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幻燐竜ダンジョンB5F 3

 ダブスに静かに肩を揺すり起こされマットレスから身を起こす。

 衝立のこちら側では『光の精霊』が照度を落としてくれいているので薄暗いが、衝立の向こうではもう少し明るくなっている。

 隣にはカレンとウェンディがまだ寝息を立てているので、毛布を抱え静かに衝立の向こうに移動する。

 最初の夜番だったダブスとグレイサンドが女性用と別の衝立の向こうに姿を消し、チャドが代わりに姿を現す。

 しっかりとフル装備になったチャドの顔は目が細いので起きているのか、寝ぼけているのか判別し辛いが、持ち運び型のファイヤーピットでお湯を沸かし始めた手つきはしっかりとしているのでお目目もしっかり開いているのであろう。

 布製の丈夫な持ち運び椅子に腰かけ、毛布を膝に掛けチャドの入れていくれた薬草茶を頂く。


 寝ている者の睡眠を妨げない為、夜番の間も余り話し込んではいけない。眠気防止のため多少会話する時も必要最低限の声量で行う。

「熱いぞ」「ありがとう」の会話くらいでチャドは元々余計なことは言わない質なので、チャドとの夜番だと無言が長く続くことがあるが、特段気まずくなることもない。

 チャドは薬草茶を啜りつつ詩集を捲り始めた。30年位前に他界している詩人で自然の美しさや感情の起伏を詠った叙情詩的作品のようだ。


 私は昨日手に入れた長さ10㎝ほどのガラス瓶を二つ出して眺める。捕獲したブラックゼリーはガラス瓶の中でウゾウゾと動いている一つのガラス瓶を空けて空気を入れてやり、部屋の隅に転がっていた小さな木片を入れてやるとすぐさま取り込み消化吸収を始めた。もう一つのガラス瓶にはローストポークのあばら骨を入れ、二つの状況を観察する。

 だいたい同じ量の木片と骨を入れたが、木片の方が消化するのが倍以上速いようだ。

 その後、夕食で分けておいた野菜やパン、革や布の切れ端を与え消化時間、体積の増加具合等を記録し、スケッチを残しておく。

 色々放り込んで行くと少しずつ体積が増え、際限なく吸収していくようなので途中でやめておく。ウゾウゾと蠢く様子がお代わりを要求してくるように見えなくもなく可愛さを感じる‥‥ことはない。

 消化吸収した後はガラス瓶の内側には水滴が付き曇り始めている。消化吸収の過程で酸素を消費し二酸化炭素と水が発生している様だ。

 とりあえずは元気にしているようだ。都度都度様子を見て行こう。

「ルナ」と「ステラ」と書いたメモをガラス瓶に貼っておく。


 チャドが途中からこちらを観察していたようだが、ネームプレートを付けた時、気のせいでなければ細目が少し開いた気がしたが、何も聞いては来ずゆっくりと詩集に視線を戻した。


 ガラス瓶を仕舞い、私も今回手に入れた本を一冊出す。

 アルバタール朝時代の「ゲルマイン鉱山の資源分布と魔物を使った採掘方法について」を開く。帝国のアルバタール朝時代は比較的戦乱の少ない時代で様々な学問が発展・進化した時代でもある。その後の帝国の滅亡によって多くの文献は失われた。ダンジョンの奥で我々に発見されることを待っていた失われた知識の片鱗。それを再発見した喜びをかみしめながら頁をめくる。


 カタッと炭が崩れ音を立て、少しの火の粉が散る。

 音で頭を上げたのを切っ掛けに、ハーブティーの茶葉を出しお湯を注ぐ。

 むにゃむにゃとカレンの寝言が多少聞こえてくるが、内容までは聞き取れない。

 チャドのカップにハーブティーを入れ二人でゆっくりと啜り、ページを捲る音と炭の燃える音だけが聞こえる。





 基本的にダンジョンでは太陽も見えなければ、教会の鐘の音も聞こえないので時間の経過が分からないが、ダブス達のパーティは高価な懐中時計をパーティ共有として持っているので正確に時間を把握することが出来る。

 チャドが懐中時計を確認し、立ち上がり合図を送ってくるのでこちらも二人を起こしにゆく。カレンは毛布を蹴散らし、ウェンディは毛布を抱き丸まって寝ている。二人の肩を揺すって起こし、グズグズ言うのを火元に連れて行く。

 寝起きの一杯を用意してあげているうちにジョナサンが欠伸をしながら出てきた。

 架台に置いた小樽から洗面器に水を溜め、顔を洗った三人に紅茶を渡し飲んでもらっている間に、カレンとウェンディの髪を一度解き、再び結い上げる。

 基本この二人は朝が弱いので起動するまで時間が掛かる。

 魔物の襲撃時とかにはパッと起きてくるので、問題ないが。


 組立式サイドテーブルに置いた紅茶を飲みながらカレンが『魔法収納袋』から出した『スペルブック』を捲り始めた。

 魔法使いの魔法とは大地、空気中、人、動物、植物、鉱物様々なモノの中に存在する原初の力”マナ”を魔法使いが使える魔力に変換し、呪文でその性質、方向性、特性を定義した魔法陣を構築し魔法を発動させる。魔法の呪文は基本的な呪文は魔法塔の基礎教育段階で教えられるが、一定以上のレベルの物は師匠から受け継いだり、ダンジョンや魔法古物店で手に入れたりして自分の物とすることになる。

