおそらく、この世界には残らないだろう。私もそう思う。二人の意見を聞いたわけじゃないけれど。


「なら、お前がこの世界に残る必要もないんじゃないか?」


「心残りが、まだあります」


「そうか、なら、心残りをあと一週間でなくせ」


「え?」


 何を言おうとしているのだろう? それに、膨れあがるこの闘気はいったい――?


「越えたいのだろう、俺を? 互いに武人同士だ。言葉で語る必要はないだろう? 一週間もあれば、きっとお前は俺を越えられる。さ、始めるとするか」


 苦笑するしかない。軍曹殿もきっと、私と同じ考えだったのだろう。一週間で、軍曹殿を越えられるかどうかは分からない。が、越える事が出来れば、私の迷いは吹っ切れるだろう。私も剣をとりだす。そう、誰も見ていなくていい。月光が降り注ぐこの場所で、残りの時間を過ごすとしよう。


「では、いざ――」


「尋常に――」


「「勝負!!」」






――――◆◆◆◆――――


「で、お前はどうするんだ?」


「どう、とは?」


 近頃では料理もいくつか任されるようになってきた、と思う。料理の腕は二年前と比べて、格段に上がったと自分でも思う。これだけ料理の腕が上がったのなら、お嫁に貰ってくれる人も現れてくれそうだ。「サヤは私の嫁だ!! 誰にも渡さんぞ!!」と近頃ではアリシアが言うようになってくれたのは、嬉しい事ではあるが、たぶん母上が言っていたのとは意味が違うのだろうな。


「身の振り方だよ、これからの。この世界に残るっていうんなら、店で正式に雇ってやるが、どうする?」


「今までは正規雇用ではなかったのでござるか?」


 少しショックでござる。そういえば、今までまかない料理を作って貰った事はあったけど給料をもらった覚えはないでござる。徒弟制度、恐るべし。


「今までは料理を習いに来てただけだろうが。ただなあ、休日にお前が手伝いに来てくれると、お前目当てで客が増えんだわ。あいつら、胃袋が今では鋼鉄製だぞ、きっと。何度吐いても来やがるからな、恐ろしいぞ」


 何度も吐いた客がいたのでござるか……。我ながら恐ろしいでござるよ。


「ま、好きにしろや。ただ、俺もいつ元いた世界に戻りたくなるかは分からねえ。この世界には、少しばかりの逃避で来ただけだからな」


 そう言いながら、厨房のよく見える場所に置いてある写真立てに目を向けるリョーマ殿。そこには、三人で並んで立っている写真が入っている。真ん中に彼が好きだった女性、そしてその両隣にリョーマ殿とリョーマ殿の親友。女性は、リョーマ殿の親友を選んだそうだ。その事に絶望して、リョーマ殿はこの世界にやって来たらしい。


「俺の心も、ようやく癒えてきたからな。あいつは、俺を選ばなかっただけだ。それで世界に絶望しちまったなんて、お笑い草さ。この世界で店を出して、俺の料理を喜んでくれる奴らがいた。それだけで、料理人として幸せになれたんだ。今なら、元いた世界でも胸を張って料理を作れるかもしれねえ」


「そうでござるか……」


「ま、お前がこの世界に残って、俺が元いた世界に戻りたくなったら、お前にこの店を任せてもいいかもな」


 そう言って微笑むリョーマ殿。拙者では、きっとリョーマ殿の心の隙間は埋められなかったのだろうな。

 少しだけ寂しい思いを抱きながら、拙者は己の進むべき道を考える事にした。






――――ДДДД――――


「だからね、これからどうしようか、迷っているんだ」


『ふふ、でも、貴女の中では決まっているんじゃないかしら、ルー? いいんだよ、私の事なんか考えないで。貴女は、貴女の進みたい道を進んで。でも、時々でいいからここに帰ってきてお話聞かせてくれたら嬉しいな』


