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クッキー作りと『保存缶』

 カランッと店の入り口のドアベルの音がした。

 奥の作業場から店のカウンターへ三十歳くらいのちょっと体格の良い栗毛の女性がエプロンで手を拭きながら明るい声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。銀の小麦へようこそ。申し訳ないけど午前の営業は終わりだよ。また七の鐘の頃に来ておくれ」


 柔らかな日差しが包み込む街の通りから、パンのいい香りが残った店内に入る。午前の営業は一旦終わりという事で店内の棚にはパンは並んでいない。おいしいしなかなか人気がある店だと分かる。


「こんにちは、キャサリンさん。ちょっと時間早かったですね。窯をお借りしに来ました」


「ああ、メリッサ。早かったね。構わないよ。私ももう風呂屋の方に回るから。作業台の上がまだ散らかっているからちょっと待ってな」


 今日はご近所のパン屋さんの空き時間を借りてクッキーを焼きに来ました。

 ここ数年でパン屋さんの二階で窯の余熱で沸かした風呂とサウナを経営するのが随分普及したようです。三年前の事件後に再建するパン屋は健康と衛生に良いということで補助金を出して風呂屋との併設が義務付けられ、パン屋さんも再建のお金が助かり副収入も得られるということで助かったそう。街の人々にも再建で疲れた体をゆっくりと癒し情報交換できる風呂屋は重宝されている。


 ということで午後の二時間ほどの空き時間を借りてクッキーを焼きに来ました。

 キャサリンさんと作業台の上を片していると奥から双子の女の子、リンゼイとシドニーが顔を出してきた。二人は六歳でキャサリンさんと同じ色合いの栗毛の髪をお揃いのおさげにしてお揃いの小さいエプロンを付けている。


「あら、リンちゃん、シドちゃん。今日もお手伝いしてくれるの」


「「うん、てつだう」」


 午前中は近くの集会場で読み書き、算数を習いに行っていて、午後は家の手伝いをする子供が多いが二人は私が来る日は手伝いをしてくれる。


「済まないね。子守もさせちゃって」


「全然かまいませんよ。ちゃんと戦力になってくれています」


「「せんりょく」」


「じゃ、これ。今回集まったレシピ」


「ありがとうございます。前回貰ったやつも今回試作しますので、後でレシピいただいた人に試食してもらってください」


「ああ、みんな自分の故郷の味を久しぶりに食べたって言って好評だよ。それが縁でパン屋の常連になってくれる客もいるから、こっちも大助かりさ」


 キャサリンさんにはパン屋やお風呂屋のお客さんから故郷のクッキーのレシピを集めてもらっている。こちらは窯を借りてそれらのレシピの分を作っていくつか渡すことで窯の借り賃にしている。


 キャサリンさんが二階に上がって私もエプロンを付けて双子の作業用の木箱も配置され準備も万端、だが作業台にはなにも載っていない。


「さぁ、始めましょうか」


「「はじめる」」


 パン用の窯は既に午前中の仕事を終えて十二分に温まっている。薪や灰も端に寄った状態にあるので、手を入れて温度を確認する。安定した温度で十分なことを確認できたので『魔法収納袋』から素早く50㎝四方の天板を出してブレットピールで奥に押し込む、天板を出して押し込む、出して押し込む、六枚ほどの天板を入れ終えたら一旦、窯の扉を閉じる。


「「おーーー!!」」


 何の変哲もない小袋から天板が出てそれを窯に入れる早業に双子が喝采をくれる。既に何回か見たことがあるのに毎回、初々しい反応をくれる。


 そう、クッキーを焼くといっても本当に「焼く」だけをしに来ている。空き時間は2時間ほどなのでこの作業場で生地から作っていてはほんの少ししか焼くことができない。

 なので自宅で事前に自前で購入した三十枚の天板に空き時間を見つけてはクッキー生地を作って『魔法収納袋』へストックしている。私の持っている『魔法収納袋』は時間停止機能があるため生地は作り立てのまま保存されている。『魔法収納袋』の時間停止機能の最高の使い方? である。


