幻燐竜ダンジョンB5F 2
さて、隠し部屋である。
前回来た時のトロール撃退後に、この部屋には他にも何か仕掛けがあると睨んだグレイサンドが見つけていた隠し扉がただの石壁としか見えない一部にあった。
扉を開け、慎重に室内に入り内部を警戒する。
「大丈夫だ。前回以降侵入した者はいない」
グレイサンドの確認後、全員が部屋に入る。部屋は5m四方、高さ3mほどの部屋で天井には通気口が小さく空いている。
まず、カレンが『閉錠:ロック』の呪文を隠し部屋の扉に掛ける。『閉錠:ロック』の呪文は扉、錠前を魔法の力で締め切ることが出来る。より魔力の強い魔法使いに『解呪:ディスペルマジック』されない限り有効で、野営中の魔物等の侵入を防ぐためダンジョン内の安全が確保された部屋等で使用することがある。
併せてジョナサンが『防御陣:プロテクション・サークル』を張る。こちらは弱い魔物なら侵入を妨げ、強い魔物でも接触を感知できる『結界』である。場所に掛けるので一度掛けたら動かすことは出来ないが野営時には有用である。
最後に私が『魔法収納袋』から縦横1m四方、高さ2mほどの直方体に切り出した花崗岩を隠し扉の前に出して物理的に塞いでおく。
部屋の奥には朽ち果てた机や棚と思われる残骸と、その横に積み上げられた20冊ほどの本がある。
この世界で本は貴重品ではあるが平民が手に入れられないほどではない。様々なパルプの原料となる樹木や海藻などが古くから使用され、古紙の再利用等も盛んだ。
街には古本屋や貸本屋が多くあり、街の人間の識字率も高い。
しかし、今回のような前時代の本は古帝国の消滅とともに多くが失われ、今はその文明を継承した小さな国々の王立図書館等で所蔵されていることが多い。
これらの貴重な本には『劣化防止』の魔法が掛かっているので日焼けや、虫食いも見掛けられない。
さて、今回の鑑定品である。
以前カレンがお土産にくれたアルバタール朝時代の「エルメホイン森林の植生と魔物の生態」と同じ時代の博物学、植物学、魔物学、地理学などが20冊、お宝である。
昔読んだことがあるものも有るが、いまでは王都の王立図書館でも見られないものもいくつかある。
「これはすごいですよ。王立図書館に持ち込めば良い値で買ってくれます。何冊かは私が適正価格に色を付けて買わせてもらいます」
一冊をパラパラとめくりながらちょっといつもよりテンション高い声が出てしまう。
「適正価格でいいわよ。メリッサの今回の分け前になるんだから」
カレンが微笑ましい顔を向けてくる。
「分かりました。でももっとお宝を稼がないと、私の持出しがすごい金額になりそうです」
「え?!」
「だって、カレンが前回お土産にくれた本も金貨5枚くらいの価値ありますよ」
「え、そんなに?!」
いつの間にか全員がカレンを見ている。
「いやそんな価値があるとは知らなか‥‥‥」
「そういえば、前回の分け前決める時に鑑定もせずメリッサのお土産にするって、一番に引っ込めてたな」
ジョナサンの冷たい声が部屋に響く。
「みんなも反対しなかったじゃない」
「それは「メリッサが喜びそう!」とか言われたらねぇ」
ウェンディも被せる。
「まぁまぁ、良いじゃないか。それもあって今回メリッサが一緒に来てくれたんだ。先行投資?ってやつさ」
ダブスがリーダーらしく周りを宥める。
「そうそう、線香闘志よ」
「で、今日の飯じゃが‥‥」
皆、本気でカレンを責める気はないのでグレイサンドの一言で目線が遠慮勝ちに私に向く。
「フッ、フッフフフフフ!!今日のご飯は私が担当します」
俯いていた体をゆっくりと上げ、大きく胸を逸らし高々とカレンが宣言した。
「え?!」
「イヤ」
「なに!」
「どうして!」
「‥‥」
ジョナサン、ダブス、グレイサンド、ウェンディ、チャドの声が被る。
「メリッサ、お願い」
カレンの合図で『魔法収納袋』からダイニングテーブル、七人分の椅子、サイドテーブル、テーブルクロスを出しセットする。
