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鑑定書発行申請書の作成及び提出

 店の前の鉢植えに水をやってゴミを掃いていたら三の鐘が鳴ったので開店する。

 ドアノブに掛けてある「CLOSE」のプレートを「OPEN」にして店内に戻る。


 店舗の裏の『保管庫』を開けて中に入る。

『保管庫』は間取りからしたら2m×2mほどの物置ほどのスペースだが、『空間拡張』の魔法によって縦横30m×30m、高さ3mほどの空間になっている。入口の扉を開けると天井や壁に設置された『魔法灯』が点灯し室内を照らす。

 ちなみに『魔法収納袋』を作るためには『空間拡張』の魔法で小袋の中の空間を指定した大きさにして『永久化』の魔法を掛ける必要があり、大きな空間にするにはそれだけ大きな魔力が必要になり小さければ少なくて済む。

『永久化』の魔法とは空気中のマナを収集し魔力に変換し魔力を永続的に供給する魔法の事である。

 現在はこの『永久化』の魔法が失伝してしまったため、新しい『マジックアイテム』を作ることが出来なくなってしまった。

 効果を永続化する必要のない『ポーション』や『スクロール』は『永久化』の魔法は必要ないので今も作られているが、こちらも特殊な効果の物や効果の高い物は製造方法が失伝してしまっている。

『空間拡張』は『永久化』の魔法を掛けると「生物」を入れることが出来なくなる仕様になっている。『空間拡張』の魔法を作った過去の大魔法使いが兵士輸送等の戦争行為に使われることを懸念したとも言われているが真偽は定かではない。

 なのでこの『保管庫』は「生物」が入ることは出来るが『空間拡張』の魔法を定期的に掛けて維持している。なお、時間は外と同じように進む。


『保管庫』の中には右半分に棚が設置され様々な『マジックアイテム』やそれ以外の道具、お宝が置いてある。

 左半分は開けたスペースで入口に近い壁側に大小の作業台と一つの棚が置かれている。

 作業台の横の鑑定前の預かり品の棚から「ロイランス侯爵家の札」と「書類の束」、『スペルストアーリング』の載ったトレイを持って作業台に向かう。なお隣には「アーングリン伯爵の札」と『羽ペン』と『短剣』、『本』、『剣』などが置いてあるトレイがいくつかあるが伯爵には侯爵家が終ってからでいい、いや必ず侯爵家を先にしろと言われているので先に頼まれていたが、後に回させてもらう。


 大きな作業台の上には堅樫の枠で囲われた90㎝四方の『鑑定の石板』が置いてある。

 先日預かった後に一度、鑑定は行っているが確認の為、再度『鑑定の石板』の上に『スペルストアーリング』を置くと触れてもいないのに石板の黒い表面に白い文字がチョークで書いていくが如く表れてゆく。


【呪文貯蔵の指輪・スペルストアーリング】

 効能:呪文を蓄えて装着者が使えるようになる指輪。3つまでの中級の呪文を蓄えることが出来る。装着時にサイズは自動的に調整される。

 素材:銀

 現状:『異次元ドア:ディメンジョンドア』『透明:インヴィジブル』『火の玉:ファイアーボール』の呪文が蓄えられている。


 覚書にメモをして『スペルストアーリング』をトレイに戻し小さな作業台に移動し椅子に腰かける。

 作業台の上の目に優しく明るい『デスクライト』を付けて覚書に『ガラスペン』で記載を始める。

 まずは、申請番号であるがこれは「メリッサ・スー魔法古物店」が申請する時の通し番号になるので申請台帳への記載と合わせ番号を振る。

 次に名称や素材、デザインなどを記載する。


 名称:スペルストアーリング

 素材:銀

 デザイン:台座部分は「百合の花と交わった剣」の沈み彫り

 サイズ:内周 60㎜

 重量:20g


 デザインについては上下左右前後の六方向からと内側の製造工房等の情報の部分は大きめにスケッチしておく。

 作業台横の専用保管ケースに入った両皿天秤と分銅を使って重量も正確に量っておく。

 続けて内側の製造工房等の刻印情報を記載する。


 製造工房:時の砂工房

 製造年月:帝歴1567年3月

 依頼主:ロイランス侯爵家


 時の砂工房は古カンタブリア朝後期の貴族向けの一品物の指輪や装飾品の『マジックアイテム』を作る高級魔法工房で、デザインの麗美さと魔法付与の腕前が買われた帝室御用達の工房であった。

