『ガス化』と『ストレングス』のポーション2
先ほど五の鐘が鳴っていたので午後のティータイムには丁度いい時間だ。カレンに話さなければいけない事もある。
「そうだ。今回ずいぶん高く買ってくれたけど、よかったの? 無理したんじゃない?」
「大丈夫ですよ。販売価格を考えて十分儲けは出る計算ですから」
「そうなん? でもギルドじゃ‥‥」
「『ストレングスポーション』を冒険者ギルドが仕入れてどこに売ると思います?」
「んーー、冒険者?」
「初級冒険者はお金がないですから買えません。中堅になると買っても使いどころが分からない方が多いのですよ。今飲んでいいのか? まだ後でもっと厳しい状況になるのではないか? って悩んで結局最後まで使わずに戻ってきてしまったり。で上級の方になるともうそんなものいらないってなるのです。まぁ、大体は」
「うーーん、確かに納得できるかも。実際、そんな事ダブスが言っていたような?」
「なのでギルドも冒険者にはあまり売れません。他の売り先は?」
「騎士団? は何となく理由が分かるわ。こないだの共同演習でもライバル意識持ちすぎで疲れたわ」
「そうです。別に仲が悪いわけではないのですが、普段から王都や周辺を守っている騎士団と有事には王命で防衛に参加することが義務付けられている冒険者は年に数回の共同演習や王都の襲撃対応訓練とかでとかくぶつかるのです」
「ほんと、止めてほしい。いや、まー演習とか必要なことはわかるんだけど」
「ということで騎士団と冒険者ギルドとはあまり仲が良くはないです」
「そうね‥‥」
「ということで『ストレングス』ポーションは冒険者ギルドが買っても売るところがないんですね」
「なるほど。『ガス化』は?」
「『ガス化ポーション』は売買に規制が掛かっています。ガス化することによって厳重な警戒の建物とかにも侵入し『ガス化』を解き実体になって建物の中から鍵を開けたり、火を掛けたりが可能ですし、いざというときに逃亡することもできます。盗難、侵入、逃亡等の犯罪行為に使用可能な『魔法収納袋』『透明マント』『ガス化』などこれらの効果をもつ魔法の品は三年前に布告された“魔法古物営業法”の附則によって所有者の明確化と取得資格審査が必要になりました」
カウンター背後の壁に掛けてある”魔法古物商“のプレート″を指さす。
「中堅冒険者のカレンは自分たちで手に入れた物ですし鑑定し終われば問題なく持てますけど、もし初級冒険者が手に入れてきてもそのまま持たせずギルドが買い取ることを強く推奨することになります。そんなことで一般の方が売買するのは難しいのですね。ある程度、社会的信用がある商人や貴族でないと買うことはできません。つまり市場流通性が悪いのです」
「‥‥むずかしいね」
「冒険者ギルドは隊商の護衛等の仕事で商人とも付き合いはありますが中規模の商人までです。大店になると自分のところで専用の護衛部隊を持ちます。その方がやはり信用できますから。そして貴族は基本的によほどのことが無いと冒険者には仕事は頼みません」
「確かに‥‥」
「ということで『ストレングスポーション』も『ガス化ポーション』も冒険者ギルドでは買い取っても売り先を見つけるのが難しいのです。でも冒険者が売りたいというなら買い取らない訳にはいかないので安い値段になってしまいます」
「薬屋ギルドはもっと売れないの?」
「そちらは矜持の問題ですね。薬屋ギルドでも騎士団や商人との取引はありますから売ろうと思えば売れます。ですが、普段彼らは自分たちで回復系の薬を作っていますから自分たちが作れない『ストレングス』や『ガス化』のポーションがぽっと出てきて、それを労せず転売? して稼ぐことに抵抗があるようです」
「なるほど、職人だね。じゃあ、メリッサは売り先があるんだ」
「そうですね。商業上の事ですから詳しくは言えませんが、騎士団とも付き合いがありますし、貴族の方ともまぁ、それなりに。『ガス化ポーション』なんかは貴族の方に人気があります」
「えーー、服とか装備とか全部落ちちゃって何も持てないから、移動した先でガス化を解いたら裸で元に戻るのに。ジョナサンなんて『ガス化』が私の取り分って決まった時、ちょっとニヤニヤしてたんだよ。あいつら今回の冒険で自分たちは使える剣や鎧があって、魔法使いが使えるものが無かったから私にポーション押し付けてきて」
「まぁ、分け前決める時の魔法使いあるあるですね。貴重な杖やスクロールは早々出てきませんから」
「思い出したらちょっとムカついてきたけど、メリッサのおかげで高く売れたから良しとしよう」
カレンが興奮した気持ちを落ち着かせるようにカップを傾ける。
「上流の貴族の方とかは執務室とは別に非常避難用のセーフルームを作って予備の服、靴、武器、お金とか一式置いておくそうです。お出かけ時も予備の馬車をちょっと離れて走らせてどっちに乗っているか分からなくしたり非常避難用に使ったり。まぁ、貴族の中でも上流の方達や必要性がある方達だけでしょうが」
