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休日の過ごし方――綺麗な豚鬼、汚い豚鬼――

 皆と別れ、とりあえず歩く。目的の人物がいるのだが、どこにいるかは、はっきりと分かっていない。

 なので、とりあえず目的の人物が居そうな場所を探して歩く。

 彼がいそうな場所は、どこだろうか? 彼の住んでいる場所は知らないので、そこはとりあえず除外する。しかし、真面目そうな彼の事だ。考えられる可能性は、二つ。まずは休日だと言うのに働かされていそうな人間がいないかどうかのチェックをする為に作業場をうろついている可能性。もう一つは鍛錬場のような場所。鍛錬場の場所はここ数週間で目星をつけている。

 最近では流石に日々の作業が終わった後泥のように眠ったり、休日も寝て過ごすなどは皆、しなくなった。いや、アリシアは別だな。「姫騎士時代には出来なかった自堕落な生活をするのだ!! 本音を言えば働きたくないでござる」などとサヤの口癖を真似ておどけていたが、本音が透けて見えた。休日になるとだいたいルーを抱きしめている事からも分かるように、休日はダラダラ過ごしていたいだけなのかもしれない。

 そんな事を考えながら作業場を周ってみたが、目当ての人物はいなかった。

 最近では彼による粛清が進み、休日に無理やり働かせる豚鬼オークもいなくなってきたらしい。粛清とは、彼が作成した労働計画を無視して私達のような異世界から連れて来たモノ達に作業をさせていると、彼の戦斧が赤く染まる事を意味する。彼が労働契約をしっかりと作り出してから、三桁を超える豚鬼が死んだのだから、ブラックな豚鬼がかなり減少したらしい。


「想像していた通りとは言え、無駄足だったか……」


 仕方ないな、目指す場所を変えるか。

 ため息一つついてから、鍛錬場へと足を向ける。ため息をつくと、幸せが逃げていく、なんて私に教えてくれたのは、誰だっただろうか? 今更ため息一つついたくらいで、逃げていく幸せなど、この世界にはない。

 今この世界にある私にとっての幸せ、それがあるとすれば、アリシアやサヤ、ルーと共に過ごす毎日、ただそれだけだ。


「私は騎士、護る者がいるのなら、強くなれる――」


 あの三人を守る為に、私はもっと強くならなければならない。その為には――。


「おい、休日だと言うのに、何故このような場所にいる?」


 かけられた声に顔をあげると、どうやらいつの間にか鍛錬場に着いていたようだ。


「軍曹殿、精が出ますね」


 軍曹殿が軽く汗をかいた状態で、鍛錬場の中心に立っていた。


「あ? その軍曹殿ってのどうにかならねえのか? お前たちがそう呼ぶようになってから、他の班の連中も俺の事を軍曹殿なんて呼ぶようになっちまった。おかげで今じゃ俺の本名を知らねえ連中も多い。……おい、そこで何を不思議そうな顔をしている? お前、まさか俺の本名を忘れてねえだろうな?」


「ひゅー」


 鳴らない、口笛。何度か口をとがらせてみたけれど、口から漏れるのは、気の抜けた音だけであった。ルーに今度口笛の吹き方を教えて貰おう。


「俺の名前を言ってみろ」


 おお、顔の見た目が犬なので顔色は分からないが、少しご立腹のようだ。逃げられないらしい。どうする? 素直に忘れたと言っておくべきか?


「グン・ソー?」


 しまった、考えを纏める前に口から言葉を発してしまった。額をおさえてため息をつかれてしまった。

 むう……、モフモフしたい。じゃなかった、こんな事を言いに来たのではなかった。


「はあ……、まあいい、で、こんな所に何の用だ?」


 軍曹殿は諦めたようだ。後でアリシア達に軍曹殿の名前を聞く事にしよう。……あいつらも忘れていなければいいが。


「稽古をつけていただきたいのです」


「何?」


 訝しげな声をあげられてしまった。


「私は騎士だ。強くならなければならないのです」


「今、ただひたすら働くだけのお前にその必要はあるのか?」


「いずれ、この世界での労働の日々は終わる。その後の事を考えなければならない。全員が元の世界に戻ると言うのなら、それでいい。ですが、元いた世界に戻らないかもしれない。その時は、この世界で生きる事になるかどうかは分かりませんが、私はあの三人と出来れば一緒にいたい。ならば、三人を護れるだけの強さを持っていたい。で、私より強い相手に稽古をつけてもらいたい。ならば、その相手はこの世界で私が出会った私より強い軍曹殿しかいない、そう思うのは当然ではないでしょうか?」


