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ピッツァ・ラ・コリエーレ〜最高最速のピッツァ宅配員は止まらない〜

作者: カズあっと
掲載日:2026/01/25


「はいよっ! マルゲリータ出るよっ!」


 威勢の良い声とともに、石窯の奥からは焼き上がったピッツァが引き抜かれた。


 爆ぜる薪の熱を吸い込んだ生地の縁は、不規則に焦げ目がつき、ぷっくりと膨れ上がっている。

 その中央では、沸騰した真っ赤なトマトソースの海を、純白のモッツァレラが島のように漂い、ふつふつと溶け崩れていた。


 仕上げに散らされたバジルの葉が、熱に触れて鮮烈な香りを昇らす。そこへ、オリーブオイルがたっぷりと回しかけられ、黒胡椒の粗い粒を振り撒いた。


 ジュウッ、という官能的な音とともに、オイルとスパイスの香りが店内に充満する。


 ゴクリと、喉を鳴らすのは少女。

 トマトの様に真っ赤な帽子を被り、動きやすい制服に身を包んでいる。

 

「頼んだよ。ラ・コリエーレ」


 マルゲリータピッツァを大きな丸い箱へ滑り込ませた瞬間、溢れ出す蒸気ごと彼女は「保温の術式」を起動し、蓋を閉じた。


「お任せ。配達先はエトナだね」


 少女は軽々とピッツァケースを抱え、店を出る。


「まだ若い男の子達だからね。表のラガーサーバーを一つ、持ってってやんなよ」


 眩しい陽射しが注ぐ、麗しの古都カターニア。

 街一番のピッツェリアとして繁盛するこの店の名は、マルゲリータ・コリエーレ。


 店一番の売りは、マルゲリータ。

 そして、コリエーレとは飛脚、あるいは急使を意味する。


「じゃ、いってきます」


 それは彼女の愛称でもあった。

 ラガーサーバーを肩に担いで、膝を撓める。

 瞬間。

 疾風の如く駆け出した。




 足元の土が隆起する。

 足裏が乗せられる前に跳ぶ。

 かと思えば、予想着地点は湖へと変わった。


 体内術力を起動。

 術式の刻まれた道具——術具へ巡る秘蹟。

 悪路走行用ブーツの底から、蒸気が吹き出した。それが為すのは救世主の行いし奇跡。

 水面を蹴り、ラ・コリエーレはもう一度、中空を舞った。


 滑空していくコリエーレ(配達員)


 その視線が向かうのは、いつだって「お客様」の場所。

 かつて一人ぼっちで、お腹を空かせていた彼女と同じ場所。


「その先は、摩擦がない区間が続くから気をつけなさい!」


 脳内へと響く、若女将の声。交信の術式だ。


Va bene(了解)! 問題ないわ!」

「上から鳥よっ!」


 若女将は雇用主であると共に、優秀なナビゲーターでもある。彼女はピッツァを求める声ならば、交信の理屈を超えて聴き取るのだ。


 上を向いたラ・コリエーレは大きく息を吸う。

 窄めた唇に、咥えるのは吹き矢。

 頭上を覆うのは、月飲みとも呼ばれる巨体な怪鳥だ。


「ピッツァ狙いとは、良い度胸ね! 揚げ鳥!」


 鋭く吐き出す息と共に吹き出した矢は、やがて巨大な銀の槍となって、月飲みを貫いた。


 堕ちてゆく巨大怪鳥、月飲みだが、別に殺してはいない。

 吹き矢の弾丸である槍に、即効性の麻痺薬を塗ってある為だ。


「帰りに回収してあげるから、けものなんかに食われるんじゃないわよ!」


 叫ぶ、ラ・コリエーレ。

 月飲みはとても味が良いうえ大きいので、揚げ鳥や、焼き鳥屋には非常に喜ばれるのだ。


 巨躯が奏でる地響きを背に、ラ・コリエーレはピッツァの水平を保ちつつ、サーバーの泡を立てないように着地する。

 同時に次の一歩を刻んだ。


 さっきまで「道」だった場所は、すでに断崖となって、せり上がっていた。垂直に駆け上がる。


 新山の造成、突発的な湖化。地形の常識が通用しない、大異界、霊峰エトナ火山の気まぐれ。


 だが、彼女が案じているのは自分の足場ではない。


 ——箱の中のピッツァは、まだ踊ってはいないわよね?


 五感を研ぎ澄ませ、背負ったケース内のピッツァの姿を妄想する。

 熱々で、最高の焼き上がりであった。


 どれほど山が荒れようと、ピッツァを斜めにする理由にはならない。


「残り、あとわずかよ! お客様が、熱々のチーズとトマトの香りに反応したわ。心拍、期待値、上昇中!」


 若女将の快哉が脳内で跳ねる。


「流石は、冒険者ね!」


 ピッツァを愛する者の為、そしてピッツァの為に、彼女は駆ける。

 魔銀と呼ばれる高位の冒険者となった彼女だが、本業は|ピッツァ・ラ・コリエーレ《ピザの宅配便》だ。


 何故なら、ピッツァの配達員だから。


 幼い頃に、お腹を空かせて公園で倒れていた時。

 ボクのピッツァをお食べよ。誤発注でね、余っちゃったんだ。と、熱々のピッツァを差し出してくれた、ちょっとだけ嘘つきな憧れのあの人と同じ、|ピッツァ・ラ・コリエーレ《ピザの宅配便》だからだ。


 彼女は駆ける。熱々のピッツァを届ける為に。

 自分と同じく、お腹を空かせた誰かのために。

 

