魔法工房ギルドの事務員さんとの話
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とりあえず魔法工房ギルドに顔を出すと、顔なじみの事務員さんが出迎えてくれてパーテーションで仕切った応接セットでお茶をご馳走になった。
「で、『幻燐竜の鱗』が今回の出物で終わりで今後は手に入らないって噂は本当かいメリッサちゃん?」
なるほど、昨日一日あったので界隈には話が回って来ているようだ。
「残念ながら本当です。とりあえずこれからやることは三つだと思います。一つは代替え素材の調達です。『幻燐竜の鱗』の代わりになる素材は『月光石』や『虹色のオパール』、『幻蝶の鱗粉』、『霧草の葉』などです。『幻燐竜の鱗』ほどの密度の高い成分や量は期待できませんが『月光石』や『虹色のオパール』なら新たな鉱脈の発見、『幻蝶の鱗粉』や『霧草の葉』であれば新たな繁殖地の発見と可能なら捕獲採集し繁殖を試みることです。学院や魔法塔の魔法鉱物や魔獣魔法生物、魔法植物の研究者で詳しそうな方々に心当たりがありますので一度相談してみましょう。その後冒険者ギルドに依頼を出すことですね」
「参ったね」
事務員さんは顔を近づけて私の耳元で「製造を一旦中断し、関連製品は店頭から下げたんだが」と小声で呟いた。
「これから値が上がるでしょうから当然と言えば当然の措置ですね」
幻影系の魔法小物では可愛い幻影を見せる『オルゴール』や『水晶球』、『鉢植え』、赤ん坊用の『ベッドメリー』などの小物が人気だが、貴族や大商人の夫人や令嬢に隠れて人気があるのが「ウエストを少し細く見せる」、「肌の色を少し白く見せる」、「髪の色艶を少し良く見せる」、「胸部を少し大きく見せる」系の宝飾品の魔法小物である。
大幅に外見などを変える魔法小物は犯罪に使われる可能性が高いので魔法公安委員会の方で製造、所持、売買、使用が禁止されているが、ほんの少し外見を変える物は黙認されている。
これらは魔法工房が制作しており『魔法古物』とはならない為、貴族家が宝飾品の出入商人などから購入しているが、この業界で値段の高騰が起きそうである。
「あぁ、耳が早い商人からは既に問い合わせが来ているが一旦、止めている。ところでその『幻燐竜の鱗』は今、誰がどれくらい持っているんだい?」
事務員さんは私の目をしっかり見て聞いてきた。
「冒険者ギルドには60枚以上持ち込まれたそうですよ。ここ数年の需要量であれば20年分くらいに当たります。一気に市場に出れば市場が混乱し価格の乱高下を引き起こす事でしょうね」
「おいおい、それはうちとしてもあちらさんとしても困っちゃうな」
事務員さんはパーテーションの先のホールの向かいにある宝飾品ギルドの方を見ている。
宝飾品ギルドの区画の入り口の上には「宝飾品ギルド」の看板と「魔法古物商」のプレートが掲げられている。
「宝飾品ギルド」はネックレスや指輪などの『魔法古物』を扱う者もいるので「魔法古物商」の登録をしている。ギルド登録員すべてが扱えるわけではなく知識と経験があり、魔法公安委員会の試験に合格できた一部の者だけである。
通常の宝飾品に加えて『魔法の宝飾品』も扱う、いわゆる「兼業魔法古物商」である。
「ですから供給源の多角化という事で代替え素材の調達が必要です。そして必要な事の二つ目が『幻燐竜の鱗』の幻影素材の効果を上げる触媒の開発です。こちらは既に研究している教授が学院にいらっしゃいますのですぐご紹介できます。そして三つ目は幻影の魔法を付与する時の魔方陣の改変・再構築により幻影素材の使用量を減らす試みです。こちらは魔法工房と魔法塔の魔法使いの共同研究ですかね」
「あーー、やることは多いが当面、すぐに効果が出る物は無いからやっぱり市場は混乱しそうだな」
