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豚鬼皇帝の秘密(前)

 先週はヒドイ目に遭った。軍曹殿やクリスに多大なる迷惑をかけてしまった。いやいや、私が悪いワケじゃない。あんな言い方をしたクリスが悪いのだ。一線を越えたトカ何とか。勘違いしたっておかしくはないだろう!?

 ……私は、先程から何を言い訳がましい思考をしているのだろう? 酒が不味くなりそうだ。

 行きつけのバーで飲んでいる私の前に、またもグラスが出された。


「……頼んでなどいないぞ? 貴様、私をお持ち帰りして変な事をしようと企んでいるのではないだろうな?」


 訝しげな眼で自称イケメンのバーテンダーを睨みつけると、苦笑されてしまった。


「俺じゃねえよ。あっちのお客さんからだ」


 指し示された方を見ると、また、あの男、否、あの蜥蜴がいた。


「クカカカ、どうかね、あれから? 腹筋に悩みし乙女よ、あれからもバキバキ割れているかね?」


「蜥蜴丸といったな……、お前のアドバイスには感謝しなくもない。皆、しっかりと魔力運用を行っていて、その結果無駄な筋肉がつく事を避けていたらしい。だからこそ、腹筋が割れていなかったのだ……、念のため言っておくが、割れかけただけだからな、私の場合は。割れてなどいないからな」


 そこは大事だからな。しっかりと言わせてもらおうじゃないか。


「ほう、そんな事はどうでもいいのだよ。今はどうなのかね、今は? 今もまだバキバキに割れているのかね?」


「割れてなどいない、元からな。割れかけただけだ……、いや、そんな事はどうでもいい。しっかりと魔力運用を習ったからな。今では元通りだ。やはり、腹筋が割れるなど、姫騎士として相応しくないからな」


 割れかけた腹筋が元通りになった時など、安心したモノだ。皆のアドバイスを聞かなければ、腹筋が見事に割れていた可能性があるからな。


「ほう、よかったではないか。一部可笑しな……、いや、おかしな嗜好の持ち主にはバキバキに割れた腹筋を持つ姫騎士も好かれるらしいが、大半はそうではないと思うからねえ……」


 何故言い直したのだろうか?


「ふん、まあいい。奢りならば飲ませてもらうとするさ」

 

 何のお酒だろうな? 


「……コーラではないか」


「酒を飲みに来たバーであえてコーラやソーダ水を飲む。それこそが真の呑兵衛のんべえというモノよ。そして、真のアル中というモノは、平日の真昼間まっぴるまから大衆食堂で生ビールを飲むモノよ。そういうおっさん達が周りからどんな目で見られているか、考えた事があるかね? 穀潰しとか、ナマポ泥棒とか言われているのだよ。だが、彼らはそのような言葉のナイフでグサグサ刺されても何とも思わない鋼の精神力を持つのだよ。ただひと時の快楽の為に、他人の税金で飲み食いする、何とも素晴らしい事ではないか。『働きたくないでござる』などと言う言葉の終着点は、そこにある。貴様はどうかね? 姫として平民どもの血と汗と涙の結晶とも言える税金や年貢で何不自由なく過ごしてきたのだろう? 貴様もまた、穀潰しよ」


 何だか凄い言われようだな。だが、私は働いていなかったワケではないからな。


「姫騎士という言葉を履き違えていないか? 私とて、騎士。何度も戦場に立ったのだ。しっかりと働いていたのだ。国民を守る為、国を守る為にな」


 怒ってもいいだろう。騎士としての誇りもあるが、穀潰しとかナマポ泥棒とか言われるのは、癪に障る。……ところで、ナマポって何だろう?


「だが、貴様はアレだろう? 姫騎士なのだろう? 防御とか完全に無視して胸元が開いた鎧とか着ているのだろう? 太ももとか男を誘っているのかと思わせるくらい露出しているのだろう? 何故お前たち姫騎士という種族は戦場にスカートをはいていくのだ? 絶対領域とかがあるとでも、考えているのかね? 動きやすさトカ、防御力トカ考えていないのが姫騎士という種族であろう? 戦場を、舐めているのかッ!?」


