来客
あともう一息で口の中に料理が入ろうとしていた時だった。
口元まで運ばれていた手はその作業を中断しラザニアの乗ったスプーンはまたラザニアの中に帰っていく。
どうか聞き間違いであってくれ。
男は心の中でそう叫んでみたものの、その淡い希望を打ち砕くかのようにもう一度ベルが鳴る。
はぁ。
男の口から憂鬱の塊が零れ落ちる。
早起きは三文の徳とはよく言ったものだ。
少なくともアイツが来る前に朝食を食べ終えることは出来ただろう。
ドアを開けてやろうと男は立ち上がるが、ふと考えた。
こうなれば最後の悪あがきだ。意地でも開けてやるものか。
男は椅子に座りなおし、ラザニアに刺さったままのスプーンを引き抜き口に運ぶ。
いかにも冷凍食品という安っぽい味に、外は熱々中はひんやりの半生が相乗効果を起こしえもいわれぬ不味さをかもし出している。
もう少し温めておいた方が良かったのかもしれない。
でも、軍用食よりは幾分もマシだ。
男がそんなことを考えている間にも何度も何度もドアベルが押され、家中にベルの音が鳴り響いている。
やかましいが朝食を食べ終える方が先だ。構うものか。
男がラザニアを食べ終えパスタに手を伸ばした時、ベルの音がピタとやんだ。
諦めたのか?いや違うだろう。そんなやわな奴じゃない。
実際その考えは正しかった。現に玄関ではガチャガチャと物音がし……
ドアが開く音がした。
それもそうだ。なんたってアイツは合鍵を持っている。入れて当然。むしろ何故先程までそれをしなかったのか。そっちの方が疑問だった。
だがその疑問も直ぐに解決した。
怒り心頭といった足音と共にアイツがキッチンにぬっと現れる。
その両手にはカバンやらなんやらでいっぱいだ。
なるほど。だからか自分から開けようとしなかったわけだ。
「なんで開けてくれないのさ!」
開口一番彼が怒鳴る。誰だってそうだ。分かりきった居留守ほど性質の悪いものは無い。
「あぁすまんな。両手が塞がってて」
男はスプーンとパスタの入った容器を持ちわざとらしく両手を挙げる。
「アンリだって居留守を使われるのは嫌だろ?」
手に持った荷物をテーブルの空いたスペースに置きながら彼は訊ねた。
「確かにそれは嫌だが……残念ながら俺にはドアベルを鳴らしてやる知り合いがいない」
その答えは彼が予想していた答えとは随分とかけ離れていた。
まったく想像できなかったわけじゃない。でも本当に言うとは思っても見なかったのだ。
とはいえまったく悪びれない態度は気に食わない。
「だいたいさ!一体誰のお金でそうやって食っていけ……」
彼はそう言いかけて口をつぐんだ。
頭にきていたとはいえ流石にこれは言いすぎだ。
こんな下らないことで関係を悪化させたくない。
こういう時自分が悪くなくともとりあえず謝っておいた方がお互いの為。
謝ろうとした時、アンリが先に口を開いた。
「確かにそうだ。お前の金で食ってる以上お前には感謝しないとな。俺が悪かったよ、キース」
それはまたしても、キースの予想を上回る答えだった。
それどころか想像すら出来なかった。
謝ったのだ。嫌味で偏屈者のあのアンリが。
「まるで夢でも見ているようだ……」
キースの口からいつの間にか言葉がこぼれる。
途中