ピラミッドの秘密
「豚鬼皇帝は己が生きた証を残そうとして、ピラミッドの建造を決めたのだよ」
ここで、ついにピラミッドが出て来たか。しかし、ピラミッドとは、いったい何だ?
「まあ、ピラミッドってのは、とある世界で“王の墓”なんて言われているモノらしい。諸説あるらしく、絶対にそうとは決まっていないらしいんだがな」
蜥蜴丸のセリフの後を継いで軍曹殿が話を続けた。
「で、まあ、豚鬼皇帝はそのピラミッドを作る事で自分が生きた証を残そうとしてな。で、色んな世界から労働力をかき集めたんだ。お前らもその内の何人か、という事だな」
私達は、お互い顔を見合わせた。そんな目的の為に集められたと言うのか、私達は?
「しかし、拙者たちは、かなり後になってから集められた部類ではないでござろうか? “ぴらみっど”とやらも、八割は完成していたと思うのでござるが……」
サヤの疑問ももっともだろう。私もまた、ピラミッド建造の作業にあたっている労働者の数はそんなに見ていない気がする。実際、どうなのだろう、労働者の数は?
「建造が始まった最初の頃は、それはもう、酷くてな。ガンガン人さらいのように色んな世界からいわくつきの連中をかき集めていたらしいぞ、豚鬼皇帝は。俺もまた、そんな時期にこの世界に連れてこられたんだがな」
遠い目をする軍曹殿。どうやら彼は結構な古株のようだ。待て待て、という事はあのピラミッド、いったいいつ頃から造られているんだ?
「ま、そこであまりに酷い労働の現場を見させられてな、俺は豚鬼皇帝に訴えたワケだ。労働者は奴隷じゃねえ、無理やり見知らぬ世界に連れて来られて、馬車馬の如く働かされたって能率が上がらねえ、ってな」
軍曹殿は見た目や雰囲気と違うな。理知的な存在だとは思っていたが。
「が、まあ、しっかりとした労働条件なんて俺も知らなくてな。どう説得したモノか迷ったんだが……」
まあ、それは確かに説得など無理だろうな。犬が豚を説得するなど……ッ!?
恐ろしい程の殺気を感じて、殺気の発生源を見てみると、私のアホな考えを戒めるかのような視線で見つめてくるクリスがいた。師匠とも言える軍曹殿を心の中で小バカにしただけで、分かると言うのかッ!? 冷や汗が、頬を伝う。
「まあ、そこでワガハイの出番よ。おい、自称イケメン、コーラを持って来い!! とっくに空になっているではないかッ!!」
蜥蜴丸が久しぶりに喋りだそうとしたが、こいつはコーラがないと話を進められないのだろうか?
「蜥蜴丸の出番? 出番などなさそうでござるが……」
サヤの意見に私も同意だ。見れば、ルーも頷いている。ふむ、やはりルーは可愛いな。お持ち帰りしたい。一線を越えるのもまた、やぶさかではない。……ビクッと震えるルーも可愛いな……。
「欲望が口からダダ漏れでござるよ、アリシア」
「!?」
自称イケメンのバーテンがコーラを持ってきて――今度は、大量にテーブルの上に置いていった。炭酸が、抜けそうだ――、蜥蜴丸がコーラを飲みながら、話を再開させた。
「まあ、労働条件がしっかり整えられている世界で、研修を積んでもらったのよ、豚鬼皇帝とここにいる犬コロにな」
からかうような口調で軍曹殿の方を向く蜥蜴丸。直後、彼の頭の上から、コーラが降り注いだ、しかも、大量に。
「私が尊敬する軍曹殿を犬コロ呼ばわりするのはやめて貰おう」
クリスの目が、本気だった。こんな本気の目をしているクリスは一年半を越える付き合いの私でも見た事がない。頬どころか、背筋を冷や汗が伝う。……こんな時は、温まりたいな、人肌で。
「なんで私をいきなり抱きしめているのかな、アリシアは?」
「クリスの放つ殺気が怖いからだな。こういう時は、人肌で温まるに限る。ルーと
ならば、産まれたままの姿で温めあうのもやぶさかではないよ、私は」
私自身、これほどのスピードを出した事など今までないと思うが、気が付いた時にはルーを膝の上に抱え上げ、後ろから抱きしめていた。ああ、温かい。心が、温まるというのは、いいモノだ。
「アリシアってさ、絶対に力の持ち腐れしているよね。こういう事にアリシアが持つ力は本来使うべきモノじゃないと思うんだ」
ため息が聞こえる。まったくダメだな、ルーは。ため息をつくと幸せが逃げて行くと言うぞ?
