ダンジョンへの道
「カレン、荷物が少ない‥‥いや、多いのか?」
貸し馬車屋で馬二頭と幌馬車を借りて王都を出て、商隊の馬車に同行させてもらいながら荷台でジョナサンが向かいのカレンの背負い袋を見ながら言った。
カレンは街道の旅をするにはチョット荷物が少ないかな? と思うくらいの背負い袋の膨らみであった。
パーティ仲間には『魔法収納袋』を手に入れたことは自慢していたのでみんな知っている。『魔法収納袋』に荷物を全部入れてしまえば、ほぼ手ぶらに近い状態になるはずがカレンは背負い袋を持ってきている。それはカレンの横の私も同じである。
ダブスがカレンと私を見やり、ポンッと右手の拳を左手の手のひらに打ち付ける。
「メリッサは『袋』を持っていても前から背負い袋も持っていたな」
ジョナサンは疑問な顔のまま首を傾げているので説明をする。商隊の馬車は少し離れていて馬車の音もするので声は届かない。
「『魔法収納袋』あるあるですが、盗難に合い易いんですよ。中にお金や貴重品が入っていると思うのでしょうね。ですから旅先や治安の悪いところではあまり人前で『魔法収納袋』を見せびらかさない方がいいんです」
「なるほど。それで背負い袋をダミーで持っておく訳か」
ジョナサンの納得した顔になった。
「ついでに聞きたいんだが、前に鎧とか入れてほしいと言った時に断られたのはなんでなんだ?」
ダブスが袋に詰めて荷台の端に置いてある自分の鎧を見やって、怒った風でもなく聞いてきた。
目的地の近くの村まで五日掛かるが当面は大きい街道でモンスターや夜盗に襲われる心配は無いのでみんな軽装だ。
「それも『魔法収納袋』あるあるですよ。ダンジョンの中で食料とか水とか予備の武器とかを私が預かっていて、罠とかで逸れたらどうします。身に付けている装備だけでその場を凌がなければならなくなって結局全滅なんてことになります。基本自分の装備は自分で持っていないといざという時に困るのは自分です。それに私が持ち逃げしたら困るでしょう」
チャドとウェンディが御者台で頷いている。
「ちなみに私の『魔法収納袋』は容量が少ないのでみんなの物までは最初から入れられません」
カレンがにこやかに言う。
「誰もお前さんの『袋』には期待しちゃいないよ」
グレイサンドが小さく呟いた。
今回はそこそこ開けた街道を行くことになるので途中で野宿は必要ない。
町々では神官であるジョナサンは教会や時には町の有力者に招かれ食事と宿を提供されている。
もちろん怪我人や病人などがいれば『治癒』の魔法で人々を癒す。その時ばかりは敬虔な神の信徒としての佇まいで人々からも尊敬の念を向けられている。
パーティ仲間と話すときの軽薄な感じではない。どちらが本当のジョナサンなのだろうか。
たまに私たちもご相伴に預かることはあるが基本は町の宿を取って、朝に合流している。
道中は交代で御者台に上り長閑な小麦畑や、林の中を進む。道は王都を離れると段々と悪くなる。
時には車輪が深い轍に嵌ってしまって動けなくなったりしたが、そこは力自慢の二人ダブスとチャドの出番である。全員が降りてしまえば馬車と荷物だけとなりすんなり脱出出来た。
風がそよそよと流れて小鳥の声が聞こえる時などはウェンディがストライプリュートを出して奏で出す事もある。繊細で柔らかい音と旋律でゴトゴトと揺れる荷台で聞いていると気持ちよくなって眠くなってくる。まぁ、道がまともな内だけだが。
ストライプリュートはフォレストタイガーの腹の皮を胴の部分に貼り、長い髭を弦に使っているそうだ。見た目はどこも縞々要素が無いのにストライプと言うのは材料がトラだからという事らしい。
「ところで、メリッサ‥‥行動食を作ってみたんだけど、味見してもらえる?」
カレンが上目遣いに聞いてくる。
こういう時は何か下心かお願いがある時である。
行動食は前に一緒に冒険した時に「携行性が良く、調理不要で、消化に良く、すぐ力になる」物として提供した。棒状に焼き固めたクッキーや堅パンで中身はナッツやドライフルーツなどいろんな種類の物がある。
