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『ガス化』と『ストレングス』のポーション1

 カランッと店の入り口のドアベルの音がした。

 奥の作業場から店のカウンターに移動しお客さんに明るく声をかける。


「いらっしゃいませ。メリッサ・スー魔法古物店へようこそ」


 窓から覗く春先の通りは寒さの緩みとともに、着るものが軽やかになってきている。

 お客さんは二十歳くらいのというか、顔見知りだった。


「はーーい。こんにちは。カレンさんでーーーす」


 金髪のくせ毛を後ろで一つに纏めた普段着ワンピースの女性魔法使いで何回か冒険を共にしたこともある中堅冒険者である。


「いらっしゃい。カレン。今日のご用向きは?」


「これ、買い取ってもらえるかと思って」


 カレンは腰に下げた荷物袋からガチャガチャと中を探って『小瓶』を二つ出してカウンターに置いた。無造作な『小瓶』の扱いに私は眉を寄せつつ、腰ベルトに付けた『小袋』から『モノクル』を出しカウンターに置かれた『小瓶』をまず観察する。

 薄い赤色と青色の液体が入った密閉したガラスの瓶である『アンプル』はレンズを通してみるとうっすらと光って見えることから魔法の品である事は確認できた。

 カウンター下から商品を置くトレイを用意しつつ胸元の『ブラックオニキスのカメオ』を自然に確認し『アンプル』をトレイに移す。


「こちらへどうぞ」


 来客中の案内板をカウンター上に設置し、店内からは衝立で直接見えない来客対応用のソファーセットにカレンを案内しようかと思ったらすでに鼻歌を歌いながら移動を開始しているのでテーブル中央にトレイを置く。


「少々お待ちください」


「あっ、クッキーはチョコチップのが良い。この前貰ったあれ美味しかった」


 カウンター裏へ移動し、もう寒い日も少なくなってきたがまだストーブにかけてあるケトルから『ティーポット』とカップへお湯を移し温めておく、追加のお湯も『魔法瓶』に入れ、棚にいくつもある『保存缶』から一番グレードの低い茶葉をティーセットへ、数日前に焼いておいたチョコレートチップクッキーを四種類、大皿に盛る。


「お待たせしました」


「だいじょうぶ。全然待ってないよう。早く頂戴」


 サイドテーブルに置いたティートレイから二人分の紅茶を用意し自分もソファーに腰を掛ける。カレンは早速クッキーに手を伸ばそうとして止まっている。


「あれ、なんかちょっと違う?」


「こっちはこの前あげたチョコで産地がソルティアスのチョコチップが小さめなもの。こっちは同じ産地でチョコチップが大きめのもの。後の二種類はチョコチップが小さめで産地がエテリオとアルカナのもの」


「おーーーー」


 カレンは一つ食べては紅茶で流し込み、次の種類に行くを始めた。


 静かになったのでその隙に『アンプル』を手に取り、表裏上下左右、近づけて遠くから、光にかざして観察する。指先で首部を弾くと「チーーン」と良い音がする。ひび割れなどは大丈夫の様だ。


「いい音色ね」


「良い物なの?」


「古カンタブリア朝後期ね」


「ふーーん」


 扱いが雑だったためガラスには最近できた小傷がいくつかあるが大きな傷は見受けられず一安心である。

 アンプルタイプは『ポーション』を充填後、首部を加熱しガラスを溶閉する為、密閉度は完璧である。ただ、大量生産品は容器に衝撃保護の魔法までは掛けていないので傷やひびが入ってしまうと品質が劣化もしくは効果を失ってしまうことがある。


 傷をつけた当人は四種類を一回り食べ終えたようで二周目に入っている。


 まぁ、多少傷がついていても他の容器の『ポーション』に比べれば保存状態は良好である。陶器やガラス瓶の容器に蝋や粘土で封をしたもの、中にはコルク栓などというものも発見されるがそのような場合は、だいたい『品質保持』や『時間経過無効』の魔法を掛けてあることが多い。


