スティアーズ子爵家訪問と魔法使いのローブについて
ブックマーク、評価、誤字報告 ありがとうございます。
さて、正装の衛士の格好のマシューとヴィクター、魔法公安委員会のベイトマン卿と共にスティアーズ子爵家へ向かう馬車に乗っている。
「筏衆たちに話を聞いたところ、それまで二、三日に一回は貯木場に顔を出していたラリー・スティアーズ氏の顔をここ一週間ほどは見ていないそうです。それまでは仕事の状況を確認するとともに筏衆に何かしら差し入れをしていたそうです。厳つい筏衆から親しまれているようで、顔を見せないことを心配されていました」
手帳を開きながらマシューがベイトマン卿と私に説明する。
「ふむ、こちらが集めた情報とも合致しているな。社交界の方にもここのところ顔を出さなくなっていて、聞き取った人物像も一致する。子爵家の次男にしては良くも悪くも平民に対しての差別、区別意識が無く一般的な貴族らしくない男の様だ」
「こちらでは賭場の方を確認しましたが、ラリー氏及びスティアーズ子爵家関係者の出入りは確認できませんでした」
衛士の二人が「どうやって賭場の出入りを確認したんだ?」という顔をしているが、ベイトマン卿は思っているだろうが流石に顔に出すことは無い。
「紳士クラブへの出入りは付き合い程度だったようだ。まぁ、紳士クラブと言っても子爵家、男爵家の子息たちの集まりの場で、それほど格式ばったところではない様だが、そこでも酒や賭け事は嗜む程度だという事だから、あとは‥‥」
続きを濁したベイトマン卿の代わりに話を続ける。
「スティアーズ子爵家自体も調べたところ後ろ暗い事をしそうな家とは思えませんし、やはり状況的にはラリー氏が誰かしらに付け込まれて『ジャンピングブーツ』を融通してしまったとみるべきですかね?女性問題とか」
世の男性が身を持ち崩す要因は酒と賭け事と女性と相場は決まっている。
衛士の二人は先ほどよりさらに変な顔になっている。
貴族女性がこんな話題を出すことは品が無くはしたないことであるが、私は平民だし今は仕事の情報交換上必要な話なのでわずかに眉を顰めたべイトマン卿にも許してもらいたい。
「その辺りの情報は入っていないが、可能性はあるな」
「ではその辺を突いてみる感じで行きましょう。私は今日は魔法公安委員会付の魔法使い風でよろしかったですね。基本、顔も声も出さないで行きますのでべイトマン卿よろしくお願いいたします」
『魔法収納袋』から黒いローブを出し、揺れる馬車の中で立とうとするとべイトマン卿が支えになる様に手を差し出してくれたのでありがたく借りてローブを羽織った。
魔法公安委員会の調査に『魔法古物店』の店主が同行する説明も面倒であるので、魔法公安委員会付の魔法使いという事でベイトマン卿とは事前に打ち合わせてある。
衛士の二人には伝え忘れていたので二人の顔は心情が良く分からない顔になっている。
「‥‥ま、魔法使いの恰好ってしていいんですか? 何か罰せられたりは?」
マシューが喉の奥から何とか声を出し、ヴィクターも無言で頷いている。
別にローブは魔法使いだけが着るものではない。
丈の長くゆったりとした外衣を日常的に着ているのは、主に「肉体労働をしない知識階級や特権階級」の人々である。
聖職者・修道士などの神に仕える者、学者・学生などの学院関係者、医師・薬師などの知識ある治療者、それに王族・上流貴族である。
「別にローブを着ること自体を罰する法律はこの国はありませんよ。王族の貴色である深紫でなければ大丈夫です。それに大体の人はこの格好でそれっぽい雰囲気を出せば勝手に魔法使いと思ってくれます。魔法塔の方から来ましたとか言えば完璧ですね」
「方からって、詐欺じゃないですか? 普段からそんなことしているのですか?」
「いえ、勝手に勘違いしてくれるだけで」
「そこまでだ。まだ着く前に詰めなければいけない話がある。メリッサ嬢、準備は大丈夫だね?」
ベイトマン卿の確認に私は腰の『魔法収納袋』を軽く叩いて頷き、説明を始めた。
