日常への帰還
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でろんでろんになったカレンをダブスが抱えて帰った祝勝会から四日ほど経って私の生活は日常を取り戻しつつある。
関係各所と手紙のやり取りや打ち合わせをしてそれぞれが動き始めている。
『幻燐竜の鱗』の代替品の調達に関しては一番現実味があるのは『月光石』ではないかという話になっている。
『月光石』は大の月の光を浴びた時に虹色に輝く希少鉱物で産出量も流通量も少ない。時たま鉱脈が発見されることはあるが大きな鉱脈は少なく継続的に採掘されることはほぼない。
だが、鉱脈が有りそうな場所の当てはある。いくつかの河川の河原で月の光を浴びて光っている『月光石』が発見されているからである。
大体地元の住民によって発見され、旅商人などが買い取って王都の魔法工房や魔法塔などに持ち込まれるので、その河川の上流に鉱脈が有りそうだということは解っている。
しかし、急峻な渓谷や魔物の多い深い森の奥に捜索に行くことになり、今まではそこまでする必要性が見つからなかった。
いま、魔法工房と魔法塔の鉱石担当者の共同チームが発足され現地調査が計画されており、ダブスたちはその調査の仕事を受ける方向性で調整している。
速やかに王都を離れたいというダブスたちの思惑と、早々に現地調査を始めたい共同チームの思惑が重なって異例の速さで話が進んでいるようである。
また、パーティにノームのグレイサンドがいることも大きいようだ。
なんといってもノームは『大地や石、金属、砂などの精霊』と親和性が高く、鉱物探索にはうってつけの種族である。
ということで彼らは早々に新しい仕事で王都を離れるようだが、今回は私は同行しない。
まぁ、戦利品の鑑定書発行も申請は済ませたので、出発前には本人たちに現物を渡すことが出来るだろう。
『幻燐竜の鱗』の幻影素材の触媒の開発については既に研究している教授が学院にいたので紹介し、こちらも共同開発チームが稼働している。教授は今まで誰も見向きもしてくれず予算も少なかったのが、予算が付いて人手も増えたことにより研究が進むと大喜びであった。早期に研究成果が上がることを待ちたい。
『幻燐竜の鱗』の魔方陣の改変・再構築については共同チームの発足が進んでいない。今までその研究をしていた魔法使いも居ないので誰が担当するか、どこから取り掛かるかで話が進んでいない。ただ興味がある魔法使いは何人かいるようなので今後に期待したいが、魔法塔も人手不足なので何時になるかは不明である。
魔法塔に預けた石化した魔法使いが持っていた『魔法杖』については東の隣国のもので間違いないようだ。3年前に魔法古物商が登録制になる前から王都で『魔法の品』を扱っている古株の『魔法古物商』に確認したところ、特徴的に東の隣国で20年前位から流行り今も使われている『炎の魔法状』だろうという事だった。
このお爺さんは私の事を孫と勘違いしているようで、行くとお菓子を沢山くれて色んな『魔法古物』の話をしてくれる。私も話の内容につい興味を惹かれて質問を返してしまうと結果的に話が長くなってしまい、閉店までいてしまう事がある。要注意である。
『幻燐竜ダンジョン』の土産話と「オーガの牙」は喜んでくれた。
隙間時間で読書も進み、「ゲルマイン鉱山の資源分布と魔物を使った採掘方法について」は読了し、今は「グリアハーゲンの遺跡の当時の最新資料」を読み進めている。
昨日は「銀の小麦」に行って、また窯を借りて双子ちゃんと随分少なくなったクッキーと各種携行食を焼いた。最初、長い間と言っても三週間くらいだが、顔を出さなかったとむくれられたが、その膨らんだ頬っぺたも可愛い。
キメラのドラゴン頭の鱗とビーズで作ったお揃いの腕輪をあげると機嫌はすぐさま直って仕事を手伝ってくれた。
キャサリンさんにも耳飾りを渡して、溜まったクッキーのレシピと交換した。
隣国の王子様、王女様は王宮のお茶会や狩猟会などに参加しこちらの国の貴族と友好を深めているという噂が街中にも聞こえてくる。まぁ、上手く行ってなくても上手く行っていると王城の外には聞こえてくるだろうが。
それに付随して冒険者の上級パーティ「青の風」がまだ王宮に留め置かれている話も流れてくる。
王女様がリーダーのゲイルさんを気に入ってしまって側から離したがらないという噂である。
王子様の方も魔法使いのマクスウェルさんに懐いて魔法や『魔法古物』の話を強請っていいるらしい。王子の方とは話が合うかも知れない。
花き業界も一番の問題だった舞踏会を乗り切り、まだ忙しいが今は落ち着きを取り戻しているそうだ。
『ジャンピングブーツ』の件は細かい事は解らないが、べイトマン卿の方が調査を継続している事だろう。
高級娼館にいるシャーロッテ嬢の情報も流しておいたが、どうやって情報を入手したかの問い合わせは来ていない。
スティアーズ子爵家のラリー氏もまだ謹慎中だそうだ。
衛士の二人も宿屋の聞き取りの間に姿を見せてお茶をしていったが、シーモアという男の宿泊記録は今のところ見つからず、川に浮かんだ死体の件もこのままでは迷宮入りしそうだということだ。
そして今、うちの店のソファーテーブルにはカレンが居座っている。飲み会の翌日は使い物ならず二日目まで二日酔いだったそうだ。
昨日からうちに来て『スペルブック』を二冊、今回手に入れたうちの一冊と自分のものを並べて『書き写す』作業をしている。
借りているアパートメントの自分の部屋は『書き写そ』うとしても、目に付いた物に意識が行ってしまい集中できないそうだ。
では、魔法塔とかでやればいいのでは、と聞いても「もっと集中できない」と返ってくる。なのでここだそうだ。
大体カレンの集中力は30分位しか持たない。
致し方ないのでそのタイミングでお茶にしたり、ちょっと世間話をしたり、外にランチに出かけたり促している。
お菓子やケーキはお土産と言って持ち込んでいるのでこちらはお茶を用意する位だが、こちらも手紙を書いて子供たちに運んで貰ったりと事務作業をしているのでまぁ、邪魔にはなっていないが。
そんな、お茶のタイミングでピクニックのお誘いをする。
「『書き写し』が終わったらウェンディも誘ってピクニックに行きませんか?」
カレンは自分が買ってきた甘夏のシトロン・タルトを食べながら「?」の顔をする。
「なぜに? ピクニック?」
「お弁当を持って王都からちょっと離れた林の中にお散歩に行くんです。この季節まだそれ程暑くないですしきっと気持ち良いですよ」
「して、その心は?」
「クロスボウの矢を『魔法収納袋』に収納するのに興味持っていましたよね。この間使った分を補充しようと思っているんです。で街中じゃできないので林の中でやろうと思って、それに手に入れた『スピア』と斧も試したいことがあってウェンディにも声を掛けようかと」
「やる。行きます」
「そうですか。いつにしましょう? カレンが終わってからが良いですよね。あ、でも『月光石』の調査もあと何日かしたら出発でしたか?」
サイドテーブルに避けてある二冊の『スペルブック』と書き損じて丸めてある紙の山を見やり聞く。
「今日で終わらす。で明日はピクニック!」
「そうですか。ではウェンディにはその旨、連絡しておきますね」
カレンはタルトの残りを一気に口に入れ紅茶で流し込んだ。
そして昨日からほとんど進んでいなかった『書き写し』作業を本当にその日のうちに終わらせた。
次回は明日、18:00頃に更新いたします。




