魔法塔での苦いお茶
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メジャーではありませんが「百合根のモンブラン」は実際にあるケーキです。
実際のユリ根は秋冬が旬の食材なので、作中の初夏まで低温保存したのだと思います。
カレンとエリカ、私を乗せた辻馬車は魔法塔へ向かっている。
「へー、10年前の冒険者だったの」
「そうね。今、ギルドで当時の行方不明者の記録を当っているところよ。職業や風貌、外見で解る装備の特徴とかから」
「でも、おかしくない? 私たち2か月前にあの部屋を通っているけどその時には石像なんてなかったわよ」
「それは私には何とも、メリッサはなにか解る?」
「そうですね。2か月前の部屋と今回の部屋が同じ部屋だったかは疑問ですね。ダンジョンとは不思議なものです。魔物がどうやって発生、生息しているかも謎の部分が多いですし、ダンジョンそのものも謎だらけです。アイゼンブラ朝にシャステリナ地方にあったといわれる迷宮型ダンジョンは9×9×9の729部屋で、同じ大きさの立方体の部屋が上下左右に組まれ、一部屋進むごとに部屋の配列が組み替えられるパズル形式のダンジョンだったそうです。しかも各部屋には魔物だけでなく多くの罠や謎解きが設置された殺意高めのダンジョンで数多の冒険者を退けたそうです。今もあったら是非挑んでみたいダンジョンですね」
「いや、そんなダンジョンはやだ! 729部屋って何よ! 踏破に何年掛かるのよ!」
「全部の部屋を行く必要はなかったようですよ。最短ルートの解る謎解きを解けば、最低限の危険で踏破できたと記録が残っています」
「まっ、ダンジョンの部屋が変わる可能性はあるという事ね」
「そうですね。10年前に彼らが石化した部屋はダンジョンのどこかで待機していて、そして今回、再登場した?とか」
「真実は解らないけど、彼らがダンジョンで10年間眠っていたのは確かそうね」
「ふーん、魔法使いのほうは、私は見覚え無かったな」
「まぁ、魔法塔には10年前の事知っている方が多くいますから、まずは聞いてみましょう」
「大丈夫かな。もうボケてるのとか多いよ」
魔法塔は王城の手前にある。午前中にも一度この辺りに来ているのでエリカと共に本日二度目である。騎士たちの警備も厳重で再び何回かの誰何を受けてやっと到着した。
魔法塔はこの王国の組織で魔法使いの育成、魔法の研究、王室の相談役、そしていざという時の戦力の側面もある。100人からの魔法使いが在籍しているというが、実際の数は不明である。高位の魔法使い10人からなる長老会がトップを務め組織を運営しているらしいが、三年前の事件で何人かの犠牲が出て今は空席もあるそうだ。
魔法塔といっても外見は特別変なところはない普通の塔である。三階部分までは石造りの正方形の建物が建っており、建物の四隅から上部に四本の塔が聳えている。
魔法塔の前には見張りも立っていない。
カレンは扉をノックすることもなく開き、中にずかずかと入ってゆく。続いて入ってゆく私にエリカもおずおずと付いてくる。
玄関の間には石製のポールの上に体長50㎝程のガーゴイルが留まっている。
カレンに促されてエリカがガーゴイルの前に進む。
「要件を言って」
「‥‥冒険者ギルドのエリカと申します。ダンジョンで発見された魔法使いの石像に関してご連絡した件になります」
「ギャーーー」
と叫んで、ガーゴイルはバッサバッサと飛び立ち、奥の螺旋階段を上階へと上がっていった。
「なに?あれ」
エリカの顔は引き攣り、腰は引けている。
「まぁ、魔法使いの住処らしい演出? もしくは人手不足解消。ここにいるのは研究畑の人が多いから見習いとかでも受け付け業務を嫌がって、一人も配置しないのよね。時間があれば研究にのめり込むタイプばっかりよ」
カレンが呆れて説明しているうちに螺旋階段から足音が聞こえてきた。
降りて来たのは長身で痩せぎすの髭の長い老人だった。
「いらっしゃい。冒険者ギルドのお嬢さん。そしてお帰り、カレン、メリッサ嬢」
「お初にお目にかかります。冒険者ギルドのエリカと申します」
「ああ、わしはカーツマンと申す。まぁ他の者がやらんのでここの受付をしているものだ」
「お久ぶりです。カーツマン師、お元気そうで何よりです。師が受付の替りだなんて、ブランドンは居ないんですか?」
「ああ、今は王宮が慌ただしくしていてね。そちらに出張っているよ」
「そうですか。では致し方ないですね。‥‥ほらカレン」
「お久しぶりです。カーツマン師、あの、チャットン師は‥‥‥」
「ああ、ここ当分顔を見ていないな。どこか行ったとは聞いていないから研究室に籠っているのかと思うが、まぁ、要件が終わったら顔を出してあげなさい」
「はい‥‥」
「では、エリカ嬢、要件を詳しく聞こうか。こちらにどうぞ」
私たちは玄関の間の横にある応接室に通された。
カーツマン師が付属の台所に行くのを引き留めて、私がお茶の用意をしようとするのをカレンが「私がやるわよ」と代わった。
致し方なく応接セットに腰掛け、エリカとカーツマン師の本題の前の軽い世間話に参加する。他愛無いレベルの隣国からの賓客の話をしていると、危なっかしい動きでカレンがティーワゴンを押してくる。カレンも知識としてのサーブの流れは解っているようで覚束ない手つきながらも各人の前に紅茶を提供して行く。
カレンは地方都市の生まれで5歳の時に魔法の才能に目覚め、その後王都の学院で基礎教養を学んで10歳から魔法塔で学び、最終的にはチャットン師に師事した。
私はこの魔法塔の末席に席は置いているが、この魔法塔では学んでいない。
二人とも魔法塔に属してはいるがカレンは直弟子、私は客員みたいなものである。
なのでカレンはここでは一応、弟子としてお茶の用意をしているわけだ。
目の前に出された紅茶のカップにカレン以外が口を付けた。
「で、話を聞こうか」
一口、口を付けてカーツマン師がカップを戻し、エリカを促した。
私とエリカもカップを戻す。
カレンは自分も口を付けて、苦い顔をしてカップを戻した。
「はい、こちらのカレンたちのパーティが幻燐竜ダンジョンを踏破したお話は既に聞き及びかと思います。そこでバジリスクによって石化された冒険者パーティ五名が発見され、回収されました」
エリカが私の腰の『魔法収納袋』をちらっと見る。
私はそこから小さい小袋を出し、そこから更に三欠片程のスライスした「乾燥イチジク」を自分の紅茶のカップに落とす。
「そのうちの一人が魔法使いのようなのですが、このパーティが幻燐竜ダンジョンへの探索申請を出していないことが解りました」
軽くスプーンを回し、果実の甘みが染み出すのを促す。
「神官も石像になっていたため、神殿で確認したところ10年前に行方不明になった者というのが解りました。冒険者ギルドでも今、当時の記録を調べていますが魔法塔のほうでも同時に確認いただければと思いお伺いいたしました」
カップを口に運び一口、含むとイチジクの甘みで苦味は緩和され飲み易くなっている。
エリカとカーツマン師のほうを見ると、軽く頷いたのでカップにイチジクを入れてゆく。
カレンが自分のカップも指さすのでそこにも入れておいた。
「承知した。では、そこにお願いしよう」
カーツマン師が指さした壁際まで移動し私は『魔法収納袋』から魔法使いの石像を出した。
次回は29日、18:00頃に更新いたします。




