『炎の剣』
カランッと玄関口のドアベルの音がした。
奥の作業場から店のカウンターに移動しお客さんに明るく声をかける。
「いらっしゃいませ。メリッサ・スー魔法古物店へようこそ」
春の光が窓いっぱいに差し込み、うたたねを誘うような暖かさ陽気である。
お客さんは二十歳くらいのというか、顔見知りだった。
「おーー、ちわっ」
煤けた金髪のガタイの良い大男が肩を落として店内に入ってくる。何回か冒険を共にしたこともある中堅冒険者でカレンのパーティー仲間である。
服装は街の若者風であるが鍛えられた体は一般人ではありえなく、剣一本持って街中を歩いていては衛士に声を掛けられそうである。まぁ、ダブスであれば冒険者として衛士とも顔見知りであるし、念のため首から冒険者証のタグをチェーンで下げているので身元証明にもなっている。
心持ちいつもより肩が下がって猫背のように見える。
「いらっしゃい。ダブス。今日のご用向きは?」
「これ、買い取ってもらえるか‥‥」
ダブスは手の持っていた『剣』をカウンターに置いた。大柄なダブスだが『剣』を置く動作は丁寧だ。私は腰ベルトに付けた『小袋』から『モノクル』を出しカウンターに置かれた『剣』をまず観察する。
鞘は最近作ったのであろうまだ真新しい、『剣』の長さは通常の片手剣より長いようだ、握りの部分も滑り止めの新しい皮が巻かれているがこちらも通常の剣より長い、いわゆるバスタードソードと思われる。赤い宝石が嵌っている柄と鍔部分をレンズを通してみるとうっすらと光って見えることから魔法の品である事は確認できた。
カウンター下から商品を置く大型トレイを用意しつつ胸元の『ブラックオニキスのカメオ』を自然に確認し『剣』をトレイに移す。
「こちらへどうぞ」
来客中の案内板をカウンター上に設置し、店内からは衝立で直接見えない来客対応用のソファーセットにダヴスを案内し、テーブル中央にトレイを置く。
「少々お待ちください」
「ああ‥」
カウンター裏へ移動し、ストーブにかけてあるケトルからティーポットとカップへお湯を移し温めておく、追加のお湯も『魔法瓶』に入れ、棚にいくつもある『保存缶』からお客さん用のちょっと良い茶葉をティーセットへ、数日前に焼いておいたチーズクッキーをソーサーに二枚ずつ置く。
「お待たせしました」
「ああ‥」
サイドテーブルに置いたティートレイから二人分の紅茶を用意し自分もソファーに腰を掛ける。ダブスはカップやクッキーに手を伸ばすこともなく沈鬱な表情を浮かべている。
「商売のお話を始める前に、どうしたの? とても元気がないわね。ダブスらしくないわよ」
大きく溜息を吐きダブスは大きな体を起こし、顔を上げこちらを見た。
「聞いてくれるか?」
カップの紅茶に口を付け、続きを促す。
「この『剣』は三回ほど前のダンジョン探索で手に入れた『炎の剣』なんだ。一日に三回、一回三十分ほどだが、念じれば刀身に炎を纏わすことが出来て攻撃力を上げることができる」
古カンタブリア朝後期の帝国との戦争で前線の士気向上を狙って生産された指揮官用の剣で『火剣』『炎の剣』『フレイムオブコマンド』などと呼ばれたものだ。あくまで指揮官用なので実際に敵と切り結ぶことは少なかったと言われている。しかし視覚的な効果はあったようである程度の数が生産されている。また、類似品に『雷の剣』『光の剣』などがある。
「前々から欲しかった剣でやっと手に入ったから、うれしくて、ああ『チャーリー』‥‥」
ダブスは愛おしそうにテーブルの上の『チャーリー』を撫でる。
「早速、使ってみたのでしょ」
「ああ、野営中にゴブリンが襲ってきたので丁度良いと思って炎を出して切りつけたんだ。そしたらそいつ体中に火が回って恐慌状態でその辺を走り回って最後、カレンに突っ込んでいって『氷の槍』で貫かれた」
「火の着いたゴブリンに迫られるのは遠慮したいわね」
「カレンにもしこたま怒られた」
まぁ、まだやらかしているのは知っているので「でっ、他には」と次を促す。
「ああ、次の探索は森の中だったのだが、トレントに出くわして、森の中で炎を使うのはまずいと俺も解かっていたんだ。だけど、遭遇場所が偶々開けた岩場で‥‥‥、そこなら問題ないかと思って‥‥‥」
結末は知っているが「それで」と促す。
ダブスはもうほぼ俯いてしまっている
「‥‥トレントの燃えた葉っぱが風で舞い上がって‥、トレントの種類が松で油分が多く燃えやすかったみたいで、その日は風が強くて‥‥」
