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『しゃべる魔法の剣』

 カランッと店の入り口のドアベルの音がした。

 奥の作業場から店のカウンターに移動しお客さんに明るく声をかける。


「いらっしゃいませ。メリッサ・スー魔法古物店へようこそ」


 窓から覗く春先の空に浮かぶ白い雲が浮かび、店内は程よい明るさである。

 お客さんは三十代後半ほどのタキシードを着た細身の男性と十五歳くらいのちょっとぽっちゃりした身なりの良い少年だった。


「何かお探しですか? それともお売りいただける魔法の品をお持ちでしょうか?」


「こんにちは、店主。こちらはこの王都で商店を商っておりますバルクナバード家のご子息、リチャード様でございます。わたくしは従僕のケビンと申します。お見知りおきを」


 従僕のケビンは軽く頭を下げて挨拶をくれる。ご子息のリチャードさんは珍しげに店内を物色し、カウンターの後ろの壁に何本か掛けてある剣のところで止まっている。


「ご丁寧にありがとうございます。店主のメリッサ・スーと申します。よろしくお願いいたします」


「『しゃべる魔法の剣』はありますか?!」


 リチャードは壁の剣からこちらに顔を下ろしキラキラした瞳を向けてくる。


「『しゃべる魔法の剣』でございますか? 無いことはございませんがまずはこちらへどうぞ」


 来客中の案内板をカウンター上に設置し、店内からは衝立で直接見えない来客対応用のソファーセットに二人を案内する。


「少々お待ちください」


 カウンター裏へ移動し、春先とはいえまだ寒い日もある時期なのでストーブにかけてあるケトルから『ティーポット』とカップへお湯を移し温めておく、追加のお湯も『魔法瓶』に入れ、棚にいくつもある『保存缶』からお客さん用の中でも高級な茶葉をティーセットへ、数日前に焼いておいたシナモンシュガークッキーを自分のソーサーに二枚、十枚ほどは平皿に置く。


 バルクナバード家はここ十年ほどで頭角を現してきた商家である。今の当主が隣国ブラジカフの商家の娘を嫁に貰い、その伝手から布や茶葉、香辛料等の海運業を広げ成功していると聞いている。ブラジカフは海に面していない王国の河川の下流の河口に広がる小国である。確か息子は四人、長男が当主を継ぐべく当主の補佐に入っており、次男、三男それに二人の娘もそれぞれ付き合いのある商家などに嫁入り、婿入りしているはずだ。商売も堅実で順調、悪い噂等もなく、数年後の長男の当主継承時くらいには男爵を賜るのではないかといわれている。商業ギルドのトップ十位くらいの家だが、扱っているものが布や茶葉、香辛料で魔法古物とは被っていないので直接の面識はない。


 応接セットに戻るとまだカウンターの壁の方を見て落ち着かな気のリチャード、その後ろに黙って控えているケビンという構図がある。


「お待たせしました」


 先ほどは少し食い気味だったが、テーブルに一通り並べ終えるまで待てるということはリチャードもちゃんとマナーは身に付いているのであろう。お互いに手元のカップを上品に口に運び香りと味を楽しむ。


「頂戴致します。‥‥こちら、もしかしてセイラオンのヌワラエリヤでしょうか?」


「はい。先週、川を上って初物が王都に荷が付いたということで早速、表通りの店舗で買わせていただきました」


「それはそれは、ありがとうございます。この時期にわざわざ初物を手に入れていただくとは店主も相当の紅茶通であらせられる。それからこちらはブラジカフ特産のシナモンシュガークッキー‥‥」


 それからしばらく茶葉や香辛料の今年の出来や値段、ブラジカフの特産品、料理などの話しで話題が盛り上がる。四男の末っ子ということで甘やかされて育ってはいることは話し方や態度で多少は感じるが、話しても横柄なところもなくちゃんと家の商売のことも解かっており何も分かっていないお坊ちゃんという第一印象の修正は行わなければならない。


 しばらく話した後、空になったクッキーの皿にお代わりを補充し紅茶も入れ直し話を仕切りなおす。


「では、本題の『しゃべる魔法の剣』ですが、あるにはありますが、まずは詳しくご希望をお聞かせください」


「はい。店主は【戦士シャナンの竜退治】という物語をご存じでしょうか?」


「アイゼンブラ朝のキロスボー地方であったといわれる戦士シャナンの冒険譚の事ですね。物語でご存じということは後の収集家ゴドワールが編纂したものでしょう。それ以外のチェクルやゼノクルム編纂の本もありますが博物館物で通常、手に入りませんから」


「それです。その物語の中で戦士シャナンは『しゃべる魔法の剣』と何人かの仲間と共に冒険を繰り広げます。すべての敵を力で倒すのではなく、強大な敵には知恵を出し合って、苦難のときにはお互いを励ましあい、裏切りに会ったときには後悔し、最後には悪しきドラゴンを打ち取るのです」