 摩擦のない、ツルッツルの圧縮された道なぞ、何のその。魔銀位階は、ピッツァ宅配員とは、この地獄の様な秘境からも、一人で生還可能だと認められた、名誉なのだから。


「焼き立てのピッツァは、不可能を可能にするんだからっ!」

「そうよっ! ピッツァならやれるわ!」


 ピッツァケースは焼き立てピッツァによる芳しい蒸気によって、既にバンバンに膨らんでいる。

 その充満した美味しさの暴力を少しだけ、世界へと晒してやれば。


 ピッツァケースを後方へと向けて、空気穴を開いた。

 

 膨大な香りの圧力が、一点にて解放される。

 それは差し詰め、ジェット噴射の様に。


 縮退星により圧縮された地表を、彼女は滑ってゆく。摩擦がない? 走れない? ならば、滑るまでよと。

 無茶も道理も、ピッツァならば解決出来るものなのだ。


「ラ,コリエーレ! その先の大穴の下で、お客様達がお待ちかねよ! そのまま行けるわ!」


 若女将が叫ぶ。当然だ。まだ、ピッツァは熱々なのだから。


「そのままなんて、待てないよっ!」


 最速で、熱々のピッツァを届けたい。

 それは、コリエーレとしての誇りであった。

 彼女はピッツァケースとラガーサーバーを水平に保ったまま更に加速して、底の見えない大穴へと飛び込んだ。

 食欲をそそる、マルゲリータの芳香を山中に残して。




 ガチガチと、剣が地虫の甲殻を弾く乾いた音が響く。

 虫とは名がつけど、地虫は鉱物である。

 その肉は食えない。石をを啜ったところで、人の腹は膨れやしなかった。


「……なあ、最後によ。何が食いたかった?」


 一人が力なく笑う。乾いた唇が、ひび割れている。


「ピッツァ。それと、酒だな。喉が壊れるくらいにキンキンに冷えたラガー……」

「最高だな。……熱々のマルゲリータをつまみに、冷えたラガーか。いいな、それ」


 少年達は四人。どの顔も青褪めていて、肌も渇ききっている。

 時間の感覚さえも失われたこの暗い場所に、どれ程いるのか。それさえももう、わからない。


「うわ、もう俺ダメかも。幻覚が……」


 重く湿った地下の空気に、ありえざるもの。


 立ち昇る、暴力的なまでの小麦の焼ける香ばしさ。

 沸騰するトマトソースの酸味。脳を直接揺さぶるような、濃厚なチーズの脂の香り。

 ありえない。ここは穴の底だ。だが、この香りを知っている。


「あはは……。俺ももう、ダメだわ」

「幻覚……だよな?」


 言葉と共に、乾いた笑いをあげる少年達。

 涙は流れない。もうそんな、水分は残されていなかった。


 だがそこに。


 頭上から、光と「匂い」と共に、声が降ってくる。明るい、女の声が。


「はいよっ! お待たせ! マルゲリータお届けにあがりましたー!」

 

 凄まじい衝撃音と共に、少女が着地する。


 土煙が晴れた中心。彼女は右手にピッツァケース、左手にラガーサーバーを水平に保ったまま、眩しい太陽の匂いをさせている。


「サービスのラガーもありますよー。熱々のうちに、召し上がれっ!」


 ピッツァ・ラ・コリエーレ。

 ピザの宅急便。


「……って、何よその顔。早く代金準備しなさいよ、こっちは忙しいんだから」


 お客様が望みとあらば、いつでも、どこでにでも熱々のマルゲリータをお届けする、町一番のピッツェリア。


 生地の外側はカリッと香ばしく、中は空気をたっぷり含んでモチモチとした弾力をしている。

 じっくりと煮詰められたトマトソースが、パレットに広げた絵の具のように鮮やかに広がって。

 フレッシュバジルの葉が、オリーブオイルと共に、熱で香りを放ちながら彩りを添えている。


 躍動するトマトの鮮烈な赤、とろけるモッツァレラの純白、そして芳醇に香るバジルの緑——。

 香ばしくもモチモチとした黄金色の生地の上で、ビタロサの情熱が三位一体となって弾ける、究極の|Bellezza semplice《飾らない美》。



「ちょっとー。お代は?」


 ラガーサーバーへ駆け寄り、キンキンに冷えたラガーを生命の水の様に煽る少年達へ、彼女は営業用でない、平坦な声を出す。

 慌てて一人が懐から現金を取り出して、彼女へと渡した。領収書を作成するラ・コリエーレ。


「まいどありー。ラガーばっかじゃなくて、熱々のうちに、ピッツァも食べなよね。ウチのマルゲリータは最高なんだから」


 明るい声音に戻った彼女は、上を、空を見る。周囲には、垂直な壁。


「んじゃ、またねー。今度はこんな辛気臭い場所じゃなくて、お店に食べに来なよ」


 その壁を、彼女は駆け上る。


「ラ・コリエーレ! 次の注文が入ったわ! 行き先はパレルモ、お客様は——」

Va bene(了解)!」


 彼女は駆ける。異界を抜け、街道を進み、街へと。若女将の焼き上げる、極上のピッツァを受け取る為に。




「なぁ、救助じゃねーの?」

「ピッツァうめぇ!」

「おい、抜け掛けしてんじゃねぇ!」


 暗い穴の底。少年達の疑問は、ラガーとピッツァによって、掻き消されてしまった。




 駆ける。駆ける。

 ラ・コリエーレは駆けていく。


 何故なら、誰が何と言おうと彼女は、|ピッツァ・ラ・コリエーレ《ピザの宅配便屋さん》なのだから。


 最高の一枚を届けるためなら、異界の奥でも、地獄の底でもどこだって、ただの通り道に過ぎないのだから。



 

 

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