神殿への仮安置
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一の鐘が鳴って目覚めようと思ったが、体が重い、瞼が重い、何とか寝室の窓を開け、初夏の日差しと早朝の涼しい風を室内に入れ、頭を覚醒させる。
昨日(今日)は遅くまで活動していて、正直に言えばまだ起きたくない。しかしベッドに戻ってしまえば昼過ぎまで起きられないのは確実だろう。
朝一番には来客があるのできちんと起きなければならない。
諸々の支度を済ませてランニングとトレーニングに出かける。
街中の様子はいつもとは少し違う。衛士の詰め所には衛士の数が多いし、巡回しているのに出会う頻度も高い。私は多少顔が知られているのもあり止められないが、偶に身元確認をされている者も見かける。
衛士や公園で出会う人たちの話からどうやら明日には隣国のお客さんが到着することになるようだ。特別な歓迎パレードとかは行われないが、東の大門から王宮への道には大勢の人が集まることだろう。
うちの店は南街区にあるため特段影響はないはずだ。
朝食は市場の屋台のサンドウィッチで軽く済ませ早めに店に戻ると、お隣は開店準備を始めている。お互い疲れの取れていない顔をしているが、挨拶を交わし今日のおすすめのラナンキュラスとアネモネを購入し今日の予定を伝えておく。
たぶん今日の午後辺りには花きギルドから打ち合わせの連絡があるだろう。
シャワーを浴びて身支度を済ませた頃には三の鐘が鳴っていた。もうそろそろジョナサン達がやって来るだろうから、それまで一つ用事を済ませておこう。
裏口の窓を開けると既に子供たちが石投げをして遊んでいる。子供は本来は午前中は各区の教会等で書き取りや算数の勉強をすることになっている。しかし進捗は各自で違うので余裕のあるものは勝手に調整をして空いた時間を小遣い稼ぎ等に使っている。
うちの裏は子供たちの仕事待ちの良い待機場所と化しているようだ。
こちらも助かっているので勉強しろと偉いことも言いづらい。
そこにいた三人の子供に虫を集めてくれた子供たちへのお土産だと「ゴブリンの牙」が沢山入った小袋を渡すと「おーすげー!」と喜びの声を上げている。さらにまとめ役をやってくれた今は居ない者も含めて五人分の「ホブゴブリンの牙」を渡すとさらに盛り上がった。
その後、集めてもらった虫を使ってケーブラットをやり過ごした話をしている辺りで、店舗のドアベルの音が響いた。
店舗には神官服に聖印、腰にはメイスを下げたジョナサンといつもよりキッチリした格好に肩掛け鞄を下げたエリカがいた。
挨拶を交わした後は戸締りをしてお隣さんに「後で顔を出します」と告げて三人で歩きだす。
大通りで辻馬車を拾い王城手前にある神殿に向かい、車内では他愛無い話をする。
「『幻燐竜ダンジョン踏破』は冒険者ギルドではもちろん話題になっているけど、手の空いていた冒険者は隣国のお客様のための街道警備で臨時に駆り出されて、今は街に冒険者は少ないからあまり話は広がっていないわ。あなたのショーを見た商人や何かから話は広がり始めているようだけど、今は隣国のお客様の来訪のほうが市民の気を引いている状況よ」
エリカ情報で隣国のお客さんのおかげで「幻燐竜ダンジョン踏破」が思ったより話題になっていないことが確認できた。正直助かる。
他には晩餐会等が延期になったことによる王宮に納める各業界、食料、酒類、花きの問題など。
食料のうち肉類は新鮮なものを用意するため、牛、豚、鶏、羊などが王宮内の牧場で飼育されており、捌くタイミングを調整することで対応可能だそうだ。
魚類はすでに今日の朝の市場で安く売りに出されており、必要なものは再度手配されるだろうと。
酒類は日持ちするので問題ないようだ。
そして花き、エリカや冒険者ギルドにはまだ情報が伝わっていないようで、再度手配も難しいしどうなることか、と言っていたので腰の『魔法収納袋』をポンと叩いて「ここに収まっていますよ」と教えてあげたら、二人にポカンとした顔をされた。
「その『魔法収納袋』はいったいどれだけ入るの?」
思わずエリカが声を上げた。
「エリカ、それはマナー違反だ」
ジョナサンが窘めるとエリカは素直に謝った。
「ああ、ごめんなさい。答えなくていいから、つい口に出てしまって」
「気にして無いからいいですよ。容量はいっぱいです」