「その後偶々、雨が降ったからいいようなものの、南の森の奥にはエルフの里もあるのだから、森の中での火の取り扱いは慎重にしないと。冒険者の事前講習で火の扱いについては学んでいるわよね。火属性はもちろん、雷属性、風属性だって葉っぱが擦れ合うのが危険で使用注意とされているわ。だから野営の後も火の始末だけは初心者の時に徹底的に教え込まれたわよね。」
冒険者は基本的には必要な最低限の知識と戦闘技能を事前講習で受けて身に付ける。そこで森やダンジョンの中での火の扱いについても教わっている。森や林の中で火を使う時は下生えや落ち葉、枯れ枝等の有無、乾燥している時期なのか等、最初に教わっているはず、そうはずである。
カレンから愚痴の飲み会で詳細は事前に聞いており、既にカレン達パーティメンバーからこってり絞られたのは聞いているが、火の扱いについては気の回しすぎという事はない。
実際三年前には王都の半分が焼失している。
窓の外のまだ植えられてそれほど時が経っていない若々しいプラタナスの街路樹を見やる。
「‥‥カレンに売ってこい、売れなければ拾ったところに捨ててくるぞって脅されて」
股の間まで頭が下がっているダブスが流石に可哀想になったのでちょっと元気になることを話し始める。
「この『炎の剣』は古カンタブリア朝後期の魔法使いが作った『マナ』を術式で炎に変換して纏わせている『炎の剣』で、ただ単に刀身から炎を出しているだけの剣ですが、チェランダン朝には精霊を宿した武器があったそうですよ。精霊使いと魔法使いの合作でドワーフも手を貸したとも言われています。英雄ラヴィニスがイフリートを宿した剣を持って氷龍クリュオスを打ち取ったという物語を知りませんか?」
「イフリートの剣?」
少しずつダブスの頭が上がってくる。
「ええ、イフリートとまではいかなくともサラマンダーとかを宿した剣とかもあったようです。この手の精霊の炎は精霊の支配下にありますから、ちゃんと命令しておけば延焼とかの心配がないです」
「延焼しない? であればカレン達も‥‥」
「稀少品なので現存してはいないかもしれませんが、どこかのダンジョンの奥で誰かが見つけてくれるのを待っているかもしれませんね」
「俺のことを待っている!」
「そうですね。あなたかもしれません。他の誰かかも」
ソファーの上で上半身をまっすぐ伸ばしたダブスがやっと紅茶のカップに手を伸ばし一息に飲み干す。
「クッキーもどうぞ。甘いのは苦手でしたよね。甘くないチーズクッキーです」
ダブスは明るい顔で、前向きな気持ちになったようでクッキーに手を伸ばした。
「これ良いな。また組む時にお願いできるか?」
紅茶のお代わりを淹れ、テーブルの上を片す。
「まぁ、これくらいであれば。でも携行食は前にも言った通りちゃんと自分たちで用意してくださいね。では、査定に入らせていただきます」
前述の理由から、『炎の剣』はダンジョン内、森、街中での使用が冒険者ギルドでも推奨されておらず、せいぜい貴族のコレクションになるくらいなので買取り価格は高くならない。
取得時にギルドで鑑定、査定しているのでダブスも買取り価格はだいたい予想ついていたのであろうこちらの提示額に驚いている。
「金貨220枚でよろしいですか?」
「え、ギルドでは200枚って査定だったのにいいのか?」
「うちに持ち込んだのはカレンに聞いたからでしょ?」
「ああ、ずいぶん上乗せしてもらったって言っていたな」
「王都ではなかなか売りづらいですが、他のところに持っていけば良い値で買ってくれるところがあるのですよ。まぁ、売り先は秘密ですけどね。この値段でよろしければ買取り手続きに入らせていただきますが?」
「その‥‥次の持ち主ってどんな人なのかな?」
「ちゃんと、大事にしてくれる持ち主を探しますよ」
「よろしく頼む」
*ある北の氷に閉ざされた土地にて
「父ちゃん、暖かいね」
氷で出来た半球状の建物の中、毛足の長い毛皮の上に座った家族が一本の『剣』から出ている炎を見つめる
「ああ、それにこれで狩りの時もやりやすくなる」
「あんた、本当に良い買い物ができたね。あの商人さんには感謝しないと」
「そうだな、フロストホーンの角と交換でいいなんて、なんて変わり者だ」
「この『剣』は家宝として、お前が大人になったら継ぐんだ。それまで精進して鍛えろ」
「分かった。父ちゃん。赤い宝石がきれいだね。この『剣』に名前はあるの?」
「名前? そうだなこれを売ってくれた親切な商人のお嬢さんにちなんで『炎の乙女』なんてどうだ?」
「いいね『炎の乙女』」
家族はいつまでも炎を見つめていた。
次回は月曜日16:00更新予定です。




