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第2話 アンジェラと?のメモ(2024年 秋)

台所でせかいをかえる

Revolution Starts in DAIDOKORO

第2話 アンジェラと?のメモ(2024年 秋)


◇◇◇


旅のあいだ、ずっと気になっていた――

アンジェラ。


初心者でも育てやすいと聞いて購入したバラだったが、

ここ十数年、忙しい時間を縫って庭の手入れを続けてきた

伸子のぶこ にとって、

この花は特別な存在だった。



ただ、あの長旅に出るときのことを思い出すと、

ちくりと胸が痛む。


まだ芽吹いてもないアンジェラのこれからを思うと、

どうしようもない悲しみがこみ上げ、

伸子は旅に出るのをためらったほどだ。


「この子、ちゃんと花を咲かせるのかしら……」



しかし、戻ってみれば、アンジェラは元気に咲いていた。

それは、きっと娘の**未希みき**が世話をしてくれたおかげだろう。


伸子は微笑みながら、ふと台所横の本棚に目をやる。

そこには見覚えのない一冊の本が置かれていた。


『初めてのバラ 気軽に楽しく満開に。』


「未希が買ったのかしら?」



手にとると、『?』とだけ書かれたメモがはさまれていた。

まるで謎かけのようなその紙片。


左端には、春の風景に囲まれた小さな家のイラスト。

――**響香きょうか**にもらったメモ帳の一枚だ。

たしか、好きな絵本のイラストだと言っていたっけ。


日常のなかの、ほんの些細なメモが、一日の心を支配する。

そんなこと、よくある。


未希ったら、


「これ、大事にしてるメモ帳なの」

と言っていたのに。


「勝手に使ったのね……」と思わずつぶやく。



ふと、しばらく会っていなかった響香の顔が浮かんだ。

そういえば――こっちに戻ってきたこと、まだ連絡していなかった。


『?』のメモを裏返すと、未希の字で【強剪定きょうせんてい】とかかれていた。


「そういうことね。」


伸子は、【? 強剪定】の四文字で、

未希がアンジェラを大切にしてくれたんだなと思った。


「ありがとう。未希。」


そう呟いて、メモを食卓に置き、改めて本をめくる。



1ページ目。

右には、著者がバラの手入れをしている絵。

見覚えのある、誠実そうな横顔。


左に「はじめに」とあって、こう書かれていた。


バラはお手入れした分だけ、たくさんの花を咲かせてくれる植物です。

その感動は育てた人だけの特権です。

剪定などの手間はかかるものの、

バラと向き合うお手入れの時間は、慣れれば楽しいひとときになってくれます。

完璧でなくても大丈夫。自然と向き合うバラの栽培は、

プロでも毎年うまくいくとは限りません。

そんな失敗も含めて楽しむことが、

バラとの喜びを深めてくれるのです……。


何度も聞いた、その語り口が、

まるで懐かしい声のように、伸子の頭に流れ込んできた。



本の裏には『世界をもっと、ばら色に。』の文字。

大きなバラの写真が添えられている。


伸子はそっと、溜息でもない、深呼吸でもない、

ゆるやかな一呼吸をして、アンジェラのページを開いた。


『たいへん優秀な返り咲き性で、枝の伸びるスピードはゆるやか。じっくり育てたい。』


「そうね。」


アンジェラは1984年、西ドイツで生まれた品種だという。

その頃は、ベルリンの壁のある冷戦の真っただ中――。


そう思うと、カップ咲きのかわいい小輪花が、

いっそう愛おしく感じられた。


「アンジェラのおかげで、私も幸せだわ。」



伸子は微笑みながら、もう一度、窓の外のアンジェラに目をやった。

家族の日常の中で、この花が咲き続けてくれることが、

今日の彼女にとって何よりの癒しだった。


玄関には、子ども用の小さな軍手が、

少し泥のついたまま置かれている。


薔薇の前に立つ未希と**りん**の姿を思い浮かべながら、

その軍手をそっと下駄箱にしまった。


――この一年で、どれだけ大きくなったのかしら。


自然と、もう一度、微笑みがこぼれる。



それから、響香にアンジェラと台所の写真を送った。


「色々見たけど、世界で一番素敵なところは、やっぱりここね。」


と、コメントを添えて。



一方そのころ――。


伸子の二女・未希は、江別の自宅で、

二年前に母と一緒に作った紙芝居を、

日本ハムファイターズのロゴが入った青い袋にそっと詰めていた。


人形のキュンちゃんとシマエナガちゃんにも、


「一緒にいこうね」

と声をかけながら、その袋の中へ入れる。


小学1年生になった凛は、お気に入りのバッグを持ちながら、


「北広島で待ち合わせだね」

と嬉しそうに言って、お泊まりの準備を進めていた。


◇◇◇◆◇◆◇◆


これからのお話 予告


第3話 未希の物語紙芝居

『しまえながちゃんときゅんちゃんによる水の話』


第4話 未希の物語人形劇

『しまえながちゃんときゅんちゃんによる水の話』


第5話 栗丘の丘から〜静けさと再会の手前で(2023年春)


◇◆◇◆


【後書き】


資料ノート


アンジェラ:1984年、ドイツ・コルデス社による作出のバラ。

愛らしいピンクの房咲きが特徴。


出典:「初めてのバラ」

著者:松尾祐樹氏(園芸家)

「まつおえんげい」四代目。草花からバラまで幅広く精通。

NHK『趣味の園芸』やYouTube「ガーデンちゃんねる」などでも人気。

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