「心の中で思っているだけのつもりだろうけど、しっかり口に出ているからね、アリシア?」
「!?」
「ほほう、犬コロを犬コロ呼ばわりするだけでキレるとは、女騎士、貴様、アレかね? 人種、否、犬種、否、種族を超えて恋でもしてしまったかね? やめておけよ、まったく。ゲームや漫画なら話は別だが、種族を超えた愛など、現実には悲恋よ。当人たちだけならまだいいが、子供でも生まれたらどちらの種族からも半端者扱いされるのがオチよ。それでいいのかね? キラキラネームなどつけて、将来子供に『こんな低能な名前つけやがって、学校でバカにされていじめられているのも、こんなクソみたいな名前を付けたお前らのせいだ』と言われるのと同じくらい罪深い事よ」
「恋? そんなモノと一緒にしないでもらおう。私が軍曹殿に抱くのは、尊敬の念だ。越えるべき目標であり、互いに高め合える存在だ。その軍曹殿を犬コロと呼ぶのが許せないだけだ」
「ほう、犬コロではなく、犬畜生ならいいかね? 犬コロと犬畜生、どちらの方がより相手を見下した言い方か、貴様は考えた事があるか?」
「犬畜生の方が見下した言い方だと思うがな、私は。どちらの言い方も許さん。軍曹殿と呼べ、尊敬の念を込めてな」
「お前、俺の名前覚えてねえだろ……」
ああ、温かい。すぐ近くで心が冷える会話が繰り広げられているから、人の、否、エルフの温かさが身に沁みる。いいや、心に沁みる。
「もう、アリシアを正道に戻す事は諦めた方が、いいのかなあ……?」
膝の上で、誰かがそっと呟いた。正道? 私は私の信じる道を行くだけだ。
「なんだ、この混沌は……?」
「リョーマ殿、いつもの事でござる。気にしてはいけないでござるよ、きっと」
「いつもの事なのか……」
いつもの事だっけ? まあいいか。
「で、研修を積んだ後は、こちらの世界の労働条件の改善に取り組んだのよ」
どうやら、話はいつの間にか進んでいたらしい。蜥蜴丸はあまり色が変わっているようには見えない。まあ、元々茶色かったからな。コーラの色に染まったからと言ってそう大幅には変わらないだろう。
「いや、待て、待ってくれ。軍曹殿が研修を受けた世界とは、こんな色んな種族が
いる世界ではないのだろう? どうやって研修など受けたと言うのだ?」
私もそこは疑問に思ったが、そんな事はクリスに任せよう。至福の時を過ごすのだ、私は。
「なんだか、はぁはぁ言っているのが聞こえるんですけど」
「諦めるでござるよ」
――――※※※※――――
アリシアはいい具合にトリップしたようだな。仕方ない。話は私が聞くとするか。しかし、私はアリシア程蜥蜴丸をあしらえる自信がないのだがな。
「研修を受けた世界か? 人間が大勢いた世界だな。ゲームとやらの中には豚鬼はいたが、少なくともそこら辺を豚鬼が平然と歩いている世界ではなかった」
「犬獣人は?」
「犬獣人とやらも漫画とかゲームとかにはいたな。そこら辺を歩いている存在ではなかったぞ」
それも当然だろうな。私がいた世界にだって豚鬼や犬獣人はそこら辺を平然と歩いてはいなかったからな。
「ま、そこはワガハイの出番よ。豚鬼皇帝や犬コロを人間に見えるように周囲の認識を歪め、大学やらセミナーやらに通わせたのよ」
「周囲の認識を歪めるって、科学でそんな事が出来るのか?」
