空の旅とフリーフォール
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今日は『魔法の絨毯』に乗って空の旅をしています。
多分高度2,000m位、『魔法の絨毯』の涙型の結界に覆われた内側は静かで滑らかに青空を切り裂いていきます。本来であれば荒々しく吹き荒れているはずの風も、涙型の結界に受け流され、結界内の温度も適温に調整され風が服を靡かせることもありません。
見上げれば中天間近の太陽が輝いていますが、地上よりも直接的に肌に当たる陽光も結界のお陰で肌を焼くこともありません。
万が一の時の為に今日は肌に密着した皮のチュニックとズボン、ブーツで風を受けてバタバタと靡く箇所は極力減らしてあります。首からは風圧から目を護るゴーグルを下げており、このゴーグルはガラス工房とレザー工房に無理やり頼んだ特注品でしっかりと目を護ることができます。
ですので今日は体のラインがある程度推測できる恰好でベルトの左腰に『ランタン』と右腰に『魔法収納袋』と小袋を付けているという見た目は軽装備となっています。
左手に見える北の遠くに連なる山々の稜線は視界の端から端までを埋め、幾重にも重なり合って白い峰が並んでいます。
足元に広がる森は、もはや一本一本の木ではなく深い緑色の「海」です。風が吹けば、その表面が波打つようにわずかに揺れ光の当たり方によって薄緑から濃緑まで、複雑な模様を描き出します。時折、見える細い筋は人間が作った道でしょうか?森の深部を縫うように走る川は、太陽の光を反射して銀色の糸のように輝いています。
地上では激しく流れる急流であっても、この高度からは静止しているかのように穏やかに見えます。地形に抗うことなく緩やかに蛇行するその姿は、まるで大地を這う大蛇の様です。
ふと視線を下に向ければ、そこには「雲の絨毯」がいくつか広がり、その切れ間からミニチュアのような世界が顔を覗かせています。
眼下、多分高度1,000m付近の薄い霧の中を泳ぐように飛んでいるのはイヌワシの番です。地上では恐れられる猛禽類も、この高さから見れば、金色の陽光を反射してきらめく小ささです。
さらにその下方、険しい岩山の周囲を旋回しているのはグリフォンでしょうか? 彼らは今日の獲物を探しているのでしょう。
今日は朝早くに街の城門を街道馬車に乗って出て、最初の街で降りてから近くの森の中から『魔法の絨毯』で飛び立ちました。
お隣の花屋のケイティさんや関係者の皆さんには一週間から10日ほど仕入れで出かけると言ってありますので、一応街を出た記録を城門で付けて貰っています。
夜間に王都から直接『魔法の絨毯』で飛び立つと色々面倒臭い事になるので小細工しています。
さてお昼も近くなってきましたので一旦ランチと休憩も兼ねて地上に降りたいと思います。
「パット、お昼にしたいと思います。あの町に降りましょう」
100年前の元侯爵パトリック・ロイランス卿が今回の同行者だが、彼は今私の左腰の『御霊のランプ』の中で青白く揺らめいている。
旅を同行するという事と、もう侯爵ではないという事で今回の旅では「パット」、「メリッサ」と呼び合う事になっている。
「構わない。私は大人しくしているよ」
『魔法の絨毯』から身を乗り出し眼下を眺めます。真下多分2,000mに多分直径500m位の町があります。見た目は手のひらサイズ位ですが、防壁に囲まれている様子や街並みの建物、町を囲む農地、近くを流れる川など光景が目に映ります。馬車位までは何とか見える感じですが人の判別は出来ません。
地上からも『魔法の絨毯』は小さい点にしか見えていないでしょう。
『御霊のランプ』のシャッターを閉めベルトの固定を確認する。『魔法収納袋』と小袋もしっかりベルトに括られていることを確認したら、チュニックやブーツも触って確認し最後にゴーグルを装着する。
「では、行きます」
『魔法の絨毯』を『魔法収納袋』へと仕舞った。
胃が浮き上がるような強烈な浮遊感を感じ、星の重力が私の体を地上へと引き寄せ始めます。耳元では「ヒュッ」という小さな風切り音が、瞬く間に「ゴォォォー」という猛烈な轟音へと変わっていき、それまでの静寂は打ち砕かれました。10秒ほども落下すれば空気はもはや透明な壁となって押し返して、バタバタと服は靡き、結んだ髪も後方へ流れます。
空中で手足を広げ空気のクッションを掴むように姿勢を安定させていると、眼下の景色が猛烈な勢いで迫り上がってきます。さっきまで掌サイズだった町が、だんだんと細部が解るようになってきます。
ここで右手の指に嵌めた『透明の指輪:インビジビリティリング』を発動させ透明化します。
多分高度1,000m付近、半分ほど落下したところで漂っていた薄い雲の断片が、真っ白な霧となって視界を遮ります。全身を湿った冷気が包み一瞬視界が喪失、しかしすぐさまそれを突き破り再び鮮やかな地上の町並みが広がります。
多分高度500m、町の広場の石畳、教会の屋根のタイル、行きかう人々の姿が、眼前に迫ってきました。
ここで左手の指に嵌めた『空中浮揚の指輪:レビテーションリング』を発動させ速度を徐々に落としてゆきます。
人通りの少ない裏路地に目途を付けて体を捻り、方向を合わせます。
多分高度100m、くるんと回転し姿勢を立ち姿勢に戻すとそのままゆっくりと路地裏に降下して行き、建物の屋根や煙突、通りに干してある洗濯物を避けて無事、つま先からゆっくり路地裏に着地しました。
透明なまま周りのよく観察し誰も近くに居ないこと確認したら透明化を解きます。
「いやーー、思ったより気持ちよかったですね」
私は町の広場方面に歩き出す。
「‥‥‥私は見えていなかったが落下感は味あわせて貰ったよ。生きた心地はしなかったな」
パットは何かアンデッドジョークを噛ましてきた。
「ちゃんと事前にカレンたちと練習していましたから、大丈夫ですよ」
「まぁ、時間があるときは町の外に降りて、ちゃんと歩いて入市税を払った方が良いだろう」
「町の中で入市税以上に買い物とかするつもりですから入市税は勘弁して貰いましょう」
「‥‥‥」
通りに出たのでパットはそのまま静かになった。
さてここは私たちのいたエスクイリン王国から東に300kmほど離れた隣国パラタイン王国の地方の町である。お隣の国であるし民族的にも同じなので街の様子も殆ど変わらず異国感はない。
町の広場を覗いて屋台の料理等を眺めるが慣れ親しんだものが並んでいる。
人気のありそうな適当な料理屋に入り、お勧めの「塩漬けの豚肉と卵、炒めた玉ねぎのガレット」と「そば団子と煮込み野菜のスープ」を注文する。
先ほどほんの2,30秒ほどだが強烈な風を受けて体が冷えているので温かいものを欲してしまう。
直ぐに出て来た湯気の立つスープを啜りながらガレットを待っていると、他の客の話が耳に入ってくる。
「新しい代官が来たがどうも横暴そうだ‥‥‥」
「前の侯爵様は税の猶予とかしてくれていいお人だった」
「姫様は今どこにいらっしゃるんだろう‥‥」
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焼きたてのガレットを頬張りながら町の噂が気に掛かる。
帰ったらまた白猫で様子を見に行ってみよう。
さぁ、おトイレを借りたらもうひとっ飛びしよう。
更新頻度は不定期です。