 帝歴1567年は今から330年ほど前になる。

 最後に効果等を『鑑定の石板』の表示通りに記載する。


 一通り記載事項を覚書に書いた辺りでカランッと店の入り口のドアベルの音がした。

 同時に作業台上の右奥で水晶座布団に鎮座している『水晶球』に店舗入り口から入ってくる衛士二人の姿が映る。『ガラスペン』を置き店舗に向かうと笑顔の衛士のマシューとヴィクターが待っていた。


 衛士立ち寄り所となっている我が店には定期巡回で衛士がやってくる。どこそこでひったくりがあったとか不審人物がうろついていた等の街の治安状況や三丁目のボス猫が替わったなどのどうでもいい話などをしてゆく。大体の衛士は立ち話で少し話したら次の巡回先に行くが、この二人は以前世話になった時にお茶とお菓子を一度出したらそれ以降、うちを喫茶店と勘違いしている様である。

 致し方ないのでソファーを勧めると「申し訳ないです」と言いながらさっさと席についている。先日の子爵家『魔法収納袋』窃盗事件の事後経過等を聞き、次回の共同演習の日程等を話し一服したらそそくさと帰っていった。



 洗い物を片し『保管庫』に戻り作業を再開する。

 侯爵家から預かってきた資産目録及び購入記録、その後の紛失時以降の当主や家令の日記等の写しを時系列に整理し来歴を纏める。

 集中して作業しているといつの間にか時間が経っていた様で昼の四の鐘が鳴ったので『ガラスペン』を置いてランチに出かける。


 プレートを「CLOSE」にして扉に鍵を掛け、目的の店も決めず通りをプラプラと歩くとワゴン販売の新店を見つける。

 サフランのエキゾチックな匂いに誘われて近づいてみると20才位の可愛らしい女性が大鍋でサフランライスを炒めて、大きな寸胴で大量に煮込んだ牛角煮を添えたプレート料理を販売していたので試しに購入してみる。お茶も購入し近くの公園のベンチでランチにする。

 王都復興の大工工事の為、地方から男手が出稼ぎに来ていてランチも朝も独り者が利用するのでこういうワゴン販売や屋台の新規出店が王都では今も多い。もちろん納税と衛生教育の為、飲食店ギルドへの加入とプレートの掲示が義務付けられていて、この店もちゃんとワゴンの前にプレートが下がっている。


 黄金色のサフランライスと甘く煮込んで柔らかい牛角煮を堪能し、食後の大麦茶が口の中をさっぱりとさせてくれる。

 ベンチから木々の間に見える青い空を見上げ雲の流れるのを少しのお間、ぼーっと見ている。

 周りには同じようにランチをしている人が案外いるので、ちょっと休んだら席を空ける。プレートとカップを返して小銭を返して貰って「美味しかったです」とお礼を言うと「ありがとうございます。また、お願いします」とにっこり笑って返された。このワゴンは繁盛すると確信した。

 公園周りを腹ごなしに散策し小一時間で店に戻る。



 午後は覚書に記載した内容を申請書に清書し魔法公安委員会に提出しにゆくつもりなので、裏窓から子供たちに声を掛け銀貨とクッキーの対価で先触れのお使いを頼む。魔法公安委員会の建物は王城近くでチョット遠いので多めに渡しておく。



 五の鐘が鳴って少し経った辺りで清書が終ったので全ての書類、添付資料をファイルに纏め一からチェックし、間違いが無いことを確かめる。

 魔法公安委員会は『魔法古物』の鑑定・登録機関であり書類の間違いには煩いところなので間違いがあると後日再提出になることもある。

 まぁ、今回は侯爵家の代理申請なので煩いことは言わないとは思うが申請書類は一点の間違いもなく提出したいものである。


『スペルストアーリング』と申請書類一式のファイルを持ち、外出準備を整えて店を出て、プレートを「CLOSE」にして扉に鍵を掛け、隣の花屋さんに声を掛けてから辻馬車を拾う。


