チーズ検証と打ち上げ
ブックマーク、評価、誤字報告 ありがとうございます。
次回から番外編をいくつか投稿いたします。
本編の更新はストップしますので御了承ください。
店の裏通りで普段からおやつをあげている馴染みの三毛猫を抱き上げて店に戻る。
ミケを店の中で降ろして『魔法収納袋』から出したチーズの欠片をテーブルの上の皿に盛ったあたりでミケが鼻をヒクヒクさせて皿に近寄ってくる。
「まだ駄目よ」と声を掛けミケの首に『支配者の首輪』を嵌めてソファーに座り魔力を流す。私の本体は力が抜けソファーでお休みし、感覚はミケに移り目の前にチーズがある。
途端、熟成されたハードチーズ特有の濃縮されたミルクの香りが脳を刺激する。あぁ……もう、たまらない。
何度かクンクンと匂いを嗅ぎ、前歯で少しずつ削るように小さい口に含んで咀嚼する。「ムギュッ」とした弾力とさらに強烈に感じられる匂いが最高だ。
噛めば噛むほど、ミルクの旨味がじわ〜っと広がって、舌の上が幸せになる。
飲み込んだ後も、鼻の奥に芳醇な香りが残って、思わず何度もペロペロと口の周り舐めまわしてしまった。
正直に言うと、こんなにチーズの濃厚さというものを感じたことは無かった。これは癖になってしまうかも知れない‥‥‥。
猫さんにも余り多くあげることは止めよう。こんなものを食べたら、しばらく普通のご飯が物足りなく感じてしまうだろう。
余韻を楽しみながらもミケに悪いので、本体に戻ってミケにも小さい一欠片を摘まんであげた。
幸せそうに食べているのが微笑ましい。こちらは口の中や鼻のチーズの感じは無くなったがまだホワンと脳にチーズの残り香が漂っている気がしてならない。
さて、夕方になって六の鐘が鳴るころにはまだ日が沈んでもないというのに通りにはいつもより人通りが増えている。人の流れは昼間の騒ぎの街区に向かっている。
お出かけの準備をしていると衛士のマシューとヴィクターが少し澄ました平服で尋ねて来た。
「メリッサさん、本日のお礼です」
マシューからピンクのバラとガーベラ、白いダリアの花束、ヴィクターからお菓子のボックスを受け取る。こういう時、届ける家の隣が花屋さんだと便利な事だろう。などと考えてはいけない。
「ありがとうございます」
受け取った花束とボックスを持ちカウンターの裏に回り、お菓子は視界が切れた段階で『魔法収納袋』へ仕舞い、花束は花瓶に移して水を入れながら店に声を掛ける。
「二人もこの後、打ち上げに行くんですよね?」
「はい、エスコートのため迎えに来ました」
花瓶を持って店に戻るとマシューが右手を腹に添え、左手を差し出してくる。しっかり教育された貴族のマナーだ。
「私たちにエスコートの栄誉をいただけますか?」
その後ろではヴィクターが頭を搔いている。
花瓶をカウンターの上に置きマシューに近づく。
「エスコートをいただけますこと、感謝いたします。」
マシューの左手に右手をふわりと乗せ、ヴィクターを見上げると戸惑った顔をしている。
マシューが顎でヴィクターに腕を出せと合図すると、ヴィクターは慌てて右手を出してきたので左手を軽く乗せる。
「では、出発いたしましょう」
道中は三人横に並んで歩いてゆく。
「今日は本当にありがとうございます。奴を捕まえられたのはメリッサさんの情報のお陰です。これで腹の虫が治まりました」
マシューも気を使って腰を屈めて話しかけてくるが、がっしりした二人に左右を固められると成人女性としては小さめな私は周りから子供に見えはしないかと思ってしまう。
「いいえ、わたしは偶々猫ちゃんの捜索であの空き家を調べていただけですから、それより二人がちゃんと逃走経路で待ち受けていたことの方がすごいです」
左右を見上げればマシューはニカッと笑って、ヴィクターは恥ずかしそうに顔を反らせた。
「俺たち衛士隊は飽くまで騎士隊の応援、補助ですから基本的に捕り物の主役は張れません。今回も空き家への突入は騎士隊の仕事で俺たちは塀の外の警戒だったんです。しかし奴らが敷地外に逃走した場合は想定しました。ここら辺は俺らの管轄で庭みたいなものです。あの空き家から『ジャンピングブーツ』を履いた奴が逃げるならあの裏路地に逃げ込むだろうとは想像できます」
マシューは私の顔を軽く覗きこんで続けた。
「だからメリッサさんもあの路地が見下ろせるあの櫓に居たんじゃないですか?」
「はい? そんなこと無いですよ」
『ジャンピングブーツ』を履いた人物を捕縛する場合を想定して、自宅でボーラや人用の投網を投げるのを練習していたことは秘密だ。
ボーラは3個の鉄球を革紐で繋いだ武器で頭上で振り回し、遠心力を利用して投げつけると重りの慣性で紐がぐるぐると足に巻き付く。これにより、逃げる相手を転倒させ、動きを封じることができる。
