『魔法収納袋』御開帳2
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バルソンはチェックリストを丸め、紐で留めている。
そして別の用紙を出してきた。
「メリッサ女史、かたじけない。いやはやどうやら本当にあやつは中身に手は出せなかったようだ」
「一旦、取られたものが無いという事、お慶び申し上げます。ところで‥‥」
ベイトマンが悲喜こもごもな表情でこちらを見るので目線をずらして頷く。
「うっ」
「では、後は引き取りの手続きと‥、そうだ鑑定の手続きも時間が無くてできてなかったのだ。メリッサ女史は魔法古物商という事で鑑定は頼めるのであろう」
もう今日の仕事は終わりというような軽い感じのベリア子爵。
「はい。お受けすることはできますが‥‥」
ベイトマンが沈んだ顔でこちらを見ているが責任者は彼である。私は余計なことは言わないでおこう。
「‥‥子爵、まだ内容検分は終わっておりません」
「なに、リストは全部確認できたであろう。後、何があるというのだ」
「容疑者が入れた物がまだ入っております。そうだな、メリッサ女史」
「はい。いくつか‥‥」
「ああ、あやつの私物か。ではそれもすぐ確認してもらおう」
「場所を移した方がいいかな?」
ベイトマンは私を見てくるので視線を床に下げて答えの代わりにする。床というより地下にある部屋の方にだが。
記録係バルソンが部屋の外にいる者に声を掛け二人の兵士が室内に入ってくる。
「ここはこのまま兵士が見張りますので、お手数ですが部屋の移動をお願いいたします」
ベイトマンの先導で部屋を出て付いて行くが、ベリア子爵は部屋を変わる理由が分からないようで道中、ベイトマンに聞いているが答えは濁している。責任者! ちゃんと答えてあげなさい。
容疑者の私物が入っている可能性はもちろんあった。それは別にさっきの部屋で出して確認すれば良いだけの事である。
しかし私物以外の「ブツ」が入っている可能性もあった。その「ブツ」が入っているかいないかは内容検分してみなければ分からない。入っていない可能性もあるのだからわざわざ事前に言う必要はないと考え、伝えていなかったのはベイトマンの責任なので私は余計なことは言わない。
地下の床、壁が石造りで出来ている部屋はモルグ・死体安置所である。三つほどの人間大の台が置いてあるが今はどれも何も置いていない。
先ほどまで持ち物が戻って明るかったベリア子爵はここが何の部屋か分かって黙り込んでしまった。
地下室という事もあり部屋もヒンヤリとしているが雰囲気も冷え切っている。
記録係バルソンが空いた一つの台の横のサイドテーブルの上にトレイに載った『魔法収納袋』を置き、皆がその周りを取り囲む。
四隅の『魔法灯』の明かりで部屋は十分に明るいが雰囲気は暗い。
ベイトマンがなかなか口を開かないので仕方なくサイドテーブル上の『魔法収納袋』に手を伸ばす。
「では、出します」
「ま、待ってくれ。これは私の立ち合いは必要かね? 私の持ち物は全て確認できた。後はあやつの私物とかであろう」
「‥‥‥子爵。事前の聞き取りでは今回の容疑者には付き合っていた侍女がおり、その侍女が火事の二日前に容疑者と口喧嘩しているところを他の使用人が複数目撃している。そしてその侍女は火事の後、行方が分からないと伺っております」
「ああ、侍従長から聞いた話ではそのようだ」
「容疑者も侍女と付き合っており口喧嘩していたことは認めていますが、二人で新しく新天地でやり直すために、『魔法収納袋』を盗んで火をつけて逃げた。しかし二人で逃げている最中に侍女は盗んで火をつけたことが怖くなって容疑者の元から離れたと言っております」
「ならば、侍女は実家にでも帰っているのだろう」
ベリア子爵はベイトマンを見上げるが『魔法灯』の明かりの影になった顔色は悪い。
「その可能性もあります。ですがそうでないことも、侍女の身に何かあったかもしれません。その場合、彼女の身元確認をする方が必要になります。ご協力願えますでしょうか?」
「‥‥‥‥わかった」
「では、出します」
私はゆっくりと『魔法収納袋』に手を入れ、慎重に「ブツ」を台の上に取り出した。
『魔法収納袋』から物を取り出す時にも慣れとセンスが必要だ。使い始めの冒険者などは狩ってきたモンスターの死骸や部位を冒険者ギルドの受付や作業場の解体台の上に無造作に「ドンッ」と出したりするが、慣れてくれば何の音もたてず「スッ」と台の上に出すことができる。
今の私は中々にスマートに取り出すことができた。
目の前には二十歳前位の侍女のお仕着せを着て頭から血を流している女性の死体がある。なかなかの美人さんだ。まだ温かい。
この時期の『魔法収納袋』は生き物を入れることはできない。すなわちどんなに眠ったようなきれいな顔をした状態でも『魔法収納袋』から出てきたことで死亡が確実だという事だ。
時間停止機能のある『魔法収納袋』で本当に良かった。もし時間停止機能が無かったら親御さんの元に、きれいなご遺体を届けることはできなかった。
「子爵家に勤めていたジェーン嬢で間違いございませんか」
「‥‥ああ、間違いない」
ベリア子爵は青い顔をして気分が悪そうだが、それ以外の面々はこういう場面が初めてでもなく暗い顔はしているが気分が悪いことはないようだ。
マシューが念のため、子爵の後ろで倒れた時用に待機している。なかなか気の利いた男だ。
その後、容疑者の私物をいくつか出して『魔法収納袋』の中身は空になった。
ベイトマンが最後に『魔法収納袋』の中身が何もないことをベリア子爵に確認してもらおうとしたが断られたようで、代理書類にサインしてもらってベイトマンが行った。
*後日 魔法公安委員会建物にて
「こちらは言い値で良いから買い取ってくれという事だ。代理で頼まれた」
ベイトマンがテーブルの上のトレイの『魔法収納袋』と『ヒーリングポーション』を指し示す。
「子爵様は?」
「あの後、体調を壊されたようでな。社交シーズンが始まったばかりだが、領地にお戻りになった」
「まぁ、慣れてないときついですよね」
冒険者としての仕事もしている私や衛士のマシュー、魔法公安委員会の委員になる前は騎士だったベイトマンなどは死体やモンスターの死骸に慣れているが、地方領主の子爵様ではそういう機会も余りあるまい。
「これは通報してくれた謝礼だそうだ。直接渡せないことを謝っていたよ」
テーブルの上の小さい小袋を押しやってくる。どこかで見たことがある。
手に取って中身を確認すると先日見た「ルビー10粒」が手の平に転がる。
「あの後、袋の中身はすべて始末するよう頼まれた。諸々の装備はこちらで売り払って金にして、財布の中身と合わせて衛士隊の詰め所とうちらの事務所への差し入れになった。で、それはお前さんへの謝礼だそうだ」
気持ちは分からなくもない死体の入っていた『魔法収納袋』やその中身を再び使う気にはなれなかったのだろう。まして見知っていた侍女であればなおさら。
まぁ、一般的にはそうだろう。
「そういえば、奴がすべて吐いたぞ。恋仲だった侍女と将来の事で揉めて‥‥」
「ああ、そういうのは良いです。興味無いので」
「ああ、そうか‥‥」
「では、一旦預からせていただきます。預かり証はこちらで、それから子爵家の資産目録はそちらで確認いただいたのですよね‥‥」
その後、預かり証の発行、鑑定書作成に必要な書類の確認、ルビーの受け取り書類等の事務手続きが続いた。
次回は明日16:00頃投稿いたします。