 カップを口から放しソーサーにゆっくりと戻す。


「ご希望は分かりました。では、まずご希望の『しゃべる魔法の剣』は現在取り扱っておりません。多分ですがこちらに来る前に武器ギルド所属のお店で何件か断られていらっしゃいますね。で、どちらかのお店でうちの事を聞いて本日いらっしゃったのでしょう」


 リチャードだけでなく背後に立っているケビンもびっくりした顔をしている。


「まず、『しゃべる魔法の剣』といっても種類があります。まず、しゃべって意思疎通できる機能が何のためについているかから考える必要があります」


 静かに聞いている二人の顔を眺めつつ先に進める。


「『しゃべる魔法の品』は剣以外でも『魔法の鏡』、『魔法の水晶球』、『魔法の魔術書』などなどいくつもあります。真実や予言を告げたり、知恵を授けたり、中には嘘を付き悪の道に唆したりと色々なものがあります。今回のご希望は持ち手に予言を与えたり、知恵を授けるタイプの剣ですが実際にはこのタイプは数が少ないです」


「そうですか‥‥」


「ゴドワール版では『しゃべる魔法の剣』は主人公シャナンが冒険の途中で知り合った魔法使いが主人公を助けるため授けたとされています。そして作中での固有名詞は【バディ】となっています」


「そうですね。常に傍らにいて主人公からは【バディ】と呼ばれて」


「ですがチェクルやゼノクルム版ではこちらが微妙に違っています。魔法使いは強敵にやられ重傷を負ってもう助からないシャナンの仲間の願いを聞いて、その仲間の精神を剣に移します」


「【バディ】は元は人間だったと‥‥」


「まぁ、もともと地方伝承や吟遊詩人の語りを纏めたものですから真実は分かりません。問題はここからですが、シャナンの『しゃべる魔法の剣』が仲間の精神を移したものだった場合を【人格あり】とすると残りの多くの『しゃべる魔法の剣』は【人格なし】となります」


「はい?【人格あり、なし】?」


「実際、『しゃべる魔法の剣』は一定数存在します。ただ大多数は【人格なし】の言い方は悪いですが大量生産品になります。古カンタブリア朝後期の中央集権魔道工房体制時に帝国との長引いた戦争の前線での指揮官不足を補うため、『前線での戦術的な知識のみを持った魔法の剣』を大量生産して急ごしらえの新米騎士に持たせて部隊を指揮させたのです。『ソードオブコマンダー』と呼ばれ一時的に効果はあったみたいで、その後も改善を加えいくつかのヴァージョンが戦場に投入されたようです。」


「その剣が【人格なし】ですね」


「そうです。ですがその時々の状況に合わせて最適な戦術は提示してくれますが、いわゆる新しい事を閃くような考える力は与えられてないですから時間が経って生まれてきた新しい戦術や突飛な奇襲戦法とかには対応できませんでした。持ち主への一方的な指示だけでしたから信頼関係なんかも生まれないです」


「なるほど」


「で、戦争後期には作られなくなりました。戦後は騎士が戦場から持ち帰って家宝にしたりしたみたいです。腐っても『魔法の剣』ですので品質は良いですから。たまに今の持ち主とかが使ってみようとすると大昔の戦術を延々と話し出す物もあるらしく、そのようなものはすぐに鞘に戻されるそうです」


「延々と昔の戦術ですか。ちょっと辛そうですね」


「一部の歴史家や戦術研究家には需要があるそうです。数があまり出回っていない時期の物はそれなりの値段で取引されています。最初期の時期の物が一本ありますので見てみますか」


「‥‥お願いします」


「少々お待ちください」


 カウンター裏の『保管庫』の『鍵』を開け中から一本の『剣』と一時期使った当時の戦況図と駒を持って戻る。お応接セットのテーブルのカップを一旦サイドテーブルに片し『ソードオブコマンダー』はまだ抜かずテーブルの脇に置いておく。

 ソファーに座り戦況図を広げ初期配置に駒を置き、『ソードオブコマンダー』を膝の上に置いて説明を始める。

 従僕のケビンさんが戦況図を覗いているので興味があるようだ。


「使い方を説明します。まず、鞘から抜きますと指揮官かどうか聞いてきますので「そうだ」と答えてください。すると『ソードオブコマンダー』があなたを持ち主と認めますので、そこからこちらの戦況図でどうするかを聞いてみてください。よろしいですか?」


 リチャード本人に加え後ろの従僕ケビンにも確認を取り『ソードオブコマンダー』をリチャードに渡す。


「はい。お願いします」


 リチャードはゆっくりと『ソードオブコマンダー』を鞘から抜く。


「おぬしは指揮官か?」


 少し渋い声が『剣』から聞こえる。口というものは存在していないがどこから声を出しているのだろう。


「そうだ」


 リチャードは『ソードオブコマンダー』を持ったまま戦況図を見やる。


「この戦況図でどのような戦術が有効か?」


 そこからリチャードは『ソードオブコマンダー』の指示通りに盤上の赤い駒を動かす。

 しかし一時期、私も『ソードオブコマンダー』に相手させてこのウォーゲームには嵌っていた。青い駒を動かして様子を見るとリチャードは「そうじゃないだろ。こっちのほうが」など言って『ソードオブコマンダー』と打ち手の相談を始めた。