狩猟用や牧場で牛などを捕えるために使っている物だが、私の使用している物は直径4㎝ほどの鉄球を使用しているので命中した時の打撃自体もかなり大きい。
「‥‥そうですか」
そして打ち上げ会場に着いた。
会場には褒章のエールの酒樽が三つの他にも近くの店が提供したものなども置かれ、各家々から運び出されたテーブルや椅子などが通りを占拠している。テーブルの上には街区の貴族のタウンハウスから提供されたと思わしき料理が運ばれている最中で、使用人服を着た男女が行きかっている。
街の大人や子供も含めた住民たちに加え、衛士は制服のまま、魔物役だった冒険者たちは装備を解いた平服で参加している。さすがに騎士隊の姿は見えない。件の櫓を見上げれば遠目にこちらを見ている様子も伺える。櫓には基本的には一日24時間三交代制で常に衛士が配置されている。街の平和のために夜間も雨の日も風の日も見張りをしてくれているのだ感謝しよう。
昼間、飛竜に一撃加えた櫓の衛士隊の隊長が一段高くなった台の上で声を上げた。
「本日の魔物襲撃対応訓練、お疲れ様です。皆さまのご協力の元無事終了いたしました。また、本日は飛竜対応にて今までの最短記録での迎撃が評価され王より褒章のエールを三樽頂いております。これも日々、ご協力いただいている皆様のお陰です。それに街区のタウンハウスから料理の方もご提供いただいております。感謝と共にいただきたいと思います。それでは!皆さん!ジョッキを上げて!乾杯!!」
「「「「「「「乾杯!!!!」」」」」」」
人々はジョッキをぶつけ合い、喝采を上げてエールを流し込み、貴族家から提供された料理を我先に皿に取り始める。料理は平民用に気取った物は無く、手掴みで食べれるものが多い。
この辺は低位とはいえ貴族街と隣接している街区の美味しい点だ。
人々は空き家の爆発や訓練の事を肴にエールと料理を楽しむ。
「いやーーー、あの爆発にはビックリしたな!」
「飛竜の迎撃は見事だったな!こう狙い定めてびゅーーーーんと!」
「なんでも空き家に不法に住み着いてたやつらがいたらしいぞ!」
「比べて街のクロスボウのへなちょこな事、ははははは」
「おい、ヴィクター!なんか知ってるんだろ。教えろよ」
「何だと、このやろう!こちとら真面目にやってんだ。文句言われる筋合いはねぇ」
「衛士隊の規則で教えられない」
「見てたか!うちの班の放水が一番高いところまで飛ばしてたぞ」
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うん、皆さんスタートが早い。
マシューとヴィクターが捕り物したところは裏路地で住民も目撃していないのでそこのところには触れられない。
私は会場の外れの方でその二人に守られる形でエールとミシェルが取り分けてきてくれた料理を楽しんでいる。
櫓の衛士隊の隊長が挨拶しに来てくれた。
「よくぞいらして下さいました。われらがディアーナよ」
この人も衛士隊の隊長クラスなので、どこぞの貴族の次男か三男だろう。弓矢の得意な古代の狩猟の女神の名で私を呼んできた。しかも、私の前で片膝ついて皿に盛った「ベリーソースがきれいに掛かったウズラのロースト」を献上するように差し出した。
「‥‥ありがとうございます」
私が受け取ると左右の二人を交互に見る。
「ゆっくりと本日のお礼とお話もしたいところですが、今日は守護の騎士が五月蠅そうですのでまた次の機会にさせていただきます。ただ一点、飛竜が鐘楼の陰に回り込むことは何故解ったのか、それだけお教え願えますか? マイ・レディ」
「そうですね。飛竜の搭乗者はあの降下で4本のバリスタの矢を全て避けるつもりだったはずです。その後、巻き上げの終わる前の櫓を各個撃破してゆく。これまでの訓練でも行ってきた戦法です。ただし今回、一斉射撃されたのは3本で1か所まだ撃っていないところがある。飛竜は降下して横ロールをした結果、運動エネ、、えーと勢いを失っていました。ですので一旦、視界を切るとともに羽ばたいて勢いを取り戻すために唯一まだ射撃していないあの櫓から遠い鐘楼の陰に回ったんです。それにバリスタは横に向きを変える時に時間が掛かりますからその為でもあったでしょう」
「‥‥為になるご助言、ありがたく思います。今後のバリスタ運用に関して一考しなければなりませんね。では本日はこれで失礼いたします」
その後も冒険者や住民の方など何人もとお話をしてただ飯を飲み食いさせていただいたが、横の二人は食べ物は食べてもお酒は飲まなかった。
何度か勧めたのだが‥‥、美味しいエールだった。
次回は明日、18:00頃に「番外編」を更新いたします。




