バジリスクについての考察
謹んで新春のお慶びを申し上げます。
今年もよろしくお願いいたします。
ブックマーク、評価、誤字報告 ありがとうございます。
「来るかどうかも解らん奴らを待つ事もあるまい。メリッサ嬢、よろしく頼む」
話の流れ上、バジリスクの石像から出してゆく。
体長4mほどの大きなトカゲが四肢を踏ん張り、上方に頭を仰け反らせ喉を晒している石像である。
皆で周りを回って見るとその頭はトカゲとしては四角く耳のようなところは角ばっていて当たったら痛そうである。口は大きく開かれ牙が覗き、両目は大きく見開かれ上方の獲物を凝視している形になっている。
「見事なものじゃ、傷一つなくバジリスクを石化し返すとは。鏡で凝視を反射できることは文献では伝わっておるが、本当にやる者がおるとはの」
「本当ですよ。メリッサったら私たちには動くなって言って、自分でさっさと突っ込んで行って」
「勝算はあった行動ですから良いじゃないですか」
「まぁ、カレンの言い分もわかりますよ。普段そんなに積極的に前に出る方じゃないのに、聞けばダンジョン探索中は別人かと思う話ばかりです」
「エリカもカレンも私をそんな風に見ていたんですか?」
「「そうね」」
そんな話をしていると、開け放たれた作業場の扉の方から人の気配がする。
「珍しく賑やかだね」
作業所に姿を現したのは40歳くらいの肩までの赤毛、すらっとした長身の男性。立ち振る舞いから貴族の出身という事を伺わせるワイマン師である。ワイマン師は呪術系や毒系を専門に研究している魔法塔の十長老の一人である。
なお、『石化解除:ストーントゥフレッシュ』の呪文を習得している高位魔法使いの一人である。
「お久しぶりです。ワイマン師、こちらは冒険者ギルドのエリカさんです」
「元気そうだね。メリッサ嬢、お初にお目にかかるエリカ嬢、美しいお嬢さんにお会いできて光栄だ。できればこんなむさ苦しい作業場ではなく、城の舞踏会でお会いしたかったね」
「お褒め頂きこちらこそ光栄です。ワイマン師、お噂はかねがねお聞きしております。呪詛払いでは、常々冒険者ギルドにご協力いただきありがとうございます。ギルド長に代わってお礼申し上げます」
「まぁまぁ、そこはお互い様なのでね。固い挨拶はこれくらいにして、カレンも元気そうだね」
「‥‥はい」
「私が苦手だからってそんな顔をするものではないよ」
「師を苦手にしている訳ではありません‥‥」
カレンからは魔法塔での修行時代に呪術系や毒系の勉強は不得手だったと聞いた事がある。
「珍しく顔を出した弟子を余り虐めるな。ワイマン、お前さんの興味を引きそうなものを折角持ってきてくれたのじゃ、お礼を言っても良いくらいじゃぞ」
カーツマン師がバジリスクを親指で指し示し、ワイマン師の視線がオオトカゲを隅々まで観察する。
「‥‥確かに素晴らしい。生きたままの素体が手に入ったことで『石化』の呪詛の解析に弾みが付くね。まずはガスの成分の捕集と視線のプリズム解析を行おう」
「ワイマン師、ガスの捕集についてはここが毒袋と思われます。二液混合システムを使っていると思われ、こことここが「貯蔵庫」でこちらが「反応室」の様です」
「メリッサ嬢、よく勉強しているね。この喉元の右側の毒袋は石化の主成分の「貯蔵庫」だね。そしてこの左側の毒袋は反応を促進させる物質の「貯蔵庫」だ」
二人で仰け反ったバジリスクの喉元に寄り、毒袋の場所を指し示しながら会話する。
「二つの物質の「貯蔵庫」を分け、必要時に「反応室」で混合することによって、バジリスクは普段自体が『石化』する危険を避けているという事でよろしいですか?ワイマン師」
「それで間違いないとは思うが詳しくは解剖してみないことには‥‥、しかし折角の生体だ。解剖する前にいろいろと試したいこともある」
「ワイマン師!見てください。この牙が管牙ではないですか? ガラガラヘビのものと酷似しています。この牙の中のストローのような空洞で「反応室」と直結しているんではないでしょうか? 今は口内の天井に折り畳まれていますが、口を大きく開けたときだけナイフのように飛び出す仕組みではないでしょうか?」
頭を仰け反れたことにより大きく開いた口内に自分の頭を入れる勢いで牙を指さす。