豚鬼皇帝オーク・エンペラーがいるだろう?」


 まあ、確かに豚鬼皇帝は強い。いや、強すぎる。しかし――。


「豚鬼皇帝は強さの次元が違い過ぎると思いますので。上手く言えませんが、どう頑張ってもあの域には辿り着けない。あれは、何というか……、説明しにくいのですが、色んな意味で壁を超えている存在だと思いますので」


 軍曹殿がニヤリと笑った。その笑顔の意味は、いったい何だろう?


「ま、確かに皇帝はちょっと変わった方法であの強さを手に入れたからな。どう頑張ってもまともな方法ではあの強さには辿り着けねえ。お前の言うとおりだ。が、本当に俺でいいのか? 俺は今まで自分を鍛えた事はあるが、他人に教えたなんて経験はねえ。それでいいのか?」


「構いませんよ。強さは、盗んでみせますから」


「そうか、それならそれでいい。じゃあ、軽く手合せでもしてみるか」


 こうして、今後の私の休日の過ごし方は決まった。

 武の頂は、まだ遙か遠く、見えない場所にある――!!






――――ДДДД――――


 クリスのひと言でようやくアリシアから解放された私は、町をブラブラしていた。アリシアの事は嫌いではないし、添い寝をしてもらっている時は人の温かさを感じる事が出来て、嫌ではない。ないけど、時々イラッと来る。オノレ、きょにゅーめ……!! 持たざる者の怒り、どうしてくれようか……!! いや、別に私は貧しいワケではない。そう、普通くらいだから。

 自分の考えがどうにもおかしい方向へ突き進みそうだ。

 そう言えば、町まで出てくる時にそう遠くない場所に森を見つけた。普通に歩いても昼前くらいには余裕で辿り着ける。

 久しぶりに森に行こう。私の居た世界の森とは違うかもしれないけど、精霊だっていないかもしれないけれど、森の空気を久しぶりに感じてみるのも悪くない。

 考えを簡単に纏めた私は、少し食料を買い込み、森目指して歩く事にした。

 少し距離を置いた場所から感じる粘りつくような視線は考えない事にして。




 森の中を歩く。木漏れ日が、気持ちイイ。


「んー!!」


 近頃感じなかった解放感を感じて大きく伸びをする。


「やっぱり森はいいなあ……!!」


 そんな風に木漏れ日を浴びながら歩いていると、せせらぎの音が聞こえて来た。近くに川が流れているのかもしれない。

 そちらに向けて歩いていくと、やがて開けた場所に出た。

 近くに滝があり、広さが十数メートル以上はある池のような場所だ。水面みなもは澄み渡り、底が見えた。たいして深くはなさそうだ。ここで水浴びも出来るかもしれない。水に手をつけてみると、冷たくて心地よかった。