「こちらの『読心のメダル』ですが相手の思考を読むことができます。誰彼構わず使うことは出来ませんので、事前に子爵様の許可を取って‥‥」
ベイトマン卿が話を逸らせてくれたが、私は別に魔法使いを騙っているわけではない。魔法塔に席を置いているし、安くない年会費も払っている。その辺のことはべイトマン卿もご存じだがまぁ、気を使ってくれたのだろう。態々いう事でもないのでありがたく衛士の二人にはそのまま勘違いしておいて貰おう。
それから、いくつかの説明が丁度終わった頃、スティアーズ子爵家に到着した。
スティアーズ子爵は生真面目そうな見た目と雰囲気を持った人物だった。四十前位の年齢で、綺麗に整えられた口ひげと上品だが華美過ぎない服装からも為人が伺える。だが今は冷静を装っているが、顔色が悪く思い詰めている様子が痛ましい。
子爵家の客間で挨拶を済ませたベイトマン卿は早速、話を切り出した。ソファーに座っているのは子爵様とベイトマン卿だけで衛士二人と私はベイトマン卿の後ろ、子爵様の後ろには執事が立ち、お茶を入れた従僕は既に退室している。
あ、私は頭まで黒いローブのフードを被っている。
「事前にお知らせしたように、ランドン侯爵家で起った不審者の侵入の件について、調査しております。犯行には『ジャンピングブーツ』が使用され、その持ち主の方々に確認作業をさせて頂いております。『メリッサ・スー魔法古物店』から購入された『ジャンピングブーツ』はこちらにございますか? それとも既に子爵領にお持ちいただいた後でしょうか?」
ベイトマン卿は伯爵家の三男で現伯爵の兄から男爵の位を貰っており地方に小さい領地も持っているが普段は王都で仕事をしている公職貴族である。公安委員会の委員という仕事で実績を上げており、近い将来子爵へ陞爵するかもと噂されている。スティアーズ子爵家とは派閥が違うため直接的な繋がりは無いが家門としてはベイトマン卿の方が格が上となり、さらに魔法公安委員会の委員としての立場で来ているので単純に男爵と子爵で自分の方が爵位が上だといって無下にはできない。
『ジャンピングブーツ』の単語が出たところで眉間にわずかに皺が寄ったのが見て取れた。
子爵様はすぐに返事はせず、軽く目を瞑って心を決めたように口を開いた。
「『ジャンピングブーツ』につきましては売却しており、現在手元にはございません」
「そうですか、では売却先をお教えいただけますでしょうか?」
俯き加減になる頭を何とか上げて子爵が返答する。
「‥‥解りません。息子のラリーが紳士クラブで知り合った男で本人は隣国パラタイン王国の使節団の先遣隊の一員でテーラー・シーモアと名乗っていたそうです。今は連絡も取れないそうです」
別の国から使節団が来る場合、その数か月前から先遣隊が来て、儀礼の手順や催し物の席順、挨拶の順番、出迎えの場所、贈り物の調整、宿泊場所である王宮内の部屋の内装や調度品の変更、苦手な食材の確認や特産品を使った豪華なメニューの作成、毒見の段取り、余興の手配などなどをすることになる。
「それは問題ですね。詳しく教えて頂けますか?」
それから子爵は沈んだ声で詳細を教えてくれた。
事の発端は三か月ほど前にラリーが紳士クラブで知り合った隣国の先遣隊の一員というシーモアという男だった。友人に紹介されたこの男は、年の頃は二十歳位でラリーとも近く、気さくで話しやすい人柄と隣国から来たばかりで知り合いも少ないのでぜひ仲良くしてほしいという事からすぐに良く合う間柄になったそうである。
何度か紳士クラブで会っているうちに、今度娼館に行こうという話になった。
ラリーは子爵家の次男で長男が家を継ぐ時には平民になって領地で管理官になる予定で現在は妻や許嫁はいない。しかし年頃の男性である。偶に友人と娼館に行くことはそれまでもあった。
しかしこの時、高級娼館に行ったことによってラリーの人生は大きく変わってしまった。
次回は1/26、18:00頃に更新いたします。