 二つの『アンプル』は同じ形状をしており、高さ15㎝、容量30mlほどである。直径2㎝ほどの底面には小さい刻印がまだ読めて、古カンタブリア朝後期の秘薬醸造所「アルケミカ・ロゼッタ」産を示す「二匹の蛇のロゴ」が確認できる。また、製造番号と製造年月も記載されており、二本とも三百五十年ほど前の製造だ。アンプルの胴体部分には『ストレングス』『ガス化』とも明記されているのが確認できる。古カンタブリア朝の時代から文字はあまり変わっていない。

 そして、首部には真新しい細長い紙で縦に最上部から左右に『封』がしてある。

 鑑定されるとポーション名、鑑定者名もしくは鑑定機関名・その登録番号、鑑定した『魔法古物』ごとの通し番号が振られ鑑定書にもその情報が記載される。


 カレンは二周目を終え、次は逆回りにするかなどと呟いている。


「で、鑑定書は?」



 *

 ・鑑定書の確認義務:

 魔法古物を売買する際は、鑑定書を確認する。

 鑑定書のない魔法古物の取引を禁ずる。

 *



「あっ、ごめんごめん」


 カレンは再び荷物袋を漁る。カレンが漁っている間に自分のカップを傾けて口を湿らし、無くなっているカレンのカップに新しい紅茶を注ぐ。

 カレンがガサゴソとやっと見つけた鑑定書を二つ出し、私に手渡した。


「どのチョコチップクッキーもおいしいね。チョコの大きさでクッキー生地とチョコチップの食感が変わって、あとチョコの産地? の違いで風味も全然変わるんだ」


「お気に召した様で何よりです」


 巻いて紐で括ってある鑑定書の紐を解き記載内容を『アンプル』の記載と確認する。瓶の形状や製造番号、王国の冒険者ギルドの鑑定士の署名も記され正規の物で問題ない。


『ポーション』には現状、大きく分けて三つの供給元「薬屋ギルド製作」「魔法塔製作」「冒険者発見」がある。


「薬屋ギルド製作」とは薬屋ギルドに所属する魔法使いが製造したもので、『ヒーリング』『毒消し』などの回復系が多く、魔法学院を出てそのまま薬屋ギルドに登録した者や引退した元冒険者などが所属しそれなりの数が流通している。主な購入者は騎士団や冒険者、裕福な商人、貴族などである。


「魔法塔製作」とは薬屋ギルドより効果の高い『ヒーリング』『毒消し』といった回復系に加え、騎士団などで重宝される『ストレングス』や『スピード』と云った身体強化系や、『メンタルエンハンス』といった精神強化系が多いがそれ以外のあまり外部に言えない物を作っているという噂もある。卸されるのは騎士団、貴族なのであり基本一般には出回らない。


 以上の二つは今の魔法使いが製作出来るもので、魔滅大戦で失われた『品質保持』や『時間経過無効』の魔法は掛かっていない。


「冒険者発見」とは遺跡やダンジョンなどで昔の遺産を探し当ててくる冒険者の本業?である。やはり古カンタブリア朝後期の中央集権魔道工房体制時の大量生産品が多く見つかり、ほとんどは戦場で使用される回復系や身体強化系、精神強化系の物になる。

 ただしまれにそれ以外の時代、地域の遺跡では何が発見されるか全くわからない。

『ガス化』、『巨人化』、『小人化』、『透明化』、『媚薬』、『姿を変える』、『永遠の眠り』、『完全回復』などなど、さらにサバンハル朝のアニマ・フォルナクスでは『不老不死の薬』の研究がされていたともいわれており夢は広がる。



 いつの間にかクッキーの皿を空けたカレンがじっとこちらを見ている。

 私はちょっと上を向いて両手を握りしめていた恰好から立ち上がり奥に向かう。


「クッキーのお代わり持ってきますね」


「次はプレーンのが良い」


 テーブルの上を再セットしカレンに向き合う。


 カレンが待ちこんだ『ポーション』は「冒険者発見」物になり、探索終了時に冒険者ギルドで他のお宝と共に鑑定され鑑定書が発行されている。

 鑑定され価値が評価されその価値によってその他のお宝や現金と共にパーティで分けられたものである。薬屋ギルドでも鑑定は依頼できるが冒険者ギルド所属の者はわざわざ『ポーション』だけ別に依頼するなんてことはせず一括で冒険者ギルドに依頼する。