「ふむ、確かに管牙の様に見えるが毒ヘビのものとはちょっと違うようだね。毒蛇のものより可動域が広い様に見える。「反応室」で二液混合された毒ガスは高圧力下で一瞬で沸騰・気化しているだろう。この管牙が噛みつき時にその高圧の毒ガスを敵の体内を送り込むのは間違いないだろう。それに加えこの管牙は前方にも向けられ噴射されるのではないか?」
「やはり一度、実際に『ブレス』を吐くところを検証しなければいけませんね」
「そうだね。毒ガスに含まれる『呪詛』の成分も現物を分析しなければいけないからね」
「『呪詛』はやはり毒ガスに含まれる成分なのでしょうか?」
「そうだね。この目の後ろから、顎の付け根あたりにかけて左右に1対あるのが毒腺だろう。毒の成分を分泌する細胞がぎっしり詰まっているはずだ」
「ではここで体内物質とマナを反応させ強力な『石化の呪詛』を含む毒ガスを合成しているんでしょうか?」
「そこは難しいところだね。少なくとも他の毒蛇の毒腺との相違を調べなければ詳しくは言えないが、毒腺自体では単体の『毒』しか生成していないと私は見ている」
「では『石化の呪詛』はバジリスクの魔法能力で作り出していると」
「そうだね。解剖すればもしかしたら『呪詛』を生み出している器官があるかもしれないが、他の魔物でもその様な器官があるとは聞いた事はない。『石化の呪詛』に関しては何かしらの魔法能力と見た方が無難だろう」
「『凝視』との関連ですね。『毒』は普段から生成して「貯蔵庫」に貯めておき、『凝視』時にはその場で眼から投射していると」
「うむ、今回で確かに立証されたが『凝視』は鏡で反射することができるわけだ。視線に魔力を乗せて『呪詛』を送り込んでいるとするならば、やはり視線のプリズム解析が必要だろう」
「パーティメンバーのエルフやノームは赤外線の反応は無かったと言っていましたが‥‥」
「メリッサ嬢、人間の見えている範囲などほんの一部でしかないのだよ。実際、魔力のない者にはマナも見えないだろ。我々の見えていない「何か」が今も我々の回りには一杯あるんだ。きっとバジリスクには自分の放った『凝視』が見えているんじゃないだろうか」
「それはまた、面白い考えですね。では『凝視』が反射する理由として‥‥‥」
ちょっとワイマン師と盛り上がってしまい、気が付くと作業場の壁際までカーツマン師、エリカ、カレンの三人が引いて、その辺にあった椅子に座って呆れた顔でこちらを見ている。
「一段落したかね?」
カーツマン師が「どっこいしょ」と言って椅子から立ち上がり三人が近づいてくる。
「つかぬことを伺うが、君たちの会話を聞いているとそのバジリスクを『石化解除:ストーントゥフレッシュ』するように聞こえたのだが間違いないかね?」
「そうですね。今回の私たちのお宝の中にトレーニングマズルがありますのでそれを使えば、嚙みつきと『ブレス』は無効化できます」
「ならば私の方で『凝視』無効化のアイマスクのようなものを用意しよう。そうすれば『石化』の危険を最小限にして研究ができるな」
「メリッサ、もしかして最初からそのつもりで持ち帰ったの? 標本というか見世物というか置物的に使うためじゃなく?」
「そうですよ。ワイマン師がご興味あると思って」
カレンは右手を額に当て天井を仰いだ。
カーツマン師が両手を大きく振りながら私たちの間に入った。
「解った。この件は十長老会で話し合って、どうするかを決める。それでよいかな?ワイマン師」
「ああ、構わない。どうせ、『凝視』無効化のアイマスク作成やバジリスク飼育施設の建築が必要だからね。万が一のことを考えて郊外の地下施設でバジリスクが出入りできない大きさの出入口の部屋を作って‥‥」
「それも含めて話し合おう。メリッサ嬢は研究が始まるようなら連絡をするのでそれを待ってほしい」
「解りました」
ワイマン師は施設の準備等が整ったらまた、議論をしようと言って作業場を出て行った。
バジリスクを一旦『魔法収納袋』に納めて作業場の脇に出しなおした。
カーツマン師は少し疲れた顔で作業場中央に掌を向けた。
「では、次はアイアンゴーレムをお願いしようか」
次回は明日、18:00頃に更新いたします。




