表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨とブルーベリー

作者: コウ
掲載日:2026/04/09

仕事帰りに雨に降られた。

フロントガラスにぶつかる雨粒をワイパーで雑に避けて帰り道を進む。

ウィンカーを右に上げる。よかった、まだ間に合った。通勤道路沿いにある個人経営のケーキ屋。とても美味しいのだけど、コロナ禍以降午後七時閉店になってしまったのでなかなか行けない。

今日は早番かつ残業もなかったので何とか間に合った。時計を見ると六時四十五分。急がなければ。雨を避けるように小走りで入店する。

閉店間際ということもあってショーケースの中はだいぶ残り少なかった。それでも今日の私にはどうしても甘いものが必要だった。

とっくの昔に別れた、昔大好きだった人が幸せな家庭を築いている姿を見た事に、こんなに動揺して傷ついているなんて、自分でもなんて心が狭いんだろうと思う。どうして素直に祝福して、一緒に喜べないのかと。ここ数年彼の事を思い出しもしてなかったくせに、心のどこかが叫ぶのだ。彼の隣にいた彼女が自分だったかもしれないのにって。

たぶんそんな自分の醜さにも私は傷ついていた。

改めてショーケースを眺める。残念ながら私の好きなレアチーズもショートケーキも売り切れている。ついてない時は本当についてない。

ふとショーケースの左端にブルーベリーパイを見つけた。頭の中で一本の映画の記憶が蘇る。あの映画でも主人公の女性が失恋の傷をブルーベリーパイに癒されていた。

私は失恋したわけじゃないけど、気づけばノラジョーンズ気分でブルーベリーパイを注文していた。

店のおじさんは小太りで全然ジュードロウじゃなかったけど、これ良かったらと売れ残りのクロワッサンをオマケしてくれた。

強くなる雨の中、私は車を飛ばして家へ急いだ。

なかなか降りてこないエレベーターにイライラしながら、何とかドアの鍵を開ける。

夕飯も食べずにビーズクッションに腰を下ろす。私の体を包み込むように沈むビーズクッションにそのまま動きたく無くなるが、気合いでポットに向かい、インスタントコーヒーを淹れる。普段はブラックだけど、今日だけはミルクをたっぷり入れたカフェオレにする。

再度ビーズクッションに腰を下ろし、ブルーベリーパイを取り出す。しまった、フォークを持ってこなかった。……いやいいや。誰も見てないし。私は周りのセロファンを外すとそのまま齧り付いた。アーモンドクリームの甘さとブルーベリーの甘酸っぱさが口の中に広がる。続けて二口、三口。甘くなった口の中をカフェオレで流し込む。美味しい、けど癒されはしないかな。やっぱり私はノラジョーンズじゃないし、ジュードロウには会えなかったしね。

ブルーベリーパイを食べ終えると、オマケでもらったクロワッサンも食べる。

こちらもサックサクでバターの香りが濃厚で、とても美味しかった。今まで買ったことなかったけど次からは買おう。

私は机の引き出しをそっと開ける。

小さなジャムの空き瓶に鍵が入っている。彼と別れる時に返せなかった合鍵。今更どこの扉も開けられないとわかっていても決して捨てる事ができなかった鍵を取り出して、それでも情け無い私は再び鍵を瓶に入れ、机の奥底にしまった。

カフェオレを飲み終わると、私は誰かと連絡が取りたくて、友達数人に『今から電話できない?』とLINEをした。

私はビーズクッションの上でゴロゴロしながらスマホを持ち上げたり置いたりしていた。

なんとなくで点けていたバラエティ番組が終わっても、スマホが震える事は無かった。

私はテーブルにボロボロと散らかった食べカスを片付け、カップをシンクに置いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