 次の休みの日に皆を連れてくるのも悪くないかもしれないな、そう思う私の目の前で、水面が明らかに変化を見せた。

 淡く輝いたかと思うと、どこか見覚えのある景色が水面に映し出された。


「私の部屋……?」


 そこは、私が数週間前まで過ごしていた部屋だった。そこで、泣いている女性がいた。


「お姉ちゃん……? なんで泣いているの?」


 私の部屋ですすり泣いているのは、姉のリタ・ディル・リフィーナ。現ディル・リフィーナ族の族長。


『ルー、ルー、ゴメンね。私の代わりに、連れて行かれたなんて……。嫌だよ、帰って来てよ、ルー……』


 池の持つ魔力なのだろうか? どうやら向こうの様子は見えるらしい。私の部屋でただ泣いている姉の姿が見える。声が届くかは分からないけど、私は姉に声をかける事にした。


「お姉ちゃん、聞こえる? 私だよ、ルーだよ。聞こえるなら返事して!!」


 私の声が届いたのか、泣きながらもあたりを見まわしだした。どうやら、声だけは届いているらしい。


『ルー……?』


「よかった、聞こえるんだね。ねえ、私の姿は見える? 私はちょうどお姉ちゃんを後ろから見ている感じなんだけど」


 振り向いてくれたけど、どうやら私の姿は見えないようでキョロキョロしだした。


「こっちからは声が届くだけみたいだね。安心して、お姉ちゃん。私は元気でやっているよ。面白い友達だって出来たんだ。今度、声だけでも紹介するね!!」


 涙が出そうだけど、ここはこらえよう。今、泣いても何も変わらない。


『ルー、声しか聞こえないけど、元気そうだね……』


 ようやく泣き止んだ姉の姿は、少しやつれているようだった。心労があるのかもしれないな。私は、つとめて明るい声を出す事にした。


「まあ、ちょっと働くのはキツイけどね。でも、一週間に二日は休みがあるから、今日は休みの日なんだ。今暮らしているところの近くにある森に来ているんだよ。そしたら、池があってね、その水面にお姉ちゃんが映っているってワケ。話が出来てよかったよ」


『豚鬼に連れて行かれたって聞いたよ? ヒドイ事されていない? 大丈夫?』


 やはり、豚鬼は性欲の塊的に思われているのだろうか? まあ、私もディル・リフィーナの森にいた頃はそう思っていたから、仕方ない面もあるけれど。


「大丈夫だよ。よく分からないけど、この世界で働いているだけだから。なんでも、“ぴらみっど”を建てる為に集められたんだって、私は。何の目的で“ぴらみっど”なんて建てているのか分からないけれど。ま、変な事はされていないよ、そこだけは安心して」


 届くかどうかは分からないけれど、笑顔を見せる。きっと、届くだろうと思って。


『そっか……、ねえ、ルー。貴女に謝らなくちゃいけない事があるんだ』


「お姉ちゃんが私に謝る? そんな事、何もないよ」


 私が謝らなくちゃならない事はあるかもしれないけど、お姉ちゃんが謝らなくちゃいけないなんて事はない。


『私の代わりに連れて行かれたって聞いたよ』


「私は元々、森を出るつもりだったからね。何の問題もないよ」


 でも、姉は首を横に振った。


『ううん、そうじゃないよ。きっと、貴女が連れて行かれたのは、私への罰なんだ。私が、望んだから。私にとって太陽である明るいルーが森から出ていくのが、辛かったんだ。だから、望んだんだ。「ルーが出て行きませんように、ここに残るような事件が起こればいいな」って。そこに、あの豚鬼が出て来たんだ。私のせいなんだ……。私が連れて行かれるべきだったんだ!!』


 泣き崩れる姉を見ても、別に何とも思わなかった。それどころか、私の事を本当に好きでいてくれたんだな、って嬉しくなった。


「関係ないよ、それは」


『でも……』


「大丈夫、私はこっちで元気にやっているから。時々、ここに来るよ、これからも。お姉ちゃんとこうして話を出来るかどうか、分からないけど。私はこっちで頑張るよ。だから、お姉ちゃんはそっちでしっかりして欲しい。私の帰る場所、無くなっていたらイヤだからね?」


『………………うん』


 何とか頷いてくれたけれど、その時水面が揺れて、何も見えなくなった。声も聞こえなくなった。

 私は元凶が現れた方向へと視線を向ける。

 一匹の豚鬼がいた。どうやら、町から私をつけてきたみたいだ。


「ぐへへへ、町で女どもに手を出したら皇帝に殺されかねねえけどな、森の中ならばれねえだろ。女どもに手を出しちゃいけねえなんてルールがあるから、俺たちゃ性欲を余らせまくってんだぁ。武器も持たずにエルフがうろついている。ここは、手を出すしかねえだろうがよぉ……ッ!?」