そして、カレンは大仰に両手を『魔法収納袋』に差し入れ、中でごそごそとしてからサイドテーブル上に慎重に大鍋を置いた。
振り向いて得意満面のカレンの両手には花柄の可愛いミトングローブが嵌められている。
カレンと私以外の全員が驚愕に目を見開いている。
それはそうだろう、ここ三週間の行動食作成の過程で、このパーティ全員が料理の心得が無いことは周知に事実である。
そのカレンが大鍋一杯の何かを料理してきたというのである。
恐怖でしかない。
しかし、そこで今まで黙っていたチャドが口を開いた。
「良い匂いがする‥‥」
「そう言えば、何か嗅いだ覚えがある匂いが‥‥
ウェンディもそういって鍋に近づく。
「じゃーーん、みんな大好き!ジェシカおばさんの青草牛のビーフシチューよ。そして銀毛豚のロースト、銀の小麦の焼き立てパン、ワインもあるわ」
鍋蓋を取って中身を見せ、『魔法収納袋』からローストの大皿、籠に入ったパン、ワインを続けてサイドテーブルに出してゆく。
どうやら『魔法収納袋』からの出し入れはちゃんと練習していたようだ。
「「「「「おおーーーーー!」」」」」
皆が気を取られている間に私は食器、カトラリー、グラス、ナプキンなどを出しておく。ちなみにジェシカおばさんはカレン達行きつけの食堂の女将さんだ。
「さぁ、お代わりはいっぱいあるからカレン様に感謝して、好きなだけ食べなさい」
カレンは大鍋の前でお玉を持って告げた。
全員が満足してこれは私が用意したベイクドチーズケーキを食べ、食後の一杯のお茶を飲んでいる。
「満足、満足、カレンの料理と思って一瞬如何なることかと思ったが‥‥」
「なんですって!そんな無謀なことするわけないでしょ‥‥」
ダブスとカレンが遣り合うのを横に、外のメンバーは今日の反省等をしている。
「とりあえず予定通りの進行が出来たな」
「ああ、前回はここに来るまで探索しながら、三日掛かったからな」
「メリッサの参戦はやっぱり大きいわね。呪文の使用も最小限で済ませられているから、魔力の消費が少なくて助かるわ。これなら明日の幻燐竜戦に万全の態勢で挑めそうね」
グレイサンド、ジョナサン、ウェンディの言葉にチャドがコクコクと頷く。
「明日は第五層の階段部屋から第六層へ、第六層は洞窟型でしたね」
私の確認にグレイサンドがマップを確認しながら答える。
「ああ、未探査な場所も多いし部屋があるわけでも無いので魔物の分布も読み辛いな」
「そこは仕方ないでしょ。臨機応変に対応するしか」
「とりあえず、今日の所はゆっくり休むのが吉だろう」
ウェンディの言葉にジョナサンが答える。
部屋の隅に衝立を出し視線を遮る。
『魔法収納袋』から出した木の固定台とその上にシャワーヘッドが付いた樽をセットすれば簡易シャワールームの完成である。
樽の中には適温のお湯が入っているので順番に今日の汗を流す。
ダンジョン内では魔法使いの魔力は温存した方が良いので、余計な魔法はなるべく使わないでもらう。
カレンとウェンディ、ジョナサンの魔法使い組は朝には早起きして「『スペルブック』の読み込み」、「精霊との交信」、「神への祈り」等があるので早々とご就寝である。
残りの四人で二交代制で夜番をする。
ここ二日の野営時にも設置していたので今日もキングサイズのマットレスを二つ出し、男女で分ける事にする。やはり、地面に毛布で寝るのに比べて次に日の疲れの取れ方が違うと言われてしまうと出さざるを得ない。
夜番の時は念のためにフル装備で見張りをするが、やはり就寝時には最低限の軽い装備にして横になりたいという気持ちは分かる。
皆は私やカレンのように薄い皮鎧だけではない。重い鎧に武器も持って、戦闘を熟しているのだ。夜くらい身軽にして休んでほしい。
明日は、第五層の階段部屋から第六層へ、そして幻燐竜アタックである。
早く寝よう。
次回は11/25 16:00頃、更新予定です。
「線香闘志」誤字ではありません。
線香闘志:「すぐに消えてしまう、長続きしない闘志」