併せて塩飴、ビーフジャーキーも勧めておいた。
次回からは自分たちで作って持ってくるように言っておいたのでちゃんと作っては来たらしい。
「‥‥いただきます」
ワックス・ペーパーを剥がすと見た目はちゃんとしている。一口齧ってみるとモソッとした口当たりで口内の水分を残らず奪ってゆく。
いくつか渡されたので他の物も口にしてみる。
べたついて柔らか過ぎである。
脂っぽくてねっとりして口当たりが悪い。
パサパサしていてボロボロ崩れる。
焦げて固すぎて歯が立たない。
生焼けで中まで火が通っていない。
全員が私から目を逸らし道の先や景色や空を眺めている。
私が黙っているとカレンが痺れを切らして聞いてくる。
「どう?」
「どうもこうも無いですよね。まず半分は日持ちしないですから行動食として失格ですし、残りも食べる時にボロボロ崩れたり固すぎて素早く食べることができないし、食べられるものも下手したらお腹壊しますよ」
「そのチャドが作ったやつが一番ましだったんだけど、やっぱりだめ? 」
「いえ、駄目って、分かってましたよね。最初から」
「メリッサ、聞いてくれ。言い訳するわけじゃないんだが、俺たちも頑張ったんだ。ここ三週間ほど、貰ったレシピを参考によく行く食堂の窯を借りてみんなで試行錯誤して‥‥」
ダブスが全員の代表として言い訳をしている。
「ほら、ここのところメリッサ忙しかったじゃない。だから作り方聞きに行くのも悪いと思って自分たちで頑張ったのだけど‥‥」
カレンが姿勢を下げ、上目遣いの角度が更に深くなる。
「はーーー、みんなが自分で作る努力をしたのは見て取れます。分かりました」
今まで野営で肉を焼くとか、野菜をぶつ切りにして鍋で煮るとかしか料理経験が無いだろう男どもは致し方ないにしてもカレンとウェンディもこの有様では‥‥。
肩を落として『魔法収納袋』から人数分の小袋を出してそれぞれに渡す。
「今回だけですよ」
「ありがとう。メリッサ大好き」
カレンが抱き着いてきたので黙って抱き着かれておく。
グレイサンドが中身を開け早速出してこちらを伺う。
「この乾燥イチジクの奴が好きなんだ。ちょっと食べても良いか?」
「一本だけですよ。ダンジョン入る前に食べちゃったら行動食の意味が無いでしょう。グレイサンドの分はイチジクの物を多めに入れています」
ワックスペーパーの先にはそれぞれ中身が分かるように「イチジク」とか書き込みをしている。
グレイサンドが親指を上げ、さっそく齧りついている。
ジョナサンもクルミの入ったものを食べ始めている。
「メリッサ、このレシピを冒険者ギルドに渡してプロのお菓子職人とかに作ってもらうとかは駄目かしら?」
御者台から振り返ってウェンディが聞いてくる。
「それはそれで有りですけど‥‥、他の冒険者の皆さんにも行動食の必要性が広まってほしいですし、でもプロの作った美味しい行動食がギルドで売られ始めたら、みんな自分で作らなくなりますよね?」
「そうねーー」
「ギルドが無い町で行動食を作る必要が出た時に、材料と窯はその町とかで用意できても普段作ってなかったら急に自分たちで作れませんよね?」
「確かにな、日持ちもするから孤児院で子供たちに作ってもらってギルドに納品してもらうとかも考えていたんだが‥‥」
急にジョナサンが神の使いらしい発言をしたので全員がジョナサンを見つめる。
「きっと大多数の冒険者は行動食の必要性を聞いてレシピを貰っても自分たちで作れないんじゃないかな? 今回、初めて作ってみて大変さが良く解った。メリッサ、感謝している」
それまで黙って手綱を握っているチャドが振り向いてにこやかに言った。
「そういう事なら孤児院で作ってもらっても構わないですが‥‥‥」
「私たちは自分達で作る方向性なので、今回のダンジョンアタックが無事終わって帰ったら料理教室を開くわよ。メリッサ、講師よろしく」
カレンがやっと上目遣いを止めて真っすぐ目を見てきた。