「そうですね。あと四つ目で古い魔法小物からの回収というのもあります。何十年も前に作られた魔法小物は今より魔方陣が洗練されていませんでしたから多くの幻影素材を使っている可能性があります。それを回収して中身の素材を再利用すれば一個の製品から複数の製品分の素材が取れます。ただし今の持ち主が回収・買取りに応じてくれればですが」
事務員さんはパイプにタバコの葉を詰め、魔法で火花を出しパイプに火を付けた。
事務員さんは元魔法工房の魔法使いである。
「難しいだろうね。年代物の宝飾品というのもあるし、これから値段が上がると解っているものをすぐに手放すのは銀食器が少しずつ減っている家くらいだろうね」
「ただ、今回の冒険者パーティがすぐさますべてを現金化しなければ混乱は少ないかも知れません。冒険者ギルドとの買取金額の交渉が難航していると聞いていますから、何割かは付き合いで冒険者ギルドにそれなりの値段で売るでしょうが、資産形成の意味でも売りに出すのは毎年少しずつの方が冒険者に利があります」
「冒険者が資産形成ね。そりゃ親しい誰かが丁寧に教えてやらにゃいかんね」
事務員さんは半分呆れ顔で煙を空に吐き出した。
「そうですね。しっかりみっちり教えないとダメそうなメンバーがいますね。まぁ、そういうわけで一時的に上がるのは仕方ありませんが、さっきの三つ、四つの対策と供給量の調整でバランスを取って行くしかないでしょうね。当面は混乱するでしょうからそこは魔法工房ギルドの腕の見せ所ということで」
「はい、はい、解りましたよっと」
事務員さんはトントンと灰鉢へ吸い殻を落とし、新しいタバコの葉を詰めた。
「あ、それから中央劇場の大型舞台装置については見積通りで注文受けちゃってください」
「おいおい、何言ってんだよ。あの装置はべらぼうな量の素材をそれこそ『幻燐竜の鱗』1枚は使う見積もりだったはずだ。一枚の原価が今まで金貨15枚のところが今なら150枚くらいだろ到底、値段が合わないぞ」
「まだ、見積りの有効期限内ですよね。素材が手に入ったら作ると約束しましたから」
「そうだが、あくまで素材が手に入ったときにはその値段でという事で正式な契約にはなっていない」
「魔法工房の信用・信頼を上げる絶好の機会ですよ」
「‥‥‥なるほど、本当なら正式な契約をしていないのだから見積の出し直しをして再交渉しても良いのに、古い見積もりの金額で受けることで相手に誠意を見せるのか」
「ただ、先ほどの改良のどれかが上手くいったら装置の改良、手直しをして素材を回収するという特約は付けさせて貰いましょう。それにこの話、パトロンに高位貴族の方々が付いているんですよ。それはそれはこの舞台装置を楽しみにしている方々が」
「‥‥‥‥」
「それから他の幻影系の関連商品も見積り期限がまだの物はその金額で受けましょう。まぁ、単価そのままで数を増やしてくれなんてのは駄目ですけどね」
「ははははっ、良いだろう。他のギルドメンバーには俺から説明しておく」
事務員さんは笑ったことでやっと火を付けないままパイプを持っていたことに気が付いた。
改めて火を付け、お茶を入れなおしてそれから冒険で不在時だった間の魔法工房の仕事の進捗や王都の噂話などを聞いていった。
なお、「オーガの牙」はこちらでも好評だった。
半年後、無事納品された中央劇場の大型舞台装置は美しく立体的で精細な背景と劇場のホールで観客の上や顔の側を飛び交う妖精やペガサス、ドラゴンの幻影で人々の心を掴み、劇場の呼び物となった。
永く人気だった出し物はある冒険者パーティの『幻燐竜ダンジョン踏破』の物語であり、一番の見せ場は劇の終盤に観客に向けて吐かれるドラゴンブレスだった。
なお、失神者や失禁者などが多く出たため神官や医者、介護者などが常駐することになった。
また、子供の精神への影響を鑑み、王都で初めて16歳未満不可の年齢制限が設定されたことにより、16歳で成人したら見に行ける大人への通過儀礼として王都の子供たちの憧れとなった。
なお、長らくこの舞台装置は中央劇場の一つだけしか設置されなかった。
次回は1/13、18:00頃に更新いたします。




