出立前最終打合せ
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今日はロイランス侯爵家にお邪魔している。
先ほどまでカールと「古カンタブリア朝のマジックアイテム図鑑」を広げてお話をしていた。今日の話題の中心は古カンタブリア朝前期のサバンベイル魔道工房にて作られたという七支刀に付与されている諸々の能力についてである。炎を出したり、雷を出したり、風を吹かせたり、地面を盛り上げたり、水を出したり、光り輝いたり、暗闇を作ったり、瞳を輝かせて手振りや体の動きも交えて一つ一つの能力を解説してくれていた。
10歳の割には図鑑を良く読み込めており理解も深く、喋りも流暢だ。
好きこそものの上手なれとは良く言ったものだ。
しかし一番盛り上がっているところで、勉強の時間になってしまい泣く泣く侍従に連れていかれた。
窓から侯爵家の庭を眺めると、草木も灰色の雨に打たれくすんだ緑に沈み、鮮やかな色彩も消えモノトーンの寂しい色合いになっている。
まだ雨の季節はしばらく続くが、この気鬱な季節も王都の上流にある水瓶のダムや各地の農業用池や湖の蓄えという事を考えれば必要な事である。
それに雨の季節が終われば初夏がやって来る。あと一月ほどの我慢だ。
そんなことを考えながら庭を眺めていると応接室の扉をノックする音が聞こえた。
応えれば執事が入室し侯爵が呼んでいると告げられる。元々今日のメインの用事は現侯爵様と元侯爵様との面談だ。
スモーキングルームに案内されると既に現当主のフランク・ロイランスと115年前の当主パトリック・ロイランスがソファーに腰掛け、グラスを傾けながら待っていた。
パトリックは変わらずサイドテーブルに『御霊のランプ』を置いてもらい青白い幽体の彼自身はソファーに座っている。
「お久しぶりです。ロイランス侯爵、パトリック様」
今日の私の服装は「貴族家に御呼ばれした時に失礼にならない服装一式」という格好だ。
軽くカーテシーしておく。
「今日も美しいなメリッサ嬢、さぁこちらへ」
「ありがとうございます」
立ち上がったロイランス侯爵に手を取られソファーに腰掛ける。
「飲み物は何が良いかな?」
カウンターに置いてあるコニャックの瓶を眺めて答える。
「同じものを」
一つ肩を竦めた侯爵が手ずからグラスに注ぎ、持ってきてくれる。部屋に案内した時点で執事は姿を消しており、部屋の中には3人しかいない。
受け取ったグラスを包み込むように手のひらで抱き、体温が薄いガラスを透して琥珀色の液体に伝わり芳醇な葡萄の香りがゆっくりと上がってくる。
一口、口を付けて舌の上で転がすと、凝縮された果実の甘みとオーク樽の渋みが鼻孔に広がる。そのまま飲み込めば喉の奥から胸元にかけて熱が走り、その余韻が消えるのを待ってから再び静かにグラスを傾けた。
スモーキングルームで紫煙を燻らすような殿方たちはブランデーの類は男の嗜みと思っているようだ。一般に貴族の女性にとって、強い蒸留酒をストレートで飲むことは「はしたない行為」とされているが、私は強いお酒も行ける方だ。
「それで準備は大体済んだのだね」
今日初めてパトリックが口を開いた。青白い人型の幽体が揺らめきながら言葉を発しているが、以前より随分と幽体の輪郭がはっきりしてきた気がする。
「はい、グリアハーゲンの遺跡の資料も今王都で手に入るものは魔法塔や王立図書館であらかた読みました。後は現地で最新情報を擦り合わせるしかないでしょう。また、素体を手に入れられた後の事も魔法塔の教授に協力いただく算段は付いております」
「重畳だ。この格好では何かと不便でね。王立図書館一つまともに出かけられない」
「ふふっ、だからと言って10歳の子供を怖がらせてはいけませんよ。パトリック様」
「ん、どういうことだね?」
「最近カール様が図書室で調べ物をしていると、視線を感じたり、探している本がいつの間にか机に置いてあったり、本棚の間を青白いものが横切ったりするのを見かけているそうですね」
「はは、怖がらせてはいないよ。逆に本棚の間をこっちが追いかけられている位だ。怖いもの知らずで好奇心旺盛な子だね。そんなところも弟のカールに似ている」
「夜中に使用人の中でも青白い人影を見たという噂は広まりつつあります。叔父上もほどほどに」
「分かった。分かった。今回の探訪が上手く行けば問題解消だ」
「ところで本当に叔父上もメリッサ嬢と一緒に行かれるので?」
「ああ、こんな体だが、こんな体だからこそ力になれることもある。それに何せ自分の体を手に入れる為だからな」
「しかし、グリアハーゲンの遺跡は遠い国にあると聞きました。何か月掛かることやら」
「大丈夫です。通常であれば馬車で二ヵ月、砂漠をラクダで一ヵ月で片道三ヵ月ほどの工程だと思いますが、ある方法で2,3日で行く予定です」
「‥‥‥ある方法については聞かないでおこう」
「ありがとうございます。侯爵。ですので一週間から10日ほどで帰ってくる予定となっています」
侯爵が普段はしないだろう仕草で、両手を上に上げて肩を竦めた。
それから出発日や準備するものなどの打合せを多少行い、話題は別の方へ移った。
「ところで、メリッサ嬢は「青き風」とは面識はあるのかな?」
「はい。特に親しいわけではありませんが、顔見知り程度には」
「ふむ、彼らはメリッサ嬢から見てどんな冒険者パーティかね?」
「どんなですか? ご存じの通り現在王国の冒険者ギルドには三つの上級パーティがございます。「青き風」「鋼の規律」「陽炎」の三つで、戦士が多く戦闘特化型の「鋼の規律」や魔法使い主体の「陽炎」に比べて、バランスが良いのが「青き風」になります。仕事内容でメンバーの入れ替えを行い適材適所で危なげなく仕事を熟すのはリーダーのゲイルさんの調整能力の賜物でしょう」
侯爵が3人のグラスにコニャックを追加で注ぐ。
「冒険者というものは多くの者は金儲けの為に冒険者をしているという認識で間違いは無いかね?」
「そうですね。大多数はその認識で間違いないです。ですが「青き風」などの上級パーティともなれば、金儲けという目的だけではそこまで登りつくことは出来ないと個人的には考えます」
「騎士団や貴族家への士官を考えている者もいるのかね?」
「居ないことは無いと思いますが、少数派だと思います。貴族家の三男や四男が冒険者になっているという話は珍しくもありませんが、騎士を目指すなら最初から騎士団の入団試験を受けています。冒険者を目指そうというような貴族の子息は貴族社会に忌避感があったり、家の事情があったりするようです」
「なるほど、では‥‥」
ロイランス侯爵はどうやら冒険者について興味があるようだ。
きっと王宮では私が想像できない諸々の事が今現在起っているのだろう。
くわばわくわばら。
次回から更新は不定期になります。
よろしくお願いいたします。