 そこからは「私」対「リチャード&『ソードオブコマンダー』」となって戦況図が動いていった。

 途中から我慢できなくなって口を出し始めたケビンの為にオットマンを動かして座ってもらい、「私」対「リチャード&『ソードオブコマンダー』&ケビン」との戦いになった。


 小一時間で私の完勝で幕を閉じたが終わっても、まだリチャードは『ソードオブコマンダー』とケビンと感想戦をやっている。


 十分に感想戦が終わったころ合いで、テーブルの上を片し再度お茶をセットしてから『ソードオブコマンダー』を鞘に戻す。

 リチャードは頭を少し回してから紅茶に手を付けた。ちなみにケビンにはソファーの後ろにある付き人用のサイドテーブルとチェアーに紅茶を用意した。ずいぶん喋ったので彼も喉が渇いただろう。


 互いにカップに口を付けて落ち着いてから聞いてみた。


「という感じですが、どうだったでしょうか?」


「正直言いますと、楽しかったです。ウォーゲームの作戦立案役としてはですが。‥‥戦士シャナンの【バディ】とはやはり違います」


「ですと、残念ですが【人格あり】の『しゃべる魔法の剣』となりますがこちらは数が少なく、現存するものもほぼ国宝級になってしまい一般には流通しておりません」


「そうですか。残念です」


「一応、有名どころですと、西方のクラスノダール国の宝物庫には建国王の所持していた『ブレードオブファーストキング』があります。伝承では建国の儀のときに光り輝き国に祝福を与えたのを最後に力を失ったと。学識者の見解では目的を達成したので眠りについたとも言われています」


「やはり物語や伝説になる剣というのはすごい物なのですね。お金があれば簡単に手に入るかもと思っていた自分が恥ずかしいです」


「そういう剣はやはり冒険して自分で手に入れるしかないかもですね」


「来年になって成人したら冒険者になろうと思っているのです。笑っちゃいますよね。こんな体で」


 リチャードは自分のちょっとぽっちゃりしたおなかを見下ろして言った。


「いいじゃないですか。自分がなりたいと思っているなら。まだ一年あるのですから鍛えてみたら。冒険者ギルドには初心者用の事前講習制度がありますから今から受ければそれなりにはなるか、向いていないか分かると思いますよ」


「なるほど。行ってみます。では長居をしてしまってすみません。また、何かあったら寄らせてもらいます」


 立ち上がるリチャードにケビンが近づき耳元で何かを告げる。


「ああ、年頃の女性にプレゼントするようなものがあったりしますか? 後、シナモンシュガークッキーをいくつ分けていただけると。母の好物なのです」


「ではこちらの『オルゴール』などどうでしょう? いくつか種類が合って小動物、妖精、海の生物などがあります」


 ゼンマイを回して一つの『オルゴール』を開けるとリチャードとケビンの二人には聞きなれない異国のメロディーが流れ、その上に森の小動物たちが踊る光の幻影が浮かび上がる。


「いくつか種類がありますので比べてごらんになってください」


 二人が『オルゴール』を見ている間に裏に回り棚の『保存缶』からシナモンシュガークッキーを小袋に移し店に戻る。


「こちらの妖精の『オルゴール』をいただきます。おいくらですか」


「金貨一枚と銀貨五枚になります」


 リチャードがケビンに目で指示を出すと懐の小袋から金貨三枚が差し出される。


「クッキー代も含んでおりますのでお収めください」


 ちょっと考えて素直に受け取ることにする。まぁ、ずいぶん時間もかかったし迷惑料込ということだろう。


 商品を包んでクッキーと共に渡すとリチャードは着た時の明るい顔とはちょっと違った、でも明るい顔で帰っていった。


「またのご来店をお待ちしております」











『保管庫』に『ソードオブコマンダー』を戻しつつ『しゃべる魔法の剣』の別の終わり方に思いを馳せる。

 戦士シャナンの冒険は【バディ】と共に竜を退治して終わる。その後、【バディ】は家宝として大事にされ、シャナンは恋人と結婚し末永く暮らしたと伝わっている。


 リチャードには伝えなかったが、ゼノクルム版だけではその後の【バディ】のことが伝わっている。

 シャナンの三代後の世代で再び竜退治のためにシャナンの子孫と【バディ】となり、冒険を繰り広げた後、子孫と【バディ】は竜に破れる。


 今は竜の巣で子孫は骸をさらし【バディ】は竜の宝物の一部となっていると。


約二時間後に続きを投稿いたします。

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