幻燐竜ダンジョンB6F 3
第六層最深部は広い空間だった。
中央には平たい地面が広がりその周りの天井や壁からは絶えず水滴が落ちている。岩肌は黒く、滑りやすい粘土質の泥に覆われ、毒々しいほど鮮やかな緑や青に光る苔が貼り付く、上からは鋭い鍾乳石、下からも伸びた石筍が、まるで自然の罠のように密集し、これらの先端には水滴が溜まって反射し、光を虹色に拡散している。
空気は重く、近づくほどに感じてはいたがマナの濃度が高まっており、肌をピリピリと刺すような感覚がある。
そしてその中央には『光の精霊』の光を帯びて虹色に輝く幻燐竜が四肢を折りたたみ、重々しく大地にその巨大な体躯を預けている。長い首はなめらかなカーブを描き、大きな頭部を前脚の上に静かに乗せて、その体勢は自らの領域を守る巨大な番人のようだ。
眼は閉じているが長く体の周りに巡らせた尻尾の先端は微かに動いている。
事前に聞いてはいたが、その大きさには驚かされると共に虹色に輝くその体の美しく、周りの鍾乳石や石筍との相乗効果で神々しいものを感じる。
マナがその周りに漂い高い濃度だという事が分かる。
また、何種もの精霊も漂っている。
ゆっくりと慎重にその広い地面に進みゆく我々の気配には既に気が付いているだろうが、今のところ動く気配はない。
こちらはタワーシールドを持ったダブスとチャド、その後ろにグレイサンド、後の残りという密集隊形で進んでいる。
彼我の距離が20mほどになった時におもむろに幻燐竜が瞼を開きその虹色に輝く瞳を我々に向けてきた。そのトカゲのような無機質な瞳には何の意志も感じない。
そして億劫そうな動作で頭を上げると息を大きく吸い込んだ。
「来るわよ!」
カレンの合図でダブスとチャドが最前列でタワーシールドを楔形に合わせ、腰を落し衝撃に耐える準備をする。
グレイサンドがダブスとチャドの背中に飛び乗り『火鼠の毛皮』のマントを両手に広げ上方を覆いつくす。ちなみにダブスとチャドのハーフプレートの背中にはグレイサンドが足場にする突起が取り付けられている。
カレンが『氷壁:アイスウォール』の呪文を唱え、ウェンディが「氷の壁よ。我の前に」と唱えるとその二つの『氷の壁』も戦士たちの前に楔形を形成する。
私は幻燐竜が「ヒュオーーーー!』という音と共に息を吸い込み、ブレス袋が膨らむ様子を見つつ、装備を確認し待機する。
ある程度大きなドラゴンのドラゴンブレスの直撃は一撃で人間を消し飛ばす威力がある。全員がブレスを受けることを回避するために、散開して的を分散させる作戦もあるがその場合誰か一人が直撃を受け消し飛ぶことになる。
ダブスやチャドがタワーシールドで受けても、カレンやウェンディが『氷の壁』で受けても盾や『氷の壁』ごと消し炭になるだろう。
炎のブレスはコーン状に広がるため下手をすると、二人三人と被害が出ることも想定される。
そこでダブス達はあえて一撃ドラゴンブレスを受ける作戦に出た。
楔形の『氷の壁』で大きく威力を削り、防ぎきれなかった分を『風の障壁』とタワーシールドと『火鼠の毛皮』のマントで防ぐ、それでも通ったものはジョナサンの『耐火:ファイヤーレジスト』で何とかするというものである。
幻燐竜は我々がそんな小細工をしているのを見てはいるが、気に留めることもなくブレスを吐いた。
幻燐竜の喉の奥が一瞬だけ太陽のような白い光を放ち、その直後に炎が炸裂する。
ブレスが放出される際の空気の爆発的な膨張により、炎だけでなく目に見えない強力な衝撃波が発生し耳をつんざく轟音と共に、ダンジョンの岩壁を震わせ、鍾乳石を砕く。