「では、買取金額ですが、『ストレングス』金貨六枚、『ガス化』金貨二十八枚になりますがよろしいですか?」


「えっ、本当! ラッキー! やっぱりメリッサのところ持ってきてよかった。冒険者ギルドじゃその八割掛け、薬屋ギルドじゃ七割だったわ」


「ご納得頂けましたら買取書類の作成をさせていただきます。」


「オッケー!」


『保管庫』からトレイに載せたプラチナ貨三枚と金貨四枚、売買契約書と『契約印紙』、羽ペン、インク壺を持って戻ると上機嫌のカレンがプレーンクッキーと紅茶を楽しんでいる。

 テーブル上にスペースを作り中央に契約書を広げ、左右に『ポーション』の載ったトレイとプラチナ貨と金貨の載ったトレイを置く。


 まずはカレンの冒険者登録証のプレートを確認させてもらい「名前」、「登録番号」を売買契約書に記入する。通常、街中の諸々のギルドの登録証は巻物だが、冒険者は濡れたり、火で炙られたりどんな破損をするか分からないので鉄のプレートに刻印されている。これで本人確認は終わる。



 *

 ・取引相手の身元確認義務:

 o魔法古物を買い取る際は、冒険者ギルドの発行する身分証ギルドカードや、所属ギルドの身分証または公的機関・貴族家の発行する証明書等を確認する。

 o素性の確認できない者との魔法古物の取引を禁ずる。

 *


 。

 今回は冒険者ギルドの鑑定書が付いているので真贋の確認は完了している。売買契約書に「品目」「金額」こちらのサイン「メリッサ・スー魔法古物店」を記入し同じものを二部作り、内容をカレンにも確認してもらう。


「記載内容に問題ないようでしたらサインをお願いします」


「ん、何回やっても面倒だね」


「仕方ありません。王命での布告ですからね。適当なことやっていると魔法公安委員会の査察でうちも困ったことになっちゃいますから。しっかり確認をお願いします」


「‥‥はい、これでいい?」


 サインの入った二枚の売買契約書を確認し二枚並べる。2㎝×4㎝の『契約印紙』にわずかな魔力をかけて中央の点線に沿って分けそれぞれの契約書に貼る。

 二枚の『契約印紙』は魔力を通すと細い赤い線で結ばれているのが見え、この二枚は対になったことがわかる。後日、照らし合わせることがあった時には偽物だったり、改ざんがあると魔力を通しても赤い線が出ないことになる。

『契約印紙』は王都財務院がここ三年ほどで導入した「契約の真正性の証明」で正式な手続きを踏んでいることと「税金徴収」を目的としたシステムだ。

 契約者、今回の場合は買取者のうちが事前に王都財務院から購入しておき「売買契約」時に貼ることが義務づけられている。一枚で銀貨五枚ほどするので王国全体としては良い税収になるはずだ。金貨10枚以上の取引には貼る必要がある。

 契約書の偽造や改ざんのトラブルが減ったということで王都の商業ギルドや貴族の間ではおおむね好意的に受け取られている様である。


「んーー、魔法塔も最近良く分かんないこと色々始めているよね」


 カレンも魔法使いであるから『契約印紙』の赤い線は見えている。

 魔力のない一般の方々は大事な契約をするときは公証人事務所にて代行をお願いすることになる。


「そうですね。でも、まぁ契約がちゃんとできるのは良いことでしょう。お金かかりますけど。では、こちらで契約完了になりますのでお納めください」


 プラチナ貨と金貨の載ったトレイと売買契約書の一部をカレンの方に押す。

 カレンは荷物袋から小袋を出しザラザラとプラチナ貨と金貨を流し込み、売買契約書を巻き適当な紐で縛って双方を荷物袋に無造作に戻した。


 トレイの上を整理し『保管庫』に必要なものを仕舞い、テーブルの上をティータイム使用に戻す。


 先ほど五の鐘が鳴っていたので午後のティータイムには丁度いい時間だ。カレンに話さなければいけない事もある。


約二時間後に続きを投稿いたします。

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