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幻燐竜ダンジョンB6F 1

 さぁ、第六層だ。

 石造りの階段を下りてゆくとこれまでとは違う洞窟風の景色に変わる。

 気温も下がって肌寒く、地面や壁の表面はごつごつとしており、岩肌は鉱物や水の流れの跡によって、黒、茶、錆びた赤、そして白っぽい石灰岩の層が混ざり合い、複雑な大理石のような模様を刻んでいる。

 天井から染み出した水が乾燥した部分には、白い結晶状の粉や石灰華が付着し、『光の精霊』の放つ光を鈍く反射している。

 階段から見える範囲は横幅もあり天井も高く、足音の反響からもその先にもある程度広い空間が広がっていることが伺える。


「さぁ、私たちの行く先を照らして」


 ウェンディがこれまで三体だった『光の精霊』を追加で三体、計六体体制にして近くに三体、先行して先を照らすのに三体という形にする。


「さぁ、ここからが本番だ!」


『光の精霊』が照らしてくれた先には幅高さ共に5~10mほどの洞窟が続いており、ダブスの号令で足を進める。




 前回作成のマップに従い、いくつかの分かれ道や広場を抜け、大コウモリや大ムカデを退治し、二時間ほど進んだところの小さな広場で小休憩を取る。


「ここまでは順調だな」


 水袋から水を飲み、喉の渇きを癒しながらジョナサンが皆を見回す。


「ああ、ただこの先が前回通りだと‥‥‥」


 行動食を齧りながらダブスが返す。


「大丈夫だ。対策は練ってきただろ」


 通路の奥に耳をそばだたせながらグレイサンドも返す。


 いつもならすぐ軽口を返してくるカレンとウェンディが口を噤んで行動食や水を取っている。


「問題ない。十分練習もしてきた。なぁ、ダブス」


 チャドが行動食を食みつつダブスに同意を求めるのにダブスも軽く返す。


「そうそう、ちょっと目が回ったがもう慣れた。大丈夫だ」


「そうね。対策は十分。心配はない‥‥」


 俯き加減なカレンの後にウェンディも心配の声を上げる。


「前回はこの先でカレンも私も呪文を使い過ぎて魔力が底をついてしまったのよね。それで幻燐竜と戦うことも出来ず‥‥」


 前回、幻燐竜の鱗は何とか手に入れたが、まったく相手することも出来ず這う這うの体で逃げ帰ったことがトラウマになっているようだ。

 幻燐竜の前の段階で攻撃呪文で魔力を使い切り、最後に何もできなかった二人は特にそう感じているようだ。


「カレンもウェンディも幻燐竜にリベンジするんじゃなかったんですか?私はお目当ての本が手に入ったのでここで引き返してもいいですよ」


 私の煽りにカレンが恨みがましい目を向けてくる。


「んんん、引き返す選択肢が無いこと解ってるくせに。いじわる」


『魔法収納袋』からバスケットを出し、皆の前に差し出すと周りにはバターの良い香りが漂う。


「さぁ、奴らが嗅ぎつけて来る前に食べちゃってください」


 バスケットの上の布巾を捲り、アーモンドスライスや砕いた各種ナッツの上に粉砂糖が掛かった大ぶりのマドレーヌを皆に手渡す。


 食べ終わったころにはカレンもウェンディも元気を取り戻していた。


「甘いものは正義!」


 カレンのたわ言にウェンディも頷いている。


「さぁ、前半戦山場だ!いくぞ!」


 ダブスの号令に態勢を整える。




 目の前には大きく開かれた空間、反響する音から大広間ほどはあるだろう。『光の精霊』が辺りを広範囲に照らしてくれているが左右の両端や天井は見えない。

 床はある程度平らなところはあるが高低差や凹凸があり歩き辛そうで、ところどころ水溜まり等もあるため足元に注意する必要がある。

 しかしそのようなことよりも何よりも、その空間の光が届かないぎりぎりのところからあまたの赤い目がこちらを向いている。その数は計り知れず数百匹から下手したら千匹とかいう数であろう。