 突っ込んできた豚鬼を軽くいなして、池に投げ飛ばした。サヤに軽く護身術を習っておいてよかったな。

 暫く待ったけど水面に、姉の姿が再度浮かび上がる事はなかった。豚鬼が起き上がろうとしているのが見えたので、森から出る事にした。姉の事は気がかりだけど、また来てみよう。また、話が出来るといいな。




 池に背を向けて数歩歩いた時、後ろから声をかけられた。透き通るような綺麗な声。

 振り向いた私を出迎えたのは、銀髪の綺麗な女性。……こいつも、きょにゅーか……。


「貴女が落としたのは、この綺麗な豚鬼ですか? それとも、こっちの汚い豚鬼ですか?」


 右手に綺麗な豚鬼――何故かスラリとしている。肌色もよさそうだ――、左手に汚い豚鬼――びしょ濡れで、気絶している。顔色も悪そうだ――を持ち、湖面に足をつけていた。


「え? えーと……?」


「貴女が落としたのは、この綺麗なジャイア……んんっ、ごほっ、綺麗な豚鬼ですか? それとも、こっちの汚い豚鬼ですか?」


 最初に何を言おうとしたのだろう……? ジャイア……? まあいい、質問に答えないと何だかこの問答が続きそうだ。


「そ、そっちの汚い方です」


 正直に答える方が正しいかどうか分からないけれど、正直に答えた。


「なるほど、正直者の貴女には、この綺麗な豚鬼をさしあげましょう。持って帰って飼うもよし、生姜焼きのタレをつけて焼いて食べるもよしです。さあ、持って帰りなさい」


「いいえ、いりません」


 断る時は、はっきりと断らないと。綺麗であろうが汚かろうが、豚鬼なんていらない。


「そうですか、仕方ないですね」


 銀髪の女性の手から放れた綺麗な豚鬼は、消滅した。一体どういう原理なのだろう?


「では、汚い豚鬼は持って帰りますか?」


「いりません」


「お姉さん、正直者は好きですよ」


 そう言いながら、左手につかんだ豚鬼を池に顔から突っ込んだ。衝撃で意識を取り戻したのか、手足をばたつかせ出したが、銀髪の女性は顔色一つ変えずにたっぷり五分以上豚鬼の頭を抑えつけていた。やがて豚鬼は身動き一つしなくなった。

 汚い豚鬼を引き上げた銀髪の女性は、軽く豚鬼を放り投げた。大きな放物線を描いて、どこかへと豚鬼は飛んで行った。


「また、いらっしゃい。貴女のお友達はこの池の力を使えないとは思うけど、ね」


 そう言いながら、銀髪の女性は池の中へと姿を消した。もしかしたら、池の精霊か何かだったのかもしれないな。

 姉と話したい事はまだ残っている。また、今度来よう。

 軽く池に頭を下げ、私は町へと帰る事にした。何となく生姜焼きが食べたくなったが、きっと私は悪くない筈だ。






――――●●●●―――


 稽古を終え、ボロボロに近い状態で部屋に帰った私を出迎えたのは、違う意味でボロボロのアリシアだった。


「違うんだ、サヤ……、小さじいっぱいって、絶対そういう意味じゃないんだ……」


 目が虚ろだった。何事かよく分からない事をブツブツ呟いていた。


「料理の道は、険しいでござるな……、小さじいっぱいとは、なるほど、こういう事だったのか……」


 料理本を眺めながら、料理の険しさを感じているサヤが二段ベッドの上で何事か呟いていた。


「いやあ、生姜焼き定食、初めて食べてみたけど美味しかったよ!!」


「生姜焼き、怖い……」


 満面の笑みを浮かべるルー、それにビクッと震えるアリシア。本当に、何があった……?

 まあいい、私は私の疑問を解消する事にしよう。


「なあ、一つ聞いていいか?」


 皆の注目を浴びてしまった。アリシア、頼むから虚ろな目で私を見ないでくれないか……?


「軍曹殿の本名って、何だっけ?」


「グン・ソーではないのか?」


「グン・ソーではなかったでござろうか……?」


「グン・ソーだったと思うけど……?」


 ダメだこいつら、早く何とかしないと…………。

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