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花屋の受難

ブックマーク、評価、誤字報告 ありがとうございます。

感想、ありがたく読ませて頂いております。

少ししたら当初の連作短編形式に一旦戻ります。


外伝に今回本文中で割愛された「花き業界の仕組み等」も掲載しております。

ただ,、だらだら花の業界の流れを追っているので本編を読んでいる方も飛ばしてしまって問題ありません。

よろしければご覧ください。

 久しぶりに帰り着いた自宅の扉を開けた私は思わず棒立ちになった。


 アパートメントの中庭にはまだ共同の『魔法灯』が点いている時間で室内が背後から照らされている。その明かりを受け目の前には厚さ20㎝程の薄い木箱が天井まで積み上げられている。

 見たことのある箱である。隣の花屋さんで。箱の横には「スプリングリリィ」という文字と簡易的な「ユリ」の絵の焼き印が押されている。

 そっと壁の『魔法灯』を点けると通路、作業場、店舗にまでやっと人一人が通れるくらいのスペースを開けて箱が山積みになっている。


 言葉もなく立ち竦む私、「バタンッ」と勢いよく開いた隣の花屋の裏口。


「あたしは氷屋に行ってあるだけ手配してくるから!あんたは次の便の受け取りをお願い!」


 勢いよく飛び出してきたのは隣の花屋の店主ケイティである。30歳くらいの愛嬌がある顔で普段はきっちり纏めた赤茶けた輝きのある髪も乱れている。エプロンをたくし上げて室内に叫び、頭を巡らし走りだそうとしたところで私と目が合う。


 二人とも黙って見つめあう事、数瞬。


「メリッサさん。おかえりなさい」

「ただいまです。ケイティさん。お取込み中のようですね」


 その場にへたり込むケイティに私は走り寄り支える。


「大丈夫じゃないようですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないけど大丈夫よ。あなたの顔を見たらなんか力が抜けちゃって、メリッサさん、知恵を貸してもらえる?」


 話を聞くために花屋さんに入るとこちらもうちと同じような状態になっていたが、まだ書類や何かが広げられた作業台周りだけは人が入るスペースがあった。

 私は店舗の正面からではなくアパートメントの中庭側から帰ったため気が付かなかったが、花屋の正面の通りにも木箱は積み上がっており人通りの邪魔になっており、花屋の旦那のオグデンさんが『魔法街灯』の明かりを頼りに木板に挟んだ書類で木箱の数をチェックしていた。


「とりあえず、まだこの後も納品があるんですね。チェック終わっているのはどちらですか?仕舞っちゃいますから」


 その後、周りの野次馬を散らして、通りにはみ出していた箱を夫婦二人でチェックしてもらって終わったものからすべて、追加で到着した馬車からも同じように『魔法収納袋』に収めた。


 今回の「幻燐竜ダンジョン踏破」の話とその後の村々で「アイアンゴーレム」とかを見世物に出したことでもう『魔法収納袋』を持っていることを秘密にすることは諦めた。


「とりあえず、これで一息付けたわ。ありがとう、メリッサさん。それが噂に聞く『一杯物が入るバッグ』ってものなのね」


 疲れ果て椅子に座った二人に花屋さんの台所を借りてお茶を出し、『魔法収納袋』からレーズンクッキーを出して勧める。


「で、何があったんですか?」


 なんでも隣国の王子様、王女様の来訪が遅れることの影響だそうだ。

 晩餐会や夜会にはその場所を飾る花が必要不可欠であり、様々な場所に色とりどりの各種の花をこれでもかと飾り立てる。

 王宮内にも花の畑や温室を持っており普段王宮内で使われるものは基本的にはそこで賄われる。

 しかし、大規模な晩餐会や夜会などで王宮中を花で飾る場合はそれだけでは量が賄えないため、外部の花き業者を使用することがある。

 しかも今回の場合は王女様のお名前が「リリアンナ」という事で「リリィ」が「ユリの花」であり王女様本人も「スプリングリリィ」が大好きであること、さらに我がエスクイリン王国の国花が「ユリの花」であることから大量の「スプリングリリィ」があらゆる歓迎式典の会場に手配されていた。


「スプリングリリィ」は元々深い森の中の泉の縁に咲いていた野生種を持ち帰り、栽培して増やしたものと言われている。

 花の大きさは大人の親指の先ほどでまるで精巧なスズランと百合を掛け合わせたような、慎ましやかな小輪が連なり、 花びらは透き通るような乳白色とピンクで「春の精霊たちが地面に落としていった耳飾り」のようとも言われる。

 大ぶりのユリの花の豪華で圧倒的な存在感とは正反対の美しさを持っており、まだ無垢で儚い美しさを持っている「少女」のような存在である。


 元々我が王国では国花が「ユリの花」であることからユリの栽培は盛んである。しかし今回、「スプリングリリィ」という一つの品種を大量に用意するために花きギルドは前例のない一致団結をした。