 そう、カレンとウェンディが尻ごみしていた理由がこのネズミたちである。攻撃呪文を乱発したのもこのネズミたちを近寄らせない為であった。


 ネズミたちは警戒してじっとこちらを見ているが、何かのきっかけで一匹が襲い掛かってくれば残りもみな一気に襲い掛かってくるであろう。




 前回、攻撃呪文を連発しその隙に何とか駆け抜けた一行のうちグレイサンドがいい仕事をしていた。攻撃で倒した死骸の内、小さい個体を持ち帰っていたのである。

 それを調べた結果、この魔物がケイブラット、洞窟ネズミであることが判明した。体長は成体で鼻の先端から尻尾の付け根まで30㎝ほど、洞窟内の水辺や湿気の多い場所に適応しており、雑食性で特に洞窟内の昆虫などの動物性タンパク質を好む。また、人間が感染する病気も持っている。噛まれたところが青く腫れあがり、高熱が出て、下痢嘔吐を伴い下手すれば噛まれた手足が壊疽して落ちるという怖い病気である。


 今回のダンジョンアタック前には十分な準備期間があったため、王都でいつものお使いの子供たちに昆虫を集めて貰った。種類は何でも良いので干した昆虫10匹で銅貨1枚と話したところ子供たちのネットワークで忽ち王都中に広がり、一週間で大きな小麦袋20袋ほどになった。いつものお使いの子供たちが取りまとめて袋入りで納品してくれたのでその子たちには追加報酬とクッキーを多めに渡した。

 一時期、王都の公園では虫取り網を持った子供が多数見掛けられたそうだ。


 そんなこともあり、先端に重しの石を詰め、逆側に持ち手を付けた小麦袋を6袋ほど『魔法収納袋』から出し積み上げる。

 ケイブラットは匂いに反応したのか、ウゴウゴと動き始める。


「行くぞ」


 ダブスが装備を仕舞い、小麦袋の持ち手を両手で持った。

 チャドも続いて手に取り、二人して少し離れてグルングルンと小麦袋を古代の競技ハンマー投げよろしく振り回し、左右に放った。

 勢いよく飛んだ小麦袋は左右に20mも離れたところに落下し、ケイブラットは落下地点から飛び退った。が、即座に小麦袋に舞い戻り食い散らかし始め、小山のように群がった。

 続いて第二投、第三投と左右に飛ばした段階でケイブラットは左右に別れ、中央には空白地帯が出来た。

 その隙に慌てず騒がず、しかし素早く我々は移動を開始した。


 進んで行けば小麦袋の虫に有りつけなかったケイブラットがこちらの襲い掛かってこようとする。

 小走りに走りながら『魔法収納袋』から出した小麦袋をダブスにパスすると、その勢いのまま遠心力で投げ飛ばす。するとケイブラットは小麦袋を追うように離れてゆく。


 それから追加の小麦袋をいくつか放りながら、何とかケイブラットの巣を越えることに成功し、無言のままケイブラットの巣からまま十分な距離を取った段階で全員が大きく息を吐いた。


「「「「「「「ふーーーーーー」」」」」」」


「う、上手くいったな」


 ダブスがヘルムを外し額の汗を拭う。


「昆虫を集めてくれた王都の子供たちには何かお土産でも用意してあげましょう」


「そうね。こんなに役に立ってくれたんだものね」


「呪文消費なしでここを越えられたのは大きいわ」


 私、カレン、ウェンディが返事をする。


「前回はダブスとカレンが噛まれて『病気治癒:ヒールディシーズ』も必要だったしな」


「それは言わない約束でしょ!」


 ジョナサンの言葉にカレンが少し怒ったように返す。


「前回は『ファーヤーボール』や『アイスブリザード』が飛び交い、爆発でネズミは飛び散ってきて、もう散々だったからな」


 グレイサンドも参加してくる。


 みんな、気が緩んだようで軽口が飛び交う。




 今回も油を大量に撒き、『ファイヤーボール』を打ち込んでもらうことも出来たが、火がついて狂乱したネズミがどう動くか分からなかったし、ネズミの数も大量過ぎた。それに大量の燃焼で酸欠になる心配もあったため、その案は不採用になった。




 さぁ、後は幻燐竜を残すのみだ。






次回は明日16:00頃、更新予定です。

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