なお、皆が作った行動食は野鳥さんたちが美味しくいただいた。
天候にも恵まれ五日間の馬車旅は順調で予定通り目的の町まで着くことが出来た。
王都から五日も離れるとさすがに町も小さいものになっており住民も少ないが、明らかな冒険者風の一団を珍しがる様子もない。町中では同じような格好の者たちとすれ違うこともある。
馬車と馬を返し、宿を取る。基本的に男女別二部屋を取っている。
途中の町からは部屋に水道は無くなっていたので風呂はお湯を女中さんにお金を払って持ってきてもらわなくてはいけなかったが、私たち達には関係ない。
精霊使いウェンディが『水の精霊』に頼んで湯船に水を満たし、魔法使いカレンが『加熱』の魔法で適温にする。温くなったら追い炊きもしてもらう。
ちなみに男部屋にも二日に一回はお風呂を提供している。清潔大事。
さて、順番に身綺麗にしたら晩飯の時間である。明日からの最終打ち合わせだ。
宿屋金竜亭の一階の食事処で前回来たカレン達の顔を覚えていた宿のおかみさんが元気よくお勧めの料理とお酒を運んできてくれる。
各種野菜の大盛サラダ、小粒のジャガイモをそのままカラッと揚げたもの、豚のロースト、小麦と大麦のパン、自家製エールなどなど。
打ち合わせがあるのでジョナサンも教会に挨拶した後合流している。
二月前、ダブス達はこの町から徒歩で二日ほど森に入ったところにあるダンジョンに潜った。貴族からの匿名の依頼でダンジョンに生息する幻鱗竜・ミラージュドラゴンの鱗の回収だった。第6層の奥で幻鱗竜が不在の巣を見つけて回収していたところ帰りがけに遭遇してしまい這う這うの体で脱出してきたそうだ。
ちなみにお土産にもらった本は第5層の隠し部屋にあったそうだ。
というわけで依頼自体は完遂しているがパーティとしてはリベンジしたいという事の様だ。
カレンやダブスは道中、熱くなってリベンジについて語っていた。
チャドは無口であまり考えが表に出るタイプではないので分からないがまぁ、賛成っぽい。
ウェンディもあまり感情を出すことは無い。
ジョナサンはどうやら神殿の日々の仕事より外で冒険をしているのが好きなようだ。
グレイサンドは単純なリベンジだけでは賛成しなさそうなので何か他に理由があるのだろう。
私は稀少な古書目当てである。
「お前さんたちが風呂に入っている間に冒険者ギルドの支部で聞いたところ、ダンジョンで俺たちの居なかった二月の間に大きな動きは無かったそうだ。新たな階層への到達も‥‥隠し部屋の発見も」
グレイサンドがサラダのニンジンを齧りながら言った。最後は小声で。
周りにも客が増えてきて我々以外にも二組ほどの冒険者が食事をしている。
「良かった。メリッサの来た目的が無くなって無くて。じゃあ、私たちも情報取集してきますか」
カレンがジャガイモをフォークで指して回しながら周りを見渡した後、エールのジョッキを持ってウェンディと立ち上がった。
二人はそれぞれ別の冒険者パーティに近づいてお酒を奢って話をしている。
私は待機だ。なんでかは聞くな。
残った者たちは食事を続け、エールを流し込む。
ここにいる冒険者たちは「幻鱗竜のダンジョン」にアタックするパーティだ。数日間潜ってたら帰ってきて、獲得したお宝や素材を換金し、傷を癒し装備を整えまた潜る。
そんな冒険者たちがダンジョンで得た新たな地図情報やモンスター情報は基本的には冒険者ギルドに報告され公式地図やモンスター出現場所の更新が行われ情報共有が行われる。
まだ、お宝が残っている隠し部屋とかの情報はパーティで秘匿され共有されることは無いが、そこは妖艶な美女とお酒の力で口を滑らかにすれば出てくることもある。
しばらくすると二人が戻ってきて収穫を披露する。
大きな収穫は無かったが幻鱗竜がここのところ巣から離れなくなったことなどが聞けた。
ダンジョンの事前情報や行動指針は道中で共有済みなので、ほど良いところで部屋に上がり装備等の最終点検を行ったら今日は早めに就寝だ。
次回は明日16:00頃、更新予定です。