 ここから二人から花き業界の仕組みや物流の流れ、花の手入れを詳しく説明されたが割愛する。


 話を簡単に纏めると王宮で今回の花の取りまとめを行っている王宮庭園局が王宮の温室が満杯になり納品の受付を停止した。それによって花き業界の物流が混乱し至る所で荷物の滞留が生まれた。


 今回の「スプリングリリィ」は業者から王宮庭園局へ直接納品されることになるので、街中の生花店はあまり関係のない話のはずであった。

「スプリングリリィ」は単価が高い花であるため、精々余裕のある家庭の者が王女様が通りを通るときに通りに飾ったり、花束にして持ったりするくらいであり、生花店でも取り扱うが量は多くないという事だ。


 ところが、ケイティの店は業者の直営店というか中々大きい業者のお嬢さんがケイティであり、その滞留在庫が溢れた影響があの惨状である。


「なるほど、事情は分かりました。とりあえずうちの店にある分も仕舞ってしまったほうがいいですね」

「すまないわね。勝手に置かせてもらって、もう置く場所が無くて‥‥」

「気にしないでください。留守の間の管理なんかを頼んでいたのはこちらですし、困ったときはお互い様です」

「ありがとう。でも確かなことは言えないけど式典の日程が一旦仕切り直しになって、三日前後は納品が遅れそうなのよ。『バッグ』に入れて貰ったものも冷やさなきゃいけないから氷を買いに行こうと思っていて」

「落ち着いてください。この時間じゃ氷屋ももう閉まっていますし、仮に店が開いていてもケイティさんと同じように買いに来た花き業界の人で一杯でしょう」

「た、確かに、慌てていてそこまで考えが回らなかったわ」

「おい、ケイティどうする。このままじゃ花が開いて使い物にならなくなるぞ」


 旦那さんのオグデンさんもお茶を飲んで一息はついたが、木板の在庫表を確認して大きく溜息をつく。


「そこは安心してください。この『魔法収納袋』の中は時間が進みませんから、花が開くことはないです」

「本当?!なにその魔法みたいな」

「いや、だから魔法のアイテムなんだろ?」

「そうですね。ですから一旦安心してくれて大丈夫です」

「‥‥もしかして、まだ入るのかしら?実家も在庫が溢れてしまっているはずで‥‥」

「乗り掛かった舟です。折角来た王女様の歓迎会にお花が無いのは寂しいですからね。ケイティさんの親御さんや花きギルドの偉い人に会わせてください。何とかする手段はあります」


 そこからうちの在庫を収めて、ケイティさんの実家の倉庫に向かった。

 倉庫は混乱の渦中にあった。木箱が倉庫を溢れ、その間を入荷チェックする者、倉庫に運び入れる者、慌ただしく走り回る者など、もう日が沈んで暗い倉庫街に臨時の『魔法灯』が何個も置かれてその光景を照らしている。


 ケイティさんは親御さんに私と『魔法収納袋』のことを説明しているが、親御さんは懐疑的な目でこちらを見ていたので、許可を得てから近くの木箱を一山、『魔法収納袋』に収めて再び出して見せた。


 そこからは話が早かった。

 ここは花き業者の倉庫が集まる地域であり、花きギルドのお偉いさんも近くにいたのですぐに呼び寄せられた。冒険者ギルドと商業ギルドの会員証を見せて身元確認をされたら、在庫保管料の金額を詰めて、簡易契約書を作成しこの一帯の倉庫の滞留在庫を全て『魔法収納袋』に収めていった。

 花き業者の方々が口を大きく開けて、在庫の山が消えていく光景を見ている。


 夜中まで掛かり滞留在庫を収めた後は詳しい事は明日以降、再度関係者が集まって打ち合わせするという事で、ケイティさんの親御さんのところが手配した馬車でケイティさんたちと共に家に送られた。

 二日くらいはこのまま預かって、そこから必要に応じて倉庫に戻すことになりそうだ。


 アパートメントの中庭の『魔法灯』はすでに消えているので、手元の『携帯魔法灯』を灯し、ケイティさんたちと疲れた顔でお休みの挨拶をしてそれぞれアパートメントの裏口から中に入った。

 通路にも作業場にも店舗にも木箱は無く微かにユリの香りが残っている。

 台所の机の空の牛乳瓶と平皿を片し、新しいものを置いておく。

 二階に上がり、熱いシャワーを浴びて、ベッドに飛び込んだ。


 重い瞼を閉じて「ああ、明日から店を開けようと思っていたがお休みにしよう」と思ったが、朝一番にジョナサンとエリカが来て一緒に神殿に行くことになっていたのを思い出す。

 いや、もう今日だ。おやすみなさい。


次回は明日、18:00頃に更新いたします。

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