 辻馬車に行き先を告げ、カラカラという車輪の音を聞き、目を閉じ目頭を揉む。書類作成で体が硬くなっていたので腕を上げ肩を開き、車内で出来る柔軟をしつつ馬車は王城に近い魔法公安委員会の建物に向かってゆく。

 そこここで槌音と棟梁の指示する声とそれに答える声などが聞こえてくる。

 侯爵家の屋敷区画を抜け、緩い上り坂を登り王城前の行政区画に入り、数回の衛士による誰何を窓から顔を出して要件を告げ、商業ギルド登録証を見せて通過する。


 魔法公安委員会の四階建ての建物前で降り、立ち番をしている二人の騎士に声を掛ける。何度も来ているところで顔は知られていて、先触れも出しているのでギルドの登録証のみ確認されすぐに待合室に通される。


 出されたお茶を飲んで、良い茶葉を出してくれたので茶葉の感想を脳内で述べていると顔見知りの助手のバルソンさんが呼びに来たので付いて行く。

「ベイトマン委員」のプレートの掛かっている部屋に案内され、バルソンさんに続いて入ってゆくと執務室の中にはこちらも顔見知りのベイトマン卿がいる。胸に魔法公安委員会の委員バッチを付けた四十歳くらいの身なりのかっちりした男性である。


 お互い挨拶をして、お茶が出され世間話を少しして話の区切りが良いところで『スペルストアーリング』と申請書類一式のファイルを机の上に置きベイトマン卿の前に押し出して本題を告げた。


「では、ロイランス侯爵家の鑑定書発行の申請受付をお願いいたします」


「承った」


 ロイランス侯爵の方で根回しは済んでいるはずでベイトマン卿も余計なことは一切聞かず書類を受け取ると目を通し、通したものから助手のバルソンに渡し彼も目を通す。


 紅茶のお代わりをゆっくりと飲みながらチェックを待つ。


 申請書はしっかりとそれ以外の添付種類はさっと目を通してベイトマン卿も紅茶に手を伸ばす。


「紋章院の方ではロイランス卿からの事前の話しで大変なことになっているそうだよ。100年前の資料を倉庫の奥をひっくり返して探しているそうだ」


「そうですか。大変ですね」


 紋章院には特段関わり合いもないし、知り合いもいないので適当に答えておく。


「それよりも二、三日中にアーングリン伯爵の方の申請もしますのでよろしくお願いします」


「あぁ、プライアー氏の公証人事務所からは既に資料が送られているから、君から申請があれば直ぐに受理できると思うよ」


「そうですか。助かります」


 私たちが話をしている間にバルソンさんが大方のチェックを終え、ベイトマン卿に合図を送り、助手用の机で申請受理証明書を作って持ってくる。


「では、これでロイランス侯爵家の『魔法古物』鑑定書発行の申請を受け付けました。申請書類等を審査し問題が無ければ一週間以内に鑑定書の発行をいたします。また、書類の不備等がありましたら連絡いたしますので訂正の上、再度提出していただくことになります。何か質問はございますか?」


 ベイトマン卿がお決まりのセリフを鹿爪らしく言っているのでこちらも堅苦しく返答する。


「御座いません。よろしくお願いいたします」


 ベイトマン卿が肩の力を抜いて、表情を緩める。


「まぁ、ぱっと見問題なさそうだし、侯爵からも頼まれているので三日もあれば発行できるだろう。まぁ、すぐ連絡するよ」


「はい。お待ちしてます」


 申請受理証明書を受け取って帰ることにする。


 今日の仕事はこれで終わりだ。帰りがけの辻馬車の中で大きな伸びをする。

 明日はアーングリン伯爵の方の鑑定書類造りが大量にある。一件ずつのボリュームは侯爵家の物より少ないが何せ数が多い。

 帰りがけにどこかでおいしいディナーを食べて明日の英気を養おう。

 さぁ、どのお店にしようか?





次回は明日16:00頃、更新予定です。

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