『魔法収納袋』の容量や機能を他の冒険者に聞いたりするのは「お前、いくらため込んでるんだよ?」と同程度に他人の財布の中身を聞くような、品が無くマナー違反の行為だといわれている。
ところで王都に着くまでは「エリカさん」と呼んでいましたが、今は「エリカ」なんですね。へーーー、ほーーー、ふーーーん。
王城周りは普段よりも警備が厳重になっている。見回りの緑色の鎧の騎士隊の姿が多く見られ、馬車も数度の誰何と身元確認を通ってやっと神殿に着いた。
王都で神殿といえば『光と創造と繁栄の神』の神殿である。
主神である『光と創造と繁栄の神』以外にも『大地と農耕の神』『海と交易の神』『風と豊作の神』『鉱物と鍛冶の神』『酒と踊りの神』『死と再生の神』などの神殿が大なり小なりあるが比べれば規模的には小さい。
その煌びやかな神殿前で辻馬車を降りた私たちはそのまま神殿の敷地に入ってゆく。どのようなものも受け入れるという考えから、敷地を囲う塀の類は存在しない。
白銀の鎧を着て武装した神官戦士は二人一組で何か所にも立っているが、名目は助けを求めて来た者の保護や地域の治安維持である。
神殿の回りで騒ぎを起こすものはまず居ないが。
私たち以外も何人もの人々が朝から神殿を訪れている。
毎朝の祈りをささげる者、離れた町や村から巡礼に来る者、貢物を持って来る者、懺悔をしに来る者、死者に弔いを捧げて貰いに来る者、身元不明の死者のご遺体を納めに来る者など。それを神官服を着た何人もの者たちが対応し、それぞれの対応する建物や部屋に案内している。
王都の市民は基本的には住まいで教区が決まっているので、人が生まれた時や結婚した時、死んだ時はその教区の教会で届け出や結婚式、葬式を行う。
しかし教区の決まりが無い貴族街や裕福な市民などは神殿でその手続きを行うことがあり、身元不明のご遺体の扱いも神殿の担当となっている。
ご遺体は基本的には冒険者ギルドで調査し判明したものは遺族が引き取り、引き取り拒否したものと、結局身元が判明しなかったものは神殿の無縁墓地に納められることになる。
神殿で清められてからの土葬である。
ジョナサンに付いて白い大理石で出来た荘厳な建物に入ってゆくと、壁の上部にある大きなステンドグラスの窓からは、赤、青、黄金色の光が差し込み、宙に舞う塵を美しく輝かせている。
また、高い天井には『光と創造と繁栄の神』が最初の光を灯し世界を創造した創世記のフレスコ画が大きく描かれている。
ジョナサンを先頭に広大な神殿の回廊を抜け、開け放たれた重厚な青銅の扉をくぐった先に礼拝堂はあった。何人もの人が熱心に礼拝を捧げているところでジョナサンは一人のお年の行った位の高そうな神官と合流し、エリカと私も短く挨拶を交わす。
その高位の神官に付いて地下へ下りてゆき、厚い扉を抜けた先の広い霊安所に着いた。
霊安所の中には既に10個の棺が用意され三人ほどの神官見習いが待機していた。涼しい室内に入り、目礼を交わす。地下という事で今も温度は冷えているが、広い部屋の壁際には『冷風箱』が数個設置されているので夏場とかには使用するのだろう。
エリカが鞄から出したファイルを開き、高位の神官へ資料を一部渡し、仮のナンバーを振られた遺体の一体目の説明を始めた。
「こちらのご遺体は毛髪が金色、右奥歯に銀歯が一つあります。推定身長が177㎝、がっしりとした骨格で装備からも戦士と思われます。装備は兜、皮鎧にハーフプレートメール、『大剣』、プレートメールには製造工房の印がありましたが50年前のものでした。他の所持品に変わった物はありません。また、右大腿骨に骨折が治った跡があります」
既にダンジョンでの発見状況などの概略説明は済ませてあるのであろう、ここでは個別の遺体や持ち物の特徴を確認してゆく。
三分ほどで確認が終わるとエリカが私に目で合図を送ってきたので、『魔法収納袋』からナンバー1さんのご遺体を取り出し棺の中に丁寧に安置し、棺の横に所持品も並べる。
その作業を静かに10体分行う。
「なお一番のご遺体の『大剣』などの『魔法古物』につきましては冒険者の「発見者所有権帰属の原則」によって現在、冒険者ギルドにて鑑定預かりとなっております。ご遺族の方が確認したいという事であればお手数ですが、別途冒険者ギルドへご連絡ください」
高位神官も慣れたもので黙って頷いた。
この後は石像5体になる。
次回は明日、18:00頃に更新いたします。