「高度に発達した科学は、魔法と変わらないと言うではないか。科学にもそのくらいの力は当然あるのよ」
胸を張って答える蜥蜴丸だが、軍曹殿が苦笑しているのを見ると、何らかの手段で魔法を使ったのかもしれない。まあ、私には魔法と科学の区別などつかないし、ツッコミを入れたところで話が脱線しそうだから、やめておこう。
「それで、賃金やら労働時間やら色んなモノを学んでな。この世界と行ったり来たりして、労働条件の整備に精を出したんだ。おかげで今では、結構まともな労働条件で皆に働けてもらえているんじゃないかと思っている」
まともな条件、ねえ……。縁もゆかりもない世界に連れて来られて無理やり働かされているのは、まともとは思えないが。
「今では豚鬼皇帝も労働者を連れてくる時に労働条件やら労働期間を提示して連れてくるようになったからな。ま、何人かはポカして無理やり連れて来ているらしいが。お前たちはそのクチだろうな」
私は何一つ提示されなかったぞ。アリシア達も同じだろうな。
「俺はあの世界で色々学んだ。ブラック企業とやらもな。深夜の一人作業など、許し難き悪行。二十四時間三百六十五日働く事を考えろなどと企業のトップが言うなど、言語道断。人間として腐りきっている。同じ種族同士でよくもあんなに労働者を見下し、こき使えるものだと思ったね。俺はああはならないと誓った。俺は作業の監督をする豚鬼どもの意識改革もやった。まあ、俺の言う事など聞かない豚鬼も多かったがな」
「そんな奴はどうしたんです?」
「“クレイジー”ボブを覚えているだろう? 断罪した」
ああ、いたな、そんな奴。記憶を引っ張り出してみても、あまり思い出せない。大したやつではなかったのだろう。
「ま、色々あったが、もうすぐピラミッド建造は終わりそうだ。お前らはこれからの身の振り方を考えるんだな」
「身の振り方?」
どういう意味だろう?
「おいおい、ちゃんと契約書を読んだのか? 労働期間が終われば、元いた世界に帰るか、この世界で生きていくか、はたまた別の世界に行くか決めていいって書いてあっただろ?」
そう言えば、書いてあった気もするな。アリシアは絶対覚えていないだろうな。
「魔力の高い連中は元いた世界で身分が高いのも多いからな。元いた世界に戻ったところで、快く迎えてくれるとは限らないからな」
「どういう意味です?」
「連れて行ったのが豚鬼だからな。性奴隷のような扱いを受けて、使い物にならなくなったから返されたなんて思われる事もあるらしい。その後の生活は地獄同然らしいぞ。だから、この世界で生きていくのも、誰もお前らの事を知らない別の世界で生きていくのもいいだろうよ。ま、ピラミッド完成までもう少し時間はかかる。よく考える事だな」
その言葉を受けて、私は皆を見まわした。
諦めの境地でつまみを食べながらお酒を飲んでいるルー。そのルーを抱きしめながら至福の表情を浮かべているアリシア。リョーマと楽しそうに談笑しているサヤ。三人はどのような道を歩むのだろう?
そして、私はどんな生き方を選ぶのだろう?
別れの時が、近付いて来ていた。
蜥蜴丸は、いつの間にか酔いつぶれていた。
彼の人差し指(?)は、床に赤い液体で「わた」と文字を書いていた。三文字目を書こうとして力尽きたのだろう、その後には複雑怪奇な赤い線がのたうちまわっていた。