 いったい、何に怒っているのだろう? 戦場に胸元が大きく開いた鎧だトカ、太ももを露出した格好で出るなんて、あり得るワケがないだろうに。


「お前は、姫騎士にいったいどんな偏見を持っているんだ? そんな格好で戦場に出る騎士など、いる筈もあるまいに」


「いいや、いるね。絶対にいるね。そういう人種に限って豚鬼オークトカ鬼人オーガトカに襲われて『くっ、殺せ』トカ言っちゃうんだよね。ワガハイ、よく知っているもんね。あいつらの好物は姫騎士トカ女騎士トカなのよ。連れ帰ってエロい事をするのが奴らのアイデンティティーよ」


 そう言えば、豚鬼皇帝オーク・エンペラーが城を襲撃した時にヤツに負けて「くっ、殺せ」と言った、いや、言ってしまった記憶があるな。


「貴様も、アレだろう? 無駄にエロいカッコしている時に豚鬼皇帝に負けてこの世界に連れてこられた堕ち、じゃなかった、クチであろうが。ところでそのエロいカッコ、ワガハイにも見せてくれんかね?」


 こいつ、殺してやろうか?


「装着」


 私の言葉に従い、光の中から魔導鎧ルン・ヴァレリアが召喚される。そして、光が消えると同時に、頭部を除いた私のほぼ全身を覆った状態で装着された。いったいどんな反応を示すかと思いきや、蜥蜴丸は血涙を流して悔しがった。カウンターを左手でガンガン叩き、右手に握ったジョッキは、軽々と握りつぶされていた。左手からは血のような液体が流れ出していた。あの色は……、緑色か? 照明によってそう見えるだけだと、祈りたいな……。


「何で貴様は姫騎士のセオリーを無視するのかねッ!? ワガハイが見たかったのは、胸の谷間であったり、ピチピチの太ももであったり、絶対領域だったりであったのにッ!! 返せ、ワガハイの期待に満ちた純粋なスケベ心を返せッ!!」


 何を言っているんだ、コイツ!?




「ふう、すまないねえ、スッキリしたよ。まあ、アレだねえ。何かショックがあった時には泣き喚いて己の心をリラックスさせるのも一つの手であるという事を理解してくれるとありがたいねえ」


「落ち着いたか。何で私がお前が泣き止むまで付き合ってやらねばならないのだ?」


 律儀に待ってやった私を、褒めてやりたい。


「お前は、豚鬼皇帝に詳しいのか?」


「ん?」


「この前会った時に言っていただろう? この世界で科学を極める事にした、と。そして、それが全ての不幸の始まりだった、と。その事を話して貰おうじゃないか。今は、ある意味素面しらふじゃないだろうし、な」


「ふむ……、イイだろう。が、ワガハイ一人で、というワケにもいかぬな。もう一人は最低でも必要だな。来ればいいが……」


 そんな時、バーの扉が開いた。軍曹殿と一緒にクリス、続いてリョーマと一緒にサヤとルーが入って来た。


「ほう、いいのが入って来たねえ……。まあ良い。話をしようではないか。全ての悲劇の始まりにして全ての喜劇の始まりを、な」


 軍曹殿を除いて、全員が顔を見合わせたのだった。






 人数が増えた事もあり、個室へと移る。この店、こんな場所もあったんだな。


「さて、何から話そうかねえ……」


 蜥蜴丸は何から話そうか迷っているようだ。そんなに沢山あるのか、話したい事が?


「まあ、まずはワガハイの事から話をしようか。ワガハイの名は蜥蜴丸。リザード星出身の科学者にして、笑いを愛する者。そして、星の海を渡る旅人センチメンタル・ジャーニー。ワガハイは色々な世界にいて、様々な次元、異なる世界線、ありとあらゆる時代にいる。ワガハイと同じで、それでいて異なる存在がな。そして、如何なる理屈かはワガハイにも分からないが、すべてのワガハイが記憶を共有しているのだ」


 いつの間にかビールをやめてコーラを飲み始める蜥蜴丸。素面では話せないのではなかったか? それとも、ビールを飲んでいる状態が素面なのだろうか?