『氷の壁』とタワーシールドという二種の盾の背後で我々は身を縮めて業火の炎を遣り過ごす。『氷の壁』は炎の威力を軽減する役目を立派に果たし溶解する。タワーシールド『火鼠の毛皮』のマント、『風の障壁』が威力の減退した炎を左右に受け流し、その陰にいる我々は熱風に耐える。予想よりも大きな威力に驚愕するも過剰とも思っていたブレス対策がギリギリの効果であったことに安堵する。そして地面に残された黒い炭の跡、そして微かに漂う燃えカスのような異臭の中、即座に散開する。
ダブスとチャドは幻燐竜の左右の脚の前に、それ以外はてんでバラバラに石筍の陰などに散開し的を絞らせないようにする。
炎が消えた後も、幻燐竜の口内や喉の付け根の鱗はしばらく赤熱したように輝きを放っているが、炎のドラゴンブレスは連射出来ない。可燃性ガスの精製と口内、喉の冷却時間が必要なためである。最低でも3分から5分は必要と研究資料や言い伝えでは言われている。
ダルそうに体を持ち上げた幻燐竜は5mほどの体高で、四肢でしっかりと地面を捉え首と尻尾をもたげて、7m位の位置からその瞳が我々を睥睨している。
ダブス達の作戦は右脚をダブスと魔法攻撃で集中的に攻撃し態勢を崩させ、頭を下げさせその頭を叩くという方針だ。
そして、グレイサンドと私には別ミッションが与えられている。
幻燐竜の周りや石筍の陰などには、かつて幻燐竜に挑んだ冒険者のなれの果てが転がっている。その中の魔法使い遺体の荷物の中から『口輪:トレーニングマズル』を発見することである。マズルとは主に犬などの動物の口元に装着して、噛みつきや拾い食いを防止するための道具であるが魔法古物である『口輪:トレーニングマズル』はあらゆる動物の口にフィットし噛みつき攻撃などを不可能にする。そしてこれをドラゴンに使用した場合、ブレスを吐くことも防ぐことが出来る。
なぜ遺体の魔法使いがそんな魔法古物を持っているかというと売ったのが『メリッサ・スー魔法古物店』だからである。
また、前回ここから惨敗して逃げ出したダブス達が拠点の町で、次回の挑戦のために他の冒険者から情報収集したところ、1年ほど前に挑んだ中堅パーティが第六層、幻燐竜に挑むための秘策として『口輪:トレーニングマズル』の事を匂わせていたことを聞いていた。そしてその後帰っては来なかったとも。
そして付属調査から購入者はそのパーティの魔法使いであり、そのパーティが鎧の肩部分や兜飾り、杖の宝石などの色をお揃いの紫色で揃えていたことが分かっている。
グレイサンドが迷いなく足を進み始めたという事は何か当てがあるのだろう。
ダブスの『バスタードソード』が淡く光り幻燐竜の右前脚を切りつける。一日三回しか使えない『バスタードソード』に付与された『鋭刃:シャープネス』の効果を発揮させている。
チャドはタワーシールドで左前脚の攻撃を捌きつつ、『戦槌』で打撃を与える。見た目は変わっていないが『ヘルム』の『剛力:ストレングス』の効果は使っているだろう。
前衛が接敵している為、カレンは石筍の陰から広範囲魔法ではなく『魔法の矢:マジックミサイル』を的確に右前脚に打ち込む。
ウェンディも同じく『風の精霊』に頼んで『鎌鼬:ウィンドカッター』を打っている。
ジョナサンはいつでも『治癒:ヒーリング』を掛けられるように全体を見つつ待機している。
幻燐竜は左右の前脚の戦士を鬱陶しそうに相手をしつつ、尻尾で石筍を薙ぎ払い飛ばし魔法使いたちを牽制する。
そして一瞬ブレたかと思った後、瞬時に二体に分裂した。
ダブスとチャドの間に居たはずが、まったく同じ大きさで二人の外側でそれぞれを相手に正対するような位置を取っている。
以前に幻燐竜に遭遇したことがある冒険者の記録で『幻覚』により分体を見せることがあるという事は知っていた。しかも、『幻影』と言いつつもその爪や尻尾の攻撃は二体とも実体があり、実際のダメージが来るそうである。
分かっていたことではあるがピンチである。
さぁ、どうする。
次回は明日16:00頃、更新予定です。