 天板を五つほど作業台に出しプレーンのクッキー生地にチョコチップを乗せる作業を双子に依頼する。事前にやっておくこともできるが二人はこの仕事がお気に入りである。


「お願いできる?」


「「はい」」


 窯の扉の厚いガラス窓から中の焼き色を確認する。窯の奥は厚めでドライフルーツの入ったものなので特に焼き色を注意し、ブレットピールでこまめに向きを変えて焼き加減を調整する。


 そんな感じでやっていると手前の薄めのクッキーたちが焼きあがってきたので頃合いの良い物から窯から出しパン用のクーリングラックをお借りして新しい天板を窯に投入してゆく。


 その後、チョコチップの載ったものを投入し、ドライフルーツの入ったものを出し、何枚もの天板を出しては入れ、焼けては冷ます。そして粗熱の取れた物から回収してゆく。

 双子は粗熱の取れたクッキーを纏めたり、熱くなくなった天板を拭いて纏めたりしてくれている。


 纏めてもらったクッキーを私は『魔法収納袋』からそれぞれのクッキーの名前を書いてある紙が貼ってある『保存缶』を出し、それぞれを入れ『魔法収納袋』に戻してゆく。

 双子は私が以前あげたそれぞれ双子の名前が刻印された自分の『保存缶』を出しその中に何枚かずつ入れてゆく。


「「ざっくざっく」」


『保存缶』は高さ20㎝、底辺は10㎝四方ほどのフタを閉めると『密閉』され、中の『湿気が抜ける』魔法のブリキ缶である。蔓草や花々がデザインされ、おしゃれな缶になっている。

 街中の魔法小物店で売り出しており『密閉』と『除湿』の効果で虫よけもされ長期保存も可能で中々の人気になっていると噂に聞いている。『魔法』の効果は半年ほどしか続かないが効果の切れたブリキ缶を持っていけば新規に買うより割安で『魔法』を掛けなおしてくれる事になっている。

 最近では小麦、大麦等の穀類や砂糖、塩等の調味料の袋や箱にも横展開を始めたと聞いている。


 そんなこんな六の鐘が鳴り、二時間はあっという間に過ぎてゆく。天板を片し、作業台の上を拭き、周りを片しているところでキャサリンさんが二階から降りてくる。

 前回貰ったレシピで作ったクッキーの何種類を紙に包みまとめておいたのを渡し、帰り支度をする。

 この後、窯はまた夕方に向けたパンの焼成に入ることになる。あまり長居はできない。


「ありがとうございました。こちらレシピの提供者の方にお渡しください」


「こちらこそ。子供たちがまたたくさんもらったみたいで」


「「たくさん、たくさん」」


「いいんですよ。たくさん手伝ってくれましたから。いい、一日3枚まで。約束は守れるわね」


「「さんまいまで」」


「はい、いい子ね。ではまた二週間後にお伺いします」


「はい、待ってるよ。これ持ってお行き」


「「まってる」」


「ありがとうございます」


 キャサリンさんはパンが入った袋を差し出し双子と一緒に見送ってくれた。旦那さんはいない。



 麗らかな陽射しを受けて、自分から漂ってくる甘い匂いを嗅ぎつつ通り歩く。

 今日のお店は午後休みにしてあるので市場の通りを散策しながらちょっと回り道をして帰ることにしよう。

 通りでは所々の建設中の建物で大工さんたちが元気に働いており、槌音が響き渡り人々が行きかう。

 二人組の衛士が巡回しつつ、店々に声を掛けたりしている。

 市場通りで夕飯の買い物をしつつ小道を抜け大通りに出ると、大通りの先にある広場の中央に聳える高さ15mほどの櫓が目に入る。櫓は木製で頑丈に作られ、上部の見張り台には4人ほどの衛士が常時見張りをしている。

 王都の建物は現在、3階建てで10mまでの高さ規制があるので一部の公共施設や教会を覗いて櫓からは王都全体を見渡せることになる。

 櫓の下部は小屋になっており、中には武器や盾、たいまつなどが収まっており、非常時には人々に貸し出される。すべて三年前の事件以降の処置である。

 その周りにはベンチが置かれ、老人が座り世間話をし、子供たちが駆け、今は平穏な日常が過ぎている。



明日は16:00頃、更新予定です。

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