「ほーー」
私もクッキーを一つ摘まみ紅茶を飲み、背筋を伸ばしてから雰囲気をちょっと引き締める。
「そうそう、今後の為にもカレンに言っておくことがあります。『ガス化ポーション』ですが容器に傷がありました」
「ああ、うん」
「『ガス化ポーション』は貴族に人気があります。基本いざという時の非常避難用ですが、コレクションとしての側面もあります。今では失われた三百五十年前の技術で作った古美術品としての価値です。大きな傷やひびが入っていない限り『ポーション』としての品質は五百年は優に持ちますから子孫に残す資産という面もあります。中には客間に飾ってお客様に見せびらかし美しく傷のない瓶を眺め悠久の時に思いを馳せる。そんな楽しみ方もあるようです」
「え、美しく傷のない‥‥」
「はい。今回の買取りの瓶には小傷が多くありました。それも最近できたものが」
「じゃあ‥」
「傷が無ければあと金貨2枚は買取価格が高かったですね」
「だーーーーーーー!」
カレンが両手を上げ雄叫びを上げる。
私は静かにカップを傾けカレンが落ち着くのを待つ。
「カレン、冒険者の事前講習で『ポーション』の扱いについては学んでいますよね。『ポーション』の容器の素材にはガラス、陶器がよく使われますが古カンタブリア朝後期の大量生産品には『衝撃保護』の魔法が掛かっていることは稀です。持ち運び時には布で包むなりしましょう」
「う、う、金貨二枚‥‥」
俯いたカレンから呪詛のような呟きが聞こえる。
冒険者は皆、必要な最低限の知識と戦闘技能を事前講習を受けて身に付ける。そこで『ポーション』の扱いについても教わっている。しかし、冒険者として活動する中で日々の仕事に追われ、最初に教わったことを忘れてしまったり、疎かにしてしまったりしているのが現実だ。
カレンの性格の要因も大きいが。
だけど、これはカレンだけの問題でもないだろう、冒険者ギルドに言ってギルド登録者全員の定期的な学びなおしの講習が必要なようだ。
実際、新しく解ったモンスターの生態や弱点、地図上の発見や変更点など情報共有したほうが冒険者の依頼の成功率、生存率が上がるだろう。
今までは仲間内だけで留めていた情報を共有できればメリットは大きい。
近いうちに冒険者ギルドに顔を出そう。
カレンがいつまでも俯いているのでちょっと元気になる情報を提供する。
「まぁ、『魔法収納袋』に入れれば、他の内容物とぶつかって傷つく事とかはないんですが」
がばっと起き上がったカレンが私の腰の『魔法収納袋』を凝視する。
「これは駄目ですよ。今は商品の在庫はないのですが、もしかしたら近いうちに良い出物があるかもしれません。お値段はそれなりにしますが出たら声をかけますか?」
「お願いします!」
まぁ、カレンの荷物袋の今の扱い方を考えると『魔法収納袋』を使うにも事前に教育が必要ではありそうだが。
「とりあえず、今日のところは冒険者ギルドで売るより高く売れたということで気分を持ち直しましょう」
「そうだね。気分転換に呑みに行こう」
いつの間にか陽も傾き、窓の外の人も家路に向かう人は多くなってきたようだ。
「メリッサ、付き合ってくれるでしょう」
「そうですね。たまにはいいでしょう。締めの仕事がありますから先に行っていてください」
「じゃあ、”三匹のウサギ亭”に行っているね。今週は良いベーコンが入ったって言っていたから、厚切りでいただこう」
「はい、はい」
カレンを送り出し店の外のプレートを「CLOSE」にし店の扉の鍵を掛け、窓の鎧戸を閉める。
カウンター下の金庫から古物台帳を取り出し「年月日」「品目」「数量」「工房名」「製造番号」「鑑定書番号」「買取金額」「販売者名」「ギルド証番号」等の本日の買取情報を記載する。
こちらをしっかり記載してないと魔法公安委員会の査察があった時に困ることになる。最悪登録取り消しまであるので取引の都度、漏れなく記載するようにしている。
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・取引の記録義務:
取引内容(取引年月日、魔法古物の品目・数量、相手の身元情報など)を帳簿などに記録し、一定期間保存する義務が課せられる。
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『保管庫』に古物台帳を仕舞い、『保存缶』から二枚ほどクッキーを小皿に『保存庫』から牛乳を小さいカップに入れ、それぞれカウンターに置いておく。
裏の中庭の扉から出るが人気はない、子供たちも家に帰ったのだろう。見上げると空は薄暗くなり、それぞれの家の窓からは明かりと声が漏れ、夕餉の準備をしているようだ。
厚切りベーコンに期待して”三匹のウサギ亭”への道を急ぐ、今日の帰りは遅くなりそうだ。
今日の更新はここまでです。
明日は16:00頃の更新を予定しています。