 二年間、何度この森の泉でこうやって姉と話をしただろう? 最初の頃は泣いて謝ってばかりだった姉も、こうして心からの笑顔を見せてくれるようになった。


「世界を渡る術は私は知らないよ……。こうやって話が出来ているだけでも凄いんだから」


 今では森の泉の精霊の力が上がったのか、私の姿も向こうから見えるようになったらしく、時々父やディル・リフィーナの皆とも話をしていた。皆、元気そうでよかった。


『ふふふ、ルー。貴女はずっと外の世界を見たいって言っていたからね。少しばかり“外”の意味は違うけど、いいんじゃないかな? それに、私達エルフは人間より寿命が長いんだし、その気になれば世界を渡る魔法くらい覚えられるかもしれないよ?』


 世界を渡る魔法を覚える代わりに色んな事が出来なくなったらイヤだなあ、豚鬼皇帝みたいに。


『豚鬼皇帝を殺そうとか、考えないでね? 貴女の敵う相手ではないんだから』


 表情カオに出ていたのかな? アリシア達にもやめておけと言われたし、今ではもう、豚鬼皇帝に対する敵意や殺意なんて、ほとんど消えている。


『じゃあ、またね。いつか、いつの日か、また、ルーと直接顔を合わせる事が出来たら嬉しいな』


 通信がきれた。町に戻ろう。


「もう、帰るの?」


 言葉に振り返ると、泉の精霊が水面に足をつけて立っていた。


「うん。もう、ここには来ないかも」


「そうなんだ、寂しくなるね」


 こうやって、親しげに会話をかわせるようになったのは、いつ頃だったかな?


「貴女に、森と泉の加護があらん事を」


 何かが、私の体の中に吸い込まれた気がした。一瞬だけ目を閉じて再度目を開けると、もう、そこには泉の精霊はいなかった。

 町に戻る為に、再度足を向ける。


「またね」


 この挨拶は、虚しいモノになる気がしたけど、何となく「さよなら」は言いたくなかったんだ。






――――●●●●――――


 ピラミッド完成から、一週間が経った。

 私は、所定の場所で皆を待っていた。一週間前、私は自分の思いを告げた。「四人で旅をしよう」と。元いた世界に戻っても構わなかったが、豚鬼に連れ去られ二年間も戻って来なかった女がどんな扱いを受けるか、想像に難くない。ならば、誰も私を知らない世界で生きてみたいと思ったのだ。でも、一人では行きたくなかった。寂しいし、何より四人でならどんな壁も越えられる、そんな気がしたからだ。

 約束の時間、三人揃って現れた。クリスがボロボロに近いのは何故だろう?


「待たせてしまったみたいだな。たった今、師匠越えを果たしてきたよ」


 苦笑交じりで笑いかけてくるクリス。心残りはなくなったようだな。


「アリシア一人では心配でござるよ。料理だってまだ何も出来ないでござろう?」


 流石私の嫁、サヤだ。心配事の一つはクリアー出来たな。


「外の世界を見るのが私の夢だったからね。暫くは一緒にいてあげるよ」


 ルーは相変わらず可愛いなあ……。


「ま、アリシア達がお婆ちゃんになるくらいまではつきあってあげるよ。いつかは別れが来るだろうけど、いつか来る別れの寂しさ、辛さよりも、今は皆との出会いに感謝しているんだ」


 風が、通り抜けた。何事もなければ、私達はルーを置いて、先に旅立つ事になるだろう。それでも、私達と共にいる事を選んでくれた。その事が嬉しくて、私は、私達はルーを抱きしめた。


「沢山の思い出を、これからも作ろう。ルーの記憶が、笑顔で溢れかえるような思い出を、さ」




 少し離れた場所にいた豚鬼皇帝に合図を送り、私達を知る者がいない世界へと、転送してもらった。

 目を開けると、森の中にいた。木漏れ日が、私達を優しく包んでいる気がした。

森を抜けると、近くに町が見えた。

 ここがどのような世界かは分からない。だけど、私達なら、四人ならきっと大丈夫だ。根拠のない自信が、私にはあった。

 さあ、歩き出そう、新しい物語を。




「行こう。私達の物語たたかいは、これからだ――」

短い間でしたが、ご愛読ありがとうございました。

アリシア・ルン・カダス、クリスティーナ・キャンベル、サヤ・ミナヅキ、ルー・ディル・リフィーナ四人の次回作にご期待ください。

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