「ここではない世界、どこかの次元、とある時代のワガハイは、科学者であるにも関わらず、笑いに目覚め、愛方を手に入れ、その世界におけるお笑いの頂点を目指しているらしい。それにワガハイは嫉妬した。ワガハイは何故笑いに目覚めなかったのか、何故愛方を手に入れる事が出来なかったのか……。理由は分からぬが、ワガハイは科学の道へと邁進する事に決めた。たまたま降り立ったこの星でそう決心したのだよ。そして、その頃出会ったのが豚鬼皇帝であった」


 皆、微妙に熱心な表情カオで蜥蜴丸の話を聞いていた。何となく嫌な予感がしてきた。


「初めて会った頃の豚鬼皇帝はいかにも豚鬼ですと言わんばかりの豚鬼であった。言わば、性欲の塊よ。ヤツは人間の女に異様に興味を抱き、色んな女とヤリタイと、常日頃言っている男であった。普通に考えれば単なる変態よ。だが、この星には人間の女はいなかった。この星、スター・オブ・オークランドにはな。何故人間という存在を知ったのかは知らんがね」


 この星の名前は、そんな変な名前だったのか……。


「ワガハイは、そんな性欲盛りだくさんの頃の豚鬼に出会った。ワガハイが星の海を渡る事が出来る事を知り、己も星の海を渡り、様々な世界に行きたい、色んな女とヤリタイと、いきまいておったわ。が、その頃の豚鬼皇帝は一般的な豚鬼と変わらなかった。どんな世界に行っても、勇者とか冒険者とか言った類の存在に狩られて終わりだろう、とワガハイは思ったね。そこに、科学の神が囁いたのだよ。『弱いのなら、強くすればええんやで』とな」


 ずいぶん軽いな、科学の神は。


「そして、ワガハイは決めたよ。この豚鬼を強くする、と。この世界における最強の豚鬼にすると。そして、ともに星の海を渡ろう、と。だが、その時、思いもよらない事態が起きた」


 何だ、その思いもよらない事態とは?


「ワガハイが乗って来た宇宙船“メガ押し”が、それに興味を持った豚鬼どもにぶち壊されちゃってねえ……。ともに星の海を渡る事が出来なくなったのだよ」


「「「そんな事か」」」


「あれっ? ワガハイの一大事が、そんな事扱いかね!?」


 蜥蜴丸氏は皆の対応を不満に思ったらしいが、話を続ける事にしたようだ。


「まあ、ワガハイ一人なら次元の海を越える事はできるのだから、どうという事はないのだがね。ま、ともに星の海を渡る事は出来なくなったが、豚鬼皇帝は諦めなかったよ。ワガハイのように次元の海を渡る事が出来れば、一人で異世界に行き、女どもを犯したり出来ると。夢見る少年のような純粋な瞳で語っておったよ」


 夢見る少年のような純粋な瞳で恐ろしい事を語る存在がいたとは……。


「そこからはもう、科学者たるワガハイの真骨頂よ。まずは色んな違法薬物を使い、豚鬼皇帝を強くする事から始めたねえ……」


 何故違法薬物を使ったと、堂々と告白するのだ、この蜥蜴は?


「ワガハイほどの科学者にもなれば、色んな世界から違法薬物を盗んでくるなんて、簡単な事だからねえ……。とある世界では赤いジャケットを着た大泥棒の孫と名乗る男と世界最大級のダイヤモンドを奪いあったねえ。アレはたまらない経験であった。麻薬カルテルをいくつか共同で潰し、最後には固い握手をかわしあったモノだよ」


 赤いジャケットを着た大泥棒の孫と名乗る男? 話が途中で脱線しだしたぞ?


「やはり、目指すべきはいがみあいながらも最後には共闘する熱い絆で結ばれた仲間達よねえ。常に孤独を愛するワガハイに足りない物は、それよ。ワガハイには笑いの愛方も、冒険の相方もいない。冒険の相方は、別の星に置いてきぼりにしてしまってねえ。あれからもう、何年も会っていないねえ……」


「いいから、話を戻せ」


「ウホッ、ナイスツッコミ。どうかね? ワガハイと共に笑いの大海原へと漕ぎ出してみないかね?」


「断る」


「ツマラン女だな。だから貴様は姫騎士としてダメなのだ。もっとエロいカッコをしたまえよ、姫騎士の分際で……、ま、待ってくれ、暴力反対。酒瓶でワガハイを殴ろうとしないでくれないかね」


 クリスやサヤに抑えられ、酒瓶で蜥蜴丸をぶん殴る事は出来なかった。残念だ、ああ残念だ、残念だ。アリシア心の俳句。


「さて、話を戻すとするかねえ……」


 長い長い、悲劇の始まりにして喜劇の始まりが、ようやく語りだされる事になった。


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