 そして自分の『スペルブック』に書き留めて、使える呪文を一つ一つ増やして行く。万が一、失くしたりすると一から作り直しになり時間、手間、お金がべらぼうに掛かってしまう為、魔法使いは『スペルブック』をとても大事に扱っている。

 そして、ダンジョンで使う呪文は発動時間を短縮し即座に発動出来るように規格化されたものである。例えば『火球:ファイヤーボール』の呪文であれば『”マナ”を魔力で火に変え凝縮し、30㎝ほど大きさ火球を作り、30m以内の標的に飛ばし爆発させる』という決まったことしかできない。

 火ではなく氷に変えたり、火球の大きさを変えたり、飛ばす距離を延ばしたりすることが出来ないのだ。

 時間を掛けて呪文構文を書き換えて詠唱すれば可能であるが、目の前に魔物が迫ってきている段階では現実的ではない。

 魔法使いの習熟度によって込められる魔力は大きく出来るので同じ呪文でも覚えたてと熟練者では威力が変わってくる。

 呪文の中の構文を構成する単語一つ間違っても、呪文が発動しなかったり、予期せぬ効果を表したりすることから、魔法使いは呪文を一言一句間違わずに唱えられるように、日々頭脳に呪文を記憶しなおす作業を行う。


 隣ではウェンディが「精霊との交信」を始めている。

 ウェンディは『風の精霊』と仲が良いため、常にウェンディの体の周りには何体もの『風の精霊』が舞っている。その精霊たちと言葉を交わす様子は一般人から見れば、空中に手を差し伸べ何事か独り言を言っているだけである。その髪が微かに靡いたり、足元の砂が少し舞い上がったりしていることから、見るものが見れば「精霊と交信」していると分かる。

『風の精霊』とひとしきり挨拶した後は、ファイヤーピットの熾火で『火の精霊』と、水袋の口を開け『水の精霊』と、地面に手を付いては『土の精霊』と『石の精霊』と、空中に浮かせている『光の精霊』と、影になる場所で『闇の精霊』と、その他の細かい多くの『精霊』とも挨拶をしてゆく。

『精霊』は”マナ”が何かの切っ掛けで意志を持ったものと言われている。多くは自然現象を元にしているが、中には『怒りの精霊』や『安らぎの精霊』と言ったような生物の精神に起因するものもいる。

『精霊』は”マナ”自体が姿形を取ったものであり、その自身である”マナ”から直接魔法現象を起こすことが出来る。よって呪文などは必要なく、どの様な現象を起こせるかはどれだけ力の強い『精霊』がいるか、多くの精霊がいるか、精霊使いと『精霊』がどれだけ親しいかによってくる。

 そして、その姿が見えて力を借りられる者が精霊使いである。

 それゆえ精霊使いは日々、『精霊』達と会話し友好関係を維持している。

 下手に機嫌を損ねると手を貸してくれなくこともあるので要注意だ。

 ちなみに今朝、『風の精霊』との挨拶が永かったのは一番親しいという事に加え、ダンジョン内で風を通りが悪く、『風の精霊』がちょっと臍を曲げていたからだろう。


 早々しているうちにジョナサンも「神への祈り」を始めている。

 ジョナサンが信仰しているのは『光と創造と繁栄の神』で、何柱も存在している神の中でも主神に位置付けられている神である。

 神官が魔法を使える仕組みは学問的には良く解っていない。

 “マナ”に干渉し『治癒:ヒーリング』などの魔法が働いているのは確かであるが、呪文を唱えている訳でも『精霊』が働きかけている訳でもない。

 分かっていることは『神』に祈りを捧げることにより神官から『天上』への繋がりが生まれ『神の御力』を現世に借りているという事である。敬虔な神官程その繋がりは太くなりより大きな『神の御力』を借りることが出来るようだ。

 主神以外にも『大地と農耕の神』『海と交易の神』『風と豊作の神』『鉱物と鍛冶の神』『酒と踊りの神』『死と再生の神』などなどがおり、それぞれの土地で自分たちに恩恵を与えてくれる神々を信仰している。

 王都には大なり小なりなるが大体の神殿があり、主神である『光と創造と繁栄の神』が一番煌びやかで大きい神殿である。

 朝の祈りはその『天上』との繋がりを確かめ今日一日の『祝福』を授かる儀式である。

 なお、『神』に名はない。




 そんなこんなで三人三様が朝のお勤めを始めたので私はもう一眠りさせてもらうことにする。

 おやすみなさい。


次回は明日16:00頃、更新予定です。